Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第124巻第11号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
各論⑱
神経認知障害群―認知症医療は誰が担当するのか―
池田 学
大阪大学大学院医学系研究科精神医学教室
精神神経学雑誌 124: 809-814, 2022

 関連する分子生物学的研究,体液や画像を中心とするバイオマーカーの開発,神経心理学などの臨床研究の急速な発展によって,認知症に関しては精神疾患特有の症候学的分類から,他科の疾病分類と同様に生物学的(病因に基づく)分類が,場合によってはMCIやpreclinicalの段階から可能になってきた.そのことが,ICD-11における認知症分類で大きな論争を巻き起こすことになった.当初は,ICD-10分類の考え方を引き継ぎ,症候群としての認知症は第06章「精神,行動又は神経発達の疾患群」に,アルツハイマー病やレビー小体病などの認知症の原因疾患は第08章「神経系の疾患」に配置する折衷案が考えられていた.その後,コードを付け,最終的な章をまとめる段階で,2016年末になって認知症をすべて神経疾患に移動させる案が浮上し,日本精神神経学会をはじめ世界中の主要な精神医学会から反対意見がWHOに送られ,2017年早々に最終的には当初の折衷案で落ち着いた.本稿では,神経認知障害群のなかでも認知症に焦点をあて,ICD-10からICD-11への主な変更点,DSM-5との異同について概説する.そして,認知症医療は誰が担当すべきかという問題について,若干の私見を述べた.

索引用語:認知症, 精神科, 老年精神医学, 超高齢社会, ICD-11>

はじめに
 2013年に米国精神医学会から出版されたDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth Edition(DSM-5)ではDementiaという用語が消え,認知症にほぼ相当するmajor neurocognitive disorder,軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)にほぼ相当するmild neurocognitive disorderが用いられるようになった1).名称変更のきっかけの1つは,日本における痴呆(症)から認知症への名称変更が奏功したことにあるといわれている.すなわち,差別的ニュアンスを含んだ痴呆(症)から認知症に名称が変更されることにより,「認知症」は一般市民にとってより身近なものになり,スティグマが減少し,早期受診にもつながるようになったと評価された.そのことに異論はないが,neurocognitive disordersへの変更においてより重要だったのは医学の進歩によって「認知症」を発症する前から,かなり正確に原因疾患が診断できるようになったことだと考えられる.すなわち,MCIの段階でも近時記憶の障害が明らかで,進行性で緩徐な認知機能低下があり,他の病因が否定できればpossible mild neurocognitive disorder due to Alzheimer's diseaseと分類される.さらに,遺伝子検査または家族歴のいずれかで,アルツハイマー病の原因となる遺伝子変異の証拠があればprobable mild neurocognitive disorder due to Alzheimer's diseaseと分類されることになる.アミロイドPETが陽性ならば,症状がほとんどない段階(preclinical期)から,ほぼ確実にアルツハイマー病理が背景にあると診断できるようになった.すなわち,精神疾患特有の症候学的分類から,他科の疾病分類と同様に生物学的(病因に基づく)分類が場合によってはMCIやpreclinicalの段階から可能になってきたことを意味する.
 そのことが,約30年ぶりに改訂されたICD-11における認知症分類で大きな論争を巻き起こすことになった.当初は,ICD-10分類の考え方を引き継ぎ,症候群としての認知症は第06章「精神,行動又は神経発達の疾患群」に,アルツハイマー病やレビー小体病などの認知症の原因疾患は第08章「神経系の疾患」に配置する折衷案が考えられていた.その後,コードを付け,最終的な章をまとめる段階で,2016年末になって神経科(neurology)の側から認知症をすべて神経疾患に移動させる案が浮上し,日本精神神経学会をはじめ世界中の主要な精神医学会や老年精神医学会から反対意見が世界保健機関(World Health Organization:WHO)に送られ,2017年早々に最終的には当初の折衷案で落ち着いた3).その後も,2018年に神経科のグループから,第06章のVascular Dementiaを廃止し,第08章にVascular Cognitive Impairmentとして置き換えるように提案されたが,これも最終的には第06章にDementia due to Cerebrovascular Diseaseに再構築することで決着した4).本稿では,神経認知障害群のなかでも認知症に焦点をあて,ICD-10からICD-11への主な変更点,DSM-5との異同について概説する.そして,上記の認知症は精神疾患なのか神経疾患なのか,精神疾患とは何かという問題について若干の私見を述べてみたい.

I.ICD-11の特徴とICD-10からの主たる変更点
 ICD-11の神経認知障害群は,上述したように第06章の「精神,行動又は神経発達の疾患群(Mental, Behavioural or Neurodevelopmental Disorders)」の6D7および6D8コードとして位置づけられている(表110).神経認知障害群におけるICD-10からICD-11への改訂では,軽度神経認知障害(6D71),レビー小体病による認知症(6D82),前頭側頭型認知症(6D83)がICD-10よりも格上げされた(表2).この背景には認知症に関する分子生物学的研究,体液や画像を中心とするバイオマーカーの開発,神経心理学などの臨床研究の急速な発展があると考えられる.またICD-10では,認知症の行動・心理症状(behavioural and psychological symptoms of dementia:BPSD)は随伴症状としての第5桁の数字が与えられていたが,ICD-11ではSpecifier(特定用語)として配置され,BPSD重視の姿勢がみられる.行動または心理症状が臨床的な介入の焦点があたるほどの重症な場合に,Behavioural and Psychological Disturbances in DementiaのSpecifiersが用いられる(表3).このSpecifierの導入は,日本精神神経学会からの提案に基づいている3).その他,正常圧水頭症による認知症(6D85.6)はICD-10では,神経系の疾患(Gコード)の「G91水頭症」に分類されていたものが,ICD-11では新たに6D85の「他に分類される疾患による認知症」にコーディングされることになり,「8D64.04正常圧水頭症」とともに,認知症の項目のなかに分類された.これらの移動や格上げはこれまでの診断技術の進歩がICD-11に反映されている結果であると思われる.

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

II.ICD-11とDSM-5の異同2)
 神経認知障害群においても,ICD-11ではDSM-5とのハーモナイゼーションが図られているが,相違点も多く存在している.
 最も重要な相違点は,ICD-11では,従来の主要な認知症の定義と同様,認知症(Dementia)は日常生活活動の自立性を有意に妨げる少なくとも2つの認知領域の障害を有することを定義に用いているのに対し,DSM-5においては,上述したようにDementiaをmajor neurocognitive disorderという用語に置き換え,複雑性注意,実行機能,学習および記憶,言語,知覚―運動,社会的認知の1つ以上の認知領域の有意な低下を診断根拠にしている点である.すなわち,DSM-5では認知障害の範囲の広がりよりも,機能低下の重症度を重視していて,神経認知障害群の同じ病因による軽症例をmild neurocognitive disorderとして連続的に捉えている.例えば,ICD-11の6D72健忘症は,DSM-5では記憶障害が重度であればmajor neurocognitive disorderの,軽度であればmild neurocognitive disorderの病因別に分類されることになる.さらに,DSM-5では,最新の診断基準に合わせて,「probable」や「possible」といった診断の確からしさを付与するようになっている.一方,ICD-11では,各認知症のなかでMild,Moderate,SevereというSpecifierを用いて認知症の重症度を表すことになっている.
 ICD-11もDSM-5も,アルツハイマー病,脳血管障害,レビー小体病,前頭側頭型認知症といった重要な認知症の病因による下位分類を提案しているが,さらにICD-11では「6D85他に分類される疾患による認知症」に,上述したように正常圧水頭症による認知症などを加えている.

III.認知症医療は誰が担当するのか5)
 上述したように,バイオマーカーに基づく認知症診断の進歩は急速で,疾患修飾薬の開発に伴ってMCIの段階どころかpreclinical(無症状)の段階での超早期診断の可能性が模索されるようになってきている.例えば,2017年に出版されたレビー小体型認知症の最新の臨床診断基準では,中核的特徴である注意や明晰さの著明な変化を伴う認知の変動,繰り返し出現する構築された具体的な幻視,レム睡眠行動異常症,特発性パーキンソニズムと並んで,SPECT/PETで示される基底核におけるドパミントランスポーターの取り込み低下,MIBG心筋シンチグラフィでの取り込み低下,睡眠ポリグラフ検査による筋緊張低下を伴わないレム睡眠の確認が指標的バイオマーカーとして,ほぼ同等に扱われるようになった8).また,最近出版されたprodromalレビー小体型認知症の研究用診断基準によれば,MCIの段階でも,認知の変動,繰り返す幻視,レム睡眠行動異常症,パーキンソニズムのうち2つ以上,あるいは,これら1つと上記の基底核のドパミントランスポーターの取り込み低下などのバイオマーカーが陽性であれば,probable MCI with Lewy bodiesと診断できるようになった9)
 そのことが,上述したICD-11の認知症分類で大きな論争を巻き起こすことになったが,当時日本精神神経学会の副理事長であった神庭重信が本誌の巻頭言で指摘しているように,認知症が精神(mental)の疾患か神経(nerves)の疾患かというこの問題は,はたして神経基盤で説明できない精神の病は存在するだろうかという問題に直結することになる7).急速に研究が進んでいる統合失調症や双極性障害のバイオマーカーが日常診療に導入できるようになるまでには,なお時間的猶予がありそうだが,認知症よりも生物学的背景がはっきりしていると感じることもある神経発達症などにおいては,きわめて近い将来に直面することになる問題と思われる.伝統的な精神医学が捉えてきたように,素直に精神神経疾患と考えれば,特に問題はなさそうでもあるのだが,神庭が指摘しているように,現時点でわれわれが担当している「精神疾患」を近い将来誰が治療することになるかという問題は,結局のところ誰が最もよい治療を提供できるのかという当事者や介護者,社会の判断によると思われる.したがって,認知症の診断と分類をめぐる問題は,誰が最もよい認知症の治療者であるという信頼を得られるかということに帰結するように思われる.現時点で最もニーズのあるBPSDへの対応やケアのみならず,バイオマーカーや疾患修飾薬の開発にも精神科医は積極的に関与すべきであろうし,正確な早期診断や国の認知症施策にも精通する必要がある.
 認知症とMCIのさらなる増加を考えれば,かかりつけ医,脳神経内科医,老年内科医,脳神経外科医などの関与はますます増えてくるであろう.老年精神科医どころか,一般精神科医だけでも,患者数を考えると対応できないことは明白である.今後の認知症分類の行方に関しては,睡眠・覚醒障害のように神経疾患からも精神疾患からも独立した章に配置される可能性すらもあると思われる.

おわりに
 上述してきた認知症が精神(mental)の疾患か神経(nerves)の疾患かというこの問題は,他の精神疾患も内包している問題である.そもそも,病因・病態解明が進めば精神疾患でなくなるのか? 認知症の場合に限れば,超高齢社会の認知症医療における精神科医・精神医学の役割について,著者は全く悲観していない.認知症においては,上述したようにMCI期ないしprodromal期での診断が可能になりつつあるが,prodromal期においても,精神症状や行動障害はしばしば出現し,精神科医の積極的な関与が期待される.また,認知症の鑑別診断で最も重要になる老年期うつ病とせん妄に精通し,根本治療の方法がない現状でも生活支援や多職種によるチーム医療によって当事者や家族に寄り添う意義を熟知している精神科医の役割はきわめて大きいはずである.もちろん,よい治療(対応)には正確な診断も含まれるので,われわれ精神科医が早期診断のスキルアップをすることが前提ではある6).ICD分類で,今後も認知症が「精神,行動又は神経発達の疾患群」のなかで扱われるかどうかは,われわれ精神科医が病因・病態解明や治療法の開発に重要な役割を果たし,日常臨床では認知症の当事者や家族,社会に最もよい治療を提供していると評価されるように弛まぬ努力を続ける覚悟ができるかどうかにかかっているのだと思われる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野 裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, p.594-634, 2014)

2) First, M. B., Gaebel, W., Maj, M., et al.: An organization- and category-level comparison of diagnostic requirements for mental disorders in ICD-11 and DSM-5. World Psychiatry, 20 (1); 34-51, 2021
Medline

3) Gaebel, W., Jessen, F., Kanba, S.: Neurocognitive disorders in ICD-11: the debate and its outcome. World Psychiatry, 17 (2); 229-230, 2018
Medline

4) Gaebel, W., Reed, G. M., Jakob, R.: Neurocognitive disorders in ICD-11: a new proposal and its outcome. World Psychiatry, 18 (2); 232-233, 2019
Medline

5) 池田 学: 認知症診療から"精神疾患"の今後を考える. 正光会医療研究会誌, 16; 1-2, 2019

6) 池田 学: 早期診断が早期絶望にならないための認知症診断学. 精神科診断学, 13; 6-12, 2020

7) 神庭重信: 認知症の分類問題―そもそも精神疾患とはなにか―. 精神経誌, 119 (6); 381, 2017

8) McKeith, I. G., Boeve, B. F., Dickson, D. W., et al.: Diagnosis and management of dementia with Lewy bodies: fourth consensus report of the DLB Consortium. Neurology, 89 (1); 88-100, 2017
Medline

9) McKeith, I. G., Ferman, T. J., Thomas, A. J., et al.: Research criteria for the diagnosis of prodromal dementia with Lewy bodies. Neurology, 94 (17); 743-755, 2020
Medline

10) World Health Organization: ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics (Version: 02/2022). (https://icd.who.int/browse11/l-m/en) (参照2022-06-07)

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