Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第8号

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連載 ICD-11「精神,行動,神経発達の疾患」分類と病名の解説シリーズ
各論④
気分症群
本村 啓介1), 川嵜 弘詔2), 神庭 重信3)
1)国立病院機構さいがた医療センター
2)福岡大学医学部精神医学教室
3)日本うつ病センター/飯田病院/九州大学
精神神経学雑誌 123: 506-514, 2021

 本稿では,ICD-11の気分症群<気分障害>に含まれている疾患について,ICD-10およびDSM-5と比較しつつ,診断の必須要件と付加的特徴を概説する.気分症群の疾患は,DSM-5に準じて,抑うつエピソード,躁エピソード,軽躁エピソード,混合エピソードを構成要素として診断する方法が採用されている.また,双極症<双極性障害>が双極症I型と双極症II型に分割されたこともDSM-5に倣っている.一方,いわゆる躁うつ混合状態は,DSM-5では,「混合性の特徴を伴う」というエピソードの特定用語に位置づけられたが,ICD-11では「混合エピソード」として双極症の構成要素となり,その診断要件は比較的緩やかに設定されている.ICD-11の気分症群の分類はDSM-5にハーモナイズして整理されており,DSM-5を使い慣れている者には,使いやすい感がある.しかし,細部において重要な変更も数多くあり,ICD-10やDSM-5との違いも理解しておく必要がある.

索引用語:単一エピソードうつ病, 気分変調症, 混合抑うつ不安症, 双極症I型, 気分循環症>

はじめに
 DSM-IV-TRで大うつ病性障害と双極性障害を包含していた「気分障害」の大項目からDSM-51)では「双極性障害または関連障害群」が独立し,その章が「統合失調症スペクトラム障害または他の精神病性障害群」の章と「抑うつ障害群」の章との間に配置された.これは症候論,家族歴,そして遺伝学的,生物学的な所見などを基盤とする観点から,「双極性障害および関連障害群」はこれらの2つの群の間の橋渡しをする位置にあるという理解に基づく処置である.一方,ICD-114)7)8)では臨床現場で有用な分類名であるとして気分症群<気分障害>という大分類を残している.
 ICD-11では,気分症群(mood disorders)の枠組みのなかに,抑うつエピソードのみが現れる疾患を中核とする「抑うつ症群(depressive disorders)」と,抑うつと躁・軽躁の両者のエピソードを認める「双極症<双極性障害>または関連症群(bipolar or related disorders)」の一群を再編成した.また,気分症群がセカンダリー・ペアレントになる診断カテゴリーとして,「物質誘発性気分症群」および「二次性気分症候群」を含んでいる(ICD-10との対照表は表1).
 抑うつ症群には,「単一エピソードうつ病」「反復性うつ病」「気分変調症」「混合抑うつ不安症」「抑うつ症,他の特定される」「抑うつ症,特定不能」が含まれ,また抑うつ症群がセカンダリー・ペアレントになる診断カテゴリーとしては,月経前不快気分症〔プライマリーには泌尿生殖器系疾患(GA34.41)〕が含まれている.
 双極症または関連症群は,「双極症I型」「双極症II型」「気分循環症」「双極症または関連症,他の特定される」「双極症または関連症,特定不能」からなる.
 加えて,ICD-106)において「持続性気分(感情)障害」のカテゴリーに属していた「気分循環症」は,「双極症または関連症群」の一型に,「気分変調症」は抑うつ症群に位置づけられ,これに伴い「持続性気分(感情)障害」はICD-11では削除された.

表1画像拡大

I.抑うつ症群の分類
1.単一エピソードうつ病(6A70)と反復性うつ病(6A71)*1
 DSM-5ではうつ病/大うつ病性障害というカテゴリーのなかで,単一エピソードか反復エピソードかを記載するのに対して,ICD-10ではこれらを,うつ病エピソード(F32)と反復性うつ病性障害(F33)という,別のカテゴリーに振り分けることになっていた.追跡研究では,抑うつエピソードの半数以上に再発がみられることから,このような区別は廃止すべきとする提案もあった.しかしICD-118)でも,うつ病は単一エピソードうつ病(single episode depressive disorder)と反復性うつ病(recurrent depressive disorder)として,区別は維持されることになった.

2.気分変調症(6A72)
 気分変調症(dysthymic disorder)は,DSM-IIIでは抑うつ神経症を引き継ぐカテゴリーとして定義され,ICD-10ではICD-9までの「神経症性抑うつおよび抑うつパーソナリティ」を包含する概念として説明されている.2年以上続く慢性の軽症抑うつがここに含まれる.
 DSM-5では,それまでの気分変調性障害と,(2年以上続く)慢性の大うつ病とを合わせて,持続性抑うつ障害(気分変調症)というカテゴリーができた.気分変調性障害患者の追跡研究の結果,多くの場合に,一度は大うつ病の基準を満たしたこと,その結果,大うつ病の診断閾値を満たすか否かよりも,経過が慢性であるのか非慢性であるのかの違いのほうがより重要であると考えられるようになったことがその理由である.しかしICD-11ではこの改変は採用されなかった.

3.混合抑うつ不安症(6A73)
 ICD-11の抑うつ症群には,混合抑うつ不安症(mixed depressive and anxiety disorder)が新たに追加された.これは,ICD-10では神経症性障害などの群(F4)に含まれていた,混合性不安抑うつ障害とほぼ同じものである.うつ病,不安症,それぞれの症状を部分的に有していながら,どちらの診断基準も満たさない一群を指している.DSM-5でもこの診断カテゴリーを採用する予定であったが,実地試験の結果,診断の信頼性が低かったため,採用は見送りとなっていた.

4.その他の診断カテゴリー
 DSM-5の抑うつ障害群に重篤気分調節症が採用されたのは,子どもの双極性障害の過剰診断という,主に米国でみられた現象への対抗措置であったが,裏づけとなるエビデンスは限られていた.ICD-11は,この異論の多いカテゴリーは採用せず,かわりに,反抗挑発症(「秩序破壊的または非社会的行動症群」に含まれる)のカテゴリー内で,「慢性の苛立ち・怒りを伴う」という特定用語を新たに設けることで対応している.
 前述したように,DSM-5で新たに採用された月経前不快気分障害は,ICD-11では泌尿・生殖器系の疾患(第16章)の1つとして採用されたが(GA34.41),抑うつ症群をセカンダリー・ペアレントとみなして,その1つにも位置づけている.

II.抑うつ症群の診断ガイドラン
 ICD-10の気分エピソードは,それ自体が診断の単位でもあり,また診断の構成要素でもあった(双極性感情障害や反復性うつ病性障害を構成する).しかしICD-11の気分エピソードは,DSMに合わせて,診断の単位から構成要素へと格下げされた.以下にエピソードの説明そして各疾患カテゴリーの説明を加える.

1.抑うつエピソードの診断に必須の特徴
 DSM-III以来,DSM-5まで変わらない抑うつエピソード<大うつ病エピソード>の診断には,抑うつ気分,興味または喜びの著しい減退,体重または食欲の変化,不眠または過眠,精神運動焦燥または制止,疲労感,罪責感または無価値感,集中力減退または決断困難,死についての反復思考,という9症状のうち5症状以上の存在が要求される.ただし必須症状として,抑うつ気分あるいは,興味または喜びの著しい減退を含んでいなければならない.ICD-10のうつ病エピソードは,DSMの大うつ病とは,いくらかの違いがあった.ICD-10の診断ガイドラインには,DSMと共通する基準症状に加えて,「自己評価と自信の低下」および「将来に対する希望のない悲観的な見方」という項目が含まれる一方で,精神運動焦燥や制止は含まれておらず,これはあくまでも「身体症候群」,いわゆる内因性うつ病の特徴を示す症状とされていた.
 ICD-11の抑うつエピソードの診断ガイドライン4)7)では,「診断に必須の特徴」が感情クラスター,認知行動クラスター,自律神経クラスターに分けられた*2.必須とされるのが感情クラスターの2症状のいずれかとなった点は,DSM-5と同じである.自律神経クラスターには「精神運動焦燥・制止」が含まれており,認知行動クラスターでは「自己評価の低下」と「罪責感」が1つにまとめられた一方,「将来に関する希望のなさ」も(表現を変えつつ)維持されている(DSMとの相違はこの項目のみとなった)(表2).

2.診断閾値と重症度
 ICD-11では,抑うつエピソードの診断のためには,表2に示した特徴的な10症状のうち少なくとも5つが,2週間以上にわたり,ほとんど1日中,ほぼ毎日,同時に出現していることが要求される.ICD-10のうつ病エピソードが,10症状中4症状以上で診断できたのに比べて,閾値はわずかに上げられたことになる.
 ICD-11での精神疾患の改訂箇所について解説したReed, G. M. らの論文5)には,以下のように書かれている.

 抑うつエピソードの診断ガイドラインは,最小限の症状数が要求される,ICD-11のなかで数少ない箇所の1つである.これは,うつ病をこのように概念化してきた,長きにわたる研究および臨床の伝統によるものである.10症状のうち5症状が要求され(中略)DSM-5との一貫性が向上した.

 間接的な表現であるが,実質的には「10症状のうち5症状,という閾値には,伝統以外の根拠は乏しい」という意味である.
 DSM-III(1980)では9症状中5症状が診断閾値とされ,DSM-5(2013)に至るまでこの基準が用いられているが,とりあえずの出発点として定められたこの閾値が妥当性を欠いていることは,しばしば指摘されていた.ICD-11で気分症群および不安症の改訂ワークグループを率いたMaj, M.も,「心理社会的障害があって臨床的注意を必要とする」という意味では,診断閾値は(9症状中5症状という)DSMのものよりも低くするべきであり,また「薬物療法の効果が期待できる」という意味では,診断閾値はDSMのものよりも高くするべきである,と主張した2)3).うつ病と同様,連続体として生じる高血圧や糖尿病のように,複数の診断閾値が必要なのであり,1つは臨床的注意の必要性を示唆するもの,もう1つは投薬の必要性を示唆するものである,このような診断閾値の改善を,ICD-11の気分症の改訂における優先課題としたい-と,Majは2012年までははっきり書いていた2)3).結局はDSM-5との協調が優先されたようであるが,私たちはこのような経緯を知っておいたほうがよいだろう.
 また,抑うつエピソードにおける軽症・中等症・重症の区別は症状の数と重症度,および機能障害に基づいて総合的に判断される.ICD-10では重症度の判断に関して症状数の目安があったが(10症状中それぞれ4,5,7つ以上),ICD-11ではそのような記載はない.中等症と重症エピソードについては,精神症<精神病>症状の有無をコードすることになっているが,ICD-10では重症エピソードにのみ生じうると考えられていたのに対して,範囲が広げられている.

3.悲嘆をめぐって
 ICD-11の抑うつエピソードでは,「過去6ヵ月以内に大切な人を亡くしており,正常な悲嘆症状(ある程度の抑うつ症状も含む)を呈している個人においては,抑うつエピソードが出現しているとみなさない」と定められている.それだけでなく,通常の悲嘆に抑うつエピソードが重なっている,とみなせる例の特徴についても,わかりやすい解説が記載されている.さらに,ストレス関連症群には「遷延性悲嘆症」というカテゴリーも新たに設けられた.DSM-5では死別反応除外基準は大論争の末に削除されたが,悲嘆の位置づけについてDSM-5とICD-11とのあいだに大きな違いが生じたことは,この問題の難しさを物語っている.

4.単一エピソードうつ病と反復性うつ病
 抑うつエピソードを呈している,またはその既往がある場合に,躁エピソード,混合エピソード,軽躁エピソードのいずれの既往もなければ,うつ病と診断される.抑うつエピソードが1回であれば単一エピソードうつ病,2回以上であれば反復性うつ病である.
 「付加的特徴」には,罹患者は一般人口と比較して自殺リスクが有意に高いこと,パニック発作が反復して起こる場合には,治療反応性はより悪く,自殺リスクがより高いこと,同疾患の家族歴がある者は,自身も同疾患になるリスクが有意に高いこと,他の精神および行動の疾患がしばしば併存すること(不安または恐怖関連症群,身体的苦痛症または身体的体験症群,強迫症または関連症群,反抗挑発症,物質使用症群または嗜癖行動症群,食行動症または摂食症群,パーソナリティ症および関連特性群など)といった事柄が記載されている.

5.気分変調症
 気分変調症は「抑うつ気分の持続(すなわち2年以上)で,一日のほとんどの時間にみられ,抑うつ気分のある日はない日よりも多い」ことを特徴としたうえで,さらに他の7症状のうちのいくつかを伴う,とされるが,これらの症状そのものは,抑うつエピソードを構成する症状から抑うつ気分,精神運動焦燥または制止,自殺念慮を除外したものである.最初の2年間に,症状の数や持続期間は,抑うつエピソードの定義要件を満たすには不十分である.この最初の時期の後,気分変調症に罹患中に,抑うつエピソードの診断閾値に至ることがあれば,気分変調症と(単一エピソードまたは反復性)うつ病の両方を診断してよい.
 「付加的特徴」として,気分変調症の患者では自殺リスクが高いこと,気分症群の家族歴があると気分変調症になりやすいことが記載されている.他の精神疾患がしばしば同時にみられることも記載されており,その例として,不安または恐怖関連症群,身体的苦痛症または身体的体験症群,強迫症または関連症群,反抗挑発症,物質使用症群または嗜癖行動症群,食行動または摂食症群,パーソナリティ症および関連特性群が挙げられている.

6.混合抑うつ不安症
 2週間以上の期間,抑うつ症状と不安症状の両方が,ほとんどの時間に出現している.抑うつ症状は,抑うつ気分や活動に対する興味または喜びの著しい減少を含み,不安症状は,神経質,不安,またはピリピリしているという感覚,あるいは心配の原因となっている考えをコントロールできない,何かひどいことが起きるだろうという恐怖,リラックスできない,運動性の緊張,または交感神経症状を含む.抑うつ症状と不安症状をそれぞれ別に考慮すると,どちらも重症度,症状の数,持続期間の点において,うつ病や不安または恐怖関連症の診断要件を満たすほど重度ではない.
 類似の病態水準でも,心的ストレスが誘因として明白な場合には,適応反応症<適応障害>と診断することになる.
 「付加的特徴」としては,特にプライマリーケアの場でしばしばみかけられること,(疫学調査をしてみると)多くの者が未治療のまま生活していること,が記載されている.

7.特定用語について
 ICD-11では,DSM-5の特定用語に対応するものの多くが採用されている.重症度(軽症,中等症,重症),経過(現在部分寛解,現在完全寛解),そして精神症症状を伴う/伴わない(中等症と重症の場合のみ)により再分類され,それぞれにコンマ以下1桁のコードが付けられている(例えば,6A70.2単一エピソードうつ病,中等症,精神症症状を伴う).
 上記以外の特定項目として①著しい不安症状を伴う,②パニック発作を伴う,③現在の抑うつエピソードは持続性,④現在のエピソードはメランコリアを伴う,⑤現在のエピソードは周産期発症*3,⑥季節性のパターンを伴う,が挙げられている.これらは,小数点以下,2桁のコードが与えられている.
 DSM-5との重要な違いを挙げておく.まずDSM-5における「非定型の特徴を伴う」という特定用語である.これは,気分反応性,拒絶過敏性,過眠,過食といった症状の存在が,古典的抗うつ薬の一種であるモノアミンオキシダーゼ阻害薬の適応を示唆する,という主張に基づいて定められた.しかし,新規抗うつ薬の開発が進むにつれて薬剤反応性の特異性は目立たなくなり,また双極症群との関連が示唆されるようになると,抗うつ薬の選択自体も議論としての価値が低下した.ICD-11がこの特定用語を採用しなかったのは,このような批判を考慮してのことであろう.
 カタトニア<緊張病>は,DSM-IVでは,「一般身体疾患による緊張病性障害」,統合失調症の亜型のほか,気分エピソードの特定用語と位置づけられていたが,DSM-5では,「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害群」のなかに,「他の医学的疾患による緊張病性障害」のほか,気分エピソードに限らず統合失調症や他の精神疾患についても用いられうる特定用語として,「他の精神疾患に関連する緊張病(緊張病の特定用語)」が定められている.それに対してICD-11では,精神症群と気分症群とのあいだに,独自の分類カテゴリーが設けられており,併存疾患として診断することになる.

表2画像拡大

III.双極症または関連症群の分類
 双極症または関連症群の下位分類には,「双極症I型(bipolar type I disorder)(6A60)」と「双極症II型(bipolar type II disorder)(6A61)」のほかに,「気分循環症(cyclothymia)(6A62)」「双極症および関連症群,他の特定される(6A6Y)」「双極症および関連する症群,特定不能(6A6Z)」がある8)
 過去に躁エピソードまたは混合エピソードが少なくとも1回ある場合には双極症I型と分類される.病像経過として抑うつエピソードおよび躁エピソードもしくは混合エピソードの反復が典型的であるため,将来的な病像として躁と抑うつを繰り返す経過をたどると考えてのことである.
 軽躁エピソードがあり,かつ躁エピソードもしくは混合エピソードがない場合に,双極症II型の診断を満たすためには,過去に抑うつエピソードの既往があることが必須である.軽躁エピソードだけで抑うつエピソードがない場合には,臨床的に問題となるレベルに至っていない,と考えられるため双極症II型の診断には該当しない.
 DSM-51)とICD-114)7)8)で大きく異なるのは,抑うつ症状と躁・軽躁症状の両方が混在する,いわゆる「混合状態」の診断である(下記IV. 2).ICD-11では,疾患の構成要素として,抑うつエピソード,躁エピソード,軽躁エピソードに加え「混合エピソード」を規定している.
 一方DSM-5は,DSM-IV-TRで設けられた混合性エピソードを削除し,特定用語「混合性の特徴を伴う」を新設した.これはDSM-IV-TRの混合性エピソードの基準が厳格すぎて実臨床との乖離を認めるという批判への対応と考えられ,より実臨床に近くなっている.
 気分循環症の診断は,抑うつエピソード閾値にも,また躁エピソードの閾値にも達しない程度の気分変動が少なくとも2年以上続き,有意な苦痛または機能障害を生じている場合に適用する.

IV.双極症の診断ガイドライン
 ICD-11においては,「双極症または関連症群」の診断は,躁,混合または軽躁,そして抑うつエピソードにより定義づけられるそれぞれのエピソードの発現をもとにして診断することを再度強調したい.疾患の経過中,これらのエピソードないし症状群は,抑うつエピソードないし抑うつ症状を呈する期間と交互に出現するのが典型的である.
 今回のICD-11の改訂においても,2013年のDSM-5の発表前から,両者の整合性については提唱され強調されてきた.そのアジェンダに基づいて,両者の大幅な概念の改訂は行われていないようであるが,以下に述べるように診断基準の細部においては,さまざまな改訂がなされている.

1.躁エピソード,軽躁エピソード,混合エピソードの診断に必須の特徴
 DSM-IV-TRの躁病エピソードのA項目は「気分の異常高揚」を規定していたが,DSM-51)では「気分の異常高揚」のほかに「活動・活力の亢進」と「毎日・1日の大半の持続」を条件に加えることで診断を厳格化しており,軽躁病エピソードのA項目についても同様である.これは過剰診断を防ぐ意味合いもあると考えられる.
 ICD-114)7)でも,躁エピソードの必須症状は,多幸感,易刺激性,誇大性とともに活動性亢進またはエネルギー増大の両者が,ほとんど一日中,ほぼ毎日,少なくとも1週間持続する(ただし持続期間は治療的介入で短縮した場合はこの限りではない)と設定されている.
 一方軽躁エピソードの場合,気分の障害は個人生活,家族生活,社会生活,学業,職業あるいは他の重要な機能領域において有意な障害をもたらすほどには重度ではなく,自傷他害を防ぐために集中的な治療(例えば,入院)を要したり,妄想や幻覚を伴ったりするほど重症でもない.したがって個人の人生にとって良い出来事に関連してみられる正常な気分高揚の期間と区別するのが困難であろう.軽躁エピソードとみなすには普段の本人に特徴的な気分や行動と比較して,症状が有意で著しい変化を,少なくとも数日間,明らかに示すものでなければならない.また,軽躁エピソードが1回以上あっても,他の気分エピソード(すなわち,躁または混合,抑うつエピソード)の既往が一切なければ,気分症群の診断をつける根拠としては不十分である.軽躁エピソードの症状は,躁エピソードの症状と質的には類似しているかもしれない.

2.混合エピソードと特定用語「急速交代」の違い
 ICD-114)7)における混合エピソードは,「躁エピソードおよび抑うつエピソードの特徴と合致する顕著な躁症状と抑うつ症状がいくつか存在し,それらがほとんど1日中,ほぼ毎日,2週間以上にわたり同時に出現する,あるいはきわめて急速に(1日ごとに,あるいは同日中に)交代する.ただし持続期間については,治療的介入により短縮した場合はこの限りではない」と定義されている.おおまかに抑うつ症状と躁症状がそれぞれいくつか同時または急速に交代し出現していればこれに該当するという基準であり,診断的要件としては緩やかである.ただし,抑うつエピソードと躁エピソードの両方で認める妄想および幻覚(精神症症状)は,混合エピソードでも認めることがある.
 双極症I型または双極症II型において,過去12ヵ月間に気分エピソードが高頻度で(少なくとも4回)認められる場合に「急速交代」の特定用語が付加される.気分エピソードが高頻度で起こる患者の場合,1回の気分エピソードの期間が,双極症I型または双極症II型において通常みられるよりも短くなりうる.特に,抑うつ的な期間はほんの数日間しか持続しないこともある.ただし,抑うつ症状と躁症状がきわめて急速に(すなわち,1日ごとに,あるいは同日中に)交代し2週間以上続くようであれば,急速交代とみなさず「混合エピソード」と診断する.

3.双極症I型(6A60)
 少なくとも1回の躁エピソードまたは混合エピソードの既往が求められる.躁エピソードまたは混合エピソードが1回あれば診断してよいが,経過は抑うつおよび躁または混合エピソードの反復が典型的である.経過中には軽躁エピソードがあってよい.

4.双極症II型(6A61)
 少なくとも1回の軽躁エピソードに加えて,少なくとも1回の抑うつエピソードの既往が求められる.経過は抑うつエピソードおよび軽躁エピソードの反復が典型的である.ただし,躁エピソードと混合エピソードのいずれの既往もあってはならない.

5.双極症I型および双極症II型の付加的特徴
 以下に,双極症I型およびII型の付加的特徴について述べる.
 ①抗うつ治療(薬物療法,電気けいれん療法,高照度光療法,経頭蓋的磁気刺激療法)を誘因として混合,躁または軽躁エピソードが生じた場合は,その治療の中断後も持続し,かつその治療の直接的な影響がなくなったと考えられる時点を過ぎてもエピソードの診断要件を満たす場合,躁または軽躁エピソードを診断する根拠となる.
 ②双極症I型やII型と診断された場合は,一般人口と比較して自殺リスクが有意に高い.そのなかでも特に,抑うつエピソードおよび混合エピソード中と,急速交代を呈している患者のリスクが高い.
 ③双極症I型およびII型において,パニック発作が反復して起こる場合,重症度はより深刻で,治療反応性は悪く,自殺リスクが高い可能性がある.
 ④双生児研究により示されるように,すべての精神疾患のなかでも双極症は遺伝率が最も高い.家族歴の考慮は重要である.
 ⑤双極症II型の患者が医療サービスを求めて受診するのは,ほぼ例外なく抑うつエピソード中である.軽躁エピソード中には,本人は機能の向上(仕事での生産性や創造性の向上)を主観的に体験することが多いため,軽躁エピソード期間中に自ら医療ケアを求めることは稀である.抑うつを呈して受診している人に対し,過去に軽躁エピソードがあったかどうかを評価する必要がある.
 ⑥双極症II型と当初診断された場合は,後に躁エピソードまたは混合エピソードを発症するリスクが高い.その場合は,診断を双極症I型に変更する.
 ⑦双極症I型およびII型と診断された場合は,心血管系(高血圧)および代謝(高血糖)に影響するさまざまな身体医学的疾患ないし状態に陥るリスクが高い.このなかには,双極症の治療に用いられる医薬品の慢性的使用の影響によるものも含まれる.
 ⑧双極症I型およびII型は,他の精神および行動の疾患としばしば同時に存在する.最も多いのは,不安または恐怖関連症群と,物質使用症または嗜癖行動症群などである.

6.気分循環症(6A62)
 気分の不安定が2年以上にわたり持続しており,それは多くの軽躁および抑うつの期間を特徴とし,有意な機能の障害を生じている場合である.軽躁の期間,症状は重症度と持続期間の点から軽躁エピソードの診断要件を十分に満たす場合も,十分に満たさない場合もある.抑うつの期間中は,抑うつ症状の頻度と持続期間は抑うつエピソードの診断要件を満たすには,不十分である.そして,気分症状はみられる日のほうがみられない日よりも多い.また,躁エピソードと混合エピソードのいずれの既往もあってはならない.
 付加的特徴として,気分循環症と当初診断された患者は,後に双極症I型またはII型を発症するリスクが高い.

7.特定用語について
 双極症は,現在のエピソードのタイプ,重症度と精神症症状の有無,部分寛解か完全寛解を特定すると,小数点1桁のコードが決まる.例えば,「双極症I型(6A60),現在躁エピソード,精神症症状を伴う」の場合には,コードは6A60.1となる.また,部分寛解の場合には直近のエピソードを指定して,例えば「双極症I型,現在部分寛解,直近は抑うつエピソード(6A60.C)」と診断する.
 「双極症I型およびII型」における気分エピソードに付加できる特定用語として,抑うつ症群と同様に,①著しい不安症状を伴う,②パニック発作を伴う(抑うつエピソードにおいて過去1ヵ月間にパニック発作が起こる場合),③現在の抑うつエピソードは持続性(過去2年間継続的に抑うつエピソードの診断要件を満たす),④現在の抑うつエピソードはメランコリアを伴う,⑤現在のエピソードは周産期発症*3,⑥季節性のパターンを伴う,があり,加えて⑦急速交代を用いる.

8.二次性気分症候群(6E62)と物質誘発性気分症群(6C4)について
 二次性気分症候群と物質誘発性気分症群について簡単にふれておきたい.これらの鑑別診断の病名とコードの詳細については,このシリーズにおいて,別途コラム記事として紹介する予定であるので参照されたい.
 前者は,いわゆる症状性精神疾患に適用するカテゴリーであり,身体疾患の直接的な影響で,精神または行動の症状が現れている場合に用いる.抑うつ症状,躁症状,混合症状などの精神症候の違いにより細分類する.これらのカテゴリーは,心理的または行動的症状が十分に重く,特定の臨床的注意を必要とする場合に,推定される基礎疾患または疾病の診断に加えて使用されるべきである.
 物質誘発性気分症群は,アルコールや麻薬使用症により二次的に精神または行動の症状がもたらされるときに該当する.例えば,抗うつ薬による躁転は,「他の特定される医薬品を含む特定される精神作用物質使用症(6C4E)」となり,探すのに苦労するが,さらに下位の分類,気分症群(6C4E.70)のコードが付与されている.

まとめ
 ICD-11の「気分症群」に含まれている疾患およびその診断ガイドラインについて,ICD-10およびDSM-5と比較しつつ概説した.ICD-11はDSM-5とハーモナイズされているため,大枠では類似しており,診断の一致度(reliability)とともに,有用性(utility)が格段に向上している.しかし,躁うつ混合状態の位置づけをはじめ,ICD-11とDSM-5には多くの重要な違いがあることにも注意されたい.
 ICD-11の診断基準を十分に理解するためには,ICD,DSMの歴史をさかのぼり変遷を吟味し,それぞれの診断基準策定の目的およびそれらの根拠になったエビデンスや当時の学説などの背景をも理解していただきたい(参考文献参照).

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed (DSM-5). America Psychiatric Publishing, Arlington, 2013 (日本精神神経学会 日本語版用語監修, 髙橋三郎, 大野裕監訳: DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル, 医学書院, 東京, 2014)

2) Maj, M.: When does depression become a mental disorder? Br J Psychiatry, 199 (2); 85-86, 2011
Medline

3) Maj, M.: Differentiating depression from ordinary sadness: contextual, qualitative and pragmatic approaches. World Psychiatry, 11 (Suppl 1); 43-47, 2012

4) 日本精神神経学会: ICD-11精神, 行動, 神経発達の障害 診断ガイドラインに関するトレーニングセミナー2019年版資料. 2019

5) Reed, G. M., First, M. B., Kogan, C. S., et al.: Innovations and changes in the ICD-11 classification of mental, behavioural and neurodevelopmental disorders. World Psychiatry, 18 (1); 3-19, 2019
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6) World Health Organaization: The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders: Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, Geneva, 1992 (融 道男, 中根允文ほか監訳: ICD-10精神および行動の障害―臨床記述と診断ガイドライン―, 新訂版. 医学書院, 東京, 2005)

7) World Health Organaization (日本精神神経学会訳) : ICD-11診断ガイドライン. (https://gcp.network/ja/) (参照2021-04-09)

8) World Health Organization: ICD-11 for Mortality and Morbidity Statistics(version 09/2020). (https://icd.who.int/browse11/l-m/en) (参照2021-04-09)

松本ちひろ: 今日の分類と診断. 気分症群(松下正明監修, 神庭重信編集主幹, 講座 精神疾患の臨床). 中山書店, 東京, p.9-20, 2020

本村啓介: 気分障害の概念と診断, 鑑別診断―抑うつ症群―. 同書. p.21-35

川嵜弘詔: 気分障害の概念と診断, 鑑別診断―双極症または関連症群―. 同書. p.36-46

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