Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第123巻第10号

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特集 児童虐待を予防する―産婦人科医,小児科医,精神科医のコラボレーション―
産科における胎児・児童虐待予防に向けた両親の支援と他科への引き継ぎの重要性
西郡 秀和
福島県立医科大学ふくしま子ども・女性医療支援センター発達環境医学分野
精神神経学雑誌 123: 647-653, 2021

 福島県児童相談所の2018年度報告書によると,0歳児の虐待相談件数は109件だった.虐待種別では,身体的虐待10%,心理的虐待81%,ネグレクト9%であり,主たる虐待者は,実父70%,実母26%だった.虐待者は実父の割合が高かったが,実母の割合が相対的に低い理由は,妊産婦・褥婦を対象としたメンタルヘルスケア事業の効果による可能性もある.われわれが環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の追加調査として宮城県で2012~2014年に実施した調査では,産後1ヵ月の①抑うつ状態の頻度;父親11%(EPDS≧8点),母親14%(EPDS≧9点),②ボンディング障害の頻度(赤ちゃんへの気持ち質問票≧5点);父親16%,母親9%だった.父親の「抑うつ状態」リスク因子は,妊娠期の「抑うつ・不安障害(K6≧13点)」などだった.父親の「ボンディング障害」リスク因子は,「妊婦へのドメスティックバイオレンス(DV)既往」「抑うつ状態」「母親(パートナー)のボンディング障害」などだった.これらの結果から,妊娠期(胎児期)と産後では,母親のみならず,父親のメンタルヘルスのスクリーニングやケアも大切であることが改めて示された.産婦人科医,小児科医,精神科医のコラボレーションについて,日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会の『産婦人科診療ガイドライン―産科編2020』では,産褥精神障害の取り扱いとして「診断・治療に際しては,精神疾患に関する知識・経験が豊富な医師に必要に応じて相談するとともに,医療・行政を含めた継続的支援体制の構築を検討する.推奨レベルB」となった.産科でのフォローは,基本的に,産後1ヵ月健診で終了する.したがって,これらの情報は精神科医や小児科医に確実に共有・引き継ぎを行い,両親と児童を胎児期からフォローしていく包括的なコラボレーション体制作りが必須である.このためには,精神科医の理解と協力が必要不可欠である.

索引用語:産後の抑うつ, ボンディング障害, 父親, 母親>

はじめに
 児童虐待予防は,すでに妊娠期(胎児期)から始まっている.産科としてスクリーニングなどを実施して,リスクの高い妊産婦・褥婦を抽出,精神科医や小児科医につなげて早期介入することは必須である.一方,父親に対してのケアは,わが国ではあまり注目されず十分に制度化されていない.本稿では,この課題を中心にふれ,コラボレーションに向けた産科の立場での精神科医への要望を述べる.

I.福島県児童相談所の虐待相談
 福島県児童相談所の2018年度報告書1)によると,虐待相談全件数1,549のうち0歳児を対象としたものは109件だった.虐待種別では,身体的虐待10%,心理的虐待(カップル間の暴力を児童が目撃などを含む)81%,ネグレクト9%であり(図1),主たる虐待者は,実父70%,実父以外の父親5%,実母26%だった.また,1歳児の虐待相談件数は113件だった.虐待種別には,身体的虐待6%,心理的虐待76%,ネグレクト18%であり(図1),主たる虐待者は,実父68%,実父以外の父親4%,実母25%だった.
 福島県の年間出生数は約1.2万人であることから,出生数あたり約1%の頻度で0歳児と1歳児の児童虐待相談があったと推定された.
 虐待者として実父の割合が高かった理由として推察されるのは,①心理的虐待は子どもの面前での実父から実母への暴言などの行為も含まれるため,このケースが多い,②妊産婦・褥婦を対象としたメンタルヘルスケア事業が,近年はより強化されてきたことから,母親に対するケアを充実してきたので,相対的に父親の割合が高くなってきた可能性などである.

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II.全国:子ども虐待による死亡事例等の検証結果など
 わが国の『子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告)』(厚生労働省)によると,児童虐待による死亡数(心中以外)は,2003~2017年度は総計779人であり,最も多い被虐待死亡児の年齢は0歳の48%であった4).また,『子ども虐待による死亡事例等の検証結果等に関する調査研究事業報告書』(第5~14次報告データの解析)によると,2007年1月から2017年3月まで心中以外で虐待死した子どものうち,生後0日死亡は105人,生後1日~1歳未満死亡は164人であった.加害者別の内訳は,生後0日死亡は,実母97%,実父7%であった.生後1日~1歳未満死亡は,実母69%,実父36%,養父1%であった12)
 このことは,児童虐待予防に向けて母親のみならず父親の周産期メンタルヘルス不調などの早期発見と介入が必須であることを示している.

III.両親の産後の抑うつとボンディング障害―環境省「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の追加調査より―
 環境省は,約10万組の子どもたちと両親が参加する大規模な出生コホート研究「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」を2011年より実施している.エコチル調査は,コアセンター(国立環境研究所)が実施主体となり,メディカルサポートセンター(国立成育医療研究センター)および公募で選ばれた福島県立医科大学(福島県)や東北大学(宮城県)を含む全国15ユニットセンターとの協働で行われている.参加登録を調査開始時に行い,妊婦とそのパートナー,その子どもが13歳になるまで調査を行っている2)
 産後の抑うつやボンディング障害は,児童虐待のリスク因子であることが知られている.われわれが,エコチル調査の追加調査として宮城県で2012~2014年に実施した研究(対象1,585組/回答1,008組)では,産後1ヵ月の①抑うつの頻度は父親11%〔エジンバラ産後うつ病質問票(EPDS)≧8点9)〕,母親14%(EPDS≧9点10))(図28)であり,②ボンディング障害の頻度(赤ちゃんへの気持ち質問票3,13)≧5点5))は父親16%,母親9%だった(図37).また,赤ちゃんへの気持ち質問票は,lack of affection(愛情の欠如)とanger and rejection(怒りと拒絶)という2つの因子構造からなり,それぞれ4項目(合計12点)から構成されている3)13).愛情の欠如と怒りと拒絶,それぞれの因子における点数分布も併せて図に示した(図4, 図57).全体的に父親の点数分布が,母親と比較して高かった.
 われわれの調査による父親の産後抑うつのリスク因子を表1に示す8).父親の「抑うつ」リスク因子は,妊娠期の「抑うつ・不安障害(K6≧13点)」などだった.特に,母親(配偶者)の産後うつとの関連は,海外の報告でも指摘されている11).われわれの調査では,産後1ヵ月の検討では有意な関連は認めず,それぞれ産後6ヵ月の検討で関連を認めた.日本には里帰り分娩の慣習があるので,産後1ヵ月の時点では,相互に影響しないのでは,という仮説もある.しかし,われわれの調査では里帰り分娩の有無と父親の産後抑うつとの有意な関連は認めなかった.
 われわれの調査による父親のボンディング障害「愛情の欠如」4項目合計4点以上(母親3点以上),「怒りと拒絶」4項目合計3点以上のリスク因子を表2表3に示す7)
 父親の「ボンディング障害」リスク因子は,「妊婦(母親)へのドメスティックバイオレンス(DV)既往」「抑うつ状態」「母親(パートナー)のボンディング障害」などだった.
 妊婦へのDVは,胎児虐待でもある.父親の妊婦(母親)へのDV既往は,身体的DV 1%,心理的DV 13%だった7)
 これらの結果から,胎児・児童虐待予防に向けて,母親のみならず,父親の周産期メンタルヘルスのスクリーニングやケアも大切であることが改めて示された.ただし現状では,母親に加えて父親に対しても定期的なスクリーニングおよび介入を実施することは,かなり負担で困難であるという意見がある.まずは,母親に産後の抑うつやボンディング障害があった場合やDV被害のエピソードがある場合に,父親にもスクリーニングを追加実施して適宜対処することが現実的な方法であろう.

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表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

IV.胎児・児童虐待予防のための産科医,小児科医,精神科医コラボレーションに向けて
 産科でのフォローは,基本的に,産後1ヵ月健診で終了する.したがって,前述した情報などは行政と児童の健診を担当する小児科医,また必要に応じて精神科医に確実に共有・引き継ぎを行い,両親と児童を胎児期からフォローしていく包括的なコラボレーション体制作りが必須である.
 日本産科婦人科学会・日本産婦人科医会の『産婦人科診療ガイドライン―産科編2020』では,産褥精神障害の取り扱いとして「診断・治療に際しては,精神疾患に関する知識・経験が豊富な医師に必要に応じて相談するとともに,医療・行政を含めた継続的支援体制の構築を検討する.推奨レベルB」と記載された6)(推奨レベルBは,「行うことが勧められる」である).
 私見として,現時点でのコラボレーション体制の充実度は,かなり地域格差などがあることが否めない.充実した体制作りに向けて,周産期医療現場から精神科領域への切実な要望として,
 ①産科医が,それぞれの地域や医療圏において,(気楽に)相談・紹介できる精神神経科施設のリスト作成と周知
 ②医療中核でもあり教育機関である大学病院精神科における,周産期精神医学専門医師の常勤配置と育成
 が挙げられる.

おわりに
 胎児・児童虐待予防は,母親のみならず父親への支援も重要である.また,コラボレーション体制作りには,精神科医の理解と協力が必要不可欠である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 福島県児童家庭課: 相談件数等データ集「児童相談所における児童虐待相談対応状況」. (https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21035a/soudan-data05.html) (参照2020-10-04)

2) 環境省: 子どもの健康と環境に関する全国調査エコチル調査. (https://www.env.go.jp/chemi/ceh/) (参照2020-10-04)

3) Kitamura, T., Takegata, M., Haruna, M., et al.: The Mother- Infant Bonding Scale: factor structure and psychosocial correlates of parental bonding disorders in Japan. J Child Fam Stud, 24 (2); 393-401, 2015

4) 厚生労働省: 子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告). 2019 (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190801_00003.html) (参照2020-10-04)

5) Matsunaga, A., Takauma, F., Tada, K., et al.: Discrete category of mother-to-infant bonding disorder and its identification by the Mother-to-Infant Bonding Scale: a study in Japanese mothers of a 1-month-old. Early Hum Dev, 111; 1-5, 2017

6) 日本産科婦人科学会, 日本産婦人科医会編: 産婦人科診療ガイドライン―産科編2020 p.271-274, 2020

7) Nishigori, H., Obara, T., Nishigori, T., et al.: Mother-to-infant bonding failure and intimate partner violence during pregnancy as risk factors for father-to-infant bonding failure at 1 month postpartum: an adjunct study of the Japan Environment and Children's Study. J Matern Fetal Neonatal Med, 33 (16); 2789-2796, 2020
Medline

8) Nishigori, H., Obara, T., Nishigori, T., et al.: The prevalence and risk factors for postpartum depression symptoms of fathers at one and 6 months postpartum: an adjunct study of the Japan Environment & Children's Study. J Matern Fetal Neonatal Med, 33 (16); 2797-2804, 2020
Medline

9) Nishimura, A., Ohashi, K.: Risk factors of paternal depression in the early postnatal period in Japan. Nurs Health Sci, 12 (2); 170-176, 2010
Medline

10) 岡野禎治, 村田真理子, 増地聡子ほか: 日本版エジンバラ産後うつ病自己評価票(EPDS)の信頼性と妥当性. 精神科診断学, 7 (4); 525-533, 1996

11) Paulson, J. F., Bazemore, S. D.: Prenatal and postpartum depression in fathers and its association with maternal depression: a meta-analysis. JAMA, 303 (19); 1961-1969, 2010
Medline

12) PwCコンサルティング合同会社: 平成30年度子ども・子育て支援推進調査研究事業子ども虐待による死亡事例等の検証結果等に関する調査研究事業報告書. 2019 (https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/track-record/assets/pdf/notification-body.pdf) (参照2020-10-04)

13) Yoshida, K., Yamashita, H., Conroy, S., et al.: A Japanese version of Mother-to-Infant Bonding Scale: factor structure, longitudinal changes and links with maternal mood during the early postnatal period in Japanese mothers. Arch Womens Ment Health, 15 (5); 343-352, 2012
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