Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第9号

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特集 当事者視点の精神医学・精神医療に向けて―パラダイムシフト調査班報告―
当事者研究と研究の共同創造
熊谷 晋一郎
東京大学先端科学技術研究センター
精神神経学雑誌 124: 623-629, 2022

 マイノリティ当事者の視点や価値を反映したマイノリティに関する研究を進めるために,当事者参画による研究の共同創造が重要である.しかし,その具体的な実現方法には課題も多い.共時的・通時的に知識を共有・更新してきた専門家コミュニティと対等に共同するには,同じく当事者側も自らの知識を共有・更新する当事者コミュニティがカウンターパートとしてなくてはならない.しかし,専門家コミュニティが分野ごとに縦割り化するのと同様,当事者コミュニティもまた,困難の類似性によって縦割り化している.また,類似性で凝集した当事者コミュニティは中心―周縁構造をもつようになり,周縁化されたメンバーが抑圧されかねない.歴史的には,当事者研究は,当事者コミュニティにおいて周縁化された当事者の経験に表現を与える営みとして誕生したが,当事者コミュニティの縦割り構造を温存したままでは,周縁者に対して過剰適応を強いる技法になってしまいかねないものでもある.研究の共同創造を実現するためには,専門家コミュニティも当事者コミュニティも,安全性が保障された場で,自分たちが知っていることを正直に表現し,自分たちの知識の限界と,それによって周縁化されるメンバーや経験の存在を認め,自分たち以外の研究コミュニティの知識に対して謙虚な姿勢をもち,周縁でつながる外部からさまざまな視点を取り入れて客観性を高めようとし続けるべく,組織変革を遂げなくてはならない.

索引用語:当事者研究, 共同創造, 周縁化, 謙虚なリーダーシップ, 心理的安全性>

はじめに
 専門知は,マイノリティの生活を豊かに実現する大きな可能性を秘めている.一方で,専門家がめざすものと,マイノリティが望むものが時にすれ違うことがある.例えば身体障害の世界では1970年代まで,専門家は健常者の体に近づけることをめざしていたが,身体障害者たちは「障害者運動」を展開し,建物や道具,制度などの社会環境をアクセス可能にすることを望んだ9).また自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)の領域では1990年代まで,多数派のコミュニケーション様式に添わせる支援や治療が興隆したが,ASD者たちは「神経多様性運動」を展開し,自分たちにとって快適なコミュニケーション様式(autistic sociality)を望んだ8).さらに依存症の世界でも,薬物やアルコールをただやめさせることをめざす専門家に対し,依存症者は「自助グループ」を生み出し,使ってしまう背景にある自分の癖や傷つきの物語を分かち合うことが回復につながることを見いだした15)
 このように,専門家が主導してマイノリティについての,あるいはマイノリティのための知識を生み出す営みは,マイノリティ性をもつ当事者の求めるものと異なる方向に進む場合がある.ゆえに,当事者の視点に基づき,当事者参画のもとで研究を推進すべきとの問題意識が,「研究の共同創造(co-production of research)」というキーワードとともに世界中で共有されつつある.研究の共同創造とは,研究の利害関係者(stakeholders)である市民や当事者が,研究費の配分,仮説の提示,実験,分析,結果の解釈と公開など,研究のすべての段階をリードし,専門家とともに科学技術を推進する取り組みのことで,2018年10月に雑誌『Nature』で特集が組まれるなど,国際的にも重要なトピックとなりつつある.
 研究の共同創造の意義を疑う人々は少なくなったが,その実現方法については議論が続いている.例えば共同創造を謳った研究プロジェクトの議事録を分析した研究によると,当事者の参画が形式的かつ象徴的なものにとどまっているという報告がなされている11).さらに,多数派にカスタマイズされた研究機関に身をおくことで,マイノリティが徐々に,多数派の価値観や認識枠組みに取り込まれ,少数派視点を維持しにくくなるという指摘もある27)
 こうした限界に対処するためには,マジョリティに包囲されながら個々人がバラバラに活動するマイノリティではなく,少数派固有の価値・認識・実践を共時的にも通時的にも共有・更新するマイノリティ共同体の存在が重要になる.個人としてのマイノリティと,集団としての専門家共同体が共同創造するのではなく,それぞれが自律的に活動するマイノリティ共同体と専門家共同体とが共同創造することが肝要だ.
 少数派固有の価値・認識・実践を共時的にも通時的にも共有・更新するマイノリティ共同体の例として,2001年に日本で誕生したのが当事者研究という在野の研究コミュニティである.当事者研究とは,「さまざまな困難を抱えた当事者が,自らの困難の解釈や対処を専門家に丸投げするのではなく,自ら引き受けるべき研究対象としてとらえなおし,類似した困難をもつ仲間とともに,経験を言語化し,困難の解釈や対処法を探求する取り組み」である.
 著者は2012年から新学術領域,2016年からはJST CRESTの助成を得て,主にASDの当事者研究との共同創造を進めてきた.また2015年4月には東京大学先端科学技術研究センターに当事者研究分野を開設し,2018年10月からは,人間を対象としたあらゆる研究への当事者参画を推進するため,当事者研究者(ユーザーリサーチャー)雇用制度を東京大学全体に導入した.さらに,多様な当事者研究の歴史,哲学,理念,関連領域,事例や20),専門知との共同創造における留意点21),当事者研究の具体的な方法23)など,当事者研究や共同創造の方法論的整備や制度化にもかかわってきた.
 本稿では,著者らの当事者研究や共同創造の取り組みを紹介し,課題を検討する.

I.マイノリティ共同体で周縁化される当事者
 先ほど,対等な研究の共同創造を実現するには,少数派固有の価値・認識・実践を共時的にも通時的にも共有・更新するマイノリティ共同体の存在が重要だと述べた.しかしあらゆる共同体と同様,マイノリティ共同体の内部に目を向けると,たとえ同じカテゴリーを共有していたとしても,そこに還元できない多様なメンバーがいる.例えば,当事者研究の誕生に大きな影響を与えた依存症自助グループと障害者運動についてみてみると,グループ外部への「公開性」という点で,依存症自助グループにおいてはグループ内部で語られたことは,グループ外部には口外しないというルールによって,傷ついた過去など,語ることにリスクを伴う内容を正直かつ安全に開示できる場を確保している6).また,グループ外部の政治的な論争に対して意見を述べてはならないという運営方針が明記されている.対照的に障害者運動では,それぞれのメンバーが語る多様な内容を,「私たちの意見」としてまとめ上げ(ここで,メンバー一人一人の唯一無二性が捨象されがちである),外部に公開することで,社会変革をめざしてきた.こうしたそれぞれのグループの特徴は,各々のグループに合うメンバーと,合わずに周縁化されるメンバーの分断を引き起こす.
 障害者運動において周縁化されたのは,可視性の低い障害をもつメンバーだった.中心的なメンバーは,少数派の身体をもっているということが自他ともに暗黙の前提として了解されている傾向があり,ゆえにニーズが明確で,後は主張して社会変革するだけだというところがあった.一方で,発達障害や精神障害と呼ばれる診断をもつ人々は,自分が抱えている困難のどこまでが自分の努力不足によって起きていて,どこからが自分では変えようのない障害として解釈できるのかについて,その境界線を把握しづらい.彼らの困難は他人にみえにくく,他人にみえにくい困難は当事者自身にもみえにくい.こうした問題があるなかで,うまく立ち振る舞えないのは自分の努力が足りなかったり,意志が弱かったりするからだろうかという自責の念に巻き込まれていく.そういう人の多くは,「社会変革をしよう」と言われても,何を主張したらいいのかわからないだろう.こうした人々にとっては,われわれ,としてまとめ上げられる以前の固有の経験を語り合うことを起点に,自分の身体についての知識を探求する必要があった3)
 周縁化された当事者は,依存症自助グループにおいても存在していた.そもそも依存症自助グループの多くで採用されている回復プログラムである「12ステップ」は,比較的,社会的資源をもつ中産階級以上の白人男性が中心となって開発された背景がある.彼らは依存症の問題さえ解決すれば社会のなかに戻るべき居場所があった.そういう人々に照準されたプログラムは,家庭のなかで日常的に暴力を受けていたり,社会的差別や排除を受けていたり,重複障害を抱えていたりする,社会的資源に恵まれない当事者はうまくなじめない場合がある.彼らにとっては,自助グループだけは唯一安全な場所だったとしても,一歩外に出れば,差別や暴力,貧困の世界が広がっており,そうした困難を生き延びるために利用可能な資源は,依存物質以外にないという状況にすぐさま追い込まれていく.こうした人々には,女性の依存症者,LGBTの依存症者,エスニック・マイノリティの依存症者などが含まれる.差別する社会の側を変えない限り生きのびられない彼らは,グループの外部に広がる社会に向けた公開性という契機を待ち望んでいた13)

II.当事者研究の誕生
 こうして,依存症自助グループと障害者運動というマイノリティ共同体のどちらからも周縁化された当事者には,両者を受け継ぐ形で,自分の唯一無二性を身体(障害者運動由来)と物語(依存症自助グループ由来)の両面から探求し,それを「私たちの意見」としてまとめ上げずに(依存症自助グループ由来),外部に公開することで社会変革につなげていく(障害者運動由来)新しい実践が必要だった.そうして日本で誕生したのが,当事者研究である.
 綾屋6)によれば,1970年代,北海道浦河町にある浦河日赤病院に赴任したソーシャルワーカーの向谷地生良は,学生時代に難病患者や障害者による運動の理念と実践にふれ,これを精神障害の領域にもたらしたいという志をもっていた.同時期に,活発に依存症臨床を実践していた旭川医科大学出身の精神科医である川村敏明は,研修医の頃に出会ったAAメンバーの語りに魅せられ,これをすべての精神障害に応用したいと考えていた.当事者研究誕生に大きな影響を与えた2人,すなわち向谷地と川村の出会いは,統合失調症を中心とする精神障害の領域を舞台とした,障害者運動と依存症自助グループの出会いでもあった6)
 矛盾するかにみえる両者を統合するうえで役に立ったのが,「研究」という枠組みであった.困難を抱える当事者に対する,「研究しよう」という呼びかけは,困難な状況に対して自責や他責で応えていた当事者に,免責された安全な観察者の立ち位置を保障し,より価値中立的に困難について考えることのできる条件を確保する.同時に,ある種の責任として,「無知の知」,すなわち自分は十分にまだ知らないという自覚や,正確に経験を語ろうとする「正直さ」もまた要請される.これらの態度は主に,依存症自助グループを継承する形で,当事者研究に引き継がれている.一方,障害者運動では,「専門家や社会を他責的に糾弾する」「自分こそが知っている」「戦略的に効果的な発信をする」という態度が優先され,無知の知や正直さから乖離することが稀ではない.
 一方,研究と言うからには,グループの外部と共有したり,対話したりするなかで,さまざまな視点を互いに取り入れて客観性を強める「公開性」が求められる.依存症自助グループでは慎重に避けられていた公開性を強調することで,当事者研究は障害者運動からの社会変革の要素を受け継いでいる.
 むろん,当事者研究においては,障害者運動がもっていた政治性や,依存症自助グループがもっていた安全性が損なわれている点は重要であり,既存の2つにとって代わるものではなく,共存する3つ目の実践として当事者研究をとらえることがきわめて重要である
 さらに,「当事者」という語をおくことで,研究対象がカテゴリー化された障害属性ではなく,自分の唯一無二性であるという点を強調していることも重要である.当事者研究の理論的枠組みや方法論は,著者の論文16-19)や書籍20)22-24)で詳述している.その要諦は,以下の通りである.
 当事者研究は自分のことを研究する取り組みである.では,自分自身の何を研究しているのだろうか.われわれは,当事者研究を長年実践してきた浦河べてるの家やダルク女性ハウスに関する歴史研究,実践場面の参与観察,具体的な当事者研究のレビューを行うなかで,当事者研究が対象とする「自分」とは,大きく2つに分けられるのではないかと考えてきた.
 1つ目は,自分の感じ方,考え方,行動の仕方の癖やパターンなど,「時間を超えて変わらないある程度の規則性や法則性をもった自分(sense of invariant self)」である.過去の具体的なエピソードを並べたときに浮かび上がってくる,「あのときもこうだった」「このときもこうだった」というパターンを抽出した側面であり,そこには自分の身体の唯一無二性も露わになっている.加えて,パターンのうちで変えられるものと変えられないものを,日常生活の実験を通じて不断に見分けようとし,自分の変えられない部分(不変項)に基づき,周囲の環境の変化を提案していく.2つ目は「時間とともに変わり続けているが,一人の私として連続している自分(autobiographical self)」である.こちらは,個別のエピソードを一度きりのできごとととらえたうえで,それらを連ねた自分史を編み上げ,その全体的な文脈に個々のエピソードを位置づけることで,各々の意味を探っていくという歴史的な側面である.

III.当事者研究の実例
 ASDの診断をもつ綾屋による当事者研究は,自己の唯一無二性の探求がASD概念自体を再考する契機となった貴重なものだ.現在,ASDは「他者とのコミュニケーションにおける困難」によって定義されている.しかし綾屋は,ここでいう他者とは当事者を取り巻く人的環境であり,ゆえに「他者とのコミュニケーションにおける困難」とは,当事者と環境の「間」に発生するミスマッチ状況であって,診断名として本人に帰属できる特徴ではないと主張してきた.言い換えるとASD研究においては,今日主流の障害理解となった,本人に帰属できる特徴としてのインペアメントと,環境とのミスマッチであるディスアビリティとを区別する「社会モデル」の考えが徹底されていないという批判である.
 綾屋と著者は,社会モデルの視点と,当事者の視点を加味したASD理論を構築するために,2008年以降,綾屋の当事者研究3)を,他の当事者の手記や先行研究と照らし合わせつつ検討してきた.
 第一に,当事者研究から導かれた,インペアメントに関する仮説の検証をするために,研究の共同創造を行い,ボディイメージが不安定であること2)や,パーソナルスペースが狭いこと1),触覚刺激に対する自律神経反応が大きいこと10),声の制御においてフィードバックの予測誤差に敏感で,内部モデルに基づくフィードフォワード制御が弱いこと26),顔認知における視線のスキャンパターンがランダムな傾向にあること14)など,さまざまな領域で報告してきた.これら,個人に帰属しうる多数派と異なる身体的特徴をもっていることで,多数派にカスタマイズされたコミュニケーション環境へのアクセシビリティが妨げられているという社会モデルに基づいたASD理解である.
 第二に,ディスアビリティが生じにくいコミュニケーション環境の条件を明らかにするため,上記のインペアメントに関する知識や,ASDをもつ当事者たちによる当事者研究会での実践を通じてアドホックにみえてきたASD者にとって参加しやすいコミュニケーションデザインに関する知見をもとに,情報提示の様式4),会話における順番交代のルール28),SNSの設計12)など,コミュニケーション様式の各ディメンジョンごとに,ASD者の情報取得と自己表現が促進される条件を検討してきた.
 第三に,いま・ここの環境が,自分の身体とマッチするものになったとしても,過去のミスマッチ経験の記憶がトラウマとなるため,物語の分かち合いを通じて自分史を統合していく作業を行ってきた5)
 第四に,これら一連の当事者研究が,障害者運動由来の社会モデルや,依存症自助グループ由来の傷ついた記憶の語り直しというかたちで,当事者研究の誕生に影響を与えた2つの先行する当事者活動の影響を受けつつそれらを更新していたことを確認した7)

IV.残された課題
 困難な状況に対して自責や他責で応えていた当事者に,免責された観察・報告者の立ち位置を保障する「安全性」,「無知の知」や「正直さ」,さまざまな視点を互いに取り入れて客観性を強める「公開性」は,当事者研究のみに求められるわけではない.共同創造のもう1つのカウンターパートである,既存の専門家コミュニティもまた,安全性が保障された場で,自分たちが知っていることを正直に表現し,自分たちの専門知の限界を見つめ,自分たち以外の研究コミュニティの知識に対して謙虚な姿勢をもち,外部からさまざまな視点を取り入れて客観性を高めようとし続けなくては,共同創造は成立しえないだろう.
 同時に,当事者研究コミュニティもまた従来の専門知と同様,困難の類似性によって細分化した縦割り構造に陥りがちな傾向を認める必要がある.細分化した当事者研究コミュニティの内部には再び中心―周縁構造が生まれ,周縁のメンバーに対して自己反省と過剰適応を強いる方法として当事者研究が乱用されるリスクすらある.こうした課題を踏まえたうえで,当事者研究誕生のルーツが,周縁にあったことを思い出す必要がある.常に周縁にしか,既存の当事者知を更新する当事者研究は成立しえない.また,周縁におかれたメンバーはしばしば,複数の困難が交差する場所に立っている.彼らは,縦割り構造を乗り越え当事者コミュニティをつなぐことでしか理解・対処しえない困難を抱えたメンバーでもある.
 このように共同創造は,既存の専門家コミュニティと当事者コミュニティ双方の,周縁を最前線におくような組織変革を要求する.最近の組織研究の知見によると,特に高い信頼性を維持することが不可欠な重要インフラを担当する組織においては,組織が共有する物語に疑いの目を持ち続けることの重要性が,マインドフルネスやセンス・メイキングといった概念とともに指摘されている25).さらにより一般的な組織においても,(i)「他者とのかかわりを通じて正確な自己理解を探究する」「他者の能力や貢献を承認する」「知らないことを他者から学ぼうとし続ける」という3つの特徴で評価される「謙虚さ」が,メンバーのウェルビーイングやエンゲージメント,創造性を促進すること,そして,(ii)創造性の促進効果は,「弱さや限界,困難を安全に開示でき,援助希求できる」「失敗を過度に罰せられず,挑戦をしやすい」などで特徴づけられるチームの「心理的安全性」によって媒介されること,さらに,(iii)その媒介効果は,メンバーが互いの「知識を共有する度合い」によって修飾されることが報告されている29).弱さを開示できる場を構築することで,メンバーの一人一人が,互いの貢献を承認し,他者とのかかわりを通じて正確な自己理解を探求する当事者研究は,マイノリティに限らず,さまざまな組織にこうした文化的環境をもたらす可能性がある.
 著者らは現在,文部科学省学術変革領域研究(A)の助成を受け,組織としての大学や研究室,マイノリティ共同体への当事者研究の導入が,「謙虚なリーダーシップ」「心理的安全性」「知識の共有」という3つの変数に与える影響を検証するためのプロトコールを当事者主導で作成し,予備的な研究を開始している.これは,共同創造のみならず,2019年に英国で第1回International Conference on the Mental Health & Wellbeing of Postgraduate Researchersが開催されるなど,大学院生や若手研究者のウェルビーイングの低さとそれによる創造性の低下が問題となっている大学や研究機関にとっても,重要なトピックだろう.

おわりに
 当事者研究における当事者は,カテゴリー化された属性を付与されたマイノリティだけを指すのではない.さまざまな困難に有限な身体で向き合い,固有の歴史を歩むすべての人が,当事者である.当事者研究を通じて,マイノリティ共同体も専門家共同体も,自らが周縁化してきた人々や経験に気づくべく文化を変容し,無知の知に基づく謙虚さとともに,共同創造のプラットフォームが切り開かれることを願っている.

 編注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに鹿島晴雄(医療法人社団葛野会木野崎病院),尾崎紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神疾患病態解明学),北中淳子(慶應義塾大学文学部)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本研究は,文部科学省科学研究費補助金・学術変革領域研究(A)「当事者化の過程における法則性/物語性の解明と共同創造の行動基盤解明」(No. JP21H05175),JST CREST「知覚と感情を媒介する認知フィーリングの原理解明」(課題番号:JPMJCR21P4)の支援を受けた.

文献

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4) 綾屋紗月: 発達障害の当事者研究―情報保障の観点からの考察―. 精神医学と当事者 (石原孝二, 河野哲也ほか編). 東京大学出版会, 東京, p.206-224, 2016

5) 綾屋紗月: 「生きづらさ・傷つき」と物語 (ナラティヴ)―傷を拓く―. 臨床心理学, 19 (1); 9-14, 2019

6) 綾屋紗月: 当事者研究の歴史―障害者運動と依存症自助グループの出会い―. メンタルヘルスの理解のために (松本卓也, 武本一美編). ミネルヴァ書房, 東京, p.165-190, 2020

7) 綾屋紗月: 当事者研究の新たな歴史を紡ぐ. 科学技術社会論研究, 18; 74-86, 2020

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12) Ichikawa, Y., Ayaya, S., Kumagaya, S., et al.: Investigating self-disclosure and the amount of speaking in an online meeting under the rule of casual talking and casual listening. ACHI, p.68-73, 2017

13) 上岡陽江: ダルク女性ハウスの当事者研究―多重スティグマを超える「記憶の共有化」―. 当事者研究をはじめよう (熊谷晋一郎編). 金剛出版, 東京, p.14-26, 2019

14) Kato, M., Asada, K., Kumagaya, S., et al.: Inefficient facial scan paths in autism? J Eye Mov Res, 8; 227, 2015

15) Kelly, J. F., Humphreys, K., Ferri, M.: Alcoholics Anonymous and other 12-step programs for alcohol use disorder. Cochrane Database Syst Rev, 3 (3); CD012880, 2020
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16) 熊谷晋一郎: 当事者研究に関する理論構築と自閉症スペクトラム障害研究への適用. 東京大学博士論文 (乙第17965号). 2014

17) 熊谷晋一郎: 発達障害当事者研究―当事者のサポーターの視点から―. 臨床心理学, 14 (6); 806-812, 2014

18) 熊谷晋一郎: 当事者研究の理論・方法・意義. 障害学研究, 10; 63-74, 2014

19) Kumagaya, S.: Tojisha-kenkyu of autism spectrum disorders. Adv Robot, 29 (1); 25-34, 2015

20) 熊谷晋一郎編: みんなの当事者研究 金剛出版, 東京, 2017

21) 熊谷晋一郎編: 当事者研究と専門知 金剛出版, 東京, 2018

22) 熊谷晋一郎: 当事者研究のやり方マニュアル―自閉スペクトラム症に対する当事者研究の方法および効果に関する探索的臨床実験―. 丸善プラネット, 東京, 2018

23) 熊谷晋一郎編: 当事者研究をはじめよう 金剛出版, 東京, 2019

24) 熊谷晋一郎: 当事者研究―等身大の〈わたし〉の発見と回復―. 岩波書店, 東京, 2020

25) 熊谷晋一郎, 喜多ことこ, 綾屋紗月: 当事者研究の導入が職場に与える影響に関する研究. 経済分析, 203; 28-58, 2021

26) Lin, I. F., Mochida, T., Asada, K., et al.: Atypical delayed auditory feedback effect and Lombard effect on speech production in high-functioning adults with autism spectrum disorder. Front Hum Neurosci, 9; 510, 2015
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27) 松田博幸: ピアワーカーの政治 (politics). 当事者研究と専門知 (熊谷晋一郎編). 金剛出版, 東京, p.105-111, 2018

28) 浦野 茂, 綾屋紗月, 青野 楓: 言いっぱなし聞きっぱなし. N: ナラティヴとケア, 6; 92-101, 2015

29) Wang, Y., Liu, J., Zhu, Y.: Humble leadership, psychological safety, knowledge sharing, and follower creativity: a cross-level investigation. Front Psychol, 9; 1727, 2018
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