Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第121巻第3号

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特集 精神病/統合失調症への早期介入―現在の到達点と臨床ガイダンス―
早期精神病への心理社会的アプローチ―臨床ガイダンスの解説―
松本 和紀
東北大学大学院医学系研究科精神神経学分野
精神神経学雑誌 121: 201-207, 2019

 初回エピソード精神病(FEP)とそのリスク状態であるat-risk mental state(ARMS)への臨床研究と実践的取り組みは,近年,多くのエビデンスと経験を蓄積してきた.海外ではFEPとARMSを含む早期精神病について,複数のガイドラインやガイダンスが公表されているが,わが国でも,日本医療研究開発機構(AMED)の研究事業として「早期精神病の診療プランと実践例―予備的ガイダンス2017―」が公表された.本稿は,このガイダンスにそってFEPとARMSの心理社会的アプローチについて解説を行った.FEPとARMSのいずれにおいても,心理社会的アプローチは介入手段の中核と考えられており,一人ひとりの個別性を包括的に評価したうえで,長期的な予後の改善をめざす視点から,適切に介入方法を選択していくことが大切である.FEPへの治療の導入では,治療関係の構築に細心の注意を払う必要がある.全人的な包括的評価が必要であり,就労,教育,住居,対人関係,健康など,当事者にとって重要なニーズを理解し,これを満たすための介入が推奨される.また,ARMSに対しては,臨床的な異種性の高さを十分に理解したうえで,低強度の非特異的なアプローチから高強度の特異的なアプローチへと,必要に応じて段階的に治療法を選択することが推奨される.併存する症状や精神疾患に対しての標準治療を提供することも心がける.FEPとARMSは,異なる臨床病期にあり,それぞれに異なる特徴もある.臨床病期に応じた適切な診療を提供する必要がある.

索引用語:早期精神病, 初回エピソード精神病, at-risk mental state, 臨床的ハイリスク状態, 早期介入>

はじめに
 初回エピソード精神病(first episode psychosis:FEP)とそのリスク状態であるat-risk mental state(ARMS)への取り組みは,近年のさまざまな臨床研究と実践的取り組みにより多くのエビデンスと経験を蓄積してきた.その成果は,標準医療の一部としていくつかの国や地域に取り込まれ,複数のガイドラインやガイダンスが公表されている3)8)16).わが国でも,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の研究事業として「早期精神病の診療プランと実践例―予備的ガイダンス2017―」(研究代表者:水野雅文)〔日本精神保健・予防学会ホームページでダウンロード可能〕15)が公表された.本稿では,FEPとARMSに対する心理社会的アプローチについて,このガイダンスに則りながら解説したい.

I.FEPへの介入
1.治療関係・信頼関係の構築と維持の強調
 治療関係・信頼関係の構築と維持は,あらゆる精神疾患の治療において重要なことは言うまでもない.しかし,FEPでは精神病未治療期間(duration of untreated psychosis:DUP)が長く,さらに,治療開始後に治療から脱落する者も多い.このため,FEPへの介入では,治療関係・信頼関係の構築と維持が特に重要となる(表1).しかし,FEPでは,さまざまな要因によって,安定した関係構築が阻害される(表2).治療者や支援者は,こうした要因に対応するための知識やスキルを高める必要がある.
 FEPの心理社会的評価では,全人的な包括的評価が必要であり(表1, 表3),この目的のためには,多職種によるアセスメントを心がける.

2.FEPに対する介入の原則
 FEPに対する介入の原則は表4にまとめた.FEPの当事者のニーズ調査では,就労,教育,住居,対人関係,健康の5つの領域のニーズが高いことが示されている19).医師は,精神症状や服薬管理への関心が高いかもしれないが,これに加えて,当事者が重要と考えるニーズを理解し,これを満たすために協働することが推奨される.
 こうした介入の原則を実践するための方法として,海外の先進地域ではアウトリーチを基盤とした地域での包括的な早期介入サービスが導入されている(表5).FEPに対する特別な早期介入では,介入期間中に社会機能や職業機能の改善,精神症状の改善,再入院率の低下がもたらされる1)18).このような早期介入サービスは,米国でも最近効果が確認され7),米国政府は多額の予算を投入して全米各地にこうしたサービスを展開している.

3.FEPに対する心理社会的なアプローチ(表6
 統合失調症に対する心理社会的なアプローチとして最もエビデンスが高い介入法の1つは家族介入であり,FEPにおいても主要な心理社会的介入アプローチである16).FEPの家族は,慢性期の統合失調症と比べ,敵意や批判などの感情表出はそれほど高くないことが多い.しかし,当事者の家族はさまざまな悩みを抱え,家族自身が精神的な問題を抱えることもある4).家族の苦痛は,批判的態度の悪化や慢性化へと結びつくおそれがあり,これを防ぐという視点からも支援が必要である.
 FEPの家族や当事者に対する心理教育では,対象者が疾患の早期段階にあるという特性に配慮する必要がある.精神病が慢性進行性に経過するという悲観的なモデルを押しつけるのではなく,一人ひとりに合わせたリカバリー・モデルを現実的楽観主義の姿勢で共有する.
 FEPの当事者の多くは,就学や就労を望んでおり,社会参画は重要な目標となる.統合失調症などで成果を挙げている個別就労支援は,FEPでも効果が示されている9).必要に応じて精神保健福祉士を含めた多職種と連携し,就労移行支援サービスを利用したり,学校関係者や職場の関係者と連携するなどして,具体的な支援を積極的に導入することが推奨される.
 精神病に罹患することは,心血管疾患,2型糖尿病,喫煙者になるリスクが高く,寿命の短縮に結びつく17).このため,疾患の早期段階から,長期的な身体的健康に配慮した医学的管理,薬物療法,生活習慣への介入を行う必要がある6)
 統合失調症や精神病に対する認知行動療法(cognitive behavioral therapy:CBT)は,日本ではまだ十分に普及はしていないが,疾患の早期段階でも必要に応じた心理的治療を行うことには意義がある11).特に,持続性の陽性症状,抑うつ症状,社交不安症状,強迫症状,心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD)やトラウマの問題などに対して,認知行動療法を試みることが考えられるだろう.

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大表4画像拡大表5画像拡大表6画像拡大

II.ARMSへの介入
1.ARMSの特徴2)8)
 ARMSは,精神病の移行リスクが高い精神状態であるが,実際に精神病に移行するリスクは,メタ解析によれば6ヵ月で18%,1年で22%,2年で29%,3年で32%,3年以上で36%であり,近年はこれよりも低い移行率の報告も多い.つまり,ARMSから精神病に移行しない者の割合のほうが実際には高く,精神病に移行しないARMSのなかには,すっかり回復し,長期的に安定した経過をたどる者もいる.一方,ARMSの多くは,最初の診察の時点で,抑うつや不安などの精神症状を示す.精神病に移行しない場合であっても,抑うつ性の気分障害,双極性障害,不安障害,PTSDなどの精神障害として経過し,社会機能が十分に回復しないままの者も多い.このようにARMSは,臨床的には異種性が高く,多様な予後をたどる.

2.ARMSへの介入の一般的な原則(表7
 ARMSでは,精神病に移行する者は一部にとどまり,多くの当事者は,弱い精神病症状のほかにも複数の精神症状に苦痛を感じていたり,社会的,学業的,職業的な問題に困っている.介入においては,このような当事者の苦痛や困っている問題の解決に焦点をあてることが重要であり,幅広い視点から長期予後の改善をめざすべきである.
 ARMSの異種性を鑑みれば,ARMSでは一人ひとりの精神症状の特徴に合わせた介入が必要であり,一律に特定の介入を行うべきではない.多様な予後をとりうることを理解したうえで,低強度の非特異的なアプローチから高強度の特異的なアプローチへと,必要に応じて段階的に治療法を選択することが推奨される20).むろん,臨床的な重症度や緊急度に応じて,治療法を選択することは言うまでもない.また,ARMSの臨床経過は多様であり,なかには,病像が短期間のうちに変化する者もいる.臨床経過に応じて,適宜,治療計画を修正する.

3.ARMSに対する介入(表8
 これまでの研究で,ARMSに対しては支持的な精神療法やケースマネジメントなどの通常治療に加えて,認知行動療法,抗精神病薬,オメガ3脂肪酸などの特別な介入を付加することで,介入期間中に精神病に移行する割合がおよそ半減することが知られている10).しかし,抗精神病薬治療は服薬中断者が多く,副作用の問題もあるため,一般的には治療の第一選択肢とは考えられていない.非特異的な治療法や認知行動療法などの治療法に効果が認められない場合20),臨床的に緊急性が高い場合などに限定して用いられるべきだと考えられている.また,抗精神病薬を投与した場合でも,漫然と長期投与するのではなく,適宜,必要性についての検討を行い,減量,中止をめざすことが原則である5)
 認知行動療法は,ARMSに対する特別な介入方法として最も研究されており,メタ解析でも精神病移行率を低下させる効果があることが示されている12).日本におけるオープン・トライアルでも,弱い精神病症状,抑うつ,不安,全般機能が認知行動療法の介入終了後に高い効果量で改善し,その効果は半年後の追跡時にも維持された13).認知行動療法は,ARMSに併存するうつ病,社交不安障害,強迫性障害,PTSDなどにも効果があり,こうした併存症の治療という点からも推奨される.
 一方で,特別な介入を行わずとも,定期的な経過観察,支持的な精神療法,家族介入,ケースマネジメントなどの心理社会的介入で多くのARMSの臨床症状が改善することも知られており,あらゆるARMSに対して,心理社会的介入を提供することが推奨される.
 また,前述の通り,ARMSでは,さまざまな精神疾患を併存するが,この併存する精神疾患に対する標準治療を提供することも重要である.必要に応じて,SSRI,SNRI,NaSSAなどの薬物療法や認知行動療法を行うことが推奨される.

表7画像拡大表8画像拡大

おわりに
 「早期精神病の診療プランと実践例―予備的ガイダンス2017―」15)は,暫定的なガイダンスであり,今後,さらなるエビデンスの蓄積や日本の臨床現場に即した内容へと更新していく必要がある.このためには,実際にこのガイダンスに目を通した臨床現場のスタッフや専門家からの意見を反映し,実践的な観点から具体的な改善や修正を検討していくことも必要だろう.また,臨床現場でガイダンスが推奨する治療が広く行われるようにするためには,必要な研修の機会を増やしたり,制度改革を求めていくことも重要だろう.今後は,精神疾患の予防や早期介入の実現に向けて,より多くの関係者がこの領域に関心をもち,多くの実践を試みることに期待したい.
 なお,本稿の趣旨は上記ガイダンス15)の概略紹介であり,同じくガイダンスの概略を紹介した他稿14)と内容が重複することをご了承いただきたい.

利益相反
 受託研究費:NECソリューションイノベータ株式会社
 その他,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Craig, T. K., Garety, P., Power, P., et al.: The Lambeth Early Onset (LEO) Team: randomised controlled trial of the effectiveness of specialised care for early psychosis. BMJ, 329 (7474); 1067, 2004
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2) Fusar-Poli, P., McGorry, P. D., Kane, J. M.: Improving outcomes of first-episode psychosis: an overview. World Psychiatry, 16 (3); 251-265, 2017
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3) Galletly, C., Castle, D., Dark, F., et al.: Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists clinical practice guidelines for the management of schizophrenia and related disorders. Aust N Z J Psychiatry, 50 (5); 410-472, 2016
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4) Hamaie, Y., Ohmuro, N., Katsura, M., et al.: Criticism and depression among the caregivers of at-risk mental state and first-episode psychosis patients. PLoS One, 11 (2); e0149875, 2016
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6) iphYs: Healthy Active Lives (HeAL): Keeping the Body in Mind in Youth with Psychosis (https://www.iphys.org.au/)(参照2019-01-16)

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8) 桂 雅宏, 阿部光一, 國分恭子ほか: ARMSへの早期介入―議論の整理と海外ガイドラインの紹介―. 精神医学, 58 (7); 571-579, 2016

9) Killackey, E., Jackson, H. J., McGorry, P. D.: Vocational intervention in first-episode psychosis:individual placement and support v. treatment as usual. Br J Psychiatry, 193 (2); 114-120, 2008
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10) 松本和紀, 國分恭子, 砂川恵美ほか: 早期介入研究アップデイト―ARMSに対する心理社会的アプローチの現状と課題. 日本社会精神医学会雑誌, 24 (4); 400-408, 2015

11) 松本和紀: 精神病性障害に対する認知行動療法. 精神医学, 59 (5); 467-473, 2017

12) 松本和紀, 濱家由美子, 冨本和歩: ARMS (アットリスク精神状態) に対する認知行動療法の現状. 最新精神医学, 23 (2); 105-112, 2018

13) Matsumoto, K., Ohmuro, N., Tsujino, N., et al.: open-label study of cognitive behavioural therapy for individuals with at-risk mental state: feasibility in the Japanese clinical setting. Early Interv Psychiatry, 13 (1); 137-141, 2019
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14) 松本和紀: 早期精神病への心理社会的アプローチ. 北陸精神神経学雑誌 (印刷中)

15) 水野 雅文, 鈴木 道雄, 松本 和紀ほか: 早期精神病の診療プランと実践例―予備的ガイダンス2017― (http://www.jseip.jp/top/document)(参照2018-12-13)

16) National Institute for Health and Care Excellence: Psychosis and schizophrenia in adults: prevention and management. National Institute for Health and Care Excellence, London, 2014

17) Olfson, M., Gerhard, T., Huang, C., et al.: Premature mortality among adults with schizophrenia in the United States. JAMA Psychiatry, 72 (12); 1172-1181, 2015
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18) Petersen, L., Jeppesen, P., Thorup, A., et al.: A randomised multicentre trial of integrated versus standard treatment for patients with a first episode of psychotic illness. BMJ, 331 (7517); 602, 2005
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19) Ramsay, C. E., Broussard, B., Goulding, S. M., et al.: Life and treatment goals of individuals hospitalized for first-episode nonaffective psychosis. Psychiatry Res, 189 (3); 344-348, 2011
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20) Schmidt, S. J., Schultze-Lutter, F., Schimmelmann, B. G., et al.: EPA guidance on the early intervention in clinical high risk states of psychoses. Eur Psychiatry, 30 (3); 388-404, 2015
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