漢方医学は,中国の古典に依拠しつつも,室町時代後期から江戸時代を通じて,わが国で独自に育まれてきた,わが国固有の伝統医学である.現代精神医学的視点でとらえる限り,近代までの漢方医学において,精神症状の評価や精神障害に対する治療方法が探求されてきた形跡はほとんどなく,精神療法のあり方にかかわる具体的な言及に至ってはほぼ皆無である.そのようななかにあって,中神琴渓(1744~1835)は,近世から近代の漢方医学史のなかでおそらく唯一,精神障害の治療を積極的に応需し精神症状を詳述した極めて特異な医家であり,その功績は注目に値する.中神琴渓は,卓越した病態観察眼にもとづき,最適な治療戦略を提案し,個別性の高い医療を実践した.他方,臨機応変を是とし,書を著すことを嫌い,固定観念や先入観に惑わされることを厳しく戒めた.しかし,門弟たちが,歴史に埋没することを惜しんで師の医療を後に書として編纂したため,それらの著述により中神琴渓の医療を繙くことができる.本稿においては,中神琴渓の医療から,現代精神医学的にも意義深いと思われる具体的記述を抽出し,現代精神医学への応用の可能性を探る.
現代精神医学の視点から見直す中神琴渓の漢方診療
1)医療法人清風会ホスピタル坂東
2)医療法人社団ひのき会証クリニック併設和漢診療研究所
2)医療法人社団ひのき会証クリニック併設和漢診療研究所
精神神経学雑誌
124:
538-545, 2022
<索引用語:中神琴渓, 漢方, 江戸時代, 伝統医学, 精神症状>