Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第120巻第11号

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特集 精神医学研究推進のための人材育成
若手精神科臨床医が研究をする意義
齋藤 竹生
藤田保健衛生大学医学部精神神経科学
精神神経学雑誌 120: 1032-1036, 2018

 医学研究により,医学が発展しそれが医療に活かされ,今よりも医療の質が向上することは誰しもが望むことであろう.しかし,その医学研究を進める若手精神科医の数は多いとはいえない状況である.第113回日本精神神経学会学術総会で行われた,精神医学研究推進のための人材育成シンポジウムにおいて,若手精神科医が研究に携わるようになるためには,どうしたらよいかについて,医学研究に従事する若手精神科臨床医の立場として発表をした.本稿は,精神科臨床医である著者が研究に取り組むなかで実感した「臨床医の視点が研究に取り組む際にどのような強みになるか」,また「研究に携わることが,臨床の実践にどのような影響をもたらすのか」ということにふれ,臨床医が医学研究に取り組む意義について論じたものである.

索引用語:医学研究, 若手精神科臨床医, 科学>

はじめに
 医学研究により,医学が発展しそれが医療に活かされ,今よりも医療の質が向上することは誰しもが望むことであろう.しかし,その医学研究を進める若手精神科医の数は多いとはいえない状況である.第113回日本精神神経学会学術総会で行われた,精神医学研究推進のための人材育成シンポジウムでは,若手精神科医が研究に携わるようになるためには,どうしたらよいかというテーマのもと討議がなされた.著者は医学研究に従事する若手精神科臨床医の立場として,発表を行った.若い精神科臨床医が,研究に興味をもつきっかけになればと考え,臨床医が研究に取り組む意義について論じた.
 本稿ではシンポジウムで論じた,著者が研究を通じて実感した「臨床医の視点が研究に取り組む際にどのような強みになるか」,また「研究に携わることが,臨床の実践にどのような影響をもたらすのか」ということにふれ,臨床医が医学研究に取り組む意義について述べたい.

I.臨床医が医学研究に取り組む意義
1.医学研究における臨床医の強み
 まず実際に著者が研究に取り組んできたなかで,臨床医としての視点を活かすことができた経験をお伝えしたい.著者が取り組んでいる主な研究は向精神薬の薬理遺伝学研究である.薬理遺伝学研究というのは,薬物の反応性や副作用に関連する遺伝子を同定することを目的とした研究である.同定した遺伝子が,大きな効果量をもつ場合はゲノムバイオマーカーとして,薬剤の用量の設定,有効と思われる患者の選択,有効性の予測,副作用のリスクの最小化などに役立ち,オーダーメード医療につながる可能性をもつ.そのため,臨床に直結しやすい研究分野であるといえる.例えば,ある副作用の発症頻度や重症度において個人差を認めるとすれば,それは個人の体質の差が関与しているのではないかと考える.すなわち,遺伝的要因が発症のしやすさや重症度に関与している可能性があると考える.そこから,薬剤の副作用の病態を成り立たせている実体の1つとして遺伝的リスク因子の存在を予測し,その遺伝的リスク因子を同定するための実験と解析を行う.そして遺伝的リスク因子を用いた発症予測や予防方法の確立をめざすのである.
 実際に著者が取り組んでいる研究の1つにクロザピン誘発性無顆粒球症の薬理遺伝学研究がある.クロザピンは治療抵抗性統合失調症に唯一適応のある抗精神病薬であるため,統合失調症治療において重要な薬剤であるが,重篤な副作用である無顆粒球症が約1%程度の頻度で起きてしまう1).そこでわれわれは遺伝的要因が無顆粒球症の発症に寄与している可能性があると予測し,遺伝的リスク因子を同定すれば,発症予測や予防に用いてクロザピンをより安全に使用することができるのではないかと考え研究を行った.われわれは,クロザピン誘発性無顆粒球症・顆粒球減少症患者50例と健常対照者2,905例を用いて,全ゲノムSNP解析とHLA関連解析という手法を用いて遺伝的リスク因子の同定を試みた2).その結果,クロザピン誘発性無顆粒球症・顆粒球減少症の遺伝的リスク因子としてHLA-B*59:01を同定した.しかし,クロザピン導入前に発症を予測する事前の遺伝子検査としてのHLA-B*59:01の有用性を検討すると,感度が低く陽性的中率も低いことがわかり,そのままでは臨床に用いることは難しいことがわかった.しかし,われわれはこの段階でとどまることなく,臨床医の経験や視点を用いて,このHLA-B*59:01というリスク因子の臨床的な有用性は何であるかを検討した.
 クロザピンの治療における臨床上の問題としては,クロザピン導入前に無顆粒球症の発症が予測できないことのほかに,白血球減少症や顆粒球減少症を起こして中止となってしまった症例は原則,クロザピンの再投与はできないということがある.クロザピン誘発性無顆粒球症(好中球数が500個/mm3未満)の早期発見のため,血液検査を行い白血球数・好中球数のモニタリングが行われるが,現実的には安全性に配慮して顆粒球減少症(好中球数1,500個/mm3未満)もしくは白血球減少症(白血球数3,000個/mm3未満)になった時点でクロザピンの投与は中止しなければならない.そして,その基準値をわずかに下回った場合においても,投与は中止しなければならず,たとえ速やかに血球数が回復したとしても,あるいはクロザピンが著効していた症例でも再投与をすることはできない.一方で臨床医は日頃,白血球数・好中球数がクロザピンの投与という要因以外においても,比較的容易に変動することを経験しているので,クロザピン投与中に顆粒球減少症と判断された症例のなかにも,クロザピン誘発性無顆粒球症に進展しない症例も混入してしまっているであろうと予測するのである.しかしながら,現時点では,いったん顆粒球減少症や白血球減少症に陥った症例が,そのまま無顆粒球症まで進展するのか,それとも速やかに回復するものなのかを見分けることができないため,安全に使用するためには,顆粒球減少症や白血球減少症に陥った時点で投与を中止することは,やむを得ないことである.ただし,治療抵抗性統合失調症治療においてクロザピンの代替となる薬剤がない現状にあっては,もしクロザピン投与中止となる顆粒球減少症患者のなかから,無顆粒球症に進展する可能性の低い患者を見分けることができるようになれば,その患者はクロザピンの投与を続けることができるため,大きな利益がもたらされるであろう.そこでわれわれは,HLA-B*59:01を予測因子として用いて,顆粒球減少症患者群へのクロザピン再投与の可能性を検討したのである.顆粒球減少症患者群と無顆粒球症患者群を分けてHLA-B*59:01との関連を検討すると,無顆粒球症に対する効果量が顆粒球減少症に対する効果量よりも2倍程度大きいことがわかった.この結果より,顆粒球減少症患者群はクロザピン投与を続けた場合に,無顆粒球症へ進展する「潜在的な無顆粒球症患者群」と,無顆粒球症へ進展しない可能性の高い「非無顆粒球症患者群」という互いに連続性のない2つの群からなる混合集団であるというモデルを想定した.このモデルのもとで,無顆粒球症患者群と対照者群のHLA-B*59:01の保有率を用いることで,顆粒球減少症患者群のなかに「非無顆粒球症患者群」がどの程度の割合で存在するのかを一次方程式を用いて推計することができる.その結果,顆粒球減少症患者群のなかでは,約50%が無顆粒球症に進展しない可能性の高い「非無顆粒球症患者群」であった.さらに,HLA-B*59:01を保有しない顆粒球減少症患者群のなかでは約60%が「非無顆粒球症患者群」であることがわかった.すなわち,顆粒球減少症患者群においてHLA-B*59:01を用いた「非無顆粒球症患者群」の陽性的中率は約60%であり,再投与した場合は約60%が無顆粒球症に進展しないと推計できた.この結果は,臨床医が経験上直感で感じとっていた,好中球減少を起こし顆粒球減少症には至ったが,無顆粒球症には陥らない「偽物」(非無顆粒球症患者群)が存在するということを,科学的にデータを用いて示したものである.今後さらに研究が行われ,顆粒球減少症患者群が互いに連続性のない2つの群からなる混合集団であるというこのモデルの妥当性が検証され,モデルが妥当であると証明されるならば,顆粒球減少症患者群の一部の患者に対してはクロザピンの再投与が絶対的な禁忌とはならない可能性がある.このように,臨床医としての視点を用いながら,収集したデータを検討することによって,新たな知見が得られることがある.すなわち臨床医としての経験が,研究に取り組むうえで強みになることがあるのである.

2.研究に携わることが,臨床の実践にどのような影響をもたらすか
 次に研究を通じて身につけたものが,臨床の実践において役立つことがあるということをお伝えしたい.著者は,研究に携わることによって身につく科学的態度は,臨床の実践にも役立つと考えている.医学は科学であり,医療の実践は科学的思考に基づいて行われ,科学技術を用いてなされる.科学的態度というのは,眼の前にある「現象」が何であるかを認識しようとするときに,その「現象」を引き起こしている「実体」は何か,その「現象」を成り立たせている「法則」は何であるかを論理的に予測し,そしてその予測が正しいかどうかを実証的に確かめることを通じて,その「現象」を認識しようとするものである.研究は科学的思考を用いて進められる.例えば,前述のクロザピン誘発性無顆粒球症の薬理遺伝学研究をみてみる.クロザピン誘発性無顆粒球症は一体どういった病態であるかを理解しようとするときに,その病態を構成する「実体」として遺伝的リスク因子やクロザピンが存在し,無顆粒球症は引き起こされているであろうと予測する.そして,遺伝的リスク因子を同定するために実験を行いその予測を検証する.もちろんこの実験でわかることは,あくまで無顆粒球症に遺伝的リスク因子が関与するということだけであり,病態を構成する「実体」の多くは不明なまま残され,発症機序の全容は明らかにはならない.しかし,このように科学的態度で研究を少しずつ進めて,病態を明らかにしていくのである.
 臨床の実践においても同様に科学的思考は必要となる.例えば身体疾患の診療において,患者の疾患の診断に至るまでの過程をみてみる.症状の聴取,身体所見,血液検査所見,生理・画像検査所見などを組み合わせながら,情報を収集し,それらをもとに病態生理を予測し診断に至る.ここで重要なのは,患者の訴える症状や身体所見からは直接的に病態生理を理解することはできないということである.病態生理は,症状,身体所見,検査値などの情報を基に,病態を構成する「実体」を想定し,それら「実体」がどのような状態にあるかを予測することによってのみ把握することができる.もし病態の予測をしなければ,検査をしてその結果をみても,それはつながりのないバラバラの情報であり,診断にたどり着くための指標になりえない.この予測した病態生理が正しいかどうかは,次に実施する検査値が予測した病態に矛盾しない結果であることや,治療を行って患者が回復するということを通じて実証される.
 精神疾患の診療も同様の過程を経てなされるが,身体疾患と少し異なるのは,疾患の病態を生体の内部環境の乱れとしてだけで捉えるのでなく,患者を取り巻く社会環境という外部環境との関係性も含めて捉える必要がある.社会環境(例えば,家族関係,学校や会社の人間関係など)と患者自身の特性(すなわち,どのように生きてきたかという患者の人生の文脈)との関係性のなかで疾患が生じることが多いため,病態を構成する要素はよりさまざまなものを想定する必要がある.例えば,神経性やせ症の患者の場合をみてみる.食思不振とそれによって引き起こされる低体重を認めたときに,それらの症状を羅列するだけでも診断名をつけることができるかもしれないし,またその対処療法としての栄養療法を行うことはできるかもしれない.しかし,対処療法によりいったん低体重から回復してもまたすぐに低体重に陥る可能性が高い.なぜ食思不振に陥るのか,患者とその外部環境との関連性すなわち,患者が社会的にどのように不適応を起こしているかを含めた病態を予測することが必要である.その予測に基づいて,外部環境への不適応を解消するように治療を行わなければ,治癒はしないであろう.このように精神科臨床の実践においても,科学的思考を用いて症状の背後に存在する症状を引き起こす「実体」や実体同士の関連性を予測しながら,病態を把握し,治療することが求められるのである.そしてこの科学的思考は,研究に携わることによって涵養されるため,臨床医が研究に携わることは意義があると考える.

おわりに
 若い臨床医が研究に携わるきかっけになればと思い,臨床医が研究に携わるメリットについてお伝えした.もちろん,研究を始めた後に,続けることができるかどうかは,研究に興味をもてるかどうかが重要であって,上述した内容はそれと比べればささいな問題かもしれない.しかし,研究の面白みは研究を始めてみるまでは知ることができないのである.
 著者の所属する藤田保健衛生大学精神神経科学講座は入局するとほぼ全員が大学院に進み,専門家から指導を受けて研究に携わる機会を得る.そして医学研究に取り組んでみて,興味をもち面白みを感じられるかどうかを自分自身で確かめることができる.このように,ひとまず少しの期間だけでも医学研究に身をおいてみるのもよいのではないだろうか.幸いにも研究に興味がもてれば,自分にとって1つやりがいのあることが増えるということになるのだから,取り組んでみる価値があるのではないだろうか.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 木田直也, 大鶴 卓, 村上 優: Clozapine投与中に生じた6例の無顆粒球症, 10例の白血球減少症・好中球減少症-clozapine開始時年齢の重要性-. 臨床精神薬理, 19 (7); 1015-1025, 2016

2) Saito, T., Ikeda, M., Mushiroda, T., et al.: Pharmacogenomic study of clozapine-induced agranulocytosis/granulocytopenia in a Japanese population. Biol Psychiatry, 80 (8); 636-642, 2016
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