マイノリティ当事者の視点や価値を反映したマイノリティに関する研究を進めるために,当事者参画による研究の共同創造が重要である.しかし,その具体的な実現方法には課題も多い.共時的・通時的に知識を共有・更新してきた専門家コミュニティと対等に共同するには,同じく当事者側も自らの知識を共有・更新する当事者コミュニティがカウンターパートとしてなくてはならない.しかし,専門家コミュニティが分野ごとに縦割り化するのと同様,当事者コミュニティもまた,困難の類似性によって縦割り化している.また,類似性で凝集した当事者コミュニティは中心―周縁構造をもつようになり,周縁化されたメンバーが抑圧されかねない.歴史的には,当事者研究は,当事者コミュニティにおいて周縁化された当事者の経験に表現を与える営みとして誕生したが,当事者コミュニティの縦割り構造を温存したままでは,周縁者に対して過剰適応を強いる技法になってしまいかねないものでもある.研究の共同創造を実現するためには,専門家コミュニティも当事者コミュニティも,安全性が保障された場で,自分たちが知っていることを正直に表現し,自分たちの知識の限界と,それによって周縁化されるメンバーや経験の存在を認め,自分たち以外の研究コミュニティの知識に対して謙虚な姿勢をもち,周縁でつながる外部からさまざまな視点を取り入れて客観性を高めようとし続けるべく,組織変革を遂げなくてはならない.
当事者研究と研究の共同創造
東京大学先端科学技術研究センター
精神神経学雑誌
124:
623-629, 2022
<索引用語:当事者研究, 共同創造, 周縁化, 謙虚なリーダーシップ, 心理的安全性>