Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第11号

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資料
新型コロナウイルス感染症の流行が大学精神医学教室の診療と教育に与えた影響―精神医学講座担当者会議アンケート結果に基づく資料―
精神医学講座担当者会議
精神医学講座担当者会議(事務局:群馬大学大学院医学系研究科神経精神医学)
精神神経学雑誌 123: 715-720, 2021
受理日:2021年8月6日

 2020年の新型コロナウイルス感染症の流行が全国の大学精神医学教室の診療・教育・研究・運営に与えた影響を明らかにするために,精神医学講座担当者会議で全国82大学の精神医学教室を対象に5月の第1波と8月の第2波に合わせてアンケート調査を行った.それぞれ64大学(78%)と38大学(46%)から回答が得られ,診療においては精神科病棟のコロナ病棟への転用という重大な対応を含めてさまざまな活動に影響があったこと,教育においては特に医学生の臨床実習の実施と研修医や専攻医の教育に相当の困難があったこと,後継者となる医学生や研修医との交流が難しくなったことが明らかとなった.アンケートの結果を紹介し,その要約を考察にまとめた.

索引用語:新型コロナウイルス感染症, COVID-19, 大学, 精神医学教室, 診療, 教育, 研究>

はじめに―目的―
 2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行がさまざまな分野に及ぼした影響の記録を残しておくことは,新型コロナウイルスに限らず今後の感染症への対策を考える基礎資料として重要である.精神医学講座担当者会議は,全国82大学の精神医学教室の主任教授で構成する組織であるので(組織名や役職名は大学により異なる),その経験をまとめると日本における大学病院精神科医療と医学部精神医学教育への影響を網羅することができる.そこで,新型コロナウイルス感染症の流行が大学精神医学教室の診療・教育・研究・運営に与えた影響について,実施したアンケート調査の結果を報告する.個別の大学における経験についての報告1)2)と相補うものになると考えられる.

I.方法
 日本における新型コロナウイルス感染症の第1波の後半にあたる2020年5月1日と第2波の後半にあたる同年8月13日に,精神医学講座担当者会議のメーリングリストを通じて全国82大学の精神医学教室にアンケートを配布し回答を求めた.アンケートの内容は大学精神医学教室の通常の業務についてのもので,回答の負担軽減のためにすべて有/無のいずれかを回答する二者択一の質問項目とした.
 第1波アンケートは,診療12項目・地域医療3項目・教育4項目・研究1項目の20項目と自由記載で構成した.誰もが初めて経験する初回の緊急事態宣言の最中であったため,業務への影響を可能な限り少なくする趣旨から質問項目は最低限にとどめた.第2波アンケートは,混乱がやや落ち着いた状況にあったため,第1波アンケートの質問項目に内容を追加し,診療23項目・地域医療6項目・教育10項目・研究2項目・教室運営1項目の42項目と自由記載で構成した.アンケート実施のタイミングから,回答はそれぞれ第1波と第2波の影響を反映したものとなった.
 研究倫理については,群馬大学医学部附属病院臨床試験部の見解をもとに人を対象とする医学系研究としての研究倫理審査は不要と判断し,任意回答としたアンケートへの回答提出をもって,アンケート調査実施への同意と見なした.本結果の発表は,精神医学講座担当者会議の合意を得たもので,自由記載において大学名が同定できる情報は削除してある.
 なお,記載の簡略のため,新型コロナウイルスおよび同感染症(COVID-19)を「コロナ」と略記した.

II.結果
 第1波アンケートには配布7日後の5月8日までに64大学(回答率78%),第2波アンケートには配布16日後の8月29日までに38大学(回答率46%)から回答が得られた.回答のタイミングから,第1波アンケートの回答はCOVID-19の流行初期から4月までの状況を反映し(表1),第2波アンケートの回答はその時期を含めた8月までの状況を反映したものであることになる(表2).
 各質問項目の回答数の合計は,この総回答数と一致しない場合がある.これは,未回答の場合に加えて,質問内容に該当しない大学(病棟がない,新設から間もない,デイケアを実施していない,など)があるためである.また,地域医療についての項目は各都道府県の状況を尋ねた内容で,複数の大学から回答が得られた都道府県における数の重複について,整理を行っていない.そのため,地域医療についての項目は,質問内容は都道府県についてであるが,回答数は大学の視点からみたものとなっている.第1波と第2波の自由記載の回答は膨大で,場合によっては冗長であるが,その時点の現場の切実な実態を伝える貴重な生データと判断し,あえて原文のままで本誌WEB版にsupplementとして紹介した.
 第2波アンケートの回答の多くは第1波アンケートの時期を含めた8月までの状況を反映したものであるので,第2波の回答を中心にまとめると結果の概要は以下のようになる.
 外来については,34%で初診制限を行い,68%で初診患者が減少し,再診については95%で電話診療を実施し,82%で通院間隔を延長し,75%のデイケアが中止となった.入院については,35%で受入制限を行い,27%で新入院患者のゾーニングを行い,97%で外出・外泊制限とした.ECTへの影響と対応は大きく分かれ,COVID-19流行前と同様に実施した大学が45%,中止したり事前のPCR検査を必須とした大学が55%であった.コロナ感染症予防対策は,それぞれの方法で外来の97%と入院の94%で実施したが,心理検査や脳波検査における対応は大きく分かれた.心理検査についてはCOVID-19流行前と同様に実施した大学が32%,中止したり必要最低限とするなどの制限を行った大学が68%であり,脳波検査についてはCOVID-19流行前と同様に実施した大学が55%,過呼吸賦活の中止や必要最低限とするなどの制限を行った大学が45%であった.
 コロナ病棟に精神疾患患者が入院となったのは39%,コロナ診療・病棟へのスタッフ派遣があったのは47%,コロナ患者・診療スタッフの心理的サポートは83%が担当した.精神科病棟がコロナ病棟に転用されたのが6大学(控室への転用の1大学を含む),その打診があったのが6大学であった(第1波アンケート).医師の外勤先でコロナ感染症が発生したのが55%,そのため外勤を大学側から制限したのが39%,外勤先から制限を求められたのが24%であった.
 都道府県レベルでは,救急受診患者にコロナ感染が認められたのが38%,措置診察患者にコロナ感染が認められたのが32%,精神科救急システムでコロナ検査体制があるのが47%,精神疾患患者がコロナ病棟に入院したのが56%,精神疾患コロナ患者の入院システムが確立されているのが70%,精神疾患コロナ患者の診療体制の協議組織があるのが70%であった.
 教育については,医学生の講義の中止期間があったのが59%,オンライン講義の実施が95%で,そのため双方向性が難しく,学習意欲に懸念がもたれ,試験が困難となった.臨床実習については,中止期間があったのが89%,オンライン臨床実習を実施したのが68%で,オンライン臨床実習は根本的に無理があることが実感されたという自由記載がみられた.医学生については,キャンパス立入制限が84%,病院立入制限が89%の大学で実施され,医学生の感染検査体制が設けられたのが55%,課外活動や移動の制限は100%の大学で実施された.臨床研修への影響は66%,専攻医教育への影響は50%で認められた.
 研究については,禁止期間があったのが32%,制限があったのが61%で,特に臨床研究にさまざまな影響が生じた.
 教室運営については,精神科内でオンライン会議を実施したのが71%であり,スタッフ間のコミュニケーションや医学生や研修医との交流への影響が大きかった.

表1画像拡大表2画像拡大

III.考察
 本稿は,COVID-19流行の第1波と第2波が大学精神医学教室の業務に与えた影響を,それぞれの時点での現場のリアルな事実と体験として報告することを主旨としたものである.第1波と第2波の2つのアンケートは,感染状況やマスクやアルコールなどの感染予防策の普及が大きく異なる時期に実施され,また第2波アンケートの回答には第1波アンケートの時期の内容も含まれ,さらに回答率が78%と46%と大きく異なるため,その比較は困難なので両者をまとめて考察する.また,通常の外来診療や入院診療への影響は一般の精神科医療機関と共通するものなので,大学精神医学教室に特徴的な内容に焦点をあてることとする.
 精神科診療について目立ったのは,ECT・心理検査・脳波検査への対応が大きく分かれたことであった.地域ごとの感染状況の違い,ECT・心理検査・脳波検査の必要性の差,それらについて感染防御策の統一基準が示されていなかったことなどが理由であったと考えられる.
 コロナ診療については,この時期には大学病院がコロナ患者受入の中心となることが多かったため,コロナ病棟への精神疾患患者の入院(39%),コロナ診療・病棟へのスタッフ派遣(47%),コロナ患者・診療スタッフの心理的サポート(83%)など,総合病院における精神科としての役割が求められたことが目立った.
 精神科病棟のコロナ病棟への転用という,平時には想定できなかった事態が実行されたのが6大学,打診があったのが6大学と,未回答も含めた全国82医学部の15%に及んだ.そうした転用が検討された理由として,医療法で精神病床から一般病床への転用が認められた運用基準に加えて,大学病院におけるコロナ病棟確保の必要性,精神科病棟の立地が感染予防に適している場合があること,病棟構造が感染症対応に適している場合があること,病院経営への影響が小さいこと,などが考えられる.実際に転用となった大学においては,入院患者の転院・転棟の手配だけでなく,大学病院精神科病棟が担っていた機能を転用期間中にどう補完するか,転用期間中の精神科スタッフがどのような業務に従事するかなどに課題が生じたという.さらにいったんコロナ病棟に転用された病棟をどのタイミングで精神科病棟に戻すかは,その後の感染状況の経過と関連する難しい判断となった.こうした病棟転用が,精神疾患患者や精神科医療への偏見や軽視に結びつくことがないような配慮が必要であろう.
 大学病院の医師の外勤の役割の1つは地域医療の補完であるが,外勤先の医療機関にコロナ感染症が生じたために(55%),大学側から(39%)あるいは外勤先から(24%)その制限が行われた.通常の精神科診療に加えてコロナ感染症への対応が必要となっている医療機関への支援が制約を受けたことは,地域精神科医療に影響を与えることとなった.精神科救急システムや措置診察においてコロナ感染が認められた場合の対応について大学の関与も課題となった.
 学生のキャンパス立入制限やオンライン講義は多くの大学に共通したが,医学部においては臨床実習への対応が求められた.今回のアンケート調査では,68%の大学でオンライン臨床実習が実施されていたが,自由記載ではそうしたオンライン臨床実習には根本的な課題があることが指摘された.それはどの診療科にも共通するが,とりわけ精神科においては個人情報への配慮から,実際の患者さんについての情報を紹介できず,そのため精神疾患をもつ患者さんに接して正しい認識を得るという経験をもてない,双方向のやりとりというコミュニケーションを経験できない,という困難が顕著となることが明らかとなった.
 大学精神医学教室には,次世代を担う後継者の育成という役割がある.教育について,臨床研修(66%)にも専攻医教育(50%)にも多くの影響があっただけでなく,その前提となる医学生や研修医との交流がとりにくくなり,後継者の育成に長期的な影響が及ぶことが懸念された.
 今回のアンケート調査で明らかとなったCOVID-19の流行による大学精神医学教室への影響のうち,診療については役割が共通する総合病院精神医学会との情報交換や連携を深めることで,対応を高めていくことができると考えられる.医学生教育や後継者育成は各大学が共通して直面している課題であるので,そのための教材や工夫の共有などこれまで精神医学講座担当者会議が行ってきた相互協力をさらに進めることで,全国的なレベルアップをめざしていきたい.大学精神医学教室は,地域の精神科医療において独自の役割を担っていることが多い.COVID-19の流行を機にその役割がより明確になったので,その経験に基づいて地域の精神科医療における位置づけを再認識する機会とできればと考えている.

おわりに
 2020年のCOVID-19の流行が全国の大学精神医学教室の診療・教育・研究・運営に与えた影響を明らかにするために,精神医学講座担当者会議で全国82大学の精神医学教室に5月の第1波と8月の第2波に合わせてアンケート調査を行った.それぞれ64大学(78%)と38大学(46%)から回答が得られ,診療においては精神科病棟のコロナ病棟への転用という重大な対応を含めてさまざまな活動に影響があったこと,教育においては特に医学生の臨床実習の実施と研修医や専攻医の教育に相当の困難があったこと,後継者となる医学生や研修医との交流が難しくなったことが明らかとなった.

 本アンケート調査および原稿執筆について利益相反はなく,その実施のための費用は発生しなかった.

補足情報
表3 第1波アンケートの自由記載
表4 第2波アンケートの自由記載
文献

1) 森田健太郎, 近藤伸介: 大学病院における新型コロナウイルス感染症への取り組み. 精神医学, 63 (1); 37-45, 2021

2) 渡邊さつき, 松尾幸治: スーパー救急を担う大学病院におけるCOVID-19対応体制の構築―感染症専用病棟の内と外―. 精神科治療学, 35 (9); 919-923, 2020

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