Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第126巻第5号

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特集 日本におけるハームリダクション―アディクション概念の広がりと啓発・予防・治療への応用―
ハームリダクションに学ぶ治療関係の構築について
成瀬 暢也
埼玉県立精神医療センター
精神神経学雑誌 126: 328-335, 2024
https://doi.org/10.57369/pnj.24-054

 依存症治療のコツを1つ挙げるとすれば,それは「やめさせようとしないこと」である.これまでわれわれは,依存症患者の飲酒や薬物使用の有無にばかりとらわれ,断酒・断薬を強要し,飲酒・薬物使用を責めてきた.断酒・断薬はにわかに継続できることではない.生きるためにアルコールや薬物を必要とした患者も少なくない.患者は,「やめない」のではなく「やめられない」のである.治療者が症状を責めるスタンスでは信頼関係は築けない.薬物依存症患者に対して,「不寛容・厳罰主義」では治療にならない.反治療的であり誰のためにもならない.患者が少しでも害を減らし健康に生きていけることが第一の目標のはずである.必要なのは,「刑罰ではなく支援」である.ハームリダクションでは,司法的介入よりも使用による害を低減して,健康を維持・向上することを優先し,薬物使用の害にさらされている人に対して人権を保障し,必要な支援が提供される.薬物使用の有無は問われない.その薬物が合法か違法かも問われない.患者を尊厳ある一人の人間として対応する.「やめさせる支援(強要する支援)」ではなく,「生きづらさの支援(寄り添う支援)」が信頼関係を築く.人に癒された患者はエンパワメントされ,結果として薬物を手放す方向に向かう.容易にできないことを無理強いしても,効果はないばかりか偏見や対立を助長する.依存症患者は生きづらさをかかえ,スティグマによりさらに傷ついてきた.ハームリダクションの考えの導入により,「誰も傷つかない,誰も傷つけない治療・支援」が可能になる.スティグマを助長する厳罰主義を排し,人と人を信頼でつなぎ,エンパワメントする支援のあり方が,ハームリダクションの背景に根づいている.ハームリダクションの考えは,わが国の依存症治療・支援において最も欠けていた大切なことを示している.それは,精神科医療全般にも通底する普遍的なことでもある.

索引用語:ハームリダクション, 薬物依存症, 治療関係>
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