はじめに
ICD-10において,睡眠障害はV章の精神および行動の障害とVI章の神経系の疾患に分散して分類されていたが,ICD-11では第6章の精神,行動,神経発達の疾患と第8章の神経系の疾患から独立し,新たに第7章の睡眠・覚醒障害にまとめられた.現在判明している診断分類と内容記述からみると,その基本構造はDSM-5および睡眠障害国際分類第3版1)とほぼ同一で,近年発展してきた睡眠・覚醒障害に関する知見や疾病論的分類を的確に反映した内容となっている(詳細は本多の論文7)を参照).
ここではICD-11における睡眠・覚醒障害分類を踏まえ,睡眠・覚醒障害の臨床実践における精神科医の役割,睡眠・覚醒障害に関する知識や経験の精神医療への貢献について述べたい.
1.睡眠・覚醒障害医療における精神科医の役割
DSM-5において,それまでのDSM-IIIおよびDSM-IV-TRと比較し,睡眠・覚醒障害が大幅に拡充された.睡眠障害国際分類第3版の原案を参考にしながらDSM-5の睡眠・覚醒障害作業部会が行ったこの改変は,今回のICD-11へと引き継がれ,その後の専門医療と一般医療における睡眠・覚醒障害分類のあり方を決定した.これらの背景に基づいて,DSM-5の睡眠・覚醒障害作業部会長Reynolds, C. F. 3rd.7)は,睡眠・覚醒障害医療における精神科医が果たす役割の重要性について指摘している.
1960年代に始まったヒトの睡眠研究を担ってきたのは,精神症状と夢の関連に興味を抱いた精神科医であった.1970年代以降も睡眠障害研究において,精神科医は精神生理学の研究者として主要な役割を果たしてきた5).その後の睡眠障害に関する臨床知見の蓄積や睡眠検査法の発展に伴い,睡眠障害の疾病分類は終夜睡眠ポリグラフや反復睡眠潜時検査などの客観的所見を中心に1つの専門医療分野としてまとめられるようになった1).この結果,睡眠時無呼吸症候群をはじめとする客観的診断基準を明解に記述できる睡眠・覚醒障害の多くは,臨床現場において精神科医の手から離れていった.
一方,睡眠障害の研究者の間では,客観的検査所見から明解に病態を記述できる睡眠関連呼吸障害などの症候群と,不眠症のように心理的要因が大きく関与し検査所見だけではとらえきれない病態を同一のカテゴリーにまとめあげるため多大な努力がなされた5).そして,睡眠障害国際分類第3版およびDSM-5において,睡眠・覚醒障害は,客観的な睡眠検査所見,関連した自覚的な睡眠の不満足感,これらが引き起こす日中の苦痛や機能不全よりなる症候群として再定義されることになった5)8).ICD-11ではこれらの骨格がそのまま採用されている.
こうした多層的な定義をもつ睡眠・覚醒障害を適切に早期発見し専門医療につなげるため,最初に接し訴えを聞く医師の役割はきわめて重要である.心身両面からの実地診療を専門とする精神科医は,睡眠・覚醒障害の医療における窓口として重要な役割を担うことが要請される2).心理的な問題を含む多彩な自覚的愁訴を受けとめ吟味し,そのなかから症状を抽出し,これらを総合して,初期的臨床診断を行うことである.
具体的には,DSM-5の睡眠・覚醒障害作業部会は,精神科医が可能な範囲で補助検査まで含め実施し,適切なタイミングで睡眠障害専門家に紹介することを期待している7).限られた社会資源である専門医療を効率よく活用し広く利用するため,精神科医には有能なゲートキーパーの役割が求められている.
2.精神医療における睡眠医学の貢献
精神科医にとって睡眠・覚醒障害に関する知識や経験をもつことは精神疾患の診療に大きく役立つ.精神疾患において睡眠の問題が併存する率は非常に高く,例えば不眠症状は,うつ病ではおよそ80%以上,統合失調症では30~60%に認められる3).1980年代には,精神疾患に対する治療を行っていけば,併存する不眠はそれに伴って改善すると思われていた.しかし,最近のエビデンスによれば,不眠症状が一定期間以上続く場合,精神疾患に対する治療に加え,不眠症に対する治療的介入が必須であることが明らかになった3).さらに,不眠症に対する薬物療法や認知行動療法は,うつ病,不安症,双極症,統合失調症など不眠症が併存する精神疾患によらず有効性が示されている3).
精神疾患においては,睡眠・覚醒障害の併存リスクが非常に高く,患者の示す社会機能障害には,精神疾患そのものによるものに加えて睡眠・覚醒障害によるものが含まれると考えられるようになっている3).精神疾患に併存する不眠症を焦点とした治療は睡眠・覚醒障害による生活の質の低下を改善する.うつ病の併存不眠症や双極症の併存不眠症に対する治療介入では,原疾患の精神症状がより改善したという報告もある9).このように不眠症に対する治療は,併存する精神疾患にかかわらず症状改善に有効であることが明らかになり,精神疾患をもつ患者の直面する社会機能障害を解決するため,独立した治療戦略となることが期待されている.
疫学研究からは,不眠症状はうつ病の残遺症状のなかで最も頻度の高いものとして知られ,不眠症状はうつ病発症やうつ病再発のリスク要因となる.17編の前向きコホート研究のメタ解析では,不眠症状は将来のうつ病罹患を2倍にすることが報告された2).うつ病既往高齢者において残遺性不眠の存在は再発率を大きく高めることも報告されている4).さらに産後において児の泣き声による睡眠の妨害を自ら防止できるよう夜泣き対処に関する教育を行うと,産後のうつ病発症を抑えることができたという報告もある6).これらは,うつ病において睡眠関連症状が何らかの病因論的意義をもち,睡眠への介入でうつ病を予防する可能性を示唆するものと考えられる.
おわりに
最新の睡眠・覚醒障害臨床実践において精神科医に要請されるゲートキーパーとしての役割,睡眠・覚醒障害に関する知識や経験が精神医療全般へ貢献することについてまとめた.ICD-11で新たに睡眠・覚醒障害の章が設けられたことに加え,精神科医に睡眠・覚醒障害医療における重要な役割が回ってきたことを認識し,睡眠・覚醒障害に悩む人たちに役立てるよう,さらに教育や臨床知識の普及啓発に努めていく必要がある.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) American Academy of Sleep Medicine: International Classification of Sleep Disorders, 3rd ed. American Academy of Sleep Medicine, Darien, 2014
2) Baglioni, C., Spiegelhalder, K., Nissen, C., et al.: Clinical implications of the causal relationship between insomnia and depression: how individually tailored treatment of sleeping difficulties could prevent the onset of depression. EPMA J, 2 (3); 287-293, 2011
3) Benca, R. M., Buysse, D. J.: Reconsidering insomnia as a disorder rather than just a symptom in psychiatric practice. J Clin Psychiatry, 79 (1); me17008ah1c, 2018
4) Cho, H. J., Lavretsky, H., Olmstead, R., et al.: Sleep disturbance and depression recurrence in community-dwelling older adults: a prospective study. Am J Psychiatry, 165 (12); 1543-1550, 2008
5) Gauld, C., Lopez, R., Morin, C. M., et al.: Why do sleep disorders belong to mental disorder classifications? A network analysis of the "Sleep-Wake Disorders" section of the DSM-5. J Psychiatr Res, 142; 153-159, 2021
6) Hiscock, H., Cook, F., Bayer, J., et al.: Preventing early infant sleep and crying problems and postnatal depression: a randomized trial. Pediatrics, 133 (2); e346-354, 2014
7) 本多 真: 睡眠・覚醒障害(Sleep-wake Disorders). 精神経誌, 124 (3); 192-197, 2022
8) Reynolds, C. F. 3rd., O'Hara, R.: DSM-5 sleep-wake disorders classification: overview for use in clinical practice. Am J Psychiatry, 170 (10); 1099-1101, 2013
9) Seow, L. S. E., Verma, S. K., Mok, Y. M., et al.: Evaluating DSM-5 insomnia disorder and the treatment of sleep problems in a psychiatric population. J Clin Sleep Med, 14 (2); 237-244, 2018