Advertisement第117回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第6号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 精神科臨床における聴きかたと尋ねかた
精神科医になるための聴き方
松木 邦裕
ちはやACTクリニック
精神神経学雑誌 120: 488-494, 2018

 臨床精神医学領域での主要疾患である統合失調症,感情障害,心因性疾患などでは,疾病を客観的に同定しその質を査定する生物学的マーカーは存在しない.よって日々の臨床では精神科医は,もっぱら観察と聴取によって診断と治療を実践していることは周知であろう.すなわち精神科医であるためには,薬物療法を含めた何らかの精神科的治療手技を修得していることではなく,それ以前に,精神医学的視座から患者を聴取でき観察できることが大前提である.
 ここで言う精神医学的視座とは,症候学的視点に限定するのではなく,精神疾患のみならず,パーソナリティを含めた病者としてのあり方・生き方を理解しようとする見地である.この論文では,観察法は他の機会に譲り,聴き方のみに焦点をあてて,精神科医としての聴き方の基本とその身につけ方を述べる.
 まず,何を聴くかについてである.それはおよそ6つに分けられる.1.語られているその内容を聴く.2.語りの形式や形態を聴く.3.語られていることばの思考水準を聴く.4.語られているその話し方を聴く.5.語られていることの含む無意識の文脈を聴く.6.自分のなかの声を聴く.そして,それぞれの聴き方における理解の深さがある.
 これらの聴き方を達成するには基本的な支持的聴き方を身につける必要がある.以下にそれを紹介する.
 聴き方 ステップ①患者から語り表されることを,そのままに受け取り,そのままついていく.ステップ②患者から語り表されることを,離れて,客観的に聴く.ステップ③患者から語り表されることを,私たち自身の体験,思いと重ねて味わい聴く.ステップ④患者から語り表されることに,私たちと同じ感覚でありながらも,その細部に生じているずれを感じ取る.
 私たちが精神科医であるためには,この聴き方の4ステップを順序立てて修得するとよい.

索引用語:精神科的聴き方, 支持的聴き方, 共感, 精神分析>

はじめに
 改めて述べるまでもないが,精神科医はもっぱら聴取と観察によって日々の臨床での診断と治療を実践している.精神科医であるためには,薬物療法を含めた何らかの精神科的治療手技を修得しているだけでなく,その大前提として,診断と治療のために精神医学的視座からの聴取と観察によって必要な情報を患者から取得できることが不可欠である.ここで言う精神医学的視座とは,症状や障害(disorder)の発見に限定するのではなく,精神疾患のみならず,パーソナリティを含めた病者としてのあり方・生き方を理解しようとする見地である.なぜなら,精神科医であることは,程度の差はあっても,こころにかかわることでその患者の人生にかかわるからである.
 この論文では,聴き方に焦点をあてて,精神科医としての支持的聴き方の基本とその身につけ方を紹介する.

I.聴くときの基本姿勢
 聴くことは,先に口をはさむのを控えることでもあることは認識しておかねばならない.それが,その患者に関する情報を自然に得ることにつながるからである.相手がどんなことを話そうとも,最初は聴くことに徹することが精神科医として基本的な訓練である.この基本ができていない人は,必要な情報収集ができないために診療の質も上がらない.
 そこで求められるこころの姿勢は支持的で受容的なそれであるが,感受性は能動的に発揮される必要がある.土居健郎1)は,「わからない」というこころのつぶやきと問いの発見を大切にすることを勧めた.診断基準のどこに該当するかというパズル解読的な聴き方ではなく,早わかりせず,問いを増やす聴き方が求められる.聴くことは,言葉,人,空気についての広義の観察であり,答を急げば,観察が怠られる.

II.精神科医は何を聴くのか
 私たちは,精神科医として何を聴くのだろうか.耳を傾ける必要のあるそれは,およそ6つに分けられる3).以下に記す.

1.語られているその内容を聴く
 すでに学校教育で馴染んでいる,普段の生活で行っている聴き方である.これは,情報の伝達が目的であるときの聴き方である.精神科診察では,この聴き方で患者の情報伝達の質や不全に気づく機会を得る.

2.語りの形式や形態を聴く
 主語から述語に至るまでの文法形式が整っているかに着目する聴き方である.例を挙げると,制止,途絶,迂遠,反復,奔逸などがあろう.また,語られる文の形態が疑問形,断定的,曖昧,主語が不明など,反復される文法上の特徴に気づくことがある.

3.語られていることばの思考水準を聴く
 日常生活でのことばの使用では抽象水準の思考を使う.しかし,「バカ」と怒鳴っているなら,それは感情の排泄を目的とすることばの使用であり,思考は具体物として吐き出される.また,解離状態のことばは,視覚と物語りとことばを組み合わせて初めて意味を成立させる夢をみているときの思考である.

4.語られているその話し方を聴く
 これは発語の非言語的要素に注目する聴き方である.声のトーン,リズム,抑揚,力,間が認識されよう.また,情緒的なモードとして無機的,軽い・重い,硬い,圧迫的,威嚇的,敬遠的,親しげ,警戒的などに気づかれる.

5.語られていることの含む無意識の文脈を聴く
 この聴き方は,象徴やメタファに着目して意識的な発言に随伴している無意識的コミュニケーションを聴く聴き方である.例示すれば,患者が歯科治療経験を語っているなら,そこに現在の精神科治療に言及している可能性があること,例えば治療への不満,に耳を傾ける.

6.自分のなかの声を聴く
 患者に耳を傾けているときには,私たちのなかにもさまざまな考えや感情が湧き上がる.精神分析で言う「逆転移」である.それらの私たちの内なる声にも耳を傾けるのである.

III.支持的な聴き方の4つのステップ
 上述の聴き取りを実践するには,私たちはどのような聴き方をすればよいのだろうか.まず,私たちを自由に語れる相手と患者が感じる聴き方が,私たちに求められる.それは,支持的聴き方,共感的聴き方といわれる傾聴技術である.実のところ,支持的な聴き方は簡単でもなければ,職業生活を営んでいれば自然に身につくものでもない.そこには,専門職になるために修得すべきことがらと踏むべき手順があり,それらを着実に踏まえることで達成される2).そして,その達成は私たちにより深い患者理解をもたらす.
 その支持的聴き方を身につける手順をここに示そう.以下の4つのステップに分けて紹介する.
 [聴き方]
 ステップ①患者から語り表されることを,そのままに受け取り,そのままついていく.
 ステップ②患者から語り表されることを,離れて,客観的に聴く.
 ステップ③患者から語り表されることを,私たち自身の体験,思いと重ねて味わい聴く.
 ステップ④患者から語り表されることに,私たちと同じ感覚でありながらも,その細部に生じているずれを感じ取る.

1.聴き方 ステップ①基本的な聴き方:相手の思いになる聴き方
 患者が語ることをそのままに受け取り,そのままついていくという聴き方である.それが共感と受容の入り口となり,患者が医師によって支持されていると感じることにつながる.ちなみに英語ではこの態度は,「他者の靴に足を入れる(put oneself into someone's shoes)」と表現される.
 日常会話では,相手の語ることを聴きながら,それに同意して合槌を打ったり,話の内容を明確にしようと訊き返したりするし,話をさえぎって批判や疑問を口にすることもある.こうした二者相互の交流によって日常的な会話は成り立つ.しかしながら,臨床面接での基本は異なる.聴いている私たちのなかに湧いてくる疑問や批判にとらわれず,語り表わされることをそのままに受け取りひたすら聴く,忠実についていくのである.すなわちこれは,私たちが聴きながら,自分自身を空にし,語っている彼らの世界にわが身をおき,彼らその人自身になりきることである.
 再度表現するなら,患者が語ることや語り方を含めた態度・物腰に表し出される患者の立場と思いに,私たちが何ら抵抗することなく,そのまま添ってみることである.
1)沈黙を学ぶ
 この最も基本的な聴き方を身につけるために大切なことは,沈黙を守ることである.患者の発言に反応して,感情が高まってつい言ってしまった,ということを極力しないのである.合槌や頷きははさむとしても,できる限り,ことばははさまないで沈黙を守る.これには,おのれの発言を意識的に抑制する・制御するという訓練が必要である.私たちは,話し上手になるのではなく,聴き上手になる必要がある.そして,そのこつは沈黙を学ぶことである.
2)この聴き方の達成の方法と意義
 患者の語り表すことにそのままついていくためには,私たちは,彼/彼女の話に刺激されて浮かんでくる私たち自身の思考や感情の流れをひとまず横におかなければならない.そうして,ただ没入して,彼/彼女の思いにそのままついていくのである.
 傾聴するというこの基本姿勢を初心の頃にしっかりと身につけていないと,その後の精神科医としての成長は著しく妨げられる.繰り返し述べているように,なぜならこの聴き方は,聴き方の基本形だからである.スポーツを例に挙げると,それらには必ず基本の型があり,それを初心のときに十分にマスターしておく必要がある.この聴き方がそれにあたる.

2.聴き方 ステップ②客観的に聴く
 ステップ①を身につけたうえで,私たちは次のステップに進むことができる.それが,ステップ②患者の話に客観的に耳を傾けることである.
 患者の語っていることは,患者にとってはまがいなき事実である.このことは何より尊重されねばならない.それが,私たちがその患者を支持することの根本におかれる.この尊重に基づいた方法が,ステップ①の聴き方であった.
 しかしながら,患者が語るこの事実は,客観的事実として位置づけるのではなく,その人自身にとっての事実,すなわち心的事実,主観的事実として位置づけられる必要があることは認識しておかねばならない.語られることの客観的な事実は誰にも確証できない.
 ゆえに,そのうえで私たちに次のステップとして求められることは,私たちが患者の話に耳を傾けながらも,「それは,その人にとっての心的事実である」という視点が確保されることである.
1)「…と,この人は思っている」
 実際の聴き方としては,その彼らの立場と思いになったところで,「…と,この人は思っている」「…と,この人は体験しているのだ」という患者の語ったことばを括弧に収め,「 」の分だけ離れたところからその人をみる視座を併せてもつことである.
 1つの表現を使うなら,彼らの話に真摯に耳を傾けながら,私たちの頭のなかでその発言に,「…と,彼/彼女は思っているのだな」「…と,彼/彼女は体験しているのだな」と付け加える.それによって,心もち離れたところに私たちはおかれる.
 このステップでの重要なポイントは,彼/彼女の語っているところを主観的な事実と認識する視座も保持するところにとどまることであって,そこに私たちの常識や知識を持ち込んで比較対照することではない.聴いているときに,私たちの常識や知識が浮かぶとしても,批判的に対比することにはせず,参照にとどめるのである.
2)自己の分割:2つの視座から聴く
 重要なのは,患者に同一化し彼らの主観に重ねられた視座と,客観的にとらえる視座という2つの視座を併せもって聴くことである.この形の自己の二分化は,精神科医として私たちが達成すべきことの1つであると私は考える.
 この両者のほどよいバランスの確立には修練が必要である.最初からバランスがとれているという人はいない.誰しもがどちらかに偏りがちであるため,自分のくせを知って偏ったバランスを是正していかねばならない.

3.聴き方 ステップ③私自身の体験,思いと重ねて味わい聴く
 ここに紹介する3番目に位置づけられるステップにあたる聴き方が,こころを理解するために大変重要であり,精神科医を無二の専門性を有する者にすると私は考える.しかし,そうであるがゆえに,この聴き方の達成には相当な困難が伴う.なぜならそこには,私たち自身の感情―とりわけ,苦痛なふれたくないもの―にふれていくことが前提として求められるからである.
 その方法とは,耳を傾け,思いに添っているその彼/彼女が語っている体験を自分自身の体験として味わうことである.つまり,患者が表している思いや感情に耳を傾けながら,それらの思いや感情と同じか,できるだけそれらに近似する自分のなかの思いや感情にふれていることである.
 例えば,ある患者が「喪失・挫折の強い悲しみ」を私たちに語っているとするなら,彼/彼女のその語りと思いにそのままついていきながら,それに並行して,私たちは自らのなかに存在する喪失・挫折の強い悲しみにもふれるのである.そうした喪失や挫折を体験し強い悲しみを抱いたそのときの感覚,思いを,私たちのなかでヴィヴィドに想起するのである.そこには当然ながら,そうした悲しみを抱いたときの場面や状況,対人関係の展開も思い浮かぶであろう.その患者の話に耳を傾けながらそのままついていくことに伴って,この感情を生に想起しているとき,私たちは初めて喪失・挫折の悲しみを抱くということがどんなことかが実感できる.
1)聴き方 ステップ①との違い
 この聴き方は,聴き方 ステップ①での「患者が語り表すことをそのままに受け取り,ただそのままついていく」という,患者の立場に立ち,思いに添うこととは大きく異なる.ステップ①の聴き方は,その患者の思いになりきってしまうというところで,私たち自身は空である.言い換えると,そこで感じられたり考えられたりすることは,彼/彼女のものであって,私たち自身としての体験感覚はとても希薄である.希薄にしておくことこそが,この聴き方に求められていることである.
 しかし,このステップ③の彼/彼女のその語りと思いにそのままついていきながら,それらの思いや感情や感覚と同じ質の私たち自身のなかの思いや感情にふれているという聴き方は,私たち自身がその感情や思いの生の衝撃を体験していく聴き方である.「喪失・挫折の強い悲しみ」を抱いているのだと患者の思いに添うのと,その患者の「喪失・挫折の強い悲しみ」を聴きながら,私たちのなかの「喪失・挫折の強い悲しみ」の思いにふれていることで,その彼/彼女はこのような思いなのだと実感することではその質は大きく異なっている.
 ここで「喪失・挫折の強い悲しみ」と患者の思いを述べたところに,例えば「死んでしまいたいほどの絶望」「自分を殺したいほどの罪悪感」「死ぬまで忘れられそうもない恨み」「消えてしまいたいほどの恥ずかしさ」「殺したいほどの激しい憎しみ」などのさまざまな思いをあてはめることができるであろう.
 この聴き方が私たちにできて,それを内包した理解が患者に伝わったとき,彼らは自身のことをほんとうに共感され理解された,深いところで理解され支持されたと感じる.専門的な支持とは,このような,感情が生きて収められている理解が達成するものである.
2)事前に自らの思い・感覚にふれておく
 この「自分自身の体験と重ねて味わう」ことができるには,その患者との出会い以前に私たちが自らのそれらの思いにすでにきちんとふれており,それらに事前に意識的に馴染んでいなければならない.例えば,私たちのなかに「自分を殺したいほどの罪悪感」「死んでしまいたいほどの絶望」といった思いがあることを知っており,それらの思いがどんなものであり,さらにそれらの思いからどんな感情や考えが引き起こされるのかをあらかじめ知っておくことなのである.
 私たちには,あらかじめ私たち自身の多様な思い・感覚にふれてつかんでいて,精神科医としての私たちが「自分自身の体験として味わう」ために,それらの思い・感覚をこころのどこかに準備態勢においておくことが求められているのである.
3)自らがふれえたこころの深みまでしか,他者は理解できない
 ここに,私たちの専門性の厳しさがあると私は考える.私たちのなかに劣等意識や嫌悪感や恐怖があって,その何かの感情や思いに私たちが自分自身のなかでふれられていないところについては,その患者がまさにその思いに苦しんでいるときに,それが私たちにはわからないのである.「この人は絶望している」と知的にわかっている気になったとしても,こころには実感されない.すなわち,私たちは,私たち自身の思いに情感を伴ってふれた範囲内でしか,患者のこころにふれられない.

4.聴き方 ステップ④同じ感覚にある,我彼のずれを語りの細部に感じ取る
 ここに次のステップ,すなわち聴き方 ステップ④がある.このステップは,ステップ③「私自身の体験,思いと重ねて味わい聴く」から派生している.
 この聴き方 ステップ④「同じ感覚にある,我彼のずれを細部に感じ取る」が,支持的な聴き方での最も熟成した到達点であると私は考えている.聴き方 ステップ④では,その患者の思いや感覚,思考をそれとして実感しつつ,同時にそれらが含む,私たち自身の思いや感覚,思考との間での差異を精密に吟味するという,分割された視座を私たちは実践している.すでに聴き方 ステップ①とステップ②において,こうした2つの異なる視点を並行して維持することを述べたが,その場合とは,深さと細やかさが違っている.私たちのなかのそれらと共通する感覚や感情にふれ,かつその共通感覚との微妙な違いも感知していく聴き方である.この私たちのこころにおいて,患者の思い,それと共通感覚と言える私たちの思い,この両者の差異を精密に吟味するという,分割された両眼視を私たちは実践する.
 そのステップ①と②を達成し,ステップ③において,私たちのなかの同じか近似な感情体験によって彼/彼女の思いを実感したとしても,それは,おおよそ同じ,例えば概念化したときには「母親への深い悲しみ」「侵入してくる支配者への強い恐怖」と感じられても,完全に同じものではない.それはありえないことであり,当然ながら,その感情や思考の細部は異なる.その感情が向けられる対象やその主たる感情から派生的に生まれてくる感情や思考の性質,そしてそれらの流れる速度や方向,深さ,広がりに,とても微妙に,ときには暗示的に,またあるときには明瞭に違いが認められよう.その違いは,一方で私たち自身のなかで独自に展開する自らのこころの動きのプロセスを細やかに吟味しながら,その人の思いや思考の繊細な動きにそのままついていくなら,自ずと浮かび上がってくる.両者は遠目に見ると1本の線のようで,近づくと2本の線路が平衡に走る1つの軌道のようで,さらに近目で観察するとそうではない両者のずれが,あるとき目に入ってくる.そのずれ,違いを繊細に感知し,そこに自然に生まれてくる問いを吟味していくことが,その患者その人の主観的な世界での独自なあり方を,私たちのこころの内側から理解することをもたらしてくれる.

おわりに
 精神科医であるとのことは,患者の語りを聴くことに始まり,そして聴くことに終わる,と言ってよいであろう.それゆえ,精神科医であるためには,専門的な支持的聴き方の基本を身につけることが要請される.そして診療場面では,4つの支持的聴き方を必要に応じて自在に使えることが期待される.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 土居健郎: 方法としての面接―臨床家のために―. 医学書院, 東京, 1977

2) 松木邦裕: 耳の傾け方―こころの臨床家を目指す人たちへ―. 岩崎学術出版社, 東京, 2015

3) 松木邦裕: 改訂増補版 私説 対象関係論的心理療法入門―精神分析的アプローチのすすめ―. 金剛出版, 東京, 2016

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology