日本精神神経学会精神保健福祉法委員会は,これからの精神科入院における患者の権利擁護について検討し,アドボケイト制度についての見解を作成中である.この制度を実効性のあるものとするために,行政や医療機関から独立した権利擁護センターの設立や,登録アドボケイトの育成と派遣,アドボケイトに関する地域協議会の設立,権利擁護に関する普及啓発活動などの実施を精神保健福祉法に位置づけることを提案する予定である.精神医療審査会と合わせて精神科入院患者の権利擁護制度が改善し,精神科医療の全体の向上や,メンタルヘルスの普及啓発にもつながるものと考える.
https://doi.org/10.57369/pnj.23-044
はじめに
精神障害者の権利擁護の重要性について近年ようやく注目されるようになってきた.厚生労働省の検討会でもその必要性については認識されるものの1),具体的な形については現在さまざまな意見があり検討段階である.
本来,精神科医療におけるアドボケイトは,意思決定やその行使について困難な状況におかれている精神障害者全体に対して,精神科医療だけでなく生活全般に関して包括的な支援とともに提供すべきものである.しかし,権利擁護制度確立の第1歩として,精神科入院患者に対する権利擁護の充実化がまず取り組むべき課題ではないかと考える.
非自発的入院が存在する精神科病棟において,入院患者の人権擁護は『精神保健福祉法』下で精神医療審査会および実地指導などの監視システムが存在するものの,その機能は不十分であると思われる.さらに,これまで精神科病院において入院患者に対する虐待事件が何度も起きており,入院患者の人権が十分に守られにくい状況が実在すると思われる.精神科病棟に入院する患者の人権に配慮し擁護する仕組みを整えることは,精神科医療において適切な医療を提供することと同じく非常に重要であると考えられる.
日本精神神経学会精神保健福祉法委員会(以下,当委員会)では,今後わが国で導入が検討されている精神障害者に対するアドボケイト制度の具体的なあり方についてこの数年間検討してきた.2019年,2020年の同学会総会ではこのテーマについての委員会シンポジウムを開催し,当事者,法律家,権利擁護活動実践者,精神医療保健福祉における支援者などからの意見も収集し議論したうえで,アドボケイト制度について具体的な提案の完成段階まで到達した.
I.当委員会のアドボケイト制度設立に関するこれまでの動き
当委員会は,精神科医療における人権擁護制度設立の必要性についてこれまで議論を重ねてきた.2016年3月に作成した「精神保健福祉法改正に関する委員会見解」3)のなかでは「精神科入院患者の権利擁護を推進するために,国連原則に則り次のような制度を創設する」と新たな権利擁護制度の設立を提案し,下記の内容などをその条件として挙げた.
(i)精神科病院に入院する者は,その者の意見を代弁し,権利を擁護する者(権利擁護者)を選ぶことができる
(ii)精神科病院の管理者は,入院患者が権利擁護者を選ぶことができる旨,患者に伝え,その選択の支援をしなければならない
(iii)国および都道府県等は,精神科病院に入院する者の権利を擁護するための人材を育成し,患者の要請に応じて権利擁護者を派遣できる事業を実施しなければならない
また,この制度設立のために,「『精神障害者の権利擁護活動を支援するための制度』を創設し,NPO法人など市民レベルの権利擁護活動に対する財政的支援を行う,障害者虐待防止法を改正し,『医療機関を利用する障害者に対する虐待』を通報の対象とする」などの提案も行ってきた.
II.当委員会が考える精神科入院におけるアドボケイト制度
当委員会はこれまでの議論をもとに,精神科入院におけるアドボケイト制度は以下のようなものであるべきだと考える2).
1.アドボケイト制度の目的
当委員会が考えるアドボケイト制度(以下,当制度)は,精神科病棟で入院治療を受けるすべての患者の人権を擁護し,患者が権利を適切に行使できるように「意思の決定と表明」と「本人が希望する実効性のある支援の提供」を可能とすることを目的とする.また自発的入院患者であっても入院中の人権が守られていないと思われる場合には,当制度を利用できるものとする.
2.アドボケイトの役割
本来「アドボケイト」という言葉は「代弁者」を意味するが,当制度においては権利擁護サービスの提供者を「アドボケイト」という名称にする.
当制度におけるアドボケイトの役割として「情報の共有」「情報収集」「患者の意思表明に関する援助」「医療提供者に対するモニタリング」の4つが挙げられる.
アドボケイトが行うべき情報の共有とは,まず患者がおかれている状況について,本人が感じていることや希望することの把握に努める,すなわち患者のニーズを確認し共有することである.また,どのような経緯で入院となり,今どのような状況におかれているかなどについて患者が理解できるよう援助することも重要である.さらに患者の権利である退院請求・処遇改善請求の情報をわかりやすく説明する.
また,アドボケイトは,患者が希望する生活が今後実現されるために必要な情報の収集を行う.例えば入院中および退院後の生活における行政や支援団体のサービスについての情報や,患者が他の医療機関での治療を希望する場合には転院先となりうる医療機関についての情報,必要な法制度の情報などを収集し患者に提供する.また必要に応じて病院などに情報提供依頼を行う.
患者が治療や今後の生活について意思表明をするうえで,まず患者が自身の希望や意思を病院のスタッフや家族,支援者に表明できるよう援助を行う.患者の希望が支援に反映されているかを確認し,必要に応じて支援者に助言し,退院支援委員会にも同席することができるものとする.また,患者が退院請求や処遇改善請求を希望する場合にはその手続きの援助を行い,審査において患者と同席し患者の意思表明の援助を行うことも可能とする.
さらに,医療者が適切な医療を提供しているか,患者の権利擁護について適切な配慮を行っているかについてモニタリングを行い,問題がある場合には介入の必要性について検討を行う.
3.精神科医療権利擁護センター(仮称)の設置
当制度運営にあたり,中核施設として新たに「精神科医療権利擁護センター(仮称)」(以下,同センター)の設置が必要である.当制度の質を担保し中立性を保つため,同センターは一定の地域ごと(都道府県単位)に行政機関や精神科医療機関から独立した形で設立し,運営費は自治体が負担するものとする.
同センターは,アドボケイトの活動の質を担保するため,アドボケイト養成のための教育の提供や,アドボケイト登録制度の運営および利用を希望する患者に対してアドボケイトの紹介業務を担う.また,アドボケイトの活動やそれに対する医療機関側の対応が適切に行われているかモニタリングを行うことは重要で,同センターはアドボケイトの機能評価を行い,必要に応じてアドボケイトへの指導・助言を行うものとする.さらに精神科医療における権利擁護について精神保健医療福祉関係者のみならず,一般市民に対しての普及啓発事業も担う.
さらに同センターの管轄地域ごとに,同センター,精神科医療機関,精神保健にかかわる行政機関等で,精神科病院における権利擁護に関する協議会(仮称「精神科医療権利擁護地域協議会」)を設置・運営し,地域内のアドボケイトの活動に対するモニタリングを行い,権利侵害がみられるあるいは強く疑われる事案に対しては,医療機関側へ是正勧告や行政機関への通告権限をもつものとする.
4.本制度運用の法的根拠
精神障害者にかかわる権利擁護に関する法律としては,「障害者総合支援法」や「障害者虐待防止法」などがあるが,当制度は精神科病棟に入院中の「患者」の権利擁護を目的とするため,『精神保健福祉法』のなかに位置づけることとし,そのための法改正が必要と考える.当制度を実効的に運用していくために,精神保健福祉法のなかもしくは政省令・通知として,同センターの設置,精神科医療権利擁護地域協議会の設置,入院患者の権利擁護に関しての自治体の責任の明記,入院医療機関の権利擁護に関する責任の明確化,入院時におけるアドボケイト利用に関する告知の義務などを盛り込むことが必要になると考えられる.
5.登録アドボケイト
アドボケイトの活動は,患者の希望が忠実に表明されるよう努めることを本質とするため,医療者が提案する治療を受けるよう促すことや,患者の意思決定を誘導・評価することをしてはいけない.臨床的知見や社会的環境にかかわらず,患者の権利行使において揺るぎない支援者であるためには,本人と直接の利害関係がなく,行政機関やその患者が入院している医療機関等とも責務の相反なく独立し,決定権を有さない存在であることを明確にする必要がある.
本来,患者自身が希望する者にアドボケイトとなるよう依頼できることが理想的であるが,そういったことのできる人材がきわめて少ないことから本制度においてはまずアドボケイトの活動に必要な知識を習得した「登録アドボケイト(仮称)」の養成を行うこととした.登録アドボケイト以外の人もアドボケイトとして活動できるようなシステムの構築については,当制度が定着した後の検討課題とすることとしている.
登録アドボケイトは法律家や医療,福祉などの専門資格は必須ではなく,同センターが提供する事前研修の受講が必要で,受講終了後に同センターに登録が可能となる.患者は登録アドボケイトの利用を希望する場合,同センターから紹介を受け無料で利用することができる.
6.アドボケイト活動の実際
アドボケイト活動が適切に行われるためには,入院患者に対し当制度についての情報提供が適切に行われることが重要である.精神科医療機関は入院患者に対し,入院時および適宜,アドボケイトの役割,入院患者がアドボケイトを利用する権利があること,利用を希望する場合,窓口となる同センターに関して口頭および文書で説明し,またそれを記した掲示を病棟内に設置しなければならない.
当制度の利用方法は以下のとおりである.利用を希望する入院患者は,同センターに連絡をする.同センターは患者の希望の概略を聞き,適切と思われる登録アドボケイトを選定して派遣する.アドボケイトは,入院患者と直接面会し,ニーズの確認,情報収集,情報提供,必要な手続きの援助,本人の意思表明の援助等を行う.必要な場合は複数回の面会を行う.精神科医療機関は,入院患者が同センターへ連絡をすること,登録アドボケイトとの面会を制限することはできず,患者の権利擁護に対して協力的に対応することが必要である.
III.アドボケイト制度設立に向けての課題
これまで述べてきた当制度の設立にはさまざまな課題がある.
まず1つ目に『精神保健福祉法』の改正が挙げられる.先述のように当制度の法的根拠を『精神保健福祉法』とするため,人員,財源の確保を含め制度を実効性のあるものとするには,同法の改正が必要となる.次回の法改正時には,権利擁護に関しての具体的な政策が実現できるような法文の追加の必要があると考えられる.
2点目には当制度と精神医療審査会との関係の検討が挙げられる.本来精神医療審査会と当制度は,精神科入院における患者の権利擁護に関して両輪のような関係性にあると思われる.アドボケイト活動により,精神医療審査会に対してより迅速で実効性がある審査を求める動きが生じ,入院患者の権利擁護の向上が期待される.
また,今回提案した当制度を全国に普及させるにあたり,アドボケイトに関する質の担保が必要である.登録アドボケイトが任務を遂行できるよう,教育研修による育成とアドボケイトの活動をモニタリングし,機能評価を行う体制整備も必要となる.
最後に当制度の実効性を確立するためには,治療および地域生活支援において役割を担う医療機関や生活支援団体,行政機関が当制度に対して協力し,積極的に関与していくことがとても重要である.精神科医療権利擁護協議会を中心として,各地域で権利擁護に関しての意識・関心の向上や,各領域での協力体制の構築が求められる.
おわりに
精神科医療における当制度は,当委員会での数年の議論を経てようやく具体的なビジョンが完成しつつある.今後学会見解などで当制度を提案する予定である.さまざまな課題はあるが,当制度の導入により患者の権利が擁護されるのみならず,精神科医療がより一層開かれたものとなり,社会の精神科医療に対する理解が促進されることを期待する.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない
謝 辞 本論文執筆にあたり日本精神神経学会精神保健福祉法委員会の委員の先生方に深く感謝いたします.
編 注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに本稿著者を代表として企画された.
1) 厚生労働省: これからの精神保健医療福祉に関するあり方に関する検討会報告書. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000152026.pdf) (参照2023-02-10)
2) 日本精神神経学会: アドボケイト制度導入に対する見解. 2022 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/20220214.pdf) (参照2023-02-10)
3) 日本精神神経学会精神保健福祉法委員会: 精神保健福祉法改正に関する委員会見解. 2016 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/seishinhokenhukusi_iinkai.pdf) (参照2023-02-10)