Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第4号

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特集 認知症医療に求められる倫理
成年後見制度と意思決定支援に関する現状と課題
渕野 勝弘
医療法人社団淵野会緑ヶ丘保養園
精神神経学雑誌 121: 282-288, 2019

 「成年後見制度利用促進基本計画」が平成29年3月24日,閣議決定された.これを受け,認知症高齢者・障害者の関係団体や医師・福祉関係の団体よりヒアリングを行い,成年後見用診断書の書式の見直しが始まっている.平成29年1月~12月の成年後見関係事件の概況をみると,申立件数は約35,000件であり,前年と比べても微増であるが,超高齢社会と認知症の増加を反映していた.制度の利用促進のため,書式の改定案が示され,平成31年中の運用開始が予定されている.成年後見制度利用促進基本計画においては,「意思決定の支援の在り方についての指針の策定に向けた検討等が進められるべき」とされている.障害者や認知症の人の特性に応じた適切な配慮を行うことができるよう厚生労働省はガイドラインの改訂や新たなガイドラインを発表している.「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」は改訂され,表題に「ケア」が追加された.在宅や施設での看取りに活用しやすい内容に変更したというが課題も多い.さらに認知症の人の意思決定支援に関する複数年の研究事業を経て,「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」が発表された.認知症の人の意思決定支援にかかわるすべての人のための意思決定支援を行う際のガイドラインである.成年後見制度による後見人等の役割・責務さらには各ガイドラインに示されている意思決定支援のための考え方について,著者の意見を述べる.

索引用語:成年後見制度, 成年後見制度利用促進基本計画, 意思決定支援, エンドオブ・ライフ,アドバンス・ケア・プランニング>

はじめに
 平成29年の日本人の平均寿命は女性87.26歳,男性81.09歳でいずれも過去最高を更新した4).健康意識の高まりと生活習慣改善の取り組みなどで男女とも長寿化が進んでいる.
 日本の高齢社会対策として,成年後見制度の見直しが行われ,施行から17年が経過したがいまだ認知症,知的障害その他の精神上の疾患・障害がある人たちに十分に利用されているとはいえない.
 「成年後見制度利用促進基本計画」5)が策定され,その施策の基本的な考え方は,①ノーマライゼーション(個人としての尊厳を重んじ,その尊厳にふさわしい生活を保障する),②自己決定権の尊重(意思決定支援の重視と自発的意思の尊重),③財産管理のみならず,身上保護の重視である.利用者がメリットを実感できる制度・運用の改善に向け,成年後見用の診断書の内容が見直される.本稿では,「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」についての問題点を考えてみたい.

I.成年後見関係事件の概況―平成29年1月~12月―
 現行の成年後見制度は,平成12年4月1日に施行されたものであり介護保険制度の施行と同年である.成年後見制度とは,精神上の疾患・障害により,判断能力が不十分な者について契約の締結などを代わって行う代理人を選任したり,本人が誤った判断に基づいて契約を締結した場合に後見人等がそれを取り消すことができるようにすることにより,これらの者を保護する制度である.この制度には法定後見(民法)と任意後見(任意後見契約に関する法律)がある.法定後見では,本人の判断能力の程度に応じて,後見,保佐,補助の3つの類型があり,精神上の疾患・障害により本人を援助する者(成年後見人等)を選任する.判断能力の不十分さが最も重度な者を対象とするのが後見で,次いで保佐,そして補助となる.
 成年後見関係事件の概況―平成29年1月~12月―6)によると,申立件数の合計は35,737件(図1)であり,平成27年・28年と比べても微増であった.後見開始の審判の申立件数は27,798件であり,全体の約78%が後見開始の審判申立である.他の保佐開始,補助開始の申立件数は少なく,任意後見監督人選任の申立件数はさらに少ない状況である.終局区分(認容,却下,取下げなど)をみると,認容で終局したものは約95.3%であり,鑑定を実施したものは全体の約8%であった.本来,後見開始および保佐開始の審判に際しては原則として鑑定が必要であると,著者は考える.本人面接もなく,家庭裁判所に提出した成年後見用の診断書だけで能力を判断するのは危険である.利用しやすい制度とすることをめざすあまり,本人の能力判定の資料が不十分であってはならない.
 認容で終局した事件の開始原因をみると,認知症が最も多く全体の約63.3%(図2)を占め,次いで知的障害が約10.2%,統合失調症が約8.6%であった.申立ての動機は,預貯金などの管理・解約が約42.2%,身上監護は約19.1%と年々増加している.介護保険契約も約10.1%であり,認知症高齢者の介護を目的とした成年後見制度の利用が増加している.
 成年後見人等に選任された者と本人との関係をみると,最も多いのが司法書士(約27.9%),次いで弁護士(約22.3%),子ども(約14.2%),社会福祉士(約12.4%)の順であった.親族以外の第三者が成年後見人等になるケースが全体の約73.8%である.認知症高齢者が急増している現状に照らして考えると,社会生活上の大きな支障が生じない限り,成年後見制度があまり利用されていないと思われる.しかし一方では,後見人による本人の財産の不正使用があったり,意思決定支援,身上保護などの福祉的な視点が乏しい運用があるとの指摘がみられる.さらに,後見人を支援する体制が十分に整備されていない現状と,後見人を監督する家庭裁判所の機能にも大きな問題がある.「成年後見制度利用促進委員会」は内閣府に設置されていたが平成30年4月1日をもって廃止された.後継の「成年後見制度利用促進専門家会議」については今後,厚生労働省が担当することになっているが,後見人などの役割や意思決定支援のあり方など,さらに検討する必要がある.

図1画像拡大
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II.成年後見制度における診断書の見直しについて
 成年後見制度の利用の促進に関する法律(平成28年法律第29号)に基づき,施策の総合的・計画的な推進を図るために,「成年後見制度利用促進基本計画」5)が策定された.わが国は世界一の高齢化率であり,認知症高齢者や単身世帯の高齢者の増加から成年後見制度の利用の必要性が増しているにもかかわらず,あまり利用されていない.原因として制度の周知不足,後見人による不正,地域の不十分な体制整備などが挙げられる.今後は意思決定支援や身上監護などをより重視した柔軟な体制の強化が求められている.
 基本計画のポイントの1つが診断書の書式の見直しである.家庭裁判所に提出する現在の成年後見用の診断書の問題点の1つに,判断能力の意見欄にチェックは入っているが,所見・判定の根拠,その他の情報の記載が著しく乏しいケースがあり,裁判所として判断に迷うということがある.精神科医以外の一般のかかりつけ医が診断書を書くケースが増加していることもその要因と考えられる.内閣府に設置されていた利用促進委員会の当時の指摘として,①医師や裁判所には,本人の生活状況をきちんと理解したうえで本人の能力について判断してほしい,②認知症や知的障害の特性を理解し,本人の意思を十分に汲み取ることができる支援者が必要であるという意見が述べられている.
 最高裁判所事務総局家庭局より「成年後見制度における診断書の見直しについて」が公表されている(図3).改定案のポイントは,①財産を管理・処分という言葉ではなく,意思決定支援の考え方を踏まえ,「支援を受けて」に改める,②自由記載を少なくし,4つの障害の有無にチェックを入れる欄を新設する,③医師が診断を行う際の補助資料として,本人の介護・福祉を担当している者に「本人情報シート」を作成させる,である.制度の利用促進のために,介護・福祉の担当者から情報を得て,一般のかかりつけ医などがより記載しやすい診断書に改定されることが望まれる.しかし,診断書の書式を変更しても,意思決定支援の考え方を改めても,元来の成年後見制度は基本的人権を著しく制限することによって財産を保全する制度であることに変わりはない.

図3画像拡大

III.「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」の改訂(平成30年3月)
 成年後見人等には現在,治療同意権・拒否権は与えられていない.著者は今後も与えられるべきではないと考えている.しかし成年後見制度利用促進基本計画において,意思決定支援のあり方について検討がなされている.成年後見人等には,本人の意思決定支援者(チーム)の一員としての役割があり,多職種の協議に参加したり,家族間の意見の調整に貢献することが求められる.人生の最終段階における医療だけでなく,ケアの決定プロセスについても成年後見制度の普及・推進が図られているのである.
 「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」2)は,医療やケアの介護従事者が人生の最終段階にある患者および家族などを支えるために活用するものであり,在宅医療や介護施設での看取りもカバーするものとなっている.また,患者本人や家族・医療従事者などが繰り返し話し合う「アドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)」の考え方も活用している.しかし,ACPは欧米諸国を中心とした取り組みとして普及してきた概念であり,日本においてはまだ馴染みが薄く,文化の違いもあり国民への普及・啓発にはかなり時間を要すると思われる.オーストラリアにおけるACPに関する研究では,ACPを開始したが,完遂したのは一部であり,記録内容の質は高くなかったという報告1)がある.日本においてACPを進めるにあたり,対象者の心身の状態に加え,経済的問題も考慮しなければならないと思われる.
 人生の最終段階(エンドオブ・ライフ)の意思決定は基本的には医療行為と同じである.自己決定が重視され,本人の意思を確認することから始まる.本人の意思がないか,不明の場合は事前に本人のエンドオブ・ライフあるいは一般的治療に対する考え方を明らかにすることが重要である.判断の基準はあくまでも本人であり,可能な限り本人にとっての最善の治療とケアは何かを話し合うプロセスが大切である.

IV.「認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン」について
 厚生労働省は,「成年後見制度利用促進基本計画」を受け,認知症の人の意思決定支援に関する検討を行い,ガイドライン3)を策定(平成30年6月)した.日常生活や社会生活などにおいて認知症の人の意思が適切に反映された生活が送れるよう,認知症の人の意思決定にかかわる人が,認知症の人の意思決定を支援する標準的なプロセスや留意点を記載したものである.イギリスの意思決定能力法(The Mental Capacity Act 2005)などを参考にしている.
 ガイドラインにおける「認知症の人」とは,認知症と診断された場合に限らず,認知機能の低下が疑われ,意思決定能力が不十分な人を含んでいる.「意思決定支援者」とは,認知症の人の意思決定支援にかかわるすべての人であり,ケアを提供する専門職種や行政職員などである.医師,看護師,ケアマネジャー,民生委員,ケースワーカーなどが含まれる.このガイドラインは,本人の意思決定能力が欠けている場合の,いわゆる代理代行決定ルールを示すものではない.本人の意思を踏まえて,身近な信頼できる家族・親族,福祉,医療,近隣の関係者と成年後見人等がチームとなって早期から継続的に支援し,日常的に見守ることが重要とされている.意思決定支援を行った場合はその都度,記録に残しておくことが必要である.
 このガイドラインでは,成年後見人は適切な意思決定プロセスを支える意思決定支援チームの一員として位置づけられている.平成29年の成年後見関係事件の概況6)によれば成年後見人等に選任された者で最も多いのは司法書士であり,主に財産管理に関する事務を行っていた.意思決定支援チームの一員として話し合いに参加する場合は交通費や参加費を請求されることになり,成年後見人等の役割を明確化し,意識改革を行わなければ普及は望めないと思われる.また,著者としては,意思決定支援の評価判定が適切に行われるのか甚だ疑問である.

おわりに
 わが国の著しい高齢化,それに伴う認知症高齢者の増加に比し,現状では,成年後見制度の利用が伸びていない.国民への制度の周知,利用促進のため「成年後見制度利用促進基本計画」が策定された.利用者がよりメリットを実感できるように,医師による診断書を記入しやすいよう改め,財産管理のみならず意思決定支援や身上監護を含めた機能の拡大を図っている.成年後見人等に治療同意権をもたせるのではなく,人生の最終段階の医療・ケアや認知症高齢者の生活支援に対し,意思決定支援チームの一員として,地域連携ネットワークの協議会のメンバーとして後見人を支援する機能は拡がったといえる.しかし,ガイドラインの運用などには解決しなければならない問題点も多くみられる.
 著者としては,成年後見用診断書が家庭裁判所に提出されたなら裁判所の担当職員は本人への面接を必ず実施すべきだと考えている.また少なくとも,後見開始審判においては診断書を記入した医師が責任をもって鑑定することを望みたい.成年後見人等に対しては役割を明確化し,支援体制と同時に監督機能を裁判所は強化する必要がある.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Detering, K. M., Carter, R. Z., Sellars, M. W., et al.: Prospective comparative effectiveness cohort study comparing two models of advance care planning provision for Australian community aged care clients. BMJ Support Palliat Care, 7 (4); 486-494, 2017
Medline

2) 厚生労働省人生の最終段階における医療の普及・啓発の在り方に関する検討会: 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン. 2018 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10800000-Iseikyoku/0000197721.pdf)(参照2018-03-14)

3) 厚生労働省: 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン. 2018 (http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf)(参照2018-06-22)

4) 厚生労働省: 平成29年簡易生命表の概要(平成30年7月20日) (https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/life/life17/dl/life17-15.pdf)(参照2018−07−20)

5) 内閣府: 成年後見制度利用促進基本計画(平成29年3月24日閣議決定) (http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12000000-Shakaiengokyoku-Shakai/keikaku1.pdf)(参照2018-05-22)

6) 最高裁判所事務総局家庭局: 成年後見関係事件の概況―平成29年1月~12月― (http://www.courts.go.jp/vcms_lf/20180622kkoukengaikyou_h29.pdf)(参照2018-05-09)

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