「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」(日本老年医学会)は,75歳以上の高齢者あるいは75歳未満でもフレイルあるいは要介護状態にある高齢者に対して,非専門医が薬物療法を行う際の安全性に主眼を置いたガイドラインである.2015年4月ガイドライン(案)が発表になると各学会からの意見をふくめパブリックコメントが多数寄せられ,特にBPSDに対するコメントが多かった.日本老年精神医学会からも,リストが「スクリーニングツール」あるいは「チェックリスト」として作成されていることを明確にすること,従来のガイドラインとの整合性に配慮すること,重度のBPSDの対処方法や指針について検討することなどの指摘があった.これらの指摘を踏まえてリストの名称は「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」に変更され,またサマリーや解説の内容についても見直し作業が行われた.今回のパブリックコメントでは,かかりつけ医をはじめ精神科医以外の医師から抗精神病薬に関する多くの意見が寄せられた.本来重度のBPSDは,かかりつけ医と精神科医の連携のもと,精神科医が抗精神病薬を適切に使用すべきであるが,かかりつけ医もBPSDの重症例を治療している現状が示され,今後の課題が明らかになったともいえる.
はじめに
高齢者は,薬物療法の有害事象が現れやすいため,薬物療法に際して安全性への配慮が最も重要である.認知症の行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)に対しても,まず非薬物的対応を行い,その効果を検討したうえで,補助的に対症的薬物療法が行われる.その際効果と安全性から優先順位を検討し薬剤が選択される.2015年12月に出版された「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」(日本老年医学会)1)は,従来の治療ガイドラインとは異なり,安全性に主眼を置いたガイドラインである.
I.「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」の特徴
本ガイドラインは,75歳以上,あるいは75歳以下でもフレイルや要介護状態にある高齢者に対して,非専門医が薬物療法を行う際に,薬剤有害事象をできるだけ回避することを目的としている.作成メンバーは分担研究者16名,研究協力者5名,各学会からの査読者20名などからなる.2005年に「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」が出版されており,10年ぶりの全面改訂となった.今回の主な改訂点は,データベースからエビデンスの収集を行い,系統的レビューを行ったこと,クリニカルクエッション(CQ)を作成しそれぞれのエビデンスの質・推奨度をGRADEに準じた方法で評価したこと,在宅医療,介護施設の医療,薬剤師の役割などの項を新たに設けたこと,「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」と,「開始を考慮すべき薬物のリスト」を作成したことなどである.「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」は,薬物有害事象の回避や服薬数の減少に伴うアドヒアランスの改善に役立ち,「開始を考慮すべき薬物のリスト」は過小医療のために患者が不利益を受けることを回避する意味をもつ.
II.パブリックコメントを通してみえてくること
2015年4月ガイドライン(案)が発表になると,患者・家族,メディカルスタッフ,医師,学会からパブリックコメントが多数寄せられた.なかでも領域別ではBPSDに対するパブリックコメントが多かった.家族・一般からは全分野37件のパブリックコメントが寄せられ,そのうちBPSDについては26件を占めた.81名の医師および,日本老年精神医学会,日本神経学会,日本うつ病学会,日本認知症学会,日本神経治療学会,日本睡眠学会,日本神経精神薬理学会・日本臨床精神神経薬理学会合同の8学会から計96件のパブリックコメントが寄せられ,そのうちBPSDに対しては58件を占めた.医師は精神科医,非精神科医がほぼ半々であった.すなわちBPSD治療に対する関心の高さや,精神科以外の医師がBPSD診療に多数携わっている現状が示唆された.コメントのなかで多かったのが,当初本ガイドラインで用いられていた名称である「STOPPリスト」に関するものである.このリストの提示によりリストに挙げられた薬剤が禁止薬と誤解され,必要な患者に医師が処方しなくなったり患者や家族が自己中断したりする懸念が多く寄せられた.「認知症のBPSDに対して用いられている抗精神病薬の使用を制限された点は適切である」という意見がある一方で,「抗精神病薬の少量・適正使用は認知症治療において必ず必要であり制限に反対」とする意見も40件を数えた.日本老年精神医学会からも,抗精神病薬についてはリスクを踏まえて,やむを得ず必要な際には短期間・少量投与が原則であるため,ストップ(中止)の誤解を避けるリストの表現が望ましいこと,リストが少なくとも「スクリーニングツール」あるいは「チェックリスト」として作成されていることを明確にすべきであること,「認知症疾患治療ガイドライン2010(コンパクト版2012)」(日本神経学会)2),「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン」(厚生労働省)3),「医薬品の適応外使用に係る保険診療上の取り扱い」(社会保険診療報酬支払基金)4)との整合性について配慮すること,重度のBPSDの対処方法や指針について検討することなどの指摘があった.また個別の薬剤については,抑肝散やチアプリドに対する評価や記載についての指摘を受けた.これらの指摘を踏まえてリストの名称は「特に慎重な投与を要する薬物のリスト」に変更され,またサマリーや解説の内容について見直し作業が行われた.
BPSDに対する向精神薬使用に関する意見の過半数は非精神科医からである.そのうちの多くはクリニック開業医であり,かかりつけ医が多く含まれると推察される.前述した「かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン」(厚生労働省)3)や「認知症疾患治療ガイドライン2010(コンパクト版2012)」(日本神経学会)2)もかかりつけ医を対象としたガイドラインであり,このなかで,抗精神病薬は治療選択肢であることが示されている.本来であれば,緊急を要する重度のBPSDに対しては,地域でかかりつけ医と精神科医が連携し,抗精神病薬は精神科医が適切に使用すべきと考えるが,今回のパブリックコメントの結果をみると,かかりつけ医がこれらのガイドラインを参考にしながら,BPSDの重症例を治療している現状を示している.すみやかに精神科医との連携がとれず緊急の対処をせざるを得ない場合など,かかりつけ医がBPSDに対して抗精神病薬を処方せざるを得ない場合があることは事実である.しかしながら,かかりつけ医は抗精神病薬の使用経験が少なく,安全性に対する配慮が必ずしも十分とはいえない可能性がある.このような非専門医に対して,薬物療法の安全性に対する配慮をより促す意味で,「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」は意義があるものといえる.
III.BPSDは誰が診るのか,診られるのか
本特集のテーマに戻って,本稿をまとめたい.BPSDが発症した場合,まずは誘因となっている身体疾患や薬物などの有無を検索し,その対応が求められる.不適切な環境やケアが誘因となっている場合,それらに対するアドバイスが必要である.これらの非薬物的対応については,かかりつけ医で十分可能である.また抗認知症薬であるメマンチンはBPSDに対する効果も報告されており5),中等度以上のアルツハイマー病に対して認知機能のみならずBPSDに対する効果を観察することは有用である.また抗精神病薬投与の前に,漢方薬などの代替治療薬を検討することも可能であろう.しかし重症例に対しては抗精神病薬が必要な場合がある.このような重症例に対する抗精神病薬の使用の適否,薬剤の選択,使用量の決定などは原則精神科医が行うべきである.場合によっては入院治療についての判断も求められる.
おわりに
今回のガイドラインのパブリックコメントはBPSD治療の現状の一面を映し出したといえる.今後かかりつけ医と精神科医のより緊密な連携が必要である.ただし精神科医側にも課題はある.もともと認知症は精神科医がもっぱら診療していたが,昨今認知症を診療しない精神科医は少なくない.またレビー小体型認知症をうつ病や妄想性障害と診断し重篤な副作用が生じるリスクも向精神薬の使用頻度が高い精神科医に少なくない.今後認知症患者数が700万人に達することが想定されている日本において,認知症を診療する機会はかかりつけ医も精神科医も多くなる.特に重度BPSDに対するコンサルタントとして精神科医の役割はますます大きくなると思われる.老年精神医学や認知症医療に対する精神科医の理解がさらに深まることが求められる.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) 日本老年医学会, 「高齢者の薬物治療の安全性に関する研究」研究班編: 高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015 メジカルビュー社, 東京, 2015
2) 日本神経学会監修, 「認知症疾患治療ガイドライン」作成合同委員会編: 認知症疾患治療ガイドライン2010 コンパクト版2012. 医学書院, 東京, 2012
3) 平成24年度厚生労働科学研究費補助金 (厚生労働科学特別研究事業)「認知症, 特にBPSDへの適切な薬物使用に関するガイドライン作成に関する研究」研究班: かかりつけ医のためのBPSDに対応する向精神薬使用ガイドライン. 2013 (http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r98520000036k0c-att/2r98520000036k1t.pdf) (参照2016-06-13)
4) 社会保険診療報酬支払基金が設置している審査情報提供委員会の「医薬品の適応外使用に係る保険診療上の取り扱い」平成23年9月第9次提供事例 (http://www.ssk.or.jp/shinsajoho/teikyojirei/files/y_jirei_H230926.pdf) (参照2015-07-01)
5) Wilco, G.K., Ballard, C.G., Cooper, J.A. , et al.: Memantine for agitation/aggression and psychosis in moderately severe to severe Alzheimer's disease: a polled analysis of 3 studies. J Clin Psychiatry, 69 (3); 341-348, 2008![]()




