Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第4号

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特集 精神科入院におけるアドボケイト制度の具体的な形
精神科アドボケイトの制度化と全国展開の道すじ
原 昌平
認定NPO法人大阪精神医療人権センター
精神神経学雑誌 125: 291-295, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-042

 日本の精神医療で最も重要な課題は,入院患者の人権保障と,入院中心主義からの転換である.それらを改善するのに効果的な方法は,外部から病院を訪問して患者の権利擁護にあたる「精神科アドボケイト」の導入であり,さまざまな改革を進める糸口にもなる.いま,精神科アドボケイトの導入に向けて,大きなチャンスが訪れている.求められるアドボケイトの役割と性格,具体的な事業の進め方,法的根拠のあり方,そして全国レベルでの実現に必要な活動のロードマップを提案したい.

索引用語:精神科病院, 人権, 患者の権利擁護, 権利擁護者>

はじめに
 2013年6月の『精神保健福祉法』の改正では,医療保護入院について保護者制度を廃止し,退院支援を導入した.しかし,代弁者・権利擁護の仕組みは積み残しにされた.衆参両院の厚生労働委員会は附帯決議で,それらを早急に検討するよう求めた.
 その後,厚生労働省の研究事業で日本精神科病院協会が2015年度に「アドボケーターガイドライン」を作成した4).しかし,その内容は多くの問題をはらんでいた2).このため,認定NPO法人大阪精神医療人権センターは,対案として2018年2月28日に「精神科アドボケイト(権利擁護者)の活動指針案・事業モデル案」5)を厚生労働省へ提出し,求められる活動の姿と現実的な提案を示した.
 こうした動きを受けて厚生労働省は,2018年度予算に計上していた「意思決定支援等を行う者に対する研修の実施」(予算額500万円)の支出を見送った.
 それに代えて2019年度から,国立精神・神経医療研究センターの藤井千代氏を中心とする研究班を設け,権利擁護の仕組みの具体化について検討を進めている.主たるテーマは,病院の外から訪問する権利擁護者(アドボケイト)の仕組みの設計で,研究班がまとめた事業のイメージ1)は,大阪精神医療人権センターの個別相談活動に近い.
 本稿では,どのような権利擁護活動を,どうやって作っていくのかを論じる.

I.権利擁護がなぜ必要か
 アドボケイトの目的は,患者の権利を守ることである.なぜ精神医療の場で権利を守る必要があるのか,まずは現状の認識を明確にしておく必要がある.
 精神科病院では,日常的にさまざまな人権の制限が行われている.強制入院,隔離,身体拘束,電話・面会・外出の制限などは,要件や手続きの面で適法でも,権利を制限していることは間違いない.本当にやむをえないのか,安易に行われていないか.権利制限を受ける側に支援者がいなければ,歯止めにならない.
 精神医療審査会への退院請求,処遇改善請求は,請求があって初めて作動する.つまり,受け身の制度であることが弱点で,入院患者数に比べて請求の件数は非常に少なく,あまり機能していない.
 職員による暴力,虐待行為,金銭着服といった事件は,近年も全国各地の病院で発覚している.表面化するのは氷山の一角だろう.行政による実地指導は通常,事前予告して行われるため,実態把握が十分とはいえない.
 食事,入浴,私物管理,金銭管理といった日常生活や,ベッド周り,トイレ,採光などの療養環境,そして病状の説明,薬の処方といった医療の進め方の面でも,課題はある.明確な基準やルールがなく,法的な手立てのそぐわない領域を含めて,人権状況全般を向上させ,安心して利用できる精神医療にしていく必要がある.
 また,必要以上に長い入院によって,人生の限られた時間を失うことは,幸福追求権の侵害である.

II.アドボケイトの活動のあり方
1.患者の味方として
 精神科の病棟では,スタッフが強い権力をもっている.退院の可否の判断や行動制限ができることが背景にある.看護職員は一般の病棟と違い,集団としての管理を重視する.このため入院患者は言うことをきかざるをえなくなる.そういう力関係のアンバランスを変えるには,患者側に「味方になる人」が付く必要がある.
 権利擁護には,中立公正な立場の第三者が出向くオンブズマン方式もある.ヨーロッパ拷問防止委員会をはじめ,欧州で多く導入されており,監督や勧告の権限をもつことが多い.しかし日本では,患者の味方というアドボケイト方式がよいと考える.そのほうが患者から信頼を得やすく,活動者も自分の立場がわかりやすい.病院との関係でも,権限をもたないほうが受け入れられやすい.
 面会のときに聞いた話の内容を,本人の了解なしに病院,家族,第三者などへ伝えないこと(守秘義務)も大切である.

2.エンパワメント
 アドボケイトの役割として重要なのは,人としてのかかわりである.法律やルールに照らして争う方法とは異なる.まずは入院患者に会って,その人の話に耳を傾ける.そのこと自体に大きな意味がある.
 入院患者のなかには,長期の管理された生活によって無気力,無関心になったり,仕方がないと思っていたり,自信をなくしたりして,権利意識や退院意欲が弱くなっている人が少なくない.その人が本来もっている力を発揮できるよう,勇気づけや知識・情報の提供を行い,自分の気持ちを言えるように手助けすることが重要な役割になる.
 アドボケイトの活動は,退院促進にもつながる.ただし,そのための社会資源探しや家族など関係先との連絡調整などは,ソーシャルワーカーの仕事である.

3.外部から病棟へ入る意味
 重要なのは,病院の外部の人間であること,そして病棟の中まで入ることである.療養環境やスタッフの態度をはじめとする病棟の状況を知るには,面会室で会うだけでなく,現場へ入るほうがよい.そうすれば,アドボケイトの存在が他の患者の目にも触れる.スタッフとも顔見知りになり,職員の悩みも聞くことができる.閉鎖的な施設に外部の人間の目と耳が入れば,組織の風通しが良くなる.小さな権利侵害に対して早めに手を打ち,重大な不祥事に発展するのを未然に防ぐことができる.

4.病院を敵視せず,信頼関係を築く
 病院側とは適宜,話し合いの場をもつ必要がある.病院側の考えも聞きながら,落ち着いて冷静に意見交換する.一定の緊張関係は必要だが,病院を敵視して攻撃する態度をとるべきではない.それでは病院は受け入れたがらない.一部の悪質な経営者を除いて,安心できる医療にしたい,医療の質を高めたいという願いは共通するはずだ.人権状況や療養環境の改善・向上は,病院のプラスになる活動である.
 アドボケイトは病院に対する権限をもたないほうがよく,行政からも独立している必要がある.監督や勧告の権限をもつと,病院側は身構えて,守りに入る.
 病院との信頼関係を築くには,権利擁護に取り組む側が,自分たちがどんな人物なのか,人間性をみてもらう機会をつくる工夫と努力が求められる.

III.どんなふうに事業をするか
1.個別支援活動と病院訪問活動
 アドボケイトによる権利擁護は,強制入院の患者だけを対象にするのか,任意入院も対象にするのか.また,個別に依頼のあった患者に限定して面会に出向くのか,それ以外の入院患者も対象にするのか.
 任意入院でも,本人の自発的意思ではなく,消極的な同意で入院した人は多い.隔離,身体拘束を含めた行動制限を受けることもある.病棟での生活に不満をもっていることも多い.したがって,法律上の入院の種類は問わずに対象にするべきである.
 また,自分から支援を求めた患者だけを援助する形では足りない.声を上げられない人もいる.病状や知的能力の面で難しい人もいる.心理的にパワーレス状態の人もいる.2020年に神戸市の神出病院で発覚した看護職員らによる虐待事件は,認知症の患者たちが被害者だった.そうした人々の権利も守られないといけない.
 とはいえ,強制入院の患者だけでも全員に面会に行けるかというと,難しい.新規の措置入院と医療保護入院だけで年間に計19万人を超えており,とても人手が足りない.
 したがって,本人や家族から依頼を受けて面会に出向く「個別支援活動」と,病棟に入って対象者を特定せずに相談にのる「病院訪問活動」の両方を組み合わせるのが,現実的かつ有効な方法である.
 大阪精神医療人権センターは,新型コロナ拡大前の2019年度に,電話や手紙などで連絡を受けて出向く「個別相談活動」として,179回の面会に出向いた(入院者の実人数54名).また,大阪独自の公的な制度である療養環境サポーターとして2019年度は11病院を訪問し,病棟に入って相談にのった.
 個別支援活動は,ペアで出向くのを基本にするのがよい.1人では心理的にも労力的にも負担が大きい.本人との相性,性別の問題もある.病院訪問活動はさしあたり,1つの病院について月1回以上,半日程度滞在する形が望ましい.当初は5~6人で行くほうがよいが,慣れてくれば2人でもよいだろう.将来的には,病院に常駐できるとよい.

2.担い手と報酬,保険
 アドボケイトの担い手の属性や資格を限定する必要はない.入院経験者によるピア活動は本人を勇気づける意味が大きいが,それに限定する必要はない.福祉,医療,法律の専門職でもよく,一般市民でもよい.ただし専門職を含め,一定日数の研修の受講を条件とし,適格者を登録する.
 ボランティア活動では人の確保が難しく,長続きしない.相応の賃金または業務委託による報酬と,交通費などを支給する.事故やトラブルに備えて労災保険または傷害保険と賠償責任保険に加入する必要がある.
 担い手について,権利擁護センター(後述)が雇用や業務委託をするのか,各地域の福祉事業所が雇用し,センターから業務委託料を受け取るのか,その両方を併用するのかは,地域の実情によるだろう.

3.都道府県ごとに権利擁護センター
 アドボケイトの担い手を養成しても,それだけでは事業はできない.原則として都道府県ごとに「権利擁護センター」(仮称)を設け,事務局スタッフをおく必要がある.そこが入院患者や家族から面会の依頼を受ける窓口になり,活動の計画と調整,活動のサポート,情報の集約,研修などを行うのがよい.
 権利擁護センターは,独立性と柔軟性を確保するため,行政機関や精神保健福祉センターから独立した民間組織にして,都道府県がそこに事業委託するのが望ましい.権利擁護に取り組む市民団体があれば,そこが受託できる.そうした団体がない地域では,当事者団体,精神保健福祉士協会,弁護士会,家族会などが協力して法人を設立すればよい.
 それとは別に都道府県ごとに,精神科病院協会を含めた関係団体,行政機関による定期的な協議の場を設け,アドボケイトの活動や精神科病院の人権状況について情報・意見を交換することが望ましい.

IV.実現に向けて必要なこと
1.『障害者総合支援法』をもとに導入を
 どの法律をもとに,アドボケイトを導入するのがよいだろうか.
 『精神保健福祉法』に組み込めば,面会や病棟訪問に法律上の権限を確保できる.しかし法改正には多大な労力と時間がかかる.精神医療審査会との役割の整理も必要になる.日本精神科病院協会の抵抗に遭う可能性も高い.実現したときは厳格な制度になり,手直ししにくい.
 もう1つ,『障害者総合支援法』による地域生活支援事業として導入する方法がある.これは2017年2月に厚生労働省の「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」が示した方針とも合う3).地域生活支援事業とは,法定の障害福祉サービスとは別に自治体の事業として行うもので,厚生労働省が補助金を出す.地域生活支援事業を定義した条文には障害者の権利擁護が入っており,法改正しなくても導入できる.行政的・政治的にハードルが低く,設計・修正の自由度は高い.
 精神科の権利擁護には専門的知識が必要で,精神科病院は地理的に偏在していることから,市町村ではなく,都道府県の必須事業とすべきである.自治体の関心度によって地域差が大きくならないか,福祉分野で十分な予算を確保できるか,ただの福祉的支援にならないかといった懸念はあるが,導入の早道になる.

2.法的強制力は必須ではない
 面会・訪問は,病院に対する法的強制力が必須というわけではない.連絡してきた個別の患者との面会は本来,自由にできる.対象者を特定しない病院訪問活動も,病院側と話し合って信頼関係を築いていけば,可能である.大阪では実際に,大阪精神科病院協会の理解と協力を得て,個別面会,病棟訪問活動が行われている.
 最も効果的なのは診療報酬による経済誘導である.アドボケイトの個別面会受け入れに点数をつけたり,病院訪問活動を受け入れた病院の入院料に加算をつけたりすれば,病院側の受け入れは進むだろう.アドボケイトを弁護士や行政職員に準じて扱うよう厚生労働省が通知を出す方法もある.

3.巨額の費用はかからない
 事業の予算規模はどうだろう.2人がペアで病院訪問活動を週2回行うと仮定すると,月に8病院を1回ずつ訪問できる.精神病床をもつ全国約1,600病院をカバーするには,全国に200ペア.計400人に年収300万円を支給するなら12億円.保険料,交通費を含めて16億円ほどだろう.権利擁護センターの人件費・事務所費・活動費を1ヵ所につき年間3,000万円とすると,全国で約15億円.研修費や広報費を加えても,年間30億円余りあれば,全国で本格的な活動を展開できる.
 個別支援活動は利用件数の見込みが立てにくいが,アドボケイトのペアが病院訪問活動のほかに週に4件,個別の面会に行けたら,月16件,年192件,全国200ペアで38,400件の面会ができる.手が足りなければ,アドボケイトを増やせばよい.
 精神科の入院医療費は,診療費だけで1兆3,616億円(2018年度「国民医療費」).入院患者1人あたり年間500万円近い.それに比べれば,微々たる額である.活動によって,長期入院が減れば,財政的には十分におつりがくる.

4.オンラインで基礎講座,各地で実践講座
 藤井らは,大阪精神人権センターの協力を得て,アドボケイトの養成講座づくりを進めている.基礎講座は,どこからでも参加できるオンラインで開催し,基本的な姿勢,知識,技術を学ぶ.その後,可能な地域ごとに実践研修をリアルで開催する.その次は一部地域でのモデル事業,さらに国による制度化・予算確保という流れになる.

5.各地域にコア人材,組織をつくる
 アドボケイトの事業は,養成講座に参加者を集め,厚生労働省が制度を作っただけでは実現しない.各地域で事業を組み立てる人と組織が欠かせない.それにはコア人材の確保,活動団体の結成,関係団体との連携,権利擁護センターの体制づくりが必要になる.
 大阪精神人権センターは2017年度から日本財団の助成を受け,大阪以外の地域に権利擁護活動を広げる取り組みを進めてきた.その後押しもあって,埼玉,神奈川で精神医療人権センターが新たに設立され,兵庫の精神医療人権センターとの連携も強まった.精神保健当番弁護士活動が盛んな九州・沖縄の弁護士会とも交流した.各地に種をまき,芽を育てる試みは,少しずつ進んできた.東京の精神医療人権センターも組織を再確立した.
 権利擁護に関心をもつ人は,どの都道府県にも必ずいるはずだ.精神科の権利擁護に関する活動の交流やオンライン講座を通じて,コア人材になりそうな人が見つかれば,その地域での活動づくりのサポートや実践講座の開催のために大阪などから出向く.
 当事者団体,精神保健福祉士協会,弁護士会,家族会,地域福祉事業者団体,障害者団体,日本精神神経学会,精神科診療所協会などと連携し,各地の精神科病院協会とも互いに知り合う機会をもてば,全国展開は加速するだろう.

おわりに
 精神科アドボケイトの実現は,夢物語ではない.国の制度として全国的に導入できるチャンスが今,訪れている.
 アドボケイトは,入院患者の権利を守る現実的な仕組みになり,精神医療の質の向上と改革のためにも重要な転機になる.理念,制度設計,活動のあり方,養成のあり方について,多方面から意見を出してほしい.あわせて,志のある方々が,各地域での権利擁護活動づくりに積極的に参加・協力していただくことを期待する.

 編  注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに佐竹直子(国立国際医療研究センター国府台病院精神科)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 藤井千代, 太田順一郎, 岡安 努ほか: 精神障害者の意思決定及び意思表明支援に関する研究―入院中の精神障害者の権利擁護に関する研究―. 令和元年度厚生労働行政推進調査事業費補助金障害者対策総合研究事業「地域精神保健医療福祉体制の機能強化を推進する政策研究」令和元年度総括・研究分担報告書(研究代表者: 藤井千代). p.257-268, 2020 (https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2019/192131/201918036A_upload/201918036A0016.pdf) (参照2022-07-08)

2) 原 昌平: 入院患者の権利を守るために本当に必要なこと―日精協「アドボケーターガイドライン」のまやかしを越えて―. 精神医療, 92; 81-87, 2018

3) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部: これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000152029.html) (参照2022-07-08)

4) 日本精神科病院協会: 平成27年度厚生労働科学研究補助金 (障害者総合福祉推進事業)「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」報告書. 2016 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/seika05.pdf) (参照2022-07-08)

5) 大阪精神医療人権センター: 精神科アドボケイト(権利擁護者)の活動指針案・事業モデル案 (提案). 2018年2月28日 (https://www.psy-jinken-osaka.org/proposal/) (参照2022-07-08)

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