Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第4号

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特集 精神科入院におけるアドボケイト制度の具体的な形
単科精神科病院における実際的なアドボケイト活動導入について
中島 公博
医療法人社団五稜会病院
精神神経学雑誌 125: 296-299, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-043

 「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」が,2015(平成27)年度厚生労働科学研究補助金障害者総合福祉推進事業の補助を受けて日本精神科病院協会によって行われ,アドボケーターガイドラインが提唱された.昨今,患者の権利を保護するというニュアンスを重視して,「アドボケーター」に代わり,「アドボケイト」という名称が用いられている.現在,精神科病院以外の一般病院では医療スタッフが入院患者の意思決定支援を行っていると思われる.精神科病院で効果的なアドボケイト活動を導入するためには,医療スタッフが病状を十分に理解したうえで患者の意思を優先し,患者家族の意図を尊重し,患者にとって最大の利益を考慮するといったことを含んだ,バランスのとれた手続きが必要である.五稜会病院では,医療の専門家が倫理的な問題を適切に解決することができるために,Beauchamp, T. L. らが著した『生命医学倫理』という教科書のなかで提唱している,自律性の尊重・無危害・善行・公正という医療倫理の四原則に基づいて倫理カンファレンスを開催している.非自発的入院患者は,病状により精神疾患への理解が不十分であるために,医療スタッフからみれば,現実的ではないような治療や処遇についての希望を出すこともある.そのため,医療スタッフは,実際の治療のなかで患者が望む事柄に対して応じることができないことも多く,ジレンマを抱えることがある.本稿では,このようなジレンマにもかかわらず,患者の意思決定を支援し,アドボケイト活動するための五稜会病院での取り組みを紹介し,バランスのとれた手順の必要性について議論した.

索引用語:意思決定, アドボケーター, アドボケイト, 倫理カンファレンス, 精神科病院>

はじめに
 2015(平成27)年度厚生労働科学研究補助金障害者総合福祉推進事業である「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」が日本精神科病院協会(日精協)において実施され,アドボケーターガイドラインが作成されている3).著者は,この事業の責任担当者として深くかかわった.アドボケーターガイドラインは,現在の精神科病院で実際に実行可能な内容になっていると考えているが,このなかで定義されている「アドボケーター」は患者の権利擁護には不十分との意見もあり,昨今では日精協の「アドボケーター」と区別するために「アドボケイト」の名称が流布している.精神障害者の意思決定支援は,現状では病院外部からではなく病院内の医療スタッフが担当する場合が多い.一般的に,精神科病院以外での入院患者の意思決定支援は,医療スタッフが行っているはずである.精神科病院における実際的なアドボケイト活動の導入には,医療者側が病状を理解したうえで患者の意思を第一に考え,家族等の意向も尊重し,患者の最善の利益を総合的に考慮したバランスのよい取り組みが必要である.

I.実際的なアドボケイト活動
 五稜会病院(以下,当院)での入院患者の意思決定支援については,外部からピアサポーターがアドボケイトをしているわけではないが,ピアサポーターが病棟に来て患者とお茶会をすることはある.入院患者の意思決定支援をするのは,一般的には医療スタッフである.患者は,医療者には遠慮して言いたいことも言えない場合もあるため外部のアドボケイトが役割を担うべきとする意見を否定はしないが,外部支援者は,保険制度や診療報酬と結びついていないため,病院側の利点もないために病院に来る状況にはない.当院では,Beauchamp, T. L. らが『生命医学倫理』1)で提唱した医療倫理の四原則,自律性の尊重・無危害・善行・公正をもとに医療従事者が倫理的な問題に直面したときに,どのように解決すべきかを検討する倫理カンファレンスを行っている.特に非自発入院患者が,病気への理解の乏しさから自分にとって不利益になる対応を希望することもあり,患者の意思決定支援と治療のジレンマを抱えることも少なくない.この葛藤のなかで,当院での意思決定支援につながる取り組みを例示する.

1.架空事例
 40歳代男性,20歳代で統合失調症を発症.病気についての理解はまったくなく,怠薬と症状の再燃を繰り返している.幻覚妄想状態が顕著であるが,それを霊的体験に基づくものと考え,病気ではないという認識は固定化され修正困難であった.内的異常体験に支配された逸脱行動があり,父親の同意で医療保護入院となった.「自分は病気じゃないから薬は飲まなくてもよい」と述べて,内服には強い拒否を示すため,本人の意思を尊重して薬物療法は行わず経過観察した.しかし,鏡の前での儀式的な行動や空笑が目立ち,家族にも「○○を殺せ」と電話をした.「除霊のため」と大声で叫ぶなど落ち着かず隔離開始となり,やむなくハロペリドールの筋肉注射を1週間行った.薬効が認められて,隔離解除となり,コンサートに行きたいと強く希望した.家族は,「病識をもって薬を飲むように指導してほしい.霊的な体験や幻聴の対話をなくしてほしい」と切に希望した.家族の同意が得られれば外出可とすることを検討したが,両親は,「病状が悪いのに家族に判断を委ねるのか」と病院への不信感や怒りをあらわにした.家族の意向も考慮し,妄想症状も強いことから外出は不可としたが,本人は外出できないことに対して強い憤りがあった.
 スタッフは,病気ではないと治療に拒否的な患者とその病状や治療に対して医療者側に厳しい要求をする両親との間で,双方の意思をどのように尊重すればいいのかを当然ながら悩むことになる.このような事例に対して,どのような対応が適切だったのかを臨床倫理カンファレンスで検討している.
 まず,医学的・標準的最善の判断として,統合失調症の治療のスタンダードである薬物療法は,病状の改善,寛解を維持するためには必須である.症状を完全になくすというよりは緩和する,コントロール可能な程度に落ち着かせる治療を目標とした.本人は,「自分は霊媒体質で病気ではないから薬や治療は必要ない.悪霊がたくさん寄ってきて除霊できないとつらい.霊的体験はあっても生活はできる.一人暮らしで大丈夫」という主張であった.一方,家族は,「病気を治してほしい.薬を処方していないのは,何も治療してもらっていないのと同じだ.本人の好きなようにさせて放置している.指導・教育をしっかりとしてほしい.親に判断をゆだねないで病院側で治療的判断をしっかりとしてもらいたい」との意見であった.このように治療の目標や内容について,本人と家族の認識にずれがあり,双方の意向がまったく折り合わない.
 臨床倫理カンファレンスでは,本人にとっての最善を社会的公平・公正,社会通念の社会的視点から考えることとしている.本人の意思決定支援には,「医学的・標準的最善の判断」「家族の思い」を併せて総合的に判断する必要がある.本人の最善とは,単身で安定した暮らしができる,症状に脅かされないで過ごすことができる,症状のせいで生活が破綻しないことである.一方で,本人にとっての最善を実現するために,家族の過重な負担を避けるなどの配慮も必要である.家族へのケアが必要であれば検討し,家族の思いも尊重する.そこで,家族には治療の経過や本人の病状を伝え,本人の思いを理解してもらえる場を作る.本人,家族それぞれの話を十分に聞きながら,折り合える場所を見つけ,できる限り本人にとって苦痛やストレスが少ない治療を継続する.最終的には,本人,家族ともに満足できるものをめざすこととなる.

II.考察
 本特集のテーマは,「精神科入院におけるアドボケイト制度の具体的な形」ということで,著者は,勤務している単科精神科病院において,具体的=実際的に行うことのできるアドボケイト活動について言及した.そもそも,アドボケイトという文言自体が,多くの精神科医療者のなかで共通の認識が得られているのか疑問である.アドボケイト活動に含まれる内容は,外出外泊したい,退院したいなどの患者の要望に応えるようなものから,意思決定支援や権利擁護など幅が広いように思われる.そこで日精協が行った平成27年度厚生労働科学研究補助金障害者総合福祉推進事業「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」において,著者らはアドボケーターガイドラインを作成した.アドボケーターの定義は以下である.アドボケーターとは,精神科病院に入院している者にとって,入院生活での困り事に対して信頼できる相談相手で,入院中の「説明が得られない」「聞いてもらえない」ことに対しても,本人の立場で気持ちや状況を理解し,必要に応じて代弁することで,本人が自分の気持ちに正直に生き,主体的に精神科医療を受けられるように側面的に支援する者である.アドボケーターは,本人の話を先入観なく理解し,利害関係のない人がその任を担う.
 このアドボケーターの内容では,権利擁護が不十分との意見からアドボケイトの呼称が流布されているが,著者は精神科医療の現場では,意思決定支援,アドボケイトや権利擁護の文言をどう使い分けるのか混乱をきたすのではないかと危惧する.言葉の定義が曖昧なままとなっている.
 精神科病院は外部からの接触を嫌う傾向にある.特に昨今のコロナ禍の状況ではなおさらである.意思決定支援や権利擁護を患者・家族と医療スタッフ全員が本当に満足のいくものにしたいのであれば,病院外部からの援助者が必要なのであろうが,担う人材の確保や人件費をどうするのかといった難題に直面する.絵に描いた餅にしないためにも,現実的で実行可能な,今すぐにでもできそうな方法を考えるべきである.当院では,Beauchampらが『生命医学倫理』1)で提唱した自律性の尊重・無危害・善行・公正からなる医療倫理の四原則をもとに臨床倫理カンファレンスを行っている.現状では,スタッフが倫理的な配慮ができているかどうかの振り返りの側面が大きいが,医療倫理の四原則にあてはめてみて患者の意思決定支援を行っているかどうか,権利擁護がなされているかどうか病院内で検討することはできる.病院内だけのスタッフで不十分であれば外部からの委員を検討すべきであろう.しかし,「精神科入院におけるアドボケイト制度の具体的な形」を実現するには,外部からの支援を否定するものではないが,まずは,現在ある人材をいかに有効に活用して実現可能とするかを考えるべきある2)

おわりに
 精神科入院におけるアドボケイト制度の具体的な形として,単科精神科病院である五稜会病院で行っている臨床倫理カンファレンスについて紹介し,この方法が実際的にアドボケイト導入につながる1つの端緒になるのではないかと考えた.実現がほど遠い理想論よりは,現在の医療体制のなかでも取り組めるような制度設計が望まれる.

 編  注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに佐竹直子(国立国際医療研究センター国府台病院精神科)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Beauchamp, T. L., Childress, J. F.: Principles of Biomedical Ethics, 5th ed. Oxford University Press, New York, 2001 (立木教夫, 足立智孝監訳: 生命医学倫理, 第5版. 麗澤大学出版会, 柏, 2009)

2) 中島公博: 精神科病棟における意思決定支援―平成27年度「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」を踏まえて―. 精神医学, 62 (10); 1327-1333, 2020

3) 日本精神科病院協会: 平成27年度厚生労働科学研究補助金(障害者総合福祉推進事業). 「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」報告書. 2021 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/seika05.pdf) (参照2023-02-10)

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