2)岡山市こころの健康センター
はじめに
平成25年6月精神保健福祉法改正案が国会で採決され,翌26年4月施行された(一部は平成28年4月から).今回の改正の要点は,主に以下の4点に集約される.
①保護者制度の廃止
②退院促進に関連するいくつかの制度の新設
③大臣指針の策定
④精神医療審査会委員の属性の変更
本稿では,まず日本精神神経学会が今次の法改正にあたって公表した2つの学会見解について概説し,同時に本学会が過去に示してきた精神保健福祉法に関する提言についてもふれる.その上で改正法施行から約1年4ヵ月が経過して,次第に明らかになりつつある今次改正後の実態と課題について報告したい.
I.今次改正に対する当学会の見解
日本精神神経学会は,今次の改正にあたり,以下の2つの見解3)4)を発表した.
1.平成25年5月7日 「精神保健福祉法改正に関する見解」
国会における改正法案採択の約1ヵ月前に発表された見解である.今回の法改正において主な改正点として挙げられている4項目のうち,保護者制度の廃止,退院支援制度の強化,および精神医療審査会に関する見直しに関して,本学会としての意見を述べている.内容は,以下の3点.
1)保護者制度の廃止
保護者制度の廃止は,これまで本学会が主張してきたことであり,今回の改正でそれが実現したことは高く評価される.しかし,今回の改正は保護者制度の廃止に関して大きな課題を残した.わが国で長年にわたって続いてきた保護者制度を廃止することは,同時に強制入院に関する国の責任と公的機関の役割を明確にすることになるはずであった.強制入院の根拠はポリス・パワーまたはパレンス・パトリエのいずれかに求められるが,そのいずれにしても,強制力を発動する主体は国家もしくは公権力でしかありえない.しかし今回の法改正は,明治33年の精神病者監護法の伝統を引きずり,家族の同意によって強制力の発動が有効であるかのような曖昧さをもつこれまでの精神保健福祉法の問題点をそのまま引き継ぐことになってしまった.保護者制度を廃止したにもかかわらず家族等の同意を残すことになった今回の法改正は,強制入院における国家や公権力の責任を明確にすることを回避したというきわめて重大な問題をはらんでいる.さらに,現実的な運用としても家族間の葛藤が現場の精神科医療の中に持ち込まれ,医療現場が大きく混乱するのではないかという危惧など,多くの課題を残したものとなった.次回改正に向けて,この「家族等同意」を廃止し,あらためて強制入院についての国の責任と公的機関の役割を明確化することが必要である.
2)退院支援制度の強化
今回の精神保健福祉法改正では医療保護入院の整備等に関する事項として,精神科病院の管理者に,
①医療保護入院者の退院後の生活環境に関する相談および指導を行う者(退院後生活環境相談員)の設置
②地域援助事業者との連携
③退院促進のための体制整備
の3点を求めている.
いずれも,入院中心の精神科医療を変えるための施策として重要なものであるが,実効性をもたせるための経済的な裏付けが必須である.退院後生活環境相談員を必置としたことは評価できるが,一方で病院外の事業所と連携して退院を促進することは努力規定となったため,それを保障する診療報酬などの手当てが必要となる.また,退院促進のための体制整備として退院支援委員会の設置が義務化されたが,これに関しても診療報酬などによる裏付けにより,実効性のある委員会とする必要がある.
3)精神医療審査会に関する見直し
今回の改正にあたって,精神医療審査会の機能強化については,審査会委員に関して精神保健福祉士(「精神障害者の保健又は福祉に関し学識経験を有する者」という文言)を規定することにとどまった.精神医療審査会の機能強化に関して必要なことは多いが,まず精神医療審査会が本当の意味での「第三者機関」となることが求められている.わが国の精神医療審査会が,1991年の国際人権B規約第9条第4項にいう「裁判所(courts)」として認められるに値する存在となるためには,現在のような不十分な体制は許されない.まず,現在都道府県・政令指定都市の精神保健福祉センターが担っている事務局機能を移行し,完全に第三者機関として独立させ,さらに合議体構成などに関して,以下のような点を検討していかなくてはならない.
①精神医療審査会の委員に1名以上の常勤の委員を置く.
②1合議体あたり,医療委員は1名以上とする.
③退院請求などの意見聴取に関して,聴取にあたる委員は医療委員,法律家委員,有識者委員のいずれでもよいとする.
④合議体の委員長は,通常は法律家委員が務める.
以上のように,事務局体制や審査会委員に関しても,思い切った強化策を打ち出す必要があり,入院患者の権利擁護を実効性のあるものとするためには十分な予算措置を講じていく必要がある.
2.平成26年7月19日 「改正された精神保健福祉法についての学会見解―特に41条に定める「大臣告示」に関して―」
平成25年5月の学会見解の段階では,改正法第41条に定められた「指針」については,その内容が明らかでなかったためにふれなかったが,平成26年3月7日に厚生労働大臣告示(以下,大臣告示)が公表されたことを受けて,第41条に関する本学会の見解をあらためて表明したものである.
大臣告示には,以下の4項目が定められている.
①精神病床の機能分化に関する事項
②精神障害者の居宅等における保健医療サービスおよび福祉サービスの提供に関する事項
③精神障害者に対する医療の提供にあたっての医療従事者と保健・福祉従事者との連携に関する事項
④その他良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供の確保に関する重要事項
この4項目の中には,精神科医療・保健・福祉にとってきわめて重要な課題が網羅的に取り上げられている.これまで精神障害は特殊なものとして他の障害と異なる法律や施策のもとで扱われてきたが,近年になって精神障害についても障害者基本法や障害者総合支援法の対象とされ精神保健福祉法によらず他のすべての障害者と同じ制度によるサービスが受けられるようになりつつある.「指針」が求めている「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の確保」が,精神疾患や精神障害を特殊な領域としてきたこれまでの施策を転換する一歩となることが望まれる.特に「指針」では精神病床の職員配置などについても言及しているが,これが医療法施行規則のいわゆる「精神科特例」の撤廃にまでつながることが求められている.
さらに「指針」では,遅れている長期入院精神障害者の地域移行や地域における医療,生活支援のあり方にまで言及するなど,さまざまな政策課題が網羅されている.これらにより,短期入院を可能にする質の高い病床機能が実現し,さらに,地域の中で居住や生活を支援する体制が充実して,さまざまな病態に対して「良質で適切な精神医療」が確保されることが望まれる.そして,精神障害者の多くが住み慣れた地域で手厚いサービスを受けながら生活できる社会の実現をめざしたい.
一方で,法第41条の「大臣指針」には懸念もある.近年ようやく精神疾患についても医療法に基づく医療計画に盛り込まれるようになり,一般医療と同じ土俵で医療提供体制が検討されるようになった.本来あるべきこうした方向性をさらに進展させようとするとき,今般あえて精神保健福祉法の中で精神保健・医療・福祉全般にわたる「指針」を定めることの有効性,また医療法,地域保健法,障害者総合支援法など諸法との関係の妥当性といった点について,懐疑的な意見もある.
以上のように,平成26年7月の法第41条の「大臣告示」に関する学会見解は,この条文の存在に対する期待と懐疑の双方が盛り込まれたものとなった.これは本学会の精神保健福祉法特別委員会および理事会での議論の中で両方の意見があり,それがそのまま反映されたものといえる.
II.精神保健福祉法に対する当学会のこれまでの見解
当学会は,これまでも精神保健福祉法に関し,数度にわたって見解,意見を表明してきた.前回は平成16年11月,当学会は翌年に予定されていた精神保健福祉法の改正に向けて学会としての見解を明らかにしている2).このときの見解においては,まず総論として「法体系の見直し」「当事者の視点を反映した精神保健医療福祉施策への転換」「国民の義務の明確化と差別禁止法の制定」「改正された障害者基本法との整合性の確保」「適正な精神科医療の確保」「精神障害者の自立支援のための社会基盤整備」の6項目を提示し,その上で各論として,「法の目的の見直し」「精神障害者の定義の見直し」「理念条項の新設」「精神医療審査会の機能強化」「指定医の役割と指定条件の見直し」「保護者規定の見直し」「医療保護入院の見直し」「任意入院の適正化」「精神病院における人権尊重,情報公開,処遇適正化等の推進」「地方精神保健福祉審議会の見直し」「精神障害者保健福祉手帳の判定の適正化」「地域における精神障害者の自立と社会参加の支援の強化」「不適切な用語の見直し」「関連法・制度等の見直し」などの広範な領域における具体的な提言を行っており,各論の中でも精神保健福祉法の条文の見直しにとどまらず,医療法におけるいわゆる精神科特例の廃止,医療法施行規則第10条における精神病者差別規定の撤廃,そして障害者に対する差別禁止法の制定などを強く求めている.
平成16年の学会見解における提言の中でも,保護者制度の見直しは今次の改正において不十分ではあるが実現し,またこの間に障害者差別解消推進法の制定など障害者権利条約の批准に向けて障害者制度の進んだ領域もある.本学会としては,積み残しになっているさまざまな課題の中でも,まず当面の最大の課題として医療保護入院における家族等同意の廃止を求めたいと考えている.そして長期的には,精神科医療が一般医療に包摂され,精神障害者福祉が障害者福祉全体に包摂されていくことで,精神保健福祉法が精神科医療における非自発的入院を規定する法律に限定したものとなることを求めていきたい.
おわりに―次回改正に向けて―
平成26年4月の改正法施行以来,現在約1年4ヵ月が経過したところである.改正後の実態についてはいくつかの報告がすでになされているが1),改正後の問題点として現時点でしばしば取り上げられているのは,市町村長同意の問題である.これまで医療保護入院における市町村長同意については,その形骸化が指摘されることが多く,当学会の精神医療・保健福祉システム委員会がまとめた調査報告でも,そのような結果が示されていた5).しかし,今次改正後に問題とされているのは市町村長同意の形骸化ではなく,市町村長同意が発動しにくくなったことによる,医療保護入院開始の困難さである.これは今回の法改正によって起こった事態ではなく,法改正に伴って厚生労働省が発出した通知により,「『家族等』が存在しており,誰も入院に同意しない場合(反対の意思を表明するのではなく,何の意思も表明しない場合)は,市町村長同意を行うことはできない」といった原則が明確化されたため,それまでに比べて市町村長同意による入院を行うことが厳しく扱われることになったことによる変化である.今次の法改正による直接の変化ではないにもかかわらず,現場では現在最も大きな問題となっている.
これまでも当学会は,精神保健福祉法の抜本的な見直しを求めてきた.今回の改正精神保健福祉法には,施行後3年をめどとして,必要に応じて検討,見直しを行う旨が書き込まれているため,本学会精神保健福祉法特別委員会において次回改正に向けての包括的な学会見解を現在取りまとめつつある.本稿で述べた多くの課題や,本稿ではふれられなかった代弁者制度の問題,措置入院制度の見直し,任意入院の適正化,病棟転換型居住系施設の問題など,数多くの課題について十分な議論を重ねたものを示したいと考えている.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) 日本精神科病院協会: 「精神保健法改正後の医療保護入院の実態に関する全国調査」報告書. p.13-20, 2015
2) 日本精神神経学会: 精神保健福祉法改正に関する見解. 2004 (https://www.jspn.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=65) (参照2015-11-18)
3) 日本精神神経学会: 精神保健福祉法改正に関する見解. 2013 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/20130507_new.pdf) (参照2015-11-18)
4) 日本精神神経学会: 改正された精神保健福祉法についての学会見解―特に41条に定める「大臣告示」に関して―. 2014 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/activity/20140719.pdf) (参照2015-11-18)
5) 日本精神神経学会精神医療・保健福祉システム委員会: 医療保護入院制度および保護者制度に関する全国調査―市町村長同意制度を中心に―. 精神経誌, 115; 207-230, 2013