日本人アルツハイマー病患者1万例における抗精神病薬による死亡リスクを検討した前方視的観察研究(J-CATIA)では,抗精神病薬を新規投与された群では死亡リスクが約2.5倍上昇していたなどの成績が示された.その概略を報告するとともに,ここから実臨床へ示唆するものについて考察した.
はじめに
地域での在宅医療を中心に据えた新オレンジプランは認知症医療・介護において欧米諸国をもリードする内容を有していると思われるが,それを支える中心的存在が「初期集中支援チーム」と「診療所型認知症疾患医療センター」である.その中で,精神科医療に関しては,BPSD(behavioral and psychological symptoms of dementia)の急性増悪期に短期治療を行うといった程度にしか評価されていない.もちろん,ここに全国のかかりつけ医の奮闘やサポート医の支援を期待してのことであろうが,現実的に考えて本当にこの体制で在宅でのBPSD治療が適切に行われるであろうか? この答えを簡単に導き出すことは難しいが,少なくとも抗精神病薬治療に関しては専門的立場から適切なアプローチが必要と判断できる.特に,認知症での抗精神病薬による死亡リスクの上昇に関しては2005年に米国食品医薬品局(FDA)および厚生労働省から警告が発せられているので最も重要な課題といえる.ここでは,この死亡リスクに関してわが国で行われ,登録症例が1万例を超えた世界で類をみない前方視的大規模コホート研究J-CATIA(Japan Consortium for Antipsychotics Treatment in Alzheimer’s Disease)の結果を踏まえて,抗精神病薬治療での留意点について概説する.
I.精神科医の置かれた状況
言うまでもなく,地域の診療の中で興奮性BPSDが問題となり対応が困難になった際には,精神科医療機関にその対応がゆだねられることとなる.そこでは,もちろん非薬物療法的アプローチが優先されるし,刺激からの距離をとるための隔離や転倒リスクのために身体拘束が必要になるであろうが,現実的にはやむをえず抗精神病薬を使うこともある.つまり,興奮性BPSD治療の最後の砦が精神科医であり,全国の精神科医はこの責務を果たしているといえるが,オレンジプラン,新オレンジプランが考案される段階ではむしろ精神科医療機関への長期入院が問題視され医療費高騰につながるとの指摘もされた.ここで考慮しておく必要があるのは,行政は死亡リスクと適応外使用の警告を発することにより任を果たし,製薬会社も同様の公知はするもののそれ以上のアクションをとらないことである.現に日本老年精神医学会は,厚生労働省の未承認薬・適応外薬に係る要望の公募(2009年6月18日~8月17日)においてBPSDに対する非定型抗精神病薬(リスペリドン)の有効性評価のための治験の必要性を提唱し,その審議会では製薬会社にその実施の可能性を照会したが,当該会社は臨床試験を実施しないと決定している.ここで指摘したいのは,このような製薬会社の姿勢ではない.つまり,後発品が多く発売されている段階での適応拡大の臨床試験は確かに現実的ではないからである.それよりも問題なのは,今でもこの適応外使用や死亡リスクの問題は解決していないことである,つまるところ抗精神病薬にかかわるすべての責任は投与した精神科医がすべての責務を負わざるをえない状況にあるということである.実臨床におけるもう1つの問題は,平成24年度厚生労働省研究班によるかかりつけ医の実態調査2)でも明らかになっているように,地域医療の第一線を担うかかりつけ医のもとでも抗精神病薬の使用頻度が高いことである.このようななかでは,認知症疾患医療センターや認知症を専門とする医師との連携がどうしても必要であるが,それらの数も不足しているというのが現状である.日本人認知症患者において抗精神病薬による死亡リスクは実際にどのようなものであるか不明な状況が続くなかで,精神科医は身に降りかかる危険を意識しながら地域での最後の砦となるべき役目を果たしているといえる.
II.研究体制
2012年6月に国内製薬会社が1つの非定型抗精神病薬において興奮や焦燥に対する有効性と安全性を検討する臨床試験を医薬品医療機器総合機構(PMDA)に申請した.そのヒアリングの過程でPMDAが主張したのは,わが国において抗精神病薬による死亡リスクの大規模データがない以上臨床試験は認められないということであった.そこで,その製薬会社はNPO法人老年精神医学分野治験支援機構(CSOPF)に調査研究を委託する運びとなり,CSOPFの受託研究として日本老年精神医学会,日本精神科病院協会,日本慢性期医療協会の3団体を中心に調査研究がスタートした.なお,調査研究者との連絡やデータ管理・解析はすべて受託臨床研究実施機関(CRO)としてサイトサポート社が担っており,独立性が確保されていることは言うまでもない.
III.実施要項
2012年11月から全国の357医療施設が参加し,抗精神病薬服用中のアルツハイマー病症例5,000例,非服用群5,000例をめざした前方視的観察研究がスタートした.死亡率や他の有害事象の発生率を登録時点の10週後および24週後に調査することとしたが,2013年8月調査終了時点で登録症例数は10,079例に上った.
IV.結果
結果の詳細はJ-CATIAの第一報である論文1)に記載されているため,ここではその概略を記載する.
①10,079症例中(女性69%,平均年齢81歳)抗精神病薬服用群(4,977例),非服用群(5,102例).
②登録時点での抗精神病薬服用歴:6ヵ月以上:63.7%,3~6ヵ月:15.5%,1~3ヵ月:13.3%,1ヵ月以内:7.3%.
③使用薬剤:非定型抗精神病薬ではクエチアピン,リスペリドン,オランザピン,定型抗精神病薬ではチアプリド,スルピリドが上位.
④全体解析:服用群,非服用群の24週後の死亡率は3.4%,3%で有意差はなく,補正後のオッズ比にも差はなかった.
⑤しかし,調査登録後に新たに抗精神病薬を開始した85例における成績の解析では,10週後では死亡例はなかったものの,11~24週時点には9.4%と高い死亡率を認めた.0~24週として算出すると補正後オッズ比は2.53(95%信頼区間1.04~6.14)と有意に上昇していた.
⑥死因の検討では,いかなる群でも特異的な所見はなく,服用群でのみ増加している原因もなく,主たる死因は肺炎や老衰であった.
V.J-CATIAから実臨床へ
欧米において臨床試験(治験)と後方視的大規模コホート研究(データベース研究)は多数あるが,前方視的大規模コホート研究は世界初である.この意味で臨床的価値が高い調査研究であるといえようが,実臨床における観察研究であるがゆえに研究の限界も数多くある.例えば,
①脳画像検査に基づく血管障害の除外が不十分であり,血管病変の有無の影響が検討できていない
②参加施設が350以上に及ぶため,対象者選択における施設間バイアスがありうる
③併用している身体的疾患治療のための他剤の影響が除外できていない
④BPSD自体による死亡リスク増加の要因が除外できていない
などである.
これらの限界を踏まえた上で,実臨床へのフィードバックとして何がいえるであろうか.まずは,厚生労働省の警告以来ほぼ11年を経過していることから,その後においては医療・介護レベルは向上していることは十分に理解できる.その点を考慮した上で,今回の結果を眺めてみると,そうはいえ抗精神病薬による死亡リスクについては現在も十分な配慮が必要であるということであろう.何度も見聞きしていることではあるが,非薬物的アプローチおよび抗精神病薬以外の薬物療法が優先されるべきである.
特に,すでに欧米で行われた臨床試験結果から示唆されてきたことであるが,日本人高齢アルツハイマー病患者においても,抗精神病薬の新規投与は死亡リスクを高めることが示唆されたことになり,この点はすべての医療関係者が強く認識している必要がある.
おわりに
現実の問題として精神科医は抗精神病薬を投与せざるをえない状況に遭遇するが,その際には短期間(10週間)が望ましく,減量・中止は常に考慮すべきであろう.
その一方で,すでに6ヵ月以上服薬している症例は比較的安全であることが示唆されたわけで,この場合には抗精神病薬服用継続の適否はリスクベネフィットの観点から判断すべきであるといえよう.
利益相反
〔奨学寄附金〕アステラス,イーライリリー,大塚,大日本住友,吉富,エーザイ,第一三共,MSD,塩野義,ファイザー,ノバルティス
〔講演に対する謝金等〕富士フィルム,アステラス,大塚,大日本住友,吉富,エーザイ,第一三共,MSD,塩野義,ファイザー,ノバルティス,小野
〔受託研究〕大塚
〔寄付金講座所属〕なし





