本稿は,精神科病院に入院する者に対して外部から訪問して権利擁護を行う精神科病院アドボケイトの制度の全体像を示すとともに,そのなかにおけるピアサポーターの役割を明らかにすることを目的とする.精神科病院アドボケイトは,複数の異なる系譜を引き受けたものであるため,論者ごとに異なる解釈が付与されてきた.本稿では,精神疾患を有する者の保護およびメンタルヘルスケアの改善のための諸原則を背景とした法律モデルの系譜と『障害者の権利に関する条約』以降の社会モデルの系譜をそれぞれ記述した.日本において精神科病院アドボケイト制度は,法律モデルの観点から受容されてきたため,社会モデルの観点からの論述が希薄であることを指摘した.続いて政府による精神科病院アドボケイト制度の創設に向けた検討過程を記述した.「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書(2017年2月)」では,事実上制度化が再検討されることとなり,権利擁護を基本としたものに変わろうとしていることを明らかにした.そのうえで著者は精神科病院アドボケイト制度の実現に向けた全体像を機能,役割,対象者,担い手,実施体制,財源など詳細にわたって提言した.最後にピアサポートの活用は,国によるピアサポートの専門性評価の政策のなかで想定されているピアサポーター像と精神医療人権センターに所属して活動する当事者の系譜とでいくつかの看過しがたい隔たりがあることを指摘した.精神医療人権センターに所属して活動する当事者は,当事者団体に所属する者が大部分を占めていた.以上を通じて精神科病院アドボケイト制度の全体像と,そのなかにおけるピアサポーターの役割を明らかにした.
2)日本学術振興会特別研究員PD
3)同志社大学
https://doi.org/10.57369/pnj.23-041
はじめに
本稿は,精神科病院に入院する者に対して外部から訪問して行う権利擁護(以下,「精神科病院アドボケイト」とする)の制度の全体像を示すとともに,そのなかにおけるピアサポーターの役割を明らかにすることを目的とする.本稿において精神科病院アドボケイトとは,精神科病院の外部から入院患者に対して,患者が保有する権利の行使をサポートする救済活動全般を指すものであり,思想や系譜の如何を問わない.
本稿の構成は,次の通りである.第I節ではアドボケイト制度の概念整理のために異なる2つの系譜と日本におけるアドボケイト制度の受容のされ方について論じる.第II節では,これまでの精神科病院におけるアドボケイト制度化の検討過程を明らかにする.第III節では,アドボケイト制度の実現に向けた全体像の詳細を提言する.第IV節では,ピアサポートの活用について展望を明らかにする.「おわりに」では,本稿の主張をまとめる.
I.アドボケイト制度の系譜
1.複雑化するアドボケイト制度像の問題
今日,アドボケイト制度は,複数の異なる系譜の解釈が混在しており,きわめて抽象度の高い説明しか与えられていないという問題に直面している.異なる解釈を内包したままでは,各界のエキスパートコンセンサスで強引に制度化を推し進めたとしても,やがて辻褄が合わなくなり現場の混乱に帰結するだろう.制度化するうえでは,機能や役割を明確にしていく必要がある.ここでは,アドボケイト制度のイメージを2つの異なる系譜から明らかにしていく.
2.法律モデル的な適正手続きとしてのアドボケイト制度の系譜
アドボケイト制度化の機運が最初に高まったのは,1987年『精神衛生法』改正における適正手続き導入以降である.1987年『精神衛生法』改正は,福祉法制定の必要性と宇都宮病院事件以降の適正手続きの導入の必要性の2つを契機にしたものであり,後者の適正手続きに関しては国際的な動向とも関連しながら進められたものであった.当時,国連差別防止と少数者の保護に関する小委員会では,「精神疾患を有する者の保護及びメンタルヘルスケアの改善のための諸原則」(以下,「国連原則」)の制定に向けた検討が進められていた.検討の場では,国際法律家委員会の主張と世界精神医学会の主張とが激しく対立していた.国際法律家委員会は,適正手続きを導入することで医療者による恣意的な運用を防止し,患者の利益につながるようにすべきだと主張した.それに対して世界精神医学会は,保安処分のように適正手続きを通じた国家による診療関係への介入こそ患者の権利を侵害するものであり,医療者の裁量を最大化させることで患者の利益につなげる必要があると主張した.それ以降は,前者を指して法律モデル,後者を指して医療モデルと呼ばれるようになった.
対立の末,両者の意見を組み合わせたかたちで国連原則が1991年に採択され,法律モデルの観点からアドボケイトの選任に係る手続き保障が規定された(原則18).その後,日本でもアドボケイト選任に係る手続き保障を求める声が法律モデルの観点から大きくなっていった.
3.社会モデル的な障害者権利条約に整合するアドボケイト制度の系譜
2006年12月13日,第60回国連総会において『障害者の権利に関する条約』(以下,「障害者権利条約」または,「同条約」)が採択された.同条約は,障害者に対して新しい権利を付与しようとするものではなく,あくまで障害者が他の者と平等に人権を享受できていない実情を鑑みて,他の者と平等の権利の享受をめざすものである.2007年9月28日,日本政府は同条約に署名した.その後,同条約の批准に向けた国内法整備が行われ,7年後の2014年1月に国会において全会一致で批准された.
同条約の考え方は,社会モデルに基づいている.社会モデルとは,障害にかかわる問題を障害者個人に帰責し,解消を図ろうとする個人モデルを完全に否定し,社会全体が責任を負い,解消しようとする枠組みへの転換をめざす立場のことである.社会モデルの観点に立てば,精神科病院に入院している人の問題を入院者の病状に還元する制度のありようや精神科病院の問題を精神科病院だけに押し付けて自らはかかわろうとしない市民社会のありようは,根本から変えていかなければならないはずである.そして,入院者には一般科と同質の医療が提供される権利が保障されなければならない.
同条約の趣旨を踏まえるとアドボケイト制度は,法的能力の行使にあたって必要となる支援(12条3項),虐待の防止にあたって必要な措置(16条),病院から地域生活に移行するための漸進的措置(19条),医療におけるインフォームドコンセントの支援(25条)という側面が求められることになる.また,制度化にあたっては,障害者を代表する団体の推薦を受けた障害当事者による政策決定過程からの参画(4条3項)が定められており,同条約の実施および監視にあたって障害当事者の参画(33条3項)が定められていることからも,当事者参画が不可欠である.
4.日本におけるアドボケイト制度の受容のされ方
日本においては,諸外国の権利擁護の事例として米国カリフォルニア州の公的権利保護・擁護機関であるProtection and Advocacy, Incorporated(PAI)の取り組みが紹介されてきた.PAIは,すべての精神障害者が非自発的入院をするにあたっては一人一人に公的権利保護・擁護官と呼ばれるアドボケイトを登録する仕組みを採用している.また,精神科病院において事故が発生した場合には,独立した調査権限を行使することができ,調査結果も公表されている2).PAIが紹介されてからは,同州のように非自発的入院者一人一人に対してアドボケイトを登録する制度の必要性が論じられるようになった11).当時,アドボケイト制度は,もっぱら法律モデルの観点から受容されてきた.
また,障害者権利条約の批准に向けた国内法整備においてアドボケイト制度が検討されたが,同条約の趣旨との兼ね合いをよそにして地域移行のツールとして期待がよせられてきたきらいが否めない.そのため,同条約と社会モデルの観点からのアドボケイト制度像は,ほとんど検討されていない.今後は,同条約と社会モデルの観点からアドボケイト制度の体系構築をしていく必要がある.
II.経緯
1.前 史
2021年10月8日,厚生労働省は検討会を設置して,精神科病院におけるアドボケイト制度の制度化の検討を開始した.ここでは,今日に至るまでの検討過程を整理していく.日本において精神科病院入院者の権利擁護の制度化を果たしえた代表的な事例は,大阪府による療養環境サポーター制度と弁護士会による精神保健当番弁護士制度である.
療養環境サポーター制度は,大阪精神医療人権センター(1985年設立)の運動と大和川病院事件(1993年)を契機としたものである.1996年,大阪府精神保健福祉審議会は,社会的入院が人権侵害であるとする答申をまとめ,ほどなくして大阪精神医療人権センターは,病院の風通しをよくするための活動として「ぶらり訪問」を実施するようになった.2003年には,大阪府が精神医療オンブズマン事業を開始し,「ぶらり訪問」が公的事業としての位置づけを得た.現在は,療養環境サポーター制度として存続している.
精神保健当番弁護士制度は,1993年に福岡弁護士会が日本で最初に制度化したものであり,精神科病院に入院した人に対して出張して初回のみ無料で法律相談をする制度である.現在では,精神保健当番弁護士制度を設けている弁護士会が相当に増えてきている.ただし,『総合法律支援法』では,退院などの請求や処遇改善請求が助成の対象とされていないため,公的制度による裏づけを与えていく必要性に迫られている.
2.『障害者権利条約』の批准に向けた国内法整備
国がアドボケイト制度の制度化に向けた検討を開始したのは,『障害者権利条約』の批准に向けた国内法整備の議論のときからである.2010年6月29日,「障害者制度改革の推進のための基本的な方向について」が閣議決定された.「障害者の権利に関する条約の締結に必要な国内法の整備を始めとする我が国の障害者に係る制度の集中的な改革の推進を図るもの」とされ,医療の部分には,「精神障害者に対する強制入院,強制医療介入等について,いわゆる『保護者制度』の見直し等も含め,その在り方を検討し,平成24年(2012年)内を目途にその結論を得る」という内容が盛り込まれた4).厚生労働省には,「新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム(2012年6月)」が設置され,2012年10月から保護者制度・入院制度についての検討が開始された.
検討過程においては,保護者制度の廃止に伴って保護者の代わりに誰が医療保護入院に同意を与えるべきかで議論が交わされた.同意を与える者のことは,代弁者と呼ばれ権利擁護を担うことが想定された.しかし,代弁者制度は,議論を経て入院中の者の意思決定および意思表明の支援を行うものという位置づけに変わった.検討の結果,医療保護入院の見直しに関する基本的な考え方のなかに「保護者による同意を要する医療保護入院については,本人の同意なく入院させている患者に対する権利擁護が十分か,といった問題意識」として書き込まれた1).
2013年に改正された『精神保健福祉法』の附則第8条12)には,「政府は,この法律の施行後三年を目途として,新法の施行の状況並びに精神保健及び精神障害者の福祉を取り巻く環境の変化を勘案し,医療保護入院における移送及び入院の手続の在り方,医療保護入院者の退院による地域における生活への移行を促進するための措置の在り方並びに精神科病院に係る入院中の処遇,退院等に関する精神障害者の意思決定及び意思の表明についての支援の在り方について検討を加え,必要があると認めるときは,その結果に基づいて所要の措置を講ずるものとする」と規定され,精神障害者の意思決定および意思表明の支援については次の改正まで先送りされた.
3.アドボケーターガイドライン
2016年1月,精神保健福祉法附則第8条に基づく検討の場として,「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」(以下,あり方検討会)が設置された.あり方検討会3)では,附則第8条に基づき再び意思決定・意思表明支援の検討がなされ,結果として医療保護入院を行う医療機関を対象に相談支援事業所が実務を担うことと地域生活支援事業に位置づけられることが確認された.また,機能としては,(i)患者に寄り添い,治療内容の理解等を促すとともに,患者の意思を引き出し,意思決定等を支援し,本人の同意があれば医療機関に意思を伝える機能,(ii)退院に向けた意思決定等を支援し,退院促進を図る機能,(iii)退院請求など入院者がもつ権利行使を支援する機能,(iv)入院の必要性や適切な医療が行われているかどうかを判断する機能の4つの機能が考えられることが挙げられた.
また,その間に2013年度厚生労働科学研究費補助金・障害者総合福祉推進事業「精神障害者の意思決定の助言・支援を担う人材の養成及び実施について」(支援の三角点設置研究会・検討委員長=白石弘巳・東洋大教授),2014年度厚生労働科学研究費補助金・障害者総合福祉推進事業「入院中の精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」(支援の三角点設置研究会),2015年度厚生労働科学研究費補助金・障害者総合福祉推進事業「入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」(日本精神科病院協会)などの成果が示され,アドボケーターガイドラインという制度化に向けた枠組みが示された8).具体的には,入院中の精神障害者の意思決定および意思表明の支援は,相談支援事業所が実施主体となり,相談支援専門員1名とピアサポーター2名の計3名のチームで活動すること,直接的な支援は行わず,傾聴を基本とすることなどが挙げられた.
2018年度予算には,意思決定支援などを行うものに対する研修の実施(以下,2018年度予算事業)が盛り込まれ,アドボケーターガイドラインを踏まえて「相談支援事業所に所属する相談支援専門員(アドボケーター)が,非同意入院患者のいる病院を訪問し,退院に向けた意思決定支援や退院請求などの入院者がもつ権利行使の援助等を行うための人材養成を行う」こととされた5).
4.アドボケイト制度への転換
政府の動向に対して大阪精神医療人権センターは,2017年12月に「意見書―精神科病院に入院中の人々のための権利擁護システムの構築を求め,日本精神科病院協会によるアドボケーターガイドラインに反対する」を出して反対の立場をかためた10).アドボケーターガイドラインには,(i)アドボケーターが入院患者に情報提供をしてはならないとする内容,(ii)アドボケーターが入院患者と話したことなどを医療機関に一方的な報告を求める内容,(iii)アドボケーターが入院患者に対して治療内容の理解を促すものとする内容が書かれていた.大阪精神医療人権センターは,入院患者に情報提供をせず,医療機関に一方的な報告を求め,医療を受けさせるためにだけ活動するようであれば権利擁護ではないと主張した.また,2018年2月には,大阪精神医療人権センター,DPI日本会議,日本障害者協議会(JD),全国「精神病」者集団,全国精神障害者地域生活支援協議会(あみ),日本精神保健福祉士協会などで集会を開催し,アドボケーターガイドラインは権利擁護として不適切であると主張した.
全国「精神病」者集団は,2015年度障害者総合福祉推進事業「入院の精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業」においてアドボケーターの役割が「主体的に精神科医療を受けられるように側面的に支援する者」とされており9),あり方検討会報告書において慎重であるべきとされた治療内容の理解等を促し患者の意思を引き出す機能を目的とした内容となっているが,整合性に重大な問題があるため再検討が必要であると主張した.また,病院職員が担うべき機能を医療機関の外部が望ましいとされるアドボケーターに担わせる合理的な理由を健康保険原理との関係から精査するように求めた.反対意見が相次いだこともあって,2018年度予算事業は結果として実施されなかった.
2019年4月,厚生労働行政推進調査事業費補助金「地域精神保健医療福祉体制の機能強化を推進する政策研究」(研究代表者:藤井千代)の分担班として「精神障害者の意思決定及び意思表明支援に関する研究」が開始された6).分担班は,入院中の精神障害者の意思決定および意思表明の支援について残余の課題に継続して取り組むことを目的に据えたため,実際は権利擁護の観点からの再検討の場となった.分担班では,アドボケーターという呼称を用いないこととなり,精神科病院アドボケイトと呼ぶことになった.
III.精神科病院アドボケイト制度の提言
1.権利擁護におけるアドボケイト制度の位置づけ
本節では,アドボケイト制度の制度化に向けて全体像を詳細にわたって提言していく.本来の権利擁護とは,アドボケイト制度にとどまらず,もっと幅広くとらえられるべきものである.そのため,アドボケイト制度の役割を明確化するためには,権利擁護活動全般におけるアドボケイト制度の位置づけから検討していく必要がある.アドボケイト制度の機能にとどまらない権利擁護としては,病院内部の取り組み,退院請求や処遇改善請求,法律家による司法救済,行政による病院への指導監督,虐待発見時の通報の仕組み,日常生活自立支援事業,重度訪問介護をはじめとする地域生活を支える制度などが挙げられる.
アドボケイト制度の機能として特に重要になるのは,入院者を法律家などの外在的な権利擁護機関につなげていく役割であると考える.非同意入院のセーフガード(監視機能,救済機能)のための権利擁護は,精神医療審査会や司法救済の対象活動と位置づけるなどして法律家などが対応すべきである.
2.アドボケイト制度の目的
アドボケイト制度の目的は,(i)精神科病院に外部の目を入れることで風通しをよくし医療の適正化につなげること,(ii)入院者の表示意思を擁護する立場に立つ人を入れることの2点である.(i)の「外部」の部分は,前項の入院者を法律家などの外在的な権利擁護機関につなげていく役割とも関連する.入院者は,病院外部のアクターとつながることによって行使可能な権利を取り戻すことができ,エンパワメントにもつながる.また,病院にとっても,外部の目が入ることで通気性がよくなり,病院が抱え込まずに外部にも委ねようとする土壌ができていくのではないかと期待できる.
(ii)については,入院者と医療者および家族は,入院の必要性などをめぐって意見対立することがある.現場では,入院が必要であることの蓋然性ばかりに目が向けられ,入院者が孤立してしまっていることに意識が及ばないことが少なくない.そのため,アドボケイト制度が入院者の表示意思を支持する機能をもつことで孤立を防ぐことができる.
3.対象者と権利侵害に対する考え方
『精神保健福祉法』上の非自発的入院制度は,精神障害の存在を要件とした人身の自由の制限であり,『障害者権利条約』第14条の趣旨に反するといわれている.少なくとも日本政府は,『障害者権利条約』第39条に基づき国連から厳しい勧告を受けることは避けられないだろう.そうなると勧告に基づき『精神保健福祉法』上の入院制度を改廃し,一般医療を基本としたものに改めていく必要がある.非自発的入院は,人権条約違反という権利侵害を帰結していることがわかる.しかし,権利侵害の制度があるのならば,権利擁護云々以前に権利侵害を止めさせるべきである.そうしなければ,非自発的入院による権利侵害をしておきながら,その一方で権利擁護も行うという矛盾した構図に陥ることになる.
国連原則は,適正手続きの観点から非自発的入院者にアドボケイトを付けることを推奨している.しかし,著者はこのような適正手続き論に慎重な立場である.なぜなら,代弁者が非自発的入院制度の必要要件であるかのように読めるからである.よくありがちなのは,「医療は同意を基本とするが非同意が必要な場合がある.しかし,非同意は人権侵害となり得るため非自発的入院を設けるのなら,同時に権利擁護制度も設けられなければならない」という考え方である.このような非自発的入院制度と引き換えに権利擁護を認めさせるという観点ではなく,あくまで権利侵害につながる法規範の改廃と必要な人への権利擁護は両立させなければならない.
また,医療における同意/非同意の問題は,人権侵害の帰結や権利擁護の必要性とは別の問題である.非同意だから人権侵害が起きるわけではないし,同意があれば人権侵害が起こらないわけでない.同意がないからといって医療提供をしなければ人権侵害になることもあるし,明確に拒絶しているのに医療を強要することも人権侵害になりうる.そういう意味でも,医療提供者側は侵襲への同意が違法性を阻却するという考え方に基づき同意を基本とするべきであるが,権利擁護側は同意に力点をおきすぎるべきではないと考える.アドボケイト制度の対象者は,権利擁護を必要とするすべての入院者とされるべきであり,自発的入院か非自発的入院かを問わずして使えるようにしていかなければならない.
4.精神科病院アドボケイトの担い手と業務
精神科病院アドボケイトは,精神科病院の外部からの訪問により風通しをよくし,医療の適正化に資することが目的である.よって,精神科病院アドボケイトの担い手は,精神科病院の外部といえるかどうかが関心となる.では,何をもって外部といえるのか.そこで,入院先精神科病院管理者および担当医師,その他の職員などからの影響を受けるかどうかを判断基準にすることを提案する.少なくとも,次に掲げる者は精神科病院アドボケイトになることはできないだろう.(i)現に医療保護入院者に同意を与えている家族,(ii)当該措置入院者の通報にかかわった家族,(iii)入院先の病院に紹介状を出した医師,(iv)入院先医療機関の職員,(v)同一法人の別医療機関の職員,(vi)担当の相談支援専門員および介護支援専門員,(vii)顧問など契約関係にある弁護士である.
精神科病院アドボケイトの業務は,精神科病院への定期的な巡回訪問,入院者の求めに応じた訪問の2つを提案する.前者の訪問は,精神科病院への予告なしとすることが望ましい.精神科病院アドボケイトは,入院者の話を聞き,複数のアクターと協議する際に入院者の表示意思を擁護する立場でかかわる.直接支援は想定しないが,入院者からの個別の要請,契約を妨げるものではない.訪問体制は,2人1組を想定する.ただし,1人での訪問を妨げない.精神科病院アドボケイトは,意思決定支援を行わない.『障害者総合支援法』第42条および第51条の22では,事業者などに意思決定支援の配慮義務が課されている.意思決定支援は,同ガイドラインにおいて最善の利益について判断することが想定されているため,本制度の趣旨と相入れない部分がある.精神科病院アドボケイトは,入院者への情報提供を行うことができる.入院者の求めに応じて情報提供することが前提であるが,入院者の求めがなければ必要な情報を提供しないのは趣旨に反する.そのため,どのような判断基準で入院者の求めによらずとも情報提供できるのかについて議論が必要である.関連機関,クロルプロマジン換算値,630調査などによる統計データ,精神医療審査会,患者会の情報などの社会資源にかかわる情報は,入院者の求めによらなくとも紹介できるようにしたほうがよいと著者は考えている.
5.実施体制
アドボケイト制度の事業の実施主体は,都道府県・政令市とする.事業は,委託を基本とする.財源は,『障害者総合支援法』に基づく都道府県地域生活支援事業の必須事業とする.設置にあたっては,国による補助金があったほうがよい.実施主体は,実施体制のためにセンター(仮称)と協議の場を設置する.センター(仮称)は,相談を受け付け,精神科病院アドボケイトを派遣する.指導監督制度,『虐待防止法』などの関連制度との役割の違いを踏まえて当該所轄と連携していくことが望ましい.なお,深刻な虐待事件などについては,地方精神保健福祉審議会の議案にすべきである.協議の場は,病院と精神科病院アドボケイトが意見を出し合って問題を解決するチャンネルとして必要である.
精神科病院アドボケイトとしての登録は,研修の受講を要件とする.ピアサポートの活用は,事業所によるピアサポーター一本釣り雇用スタイルからの脱却をめざすため,当事者団体に所属する当事者の参加を基本とする.
IV.ピアサポーターの活用
1.ピアサポーターの活用について
アドボケイト制度は,アドボケーターガイドラインの段階からピアサポーターの活用を念頭においていた.しかし,アドボケーターガイドラインのピアサポーター像は,健常者の相談支援専門員との同行を前提に病院を訪問し,入院者の話を傾聴して帰るというものであった.なお,2021年4月からは,国のピアサポーターの専門性評価に係る政策としてピアサポーター養成研修受講者への加算が報酬化された.実は,ここでいわれるピアサポーター像とも無視できない関係性がある.ここでは,アドボケイト制度を担うピアサポーター像を現行制度と相対化させながら明らかにしていきたい.
2.精神医療人権センターにおける当事者の立場
精神医療人権センターは,大阪,東京,兵庫,三重,京都・滋賀,埼玉,神奈川などの地域で当事者,家族,医療者,法律家,福祉職などの異なる立場の人々が参加し,議論を重ねながら病院訪問や電話相談などの活動に取り組んできた.国の施策である「ピアサポートの専門性の評価」は,ピアサポーター養成研修テキストの作成,ピアサポーターの組織化,報酬付与など一定の成果がみられる反面,ピアサポーターの役割の不透明性および錯誤,従来からの当事者活動の不在と事業所に雇われた精神障害者の偏重,団体としてのピアサポートの不在,障害者団体との連帯の不在など重大な課題が指摘されている.これに対して精神医療人権センターは,障害者団体(当事者会)の一員である当事者が〈立場の違い〉をキーワードに参画している点で国の施策とは根本的に異なるものである.
3.国のピアサポート政策の問題点
国のピアサポート政策は,全国「精神病」者集団をはじめとする従来からピアサポート活動に取り組んできた団体とは切り離されたところで進められてきた.ピアサポーターは,事業所に雇われた障害者などに限定されており,自立生活センタースタッフや当事者団体などの多様なピアサポート活動が想定されていない.また,国が推奨するピアサポーター養成研修のテキストでは,日本において長年活動してきた精神障害の当事者団体などによる取り組みの歴史が書かれていない7).
国は,ピアサポーターの効果を障害の経験を使って利用者に共感し,健常者の専門職に向けて利用者の状況を言語化して中継するといった〈経験に依拠したもの〉としている.しかし,ピアサポート活動の本質的な価値は,〈経験に依拠したもの〉という点ではなく〈立場に依拠したもの〉という点にこそあると考える.同じ問題に直面した人同士が,同じ立場で問題を共有して一緒に立ち向かうからこそ,「自分だけの問題じゃない」 「私たち全体の問題なのだ」 「わたしは孤立していないのだ」といったかたちで自信やエンパワーメントにつながっていくのである.入院経験のないピアサポーターであっても,経験がないからピアサポートできないなどということにはならず,入院者にとっては同じ精神障害者がサポートしていること自体に心強さが伴うわけである.その意味で国は,ピアサポートを狭く解釈していると言わざるをえない.
精神障害者が精神科病院アドボケイトを担ううえでは,〈立場に依拠したもの〉という観点に立つ必要がある.
おわりに
以上を通じて精神科病院アドボケイト制度の全体像を明らかにすることができた.また,そのなかにおけるピアサポーターの役割を明らかにすることができた.
編 注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに佐竹直子(国立国際医療研究センター国府台病院精神科)を代表として企画された.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) 新たな地域精神保健医療体制の構築に向けた検討チーム: 入院制度に関する議論の整理. (https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002e9rk-att/2r9852000002e9u6.pdf) (参照2023-03-14)
2) 木村朋子: アメリカの精神科患者権利擁護プログラムと当事者活動(後篇)―アドボカシーの参考例, 当事者によるセルフ・アドボカシー, そしてこれから―. 季刊福祉労働, 65; 130-137, 1994
3) これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会: 報告書(平成29年2月8日). (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12201000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu-Kikakuka/0000152026.pdf) (参照2023-02-10)
4) 厚生労働省: 障害者制度改革の推進のための基本的な方向について (6月29日閣議決定). 2010 (https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_16/pdf/ref.pdf) (参照2023-02-10)
5) 厚生労働省: 平成30年度障害保健福祉部概算要求の概要. (https://www.mhlw.go.jp/wp/yosan/yosan/18syokan/dl/gaiyo-11.pdf) (参照2023-03-05)
6) 厚生労働省行政推進調査事業費補助金(精神障害者政策総合研究事業)「精神障害者の意思決定及び意思表明支援に関する研究」(研究代表者: 藤井千代). (https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2019/192131/201918036A_upload/201918036A0016.pdf) (参照2023-02-10)
7) 厚生労働省科学研究費補助金(疾患・障害対策分野障害者政策総合研究)「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究」(研究代表者: 岩崎 香)平成30年度総括・分担研究報告書. 2019
8) 日本精神科病院協会: 入院に係る精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するアドボケーターガイドライン. (https://www.nisseikyo.or.jp/about/hojokin/images/2015_06.pdf) (参照2023-02-10)
9) 日本精神科病院協会: 平成26年度厚生労動科学研究補助金(障害者総合福祉推進事業)入院中の精神障害者の意思決定及び意思の表明に関するモデル事業. 2015 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000099367.pdf) (参照2023-02-10)
10) 大阪精神医療人権センター: 意見書―精神科病院に入院中の人々のための権利擁護システムの構築を求め, 日本精神科病院協会によるアドボケーターガイドラインに反対する―. 2017 (https://www.psy-jinken-osaka.org/wp/wp-content/uploads/2017/11/171118-2.pdf) (参照2023-02-10)
11) 定藤丈弘: カリフォルニア州における障害者の権利擁護システム―PAI (権利保護・擁護機関) を中心に―. ノーマライゼーション 障害者の福祉, 17 (9); 51-55, 1997
12) 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律 (昭和二十五年法律第百二十三号). (https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=325AC0100000123_20221216_504AC0000000104) (参照2023-02-10)