Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第122巻第9号

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特集 精神病理学の古典を再読する―DSM 精神医学の補完をめざして―
うつ病患者の気質・発病状況・発症・症状形成を包括的に説明するTellenbach
阿部 隆明
自治医科大学とちぎ子ども医療センター子どもの心の診療科
精神神経学雑誌 122: 691-698, 2020

 近年,操作的診断基準であるDSMが普及するにつれて,症状の数やその持続期間によってうつ病が診断され,それに基づいた治療アルゴリズムが作成されている.たしかにこれで症状評価の信頼性や標準的治療は担保されるとしても,患者個人のパーソナリティや発病状況,症状形成,経過を一体として理解することにはつながらない.Tellenbachのメランコリー親和型(Typus Melancholicus)は,真面目,几帳面,対他配慮という単極うつ病者の病前性格として矮小化されているが,本来はもっと射程が長く奥の深い考想の所産である.彼は内因性を積極的に規定し,エンドン(内因)を身体と精神の分離に先行して存在する領域に位置づけた.共同世界とこの内因とが交差する地点で,発症に特異的な状況が構成されるが,この状況因を自ら招き寄せるのがメランコリー親和型である.この特徴をもつ人たちは勤勉であり,良心的で,義務を意識し,作業において正確であるうえに,自分自身の作業に平均以上の高い要求を課している.彼らにとって病態発生的意義をもつ状況は,インクルデンツ(封入性)とレマネンツ(負い目性)の前メランコリー布置である.前者は病前の秩序結合性と噛み合って,限界への閉じ込めを意味し,後者は自分自身の作業への高い要求の背後に取り残されることである.この2つの状況が極端に先鋭化して,メランコリー親和型が自己矛盾にとらわれ出口がなくなると,エンドンが変化してメランコリアが生じる.従来の気質論とは一線を画するTellenbachの発病状況論が日本で受け入れられた背景には,下田の執着性格論の存在があり,Tellenbach自身も秩序への固定と執着との共通性を指摘していた.上述した前メランコリー布置は執着性格を含めて,他のパーソナリティでも見いだされるという意味で,Tellenbachの考想は決して古びたものではなく,今日のうつ病患者の理解にも資するところが大きい.

索引用語:うつ病, 病前性格, 発病状況, メランコリー親和型, 執着性格>

はじめに
 近年,DSM-III6)以降の操作的診断基準が普及するにつれて,症状の数やその持続期間によってうつ病が診断され,それに基づいた治療アルゴリズムが作成されている.こうして,症状評価の信頼性は担保され,標準的な薬物療法や精神療法が推奨されている.とはいえ,これだけでは,患者個人のパーソナリティと発病状況,症状形成,経過を一体として理解できないし,テイラーメードの治療にもつながらない.
 他方,Tellenbach, H.の主著『メランコリー』21)22)は気分障害の全体像を理解するうえで今なお参考になる点が多い.同書は,1961年に出版され1983年まで版を重ねたが,最近はほとんど言及されることもない.わずかに彼の提唱したメランコリー親和型(Typus Melancholicus)がうつ病の病前性格の一型として,時にふれられるだけである.しかも,真面目,几帳面,対他配慮という一部の単極うつ病者の病前の特徴として矮小化されている.とはいえ,この類型は本来もっと射程が長く奥の深い考想の所産である.以下では,従来の病前性格論と比較しながら,『メランコリー』の今日的な意義について論じたい.

I.Tellenbachの生涯
 まず,Tellenbachの生い立ちについて簡単にまとめておく.彼は1914年にドイツのKölnで生まれた.1933年から1938年にかけて,Freiburg,Königsberg,Kiel,Münchenで医学と哲学を並行して学んだ.哲学の学位論文のタイトルは,「若きニーチェの人間像における使命と発展」(1938)であった.第二次世界大戦中は軍医として召集され,捕虜生活を体験した.戦後はMünchenで神経科医として働き,「末梢神経のアレルギー性病因の問題に関して」と題する論文で,1952年に教授資格を取得した.その後は,研究の比重を精神医学に移して,特にBinswanger, L.,von Gebsattel, V. E.,Minkowski, E. の現存在分析やStraus, E. W. の現象学的心理学に親しんだ.1956年にHeidelberg大学に移り,1958年に教授となった(ちなみに精神科主任教授は1955年からvon Baeyer, W.,1973年からはJanzarik, W.).その後は,1971年に創設された臨床精神病理学部門の医療部長を1979年の退職まで務め,1994年にMünchenで死去した.なお,1967年と1974年に来日しており,本邦にも知己が多かった.

II.『メランコリー』について
 上述のような経歴を生かした哲学的な議論も含まれる『メランコリー』が難解という印象を与えていることは否めない.とはいえ,気分障害の世界的な研究動向も踏まえていることは,1961年の初版から1983年の第4版に至るまで,版を改めるたびに確認できる.すなわち,その間に行われた単極うつ病と双極性障害の分離,ライフイベント研究,操作的診断基準の発表などが参照されている.以下では主に第4版22)の内容を中心に紹介したい.

1.内因性について
 彼は問題の所在の歴史的展望と題して,古代ギリシャ以来の書物に登場するメランコリアに関してまとめたうえで,根源としての内因性を論じる.まず,これまでは除外診断的に規定されてきた内因性を積極的に規定し直す.内因性(Endogenität)は古代ギリシャ語のエンドゲネースに由来し,こちらは「内部に生まれた」という意味で,デルポイの碑文に最初の用例がみられるという.精神医学用語としての内因は,19世紀末から20世紀初頭に登場し,まだ正体のわからない身体的な原因を意味していたが,彼は,エンドン(Endon:内因)を身体と精神の分離に先行して存在する領域に位置づけた.共同世界とこの内因とが交差する地点で,発症に特異的な状況が構成されて,メランコリーという内因的な現存在変化,すなわち人間のあり方の変化が誘発される.この状況因を自ら招き寄せるのがメランコリー親和型である.

2.メランコリー親和型について
 彼はまず,1959年に行われたメランコリアの事後調査を参照する.メランコリアの病名でHeidelberg大学病院に入院した症例のうち事後調査が可能だった119例を取り上げた.対象はもっぱら単極うつ病で,うつ病相の後に軽躁期を示した若干例が含まれている.職業的内訳は主婦が82例,裁縫業が14例,事務職が13例で,患者はどちらかというと負担の軽い従属的な地位にとどまり,下層中産階級に属していて,主婦もほとんどがこの社会階層に属する男性の妻だったという.
 Tellenbachによると,これらの症例すべてから几帳面さへの固着(秩序への固定)が見いだされ,うつ病期と躁病期の両方をもつ患者の過半数においても同じ結果が得られた.彼はこうした特徴をメランコリー親和型と名づけ,これを有する人は,勤勉であり,良心的で,義務を意識し,仕事において正確であるうえに,自分自身の仕事に平均以上の高い要求を課しているとした.この秩序指向性が対人関係に向けられると,「他人に尽くす」という形で「他人のためにある」というあり方が生じる.規範に忠実すぎるという意味では,病的正常性(pathologische Normalität)とも言い換えられている.

3.メランコリアの発症
 病態発生的意義をもつ状況は前メランコリー布置として定式化されている.その空間的様相は,インクルデンツ(Inkludenz:封入性)と命名され,患者の秩序結合性と噛み合っている.これは限界への閉じ込めを意味し,このタイプの人間は自らの秩序の遂行に基づいて,もはやこの限界を踏み越えることができない.住まいの秩序と一体化した専業主婦などが好例である.
 また前メランコリー布置の時間的様相はレマネンツ(Remanenz:負い目性)と呼ばれ,これは自分自身の作業への高い要求と関連していて,自分自身の要求の背後に取り残されていくことを指す.この要求は次第に取り戻すことのできない負債になる.仕事の質と量の両立に固執するあまり,時間的に追い込まれていく会社員などが好例である.
 この2つの様相が極端に先鋭化しメランコリー親和型の人が自己矛盾に捉われ出口がなくなると,これまでの心身状態からの断絶(Hiatus)が生じ,エンドンが変化する(エンドキネーゼが発動する)ことで,メランコリアが発症する.いずれにしても,メランコリー親和型の人々が自ら発病状況を構成していくことが重要なのである.この点で,職場のストレスを契機に抑うつ的になるという,発症契機と発症との関連が了解できる単なる抑うつ反応とは異なる.
 共同世界とエンドンの関係は社会リズムの問題として捉え返すことができるし,上述した前メランコリー布置は他のパーソナリティでも少なからず見いだされるという意味で,Tellenbachの考想は決して古びたものではなく,今日のうつ病患者の理解にも資するところが大きい.

III.うつ病概念の拡大と『メランコリー』
 『メランコリー』が参照されなくなった理由の1つに,うつ病概念の拡大がある.これは大うつ病(major depression)という内容の不均一なDSMの診断名が広く受け入れられたことに加え,日本ではdepressionがほとんどうつ病と訳されるようになったという事情に由来する.他方,英米圏では,うつ病に関して内因性や心因性を区別しない単一論の長い伝統があり17),この広い診断名を抵抗なく受け入れられる土壌があった.伝統的にドイツ語圏の精神医学に依拠してきたわが国の精神医学界でも,1980年代から始まる操作的診断の普及とともに,メランコリア,すなわち内因性うつ病への関心が薄れてきた.また,ドイツ本国でもTölle, R.23)は内因性うつ病で入院した患者の人格特徴を調査した結果,敏感性格,自己愛的性格,抑うつ性格,強迫性格,ヒステリー性格,無力性格,依存性格,回避性格と多岐にわたることを指摘し,メランコリー親和型構造は全体の約3分の1であると報告した.
 最新の操作的診断基準であるDSM-57)でも,内因性という言葉は見あたらないが,メランコリアの特徴を伴うものという特定用語が残っており,同特徴を伴ううつ病が内因性うつ病とほぼ重なる.とはいえ,臨床研究においてこうしたうつ病を別に扱うことは稀であり,ほとんどの研究対象が大うつ病である.抑うつエピソード(major depressive episode)の臨床特徴は多様であって,この状態を呈する成人患者のうち,メランコリアの特徴を伴うものは45%と報告されている15).また,植物神経症状ひとつをとっても,不眠と食欲低下が主症状であるメランコリアの特徴を伴ううつ病と過眠と食欲亢進が主症状である非定型の特徴を伴ううつ病は対極にある2).こうした内実の不均一な抑うつエピソードを対象にすると,従来のメランコリー論は成立しない.

IV.うつ病者の病前性格論
 メランコリー親和型以前のうつ病者の病前性格論については,以前にも論じたことがあるが1),ここで簡単に整理しておきたい.

1.うつ病と性格
 うつ病と患者の病前性格との関連については,いくつかの推論が可能である.例として,①一定の性格が体質因や環境因と協働してうつ病が発症するという素因モデル,②一定の性格特徴はうつ病の準臨床的な表現であるというスペクトラムモデル,③一定の性格とうつ病には共通の遺伝的体質が基礎にあるという共通原因モデル,④一定の性格特徴はうつ病への罹患率を高めるのではなく,臨床像や経過,治療反応性に影響を与えるという病像形成モデルが挙げられるが,それぞれ重なり合う部分も大きい.このうち,最も長い伝統があり,今日でも影響力を保持しているのは,①,②,③と関連する気質論である.
 気質論の嚆矢となるのは,Kraepelin, E.12)の躁うつ病(manisch-depressives Irresein)概念の下位分類に含まれる基底状態(Grundzustände)である.これは躁うつ病の前段階ないし発病していない中間期の状態とされ,さらに抑うつ性素質(depressive Veranlagung),躁性素質,刺激性素質,気分循環性素質の4型に分類された.それぞれ,うつ病,躁病,混合状態,躁うつ病の状態像を気質レベルまで薄めた状態に対応する.抑うつ性素質とは,「いつも陰うつな感情をもち,仕事の達成感による満足よりも,やったことの間違いのほうに目がゆくタイプである.つまり,人生の心配や苦労,失望に対する特別の感受性があり,臆病小心で自主性,自信がなく,どんな責任にも尻込みし,危険な行為を避ける.また,非常に几帳面,良心的で,忍耐力もあるが,他の人々との交わりからは身を引き,対人場面で争うことはない」(下線は著者)とされるが,下線部が示すように,メランコリー親和型と共通する特徴が指摘されていることは興味深い.
 Kretschmer, E.14)は,躁うつ病を正常人格の異型の先鋭化と把握し,循環気質(Zyklothymie)―循環病質(Zykloid)―躁うつ病の移行系列を想定した.循環病質は,社交的,善良,親切,温厚という基本特徴をもつとされ,なかでも陰気に傾くタイプはうつ病との親和性が高い.この場合は「物静か,平静,陰うつ,気が重い」といった力動面の特徴が重視されていて,几帳面という人格構造面を重視するTellenbachとは対照的である.
 最近では新クレペリン主義者を自認するAkiskal, H. S.4)5)が,双極スペクトラムの最軽症型である感情病気質(affective temperaments)の1つとして,うつ病に親和的な抑うつ気質(depressive temperament)を提唱している.その中身をみると,Schneider, K. の抑うつ者の特徴とともに,習慣的な過眠傾向や午前中の不調,考え込む傾向,無快楽,精神運動不活発といった,睡眠覚醒パターンや日内リズムにふれている.これは一部の双極うつ病の症状パターンであり,気質と症状の一部が一体となっていて,メランコリー親和型とは異なる.

2.執着性格とメランコリー親和型
 上記の気質論では,抑うつ的な気質からうつ病への移行が重視されていて,発病状況はあまり考慮されていなかった.繰り返しになるが,Tellenbachの業績はうつ病の病前性格と発病状況をセットで考えた点にあるのだが,日本ではすでに下田が1920年代から同様の理論を構想していた3).『メランコリー』が日本で最も受け入れられたのは,こうした素地があったためである.ここでは,執着性格とメランコリー親和型との比較をしておきたい.
 下田19)はまず,「一度起こった感情が正常人のごとく時とともに冷却することがなく,長くその強度を持続し,あるいはむしろ増強する傾向をもつ」気質を重視する.この気質に基づいて形成される性格標識が,「仕事に熱心,凝り性,徹底的,正直,几帳面,強い正義感や義務責任感,ごまかしやずぼらができない」というものであるが,この記述はメランコリー親和型を彷彿とさせる.
 執着性格からの躁うつ病発症過程については,「ある期間の過労事情から睡眠障害や疲労性亢進などの精神衰弱傾向を呈するが,感情興奮性の異常によって休息に入ることができずに,疲憊に抵抗して活動を続け,その疲憊の頂点で発揚症候群または抑うつ症候群を発する」と述べられている.感情興奮性の持続という精神生理学的な特性が重視されている点は,Tellenbachの人間学的な発病状況論とは異なるが,同じ発病過程を異なった側面からみているともいえる.
 Tellenbach自身も,後にShinfuku, N.とIhda, S.20)によって海外に紹介された執着性格を参照して,「仕事に熱心,正直,几帳面,強い正義感や義務責任感は,メランコリー親和型の秩序性と重なる」として,執着を秩序への固定に引きつけて理解している.Kraus, A.13)も,この几帳面も思考や感情に執着するという全般的な傾向,すなわち長く持続する感情緊張に還元されると指摘し,両者の共通点を強調している.
 他方で,両者の差異も明確である.疫学に関してみると,下田の弟子の中16)によって1932年に発表された初老期うつ病の疫学調査が興味深い.対象は当時の医療状況を反映して,男子が61%を占めた.さらに彼は,女子が少ない理由を,その社会的地位の低さや誘因に遭遇する機会の少なさ,軽度なものは放置されていることにみた.患者の多くは上流階級に属し,職業としては20%が医師であるとしていた.誘因は70例中57例に認め,男子では事業の失敗や業務過労,選挙運動,女子では近親者の死亡や家庭的心痛であると報告した.患者の性格に関しては,まだ執着性格に改称前の偏執的性格が用いられているが,チクロイド的偏執的性格25例,偏執的性格7例,チクロイド気質2例,偏執的あるいはチクロイド的基調に他の因子が混ざるもの27例,偏執的あるいはチクロイド的基調を見いだせないもの8例となっている.時代的な差異はあるにしても,メランコリー親和型に関する調査結果と執着性格に関するそれとでは,性比や社会階層の点で対象が異なっていたといえる.
 この執着性格が再評価されるのは,1960年代の平澤の一連の研究8)9)によってであるが,これはTellenbachの『メランコリー』に触発されたものだった.まず,彼は軽症単極うつ病の病前性格として,几帳面,仕事熱心,対人過敏を取り出した.すなわち,下田の執着性格の二大特徴である熱中性と几帳面のバランスが大きく後者へとシフトしたのである.また,対人的態度も円満で人あたりがよいと,循環気質の特徴まで付け加えられた.さらに彼は外来軽症単極うつ病の調査から,紛争者は一人もみられず,熱中性より几帳面が顕著に表れているとして,Tellenbachのメランコリー親和型の妥当性を高く評価した.このように,几帳面さが重視されていく背景には,双極性障害ないし重症の単極うつ病から軽症単極うつ病への観察対象の移動がある.清水18)のいう執着性格のメランコリー親和型化が起こったのである.ちなみに,上述したように,Kraepelinの抑うつ性素質もメランコリー親和型の特徴の一部を示しているので,これは元来エネルギー水準の低い人の性格防衛の所産ではないかという思いが湧く.抑うつ性素質はエネルギーの低さが前提とされている点で,うつ病症状との連続性が想定されるが,執着性格ではエネルギー面で抑うつ症状とは対照をなす.結論を先取りすれば,執着性格ではむしろ自己愛的傾向も強く,その執着の対象が当時の価値規範だった可能性がある.その際,こうした社会的規範への同一化の程度と,熱中性という個体のエネルギー水準の高低によって病像の差が出現すると思われる.
 ちなみに,Tellenbachの研究を受けて心理計測的な調査をしたvon Zerssen, D.24)の報告を参考にすると,執着性格は些事拘泥,権威従属的,一面的関心という点でメランコリー親和型の,熱狂能力あり,元気という点でマニー親和型の特徴を併せもつ.換言すれば,執着性格は構造的にはメランコリー親和型,力動的にはマニー親和型の側面があり,双極性障害の病前性格という点では納得のいくところである.対象への執着が強まればうつ病へ,熱中性が優位になれば躁病への親和性が高まる.このように,執着性格は感情の興奮性の持続という高いエネルギーをもつことに加え,それが一定の対象に向けられ滞留するという点で,躁うつ病の病前における力動と構造との関連性10)を見事に指摘していたのである.

おわりに
 Tellenbachの『メランコリー』が,うつ病の病前性格論や発病状況論に大きな影響を与えたことは確かである.問題は,メランコリー親和型の特徴がエネルギーの低い人の性格防衛としても,うつ病発症後の性格としても出現しうるので,性格特徴のみを強調すると,本来の趣旨がぼやけてしまう点である.メランコリー親和型の人自体はエネルギーが低いわけではないのである.また,性格と発症の了解関連を排しているので,なぜうつ病を呈するのかという疑問には答えられていない.
 とはいえ,メランコリー親和型概念の利点は,単なるライフイベントではなく,病前性格と発病状況との関連を個別に検討する必要性を強調したところにある.現代では,職場そのものがメランコリー親和化しているという加藤11)の指摘もある.すなわち,正確性と期日厳守を求められる職場は,まさしくインクルデンツとレマネンツを引き起こす.また,孤独な育児の状況からうつ病を発症させる女性でも,逃げ場のなさはインクルデンツと,時間に追われる状況はレマネンツと解釈できる場合がある.メランコリー親和型概念は,こうした発病状況の理解には今なお有効であると思われる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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12) Kraepelin, E.: Psychiatrie: ein Lehrbuch für Studierende und Ärzte, 8, Aufl. Barth, Leipzig, 1913 (西丸四方, 西丸甫夫訳: 躁うつ病とてんかん. みすず書房, 東京, 1986)

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