Advertisement第121回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第10号

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特集 救命救急センターに搬送される自殺企図者に対する精神科医の役割
精神科救急医療体制についての提案
久村 正樹
岡山市立市民病院救急科
精神神経学雑誌 125: 883-890, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-125

 救急医療において,精神科は必須の診療科である.しかし,救急患者を精神科医療に迅速につなげることは,一般的に困難を伴う.これは主に救急医療体制と精神科救急医療体制の違いによると考えられる.精神科救急医療体制は,警察官通報を端緒とするハード救急と,それ以外であるソフト救急の2つに分けられる.ハード救急は,精神科の三次救急に相当し,患者処遇の判断を警察官に委ねることが多い.これは警察官の判断によっては患者を精神科医療につなげられなくなる可能性も示唆しており,この点が一般の救急医療と大きく異なる.一方でソフト救急は,精神科一次・二次救急に相当し,患者や周囲の希望で受診できる点は一般の救急医療と変わらないものの,対応する精神科医療施設は少ない.加えて,精神科救急相談窓口である精神科救急情報センターから有用なアドバイスをもらえない場合もある.その結果,ソフト救急相当の患者が精神科医不在の救急医療施設を受診する現状もある.そこで本稿では,精神科救急患者の医療へのアクセスを容易にするために,ハード救急とソフト救急の問題点を整理し,精神科救急医療体制を緊急度・重症度問わず診療するER型救急体制にすることを提案する.さらに精神科と救急科の連携において,電話再診と直接診察の判断,自殺企図と自傷の取り扱い,過量服薬時の診察タイミング,多剤併用の必要性に関して双方のとらえ方が異なるため,お互いの意見交換の重要性についても述べた.今後,精神科救急医療体制を使いやすく修正し,精神科と救急科のよりよい連携構築を模索する必要がある.

索引用語:ER, 警察官通報, 連携, 昏迷>

はじめに
 救急医療は,国民が安全に生活するためのセーフティネットの役割を有している13).そのなかで精神疾患をもつ患者の救急搬送件数は,増加の一途を辿っているが,応需する精神科医療施設は少ない.その結果,搬送先が見つからず不搬送になる場合や遠方の医療機関に搬送され患者の生活圏から切り離される場合もある.また救急医療施設で精神科治療の必要な患者の救急搬送を受け入れても,すみやかに精神科医療へつなぐことができず,患者の治療方針を決められなくなることもある.そのため,精神疾患をもつ患者は最初から応需しない救急医療施設も多い.
 上述したように,精神疾患をもつ患者が救急応需されず搬送困難となる要因の1つは,精神科救急医療体制が複雑であるためと考えられる.実際に精神科救急医療体制は,救急医療全般を対象とする救急医にも理解されていない場合もある.精神科救急医療体制の複雑さは精神科医療が『精神保健福祉法』に基づいていることに関係しているが,精神科を専門としない医師においては『精神保健福祉法』の十分な知識はない.また『精神保健福祉法』自体も複雑で,理解して運用するには現場の負担が大きい.これには精神科救急医療体制を利用しやすいものにするのが現実的であり,本稿ではそのための方策を提示したい.

I.精神科救急の問題点
1.精神科救急の歴史
 精神科救急事業は,1990年代後半から急ピッチで整備されている.本邦の精神科救急は,1988年7月の『精神保健法』を施行する際に,応急入院制度を設けたことに端を発する.1995年10月には,精神科三次救急事業を対象に「精神科救急医療システム整備事業」の創設と精神科救急情報センターが設置され19),2005年には精神科一次・二次救急を対象とした「精神科救急医療センター事業」が開始された.その後「精神科救急医療システム整備事業」と「精神科救急医療センター事業」を再編して,2008年に「精神科救急医療体制整備事業」が開始された.これにより身体合併症をもつ患者や,地域の実情に応じた精神科救急医療体制が強化された.法整備としては,2010年に『精神保健福祉法』において,都道府県による精神科救急医療体制の努力義務(『精神保健福祉法』第19条の3)が位置づけられ,2012年から施行され,現在の精神科医療体制となっている.報酬面では,1996年に精神科急性期治療病棟入院料,2002年に精神科救急入院料,2008年には精神科救急・合併症入院料がそれぞれ創設された.

2.救急医療者からみた,精神科救急医療体制の問題点
 日本精神科救急学会は,精神科救急医療体制における重要な課題として「身体合併症患者への対応」「精神科救急情報センターの設置状況」「病診連携の標準化」「認知症患者への対応」「アルコール・薬物関連障害の対応」「移送制度のありかた」を挙げている15)21).同時に,これら課題はいずれも地域間の差があると指摘されている.一方で,救急医療現場における精神科救急医療体制での課題は,「救急医療から精神科医療につなげるのに困難を伴うこと」である.そこで,以下に精神科救急医療体制のハード救急とソフト救急について,救急医療者からみたそれぞれの問題を論じる.

3.ハード救急の問題
 ハード救急とは,精神科の三次救急に分類され,患者に自傷他害のおそれがあれば措置入院となるものである14).このハード救急における課題は,非医療者である警察官に患者処遇の判断が委ねられることである.患者が精神科的に重症でも,警察官通報を自治体に行わなければ,精神科医療につなげられない.例えば昏迷状態の患者は精神科的に重篤であるが,自傷他害のおそれはないため,警察官に通報されることはないだろう.自傷他害にいたる精神疾患というのは,目にみえる興奮や不穏を呈する患者が中心となることが予想される.感度は低く特異度の高いシステムといえるものの,患者の取りこぼしが多くなるため救急医療システムとして適切なのか疑問を感じる.
 精神疾患によって社会生活上,自他に深刻な不利益をもたらす「事例性」が問題となるケース21)では,警察の介入は適切である.しかし,医療者が患者に精神疾患による自傷他害の症状があると判断し,「疾病性」が重症でハード救急を利用しようと警察へ通報したときは,事例性に乏しくてもハード救急を利用できることが望ましい.
 また医療者は患者の疾病性と事例性の両方を考慮するが,警察官が疾病性の判断をするのは非常に困難である.そのため患者の処遇を警察の判断に委ねると,医学的な不利益が患者に生じるおそれがある.これは救急現場で,患者をハード救急に乗せようと警察に通報したものの,警察官が到着したときには,患者が落ち着いているケースで生じる.この場合に警察官は患者を通報せず保護もせず退去するが,警察官の去った後に患者が再度自傷他害に及ぶことも少なくない.救急現場では,やむをえず患者を薬物で鎮静するなどの対応をとることになる.自傷他害患者を,診察時には落ち着いていたために措置入院させず医療保護入院させた場合で,患者が入院後に再び自傷他害行為を行うケースは,治療関係の構築が難航して入院期間が長引くのみならず,退院後の医療中断を招く可能性も高くなることが報告されている5).この報告の意味は,行政機関が人権擁護の観点から措置入院を回避した結果,長期的には患者の利益を損ね,人権擁護に反する事態を招く可能性があることを示している5)
 警察官が現場に到着するまで,長時間にわたり医療者が患者と待機する場合もある.特に救急現場から警察官通報した場合で,警察官が到着するまで患者にかかりきりになると,救急外来は混雑してしまい新しい患者の受け入れは困難となる.
 一方で,患者に対応する警察官が『精神保健福祉法』と『警察官職務執行法』を混同している場合もある.患者の通報は『精神保健福祉法』第23条により,保護は『警察官職務執行法』第3条による.患者の通報をして保護はしないことも法的にはありうるが,「患者通報は保護が前提であり,保護しないと患者は通報できない」という警察官に遭遇したこともあった.そして警察官が患者を通報しないことによる,患者不利益に対するフィードバックシステムは現状,存在しない.
 このような警察官の態度の背景には警察官通報を受ける保健所が警察官通報に応じていない可能性もある.2020年度の申請通報は全国で25,175件あり,このうち警察官通報は17,392件あった.申請通報のうち保健所が調査により診察の必要がないと認めた人数は14,778件あり,このうち警察官通報由来のものは8,485件である17).自治体ごとにばらつきはあるものの,警察官通報の機能し難い自治体は多い.47都道府県を比較すると,申請通報全体では,保健所の調査を経て精神科の診察まで辿り着ける割合は,最も高い群馬県で75%,最も低い徳島県で5%であり,中央値は45%(四分位範囲35~57)であった.警察官通報に限ると最も高い広島県で98%,最も低い徳島県で4%であり,中央値は45%(四分位範囲20~57)であった.これらの事実をふまえると,警察官通報の半分以上は保健所により無効とされていると考えられる.
 2016年に発生した相模原障害者施設殺傷事件を受けて,政府は「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」を設置した.検討チームから事件に関する再発防止策が報告され,そのなかに「警察官通報が行われたもののうち,措置診察や措置入院につながった割合にばらつきが生じていることの要因分析等を進める必要がある」と指摘されている12).このような地域間でのばらつきは,警察官が医療者でないため適切な判断が困難であること,保健所が多くの警察官通報に応じていないことが大きな要因と考える.

4.ソフト救急の問題
 ソフト救急は精神科の一次救急・二次救急であり,これは一般の救急医療に近い.一部,警察官が患者の通報をせずハード救急が利用できなかった患者も対象になる.ソフト救急の問題は,精神科施設でソフト救急に対応している精神科医療施設が少ないことである.そのため,ソフト救急該当の患者は一般の救急医療施設を受診することが多い.また救急医療施設で,現場の医師が患者に精神科の診察が必要だと判断しても,迅速に精神科医へ相談できる体制の施設は少ない.常勤の精神科医がいる施設でも,休日夜間では精神科医への連絡がとりにくいこともあり,この場合,患者の処遇を決められなくなる.そのようなときの相談窓口として,精神科救急事業では精神科救急情報センターを設置している.患者や医療者からの相談をトリアージし,受診と入院調整を行うとされているが14)18),実際に利用すると具体的な対応を提示されないこともある6).精神医療電話相談の2012年のデータによると,精神科救急情報センターが対応している事例範囲で,「365日24時間,外来レベルから措置入院までのすべての精神科救急事例に対応している」自治体はない.「夜間については365日,休日については24時間,外来レベルの精神科救急医療相談から措置業務までのすべての精神科救急事例に対応している」が1自治体あるのみである16).また2022年時点で精神科救急情報センター設置のない自治体もある.精神科救急情報センターの機能整備は進んでおらず,十分な役割を果たしていないとする報告や2),ソフト救急において精神科救急情報センターは機能していないとの報告もある7)

II.精神科救急体制につなげ難いことの,問題解決への方策
1.ハード救急とソフト救急の問題解決に必要なこと
 以降では,現状の精神科救急体制における問題解決への方策について議論する.そこで,まずハード救急とソフト救急のそれぞれについて課題を整理する.上述したようにハード救急には,患者に医学的な不利益を被らせないように,患者の処遇を非医療者(警察官)に委ねるところを是正する必要が課題として挙げられる.これには『精神保健福祉法』の改正と,医療者のみで精神科の重症患者の受診から治療までを完結させるシステムが必要となる.一方でソフト救急には,患者の受診ハードルを下げ,一般の救急医療施設が精神科の救急患者対応で疲弊しないように,担当する施設を増やす必要が課題としてある.

2.問題解決のための具体案
 ハード救急とソフト救急は,重症度の分類ともいえる.救急医療でも使われる一次・二次・三次という分類と同じであるが,いずれも行政側の分類であり,医学的な分類ではない.この重症度分類は,本邦の救急医療で先駆的な役割を果たした大阪大学により作られた.大阪大学医学部附属病院は1967年に特殊救急部を開設し,主として外傷の重症救急患者のみを選択的に収容する自己完結型の救急を創設した.これが後に救急患者を重症度に応じ一次・二次・三次と分類して対応する本邦の救急医療システム誕生のきっかけになっている22).三次救急医療施設は救命救急センターに指定され,以後,本邦の救急医療を牽引した.しかし,救命救急センターは救急要請の段階では一見軽症と思われたが実際は三次相当である患者の応需は難しいことがあり,また精神科,眼科,皮膚科などの救急患者は対象外としている施設もある.国際的には三次救急患者のみ診ることは,救急というより専門医療の考え方に近い.
 その後,1983年に救命救急室(emergency room:ER)型救急が福井県立病院で始まり,現在はこの方式を採用する施設が多くなった.ER型救急は重症度,緊急度問わず,すべての患者を診察するシステムであり,三次救急医療施設の対象外であった軽症,中等症はもとより,精神科,眼科,皮膚科の救急患者も対象とする.これにより患者の取りこぼしが少なく,受診のハードルも低いことが利点として考えられた.
 本稿において著者は,精神科救急医療体制をER型救急方式にすることを提案したい.ハード救急,ソフト救急という枠組みを撤廃し,軽症から重症までを診察してすべての患者処遇を医療者の判断で決めるようにする.これにより昏迷患者など,精神医学的に重症であるが警察官通報などのハード救急の対象にならない患者の取りこぼしを防げる.緊急度も問わないため,患者の受診ハードルを下げることもできる.他害など,病院前において事例性が問題となる患者は消防のみならず警察の協力も必要になるが,これは救急医療も同様である.患者の不法行為に関しては,医療化の必要があれば治療後に警察に担当を変更し,医療化の必要がなければ警察に担当を依頼する.できるだけ現場の医療者で精神科救急を完結するようなシステムとすることが望ましい.ER先進国の米国では,救急医が精神科の救急患者の器質疾患を除外し,自傷他害の疑いがあれば精神科に入院させている4).ただし現在の医療技術の細分化と専門化は,救急科単独ではすべての救急患者に対応困難な状況となっており,精神科救急に関しては,特殊な設備と能力を要する小児科,産婦人科,重症外傷などの救急と同様のものとして,精神科の救急センターを設置することも必要であろう.勤務する医療者は,小児科,産婦人科,重症外傷の救急医療者と同様に,救急医療と専門科の,2つ以上の診療領域の知識と技術のあることが適切と考える.
 ER型救急を展開すると,軽症患者が殺到して救急外来が混雑するという意見もあるが,救急外来の混雑は,軽症患者が殺到するからではない8).救急外来の混雑の原因は多因子であり,そのなかでも入院患者のベッドの空きがないため,救急外来に長時間とどめられること(boardingと呼ばれる)だと報告されている8).解決にはミクロレベルでは患者教育などで救急外来利用の需要を減らすこと,マクロレベルでは病院のキャパシティを上げることが指摘されている.精神科では,キャパシティ向上を目的に,標準化されたケアを提供することが指摘されている8).精神科医療につなげることすら困難な現状では,救急外来では精神科患者の受診そのものが混雑の要因となり,精神科救急患者は敬遠され続けるであろう.救急外来の混雑は患者の状態悪化,死亡率,患者満足度,医療の質に悪影響を及ぼすことも報告されている.そのため救急外来の混雑問題は救急医療施設のみならず,医療システム全体,一般市民も含む包括的な戦略をめざす必要のあるものといえる8)

III.救急科が精神科と連携するうえでの問題点
 これまでの議論に加えて,複数診療科が関係すると,その視点の違いから患者の対応について意見の異なることが出てくる.そこで以降では,救急科と精神科との連携において,救急医療者の立場から問題となることを述べることとする.

1.精神科電話診療について
 救急医と精神科医では,電話診察と対面診察の判断が異なり,その見極めを情報共有する必要がある.これは,救急医療は対面診察を基本とするが,精神科一次救急は電話診療が主で,速やかな対面診察を要しないために生じている問題である7).精神科の電話診療で対面診察を要しないと判断された患者が,救急医療施設を受診する場合は少なくない.救急医療者としては,受診が必要とされる緊急な症状がある可能性を考え精神科医に相談するが,電話対応した精神科医と連絡がつかない,ついても対応されないこともある.精神科医療では,時間外で患者を診察すると患者の症状が増悪することもあり,診察しないことが治療的に働くこともあるが,救急医療者にこの知識と技術はない.電話診療をした精神科医は診療に関する問い合わせに応じることや,診療の内容を共有するなど,診療内容を透明化して他科へ啓蒙することが必要であると考える.

2.自殺企図と自傷について
 自殺企図と自傷のなかでも,特に自傷については自殺関連行動に関して救急医と精神科医で違う考え方をもつ場合もあり,対等な立場での意見交換が必要である.自殺企図と自傷の患者は救急現場では多く,特に自殺企図患者には精神科の治療が必要であることは論を俟たない.しかし自傷に関しては,救急医療の現場では,死にいたらない程度の薬物中毒やリストカットの患者を「アピール」や,「構って欲しいために自傷した」など侮蔑的にとらえることがある.精神科医側の視点からも,自殺企図の繰り返しは心理学的特徴としてアピール性をもち,本質的には死をめざすものではなく,無意識のうちに他者に対して自己の正当性や潔癖性などを主張し,助けを求める援助願望をもつとの報告もある3).実際に,軽微なリストカット患者は精神科医に相談しても対応されず,救急医だけで治療を完結することもある.精神科医が対応した場合は,「(自傷は)もうやらないと約束してください」と治療契約を結んで帰宅させていることが多いが,患者が帰宅後に再び自傷を行い,再度救急を受診することは少なくない.このとき,精神科医が治療契約を破った患者を否定的にとらえたため,以後患者が精神科外来を受診しなくなるなど治療を中断してしまっていることもある.
 自殺企図は「意識状態の終焉を意図して行われるもの」10)と定義される.これに対して自傷は「自殺の意図なしに,非致死性の予測をもって,故意に自らの身体に対して直接的な損傷を加える行為であり,しばしば習慣的に繰り返される」と定義され,感情的苦痛の緩和や解離状態からの回復を意図して行われるとされる10).救急の現場において,自殺関連行動の繰り返しは,この定義では自傷の繰り返しととらえたほうが理解しやすい.救急の現場では,軽症の薬物中毒やリストカットなどの自傷患者を,苦痛を緩和しようとした結果であると理解しておくと治療が順調に進行することが多い.精神科医によっては自殺企図と自傷を区別していない場合もあるが,救急医療者の現場では,自殺企図と自傷を見極める努力が必要だと考えている.
 自殺企図と自傷を鑑別することは2つの点で重要とする報告がある11).1つは,両者を鑑別する過程でなされる質問は,自殺リスクの精緻な評価という点で有用であることである.そしてもう1つは,自傷行為に対して自殺企図と同じかかわり方で行動制限や強制入院を行うと,患者は感情的苦痛に対処できなくなることである.その結果,逆に自殺リスクが高まったり,退院後の治療中断を招いたりしてしまうということがある11).さらに自傷の96%は一人きりの状況で行われ,誰にも告白されないことや,自傷を繰り返す者の大半は怒りや絶望感といった感情的苦痛の緩和を意図しているという報告もあり20),自傷をアピール行為ととらえることは,科学的に誤りの可能性もある.松本によると,自傷には2つの問題があるとされる11).1つは,自傷の苦痛緩和は一時的なものにすぎず,困難に対する根本的で建設的な解決がなされなければ,長期的には事態の困難さがむしろ深刻化してしまうという点である.もう1つは,自傷行為は,繰り返されるうちに耐性を獲得し,エスカレートしてしまうという点である11).これは自傷が依存症と機序が似ていることを示している.自傷を放置すると,エスカレートした自傷行為により誤って死にいたる可能性が高いと考えるべきであろう.自傷はそれだけで精神科の治療対象ととらえるのが適当であり,精神科医も同様のとらえ方で診療すると,治療の転帰は良好になると考える.
 また,救急医療の現場で自殺企図と自傷を分けると,患者の方針も立てやすくなる.自殺企図患者は,身体治療後には精神科入院治療が必要で,自傷患者は,身体治療後は精神科外来治療が必要と大まかに推定しておくと,身体治療終了後のプランを決めやすい.これは迅速なベッドコントロールを要求される救急医療では重要である.松本11)は,自殺企図は次の自殺行動を防ぐことが重要であり,そのためには本人の物理的な安全を確保し,自殺の手段・方法へのアクセスを制限したうえで,背景にある精神疾患の治療や自殺企図にいたった要因の環境調整が必要であることを報告している.これには,精神科への入院治療が適当になる.いっぽう自傷の場合は,自傷を防ぐため入院で手段へのアクセスを制限する,本人を物理的に隔離するなどすると,かえって本人との治療関係を対決的なものとし,治療中断のリスクが高まるとされている11).自傷行為はいきなり止めさせず,正直に自傷行為の申告ができる関係性を維持しながら,自傷を避ける方法について患者と協働で模索していく姿勢が重要であるとされており11).これには外来治療が適当であろう.
 自殺企図と自傷の患者を,最も多く診ているのは救急医である.患者にとって最善の対応法につき,精神科医は対等な立場で救急医の意見を聞き,連携していくのが望ましいと考える.

3.向精神薬の影響について
 過量服薬し意識障害にいたった患者について,救急科から相談された精神科医は,救急搬送されたときに患者を診察するとメリットがあると著者は考えている.本邦の自殺企図の手段として,向精神薬の過量服薬による急性薬物中毒が多い1).医師が処方した薬物の中毒症状について事前に知ることは,処方行動に影響を与える重要な因子である.そのため急性薬物中毒の患者について救急科から評価を依頼された精神科医が,初療室で搬送後間もない患者を診断すると,今後の処方計画に役立つと考える.意識が回復してから精神科医を呼ぶという意見もあるが,この場合では通常の外来診療と変わらない状態の患者を診ることになり,処方薬の影響を評価することは難しくなる.

4.多剤併用処方について
 著者が救急科で急性薬物中毒の治療をしていると,多剤併用処方に関して,その処方意図を主治医に聞きたいと思うことがある.特に前項と関連して,多剤併用処方されている患者の大量服薬ケースでは,処方薬の意図がわかりにくいことが多い.一例を挙げる.不眠症の診断でベンゾジアゼピン受容体作動薬(benzodiazepine receptor agonists:BzRAs)を5種類処方されている患者が,アルコールと処方薬を大量に服薬し,意識障害で救急搬送されたことがあった.精神科の診断はアルコール使用障害であり,不眠の原因はアルコール離脱による薬理学的不眠であった.患者によると,主治医に眠れないと訴えていたところ,徐々に薬が増えていったという.おそらく主治医は,丁寧に患者とやりとりをして徐々に薬が増えていったのだと推察されたが,第三者からみると,何に対して処方を増量しているのか,処方の意図がつかみにくいケースであった.
 一般的に多剤併用処方の対策には,処方に対する第三者の建設的介入が必要で,薬剤師からの疑義紹介が役立つとする報告もある9).精神科は,医師と患者のやりとりのみで,処方が決まる場合もあるが,救急医療はチーム医療であり,多剤処方の是正にかかわらず,患者には,かかわる職種すべてで対応していく場合が多い.

おわりに
 本稿では,精神科救急医療体制の問題点と,その解決案について述べた.なかでも救急科と精神科の視点の違いに焦点をあてて,それらにおける課題を救急医療者の立場から整理した.精神科と救急科は密接な関係にある.今後さらに相互理解を深め,よりよい連携システムの構築を模索することが重要であると考える.

 編  注:本特集は第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに新井久稔(埼玉医科大学医学部精神医学)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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