精神科医療における身体合併症,とりわけ救急側面におけるそれは,需要の高まりとは裏腹に多くの問題を抱えているとされている.気分障害患者などの自殺未遂による外傷,高齢精神疾患患者の肺炎・骨折などの合併症の発症が増え続けている現状の中,行政施策においても,一般医のうつ病対応能力の向上,精神病床における合併症病棟の創設など,精神・身体双方からアプローチがなされているが,医療資源の配置,アクセスの問題といったハード面に加え,救急医療と精神科医療のコミュニケーションロスや相互の不安,精神科医療界と一般医療界の距離感もあり,いまなおタイムリーかつ機能的な連携が行われているとはいえないだろう.
藤田保健衛生大学病院は救命救急センターと精神病床を有し,近隣地域から年間100例を超える精神身体合併症救急入院をかねてより実践していた.精神科医師などとの協働のもと,切れ目ない医療が実践されている.この実績を踏まえ,平成23年度から愛知県の地域医療再生計画において,精神科身体合併救急事業を委託され,さらなる対応力向上に向けた施設整備を行っている.しかし,人口700万人を超える愛知県全県の合併症救急を受け入れることは不可能であり,また身近な地域での医療連携とはいえない.
このような中,平成25年度から始まる医療計画策定の議論の中で,精神科救急問題を取り扱う際,合併症の問題は1つの柱として取り上げられ,県内の救命救急センターなどを圏域とした,救急医療・精神科病院・一般科との連携について議論された.医療計画を推進すべく具体的な施策として,平成25年度から,救命救急センターと精神科病院との具体的かつ効果的な連携のためのモデル的なペアを作り,診療支援のシステムを構築し,それを運用していく仕組みを整えることとなった.地域の実情に合った精神科医療と一般医療の連携が推進されることを願ってやまない.
はじめに
平成18年の医療法改正から始まった医療計画において連携が取り上げられ,がん・糖尿病・急性心筋梗塞・脳卒中などのいわゆる4疾病において,地域において切れ目ない医療を提供するために,病期や重症度に応じた医療施設間の連携構築が推進されている.平成25年からの新しい医療計画では,精神疾患がこの4疾病に加えて「国民の健康の保持を図るために特に広範かつ継続的な医療の提供が必要と認められる疾病」に位置づけられた.精神疾患においても地域において切れ目ない医療を提供するための連携が求められるようになった.
さて,精神疾患の連携においても様々なものがあるが,身体合併症における一般医療との連携は大きな柱の1つである.近年,気分障害患者などの自殺未遂による外傷,高齢精神疾患患者の肺炎・骨折などの合併症の発症など,その需要は増大しており今後も見過ごせない問題であろう.しかし,この連携を考える際,わが国の精神科医療がもつ特性を土台に考えないといけない.医療法において精神疾患患者は精神病床に入院しており,一般病床と明確に区分されている.さらに,精神病床の多くは精神科病院に存在している.平成23年の医療施設調査によると,精神病床344,047床のうち256,146床が精神科病院(精神病床のみを有する病院)に存在する1).さらに別の調査2)によると,いわゆる総合病院における精神病床は過去10年以上にわたって減少し続け,約2万床といわれている.また,患者のいる場所が別であることは,すなわち医療従事者も離れて存在することになる.精神病床で受ける医療と一般病床で受ける医療が離れており,すぐに連絡がとれる関係が築きにくくなっていると思われる.次に,平成16年から医師臨床研修制度に基づき,多くの初期研修医が精神疾患患者の診療を経験することとなったが,それ以前は,精神科医師は一般医療を,一般身体科医師は精神科医療を経験することが少ないため,互いの離れた医療を知る機会が少なく,連携・連絡の際のコミュニケーションの問題を生んでいると考えている.
行政施策においても,一般医のうつ病対応能力の向上のための研修,精神病床における身体合併症対応病棟の創設など,精神・身体双方からアプローチがなされているが,先述した医療資源の配置,アクセスの問題といったハード面に加え,救急医療と精神科医療のコミュニケーションロスや相互の不安,精神科医療界と一般医療界の距離感もあり,いまなおタイムリーかつ機能的な連携が行われているとはいえないだろう.このような背景の中,愛知県において平成22~25年の医療計画策定までに進められてきた施策を,筆者が携わってきたものについて概観することで,身体合併症における医療連携の現状と課題,さらには展望について述べたい.
I.愛知県における救急身体合併症施策の動き
愛知県では,平成22~24年にかけて,領域ごとに特徴ある医療機能を持つ中核的な病院の整備を行ってきた.たとえば,認知症疾患医療センターの指定,応急入院指定病院の選定,そして身体合併症対応病院の選定と整備であった.精神科救急においては,従前から県内を3ブロックに分け,休日・夜間における各病院でのかかりつけ患者以外の精神科救急対応を,毎日各ブロック1病院が担い,そこで対応困難なものについては県立の精神科病院で対応する仕組みをもっていた.しかし,身体合併症を伴う精神科救急に関する明確な方針はなく,実態として身近な地域における2次・3次の救急病院が対応していると想定された.自院に精神科がありかつ救急部門と連携がとれている場合などを除き,これら患者の多くは精神科医療につながる可能性は低いことが予測された.
そのため,平成23年度から藤田保健衛生大学病院が愛知県から事業委託を受け日常的に救急要請を受けている身近な地域を対象に,精神疾患を伴う身体合併症患者の救急医療を担うことになった.
藤田保健衛生大学病院は,1,400床あまりの一般病床,救命救急センター,30床の精神病床をもついわゆる総合病院で,県西部に位置し名古屋市に隣接している.従来から,近隣地域から年間100例を超える精神身体合併症救急入院を実践しており,救命救急センターの全面的な協力のもと,精神科医師・精神保健福祉士(PSW)などと協働し,切れ目ない医療が実践されていた.図1は県内での精神科救急合併症対応における模式図であるが,当事業は図中の「現状」に相当する.当事業による平成24年度(平成24年4月~25年3月)の診療実績は図2のように,精神疾患を伴うER受診患者が886名おり,うち165名が入院している.また,対象の約6割は自殺関連行動によるものであり,約7割は同院の身近な地域からの患者だった.
II.医療計画での救急身体合併症施策の策定と推進事業の展開
愛知県では当初,精神病床をもついわゆる総合病院を対象に図1のB案を想定して救急身体合併症対応施設を整備する方針が提案された.しかし,想定されていた病院の医療従事者不足などの問題もあり,対象となる施設選定は難航した.また,先の藤田保健衛生大学病院が委託された事業実績から,全県の対象患者を受け入れることは到底困難なことがわかり,アクセス面の問題からも図1のA案は救急身体合併症領域においては現実的でないことがわかってきた.そのため,行政の医療担当部局も加わり,図1のC案が考えられることとなった.
背景として,実態として精神科救急身体合併症患者は,身近な地域における2次・3次の救急病院が対応していること,また数ヵ所の拠点病院が整備されたとしても,医療のフリーアクセスの原則やその後の医療へのつながりを考慮したとき,その圏域は広く現実的でないことが挙げられた.また,県内のいくつかの救急対応医療機関においては,日常的に当該施設内あるいは近隣の精神科と連携がとれている現状があった.これを受けて,平成25年3月に公示された「愛知県地域保健医療計画」で,精神保健医療対策の中に身体合併症が書き込まれ,今後の方策として「救命救急センター(又は第2次救急医療機関)と精神科病院との連携により,精神・身体合併症患者に対応できるシステムの構築に努めていきます」と記載されるに至った.
引き続き,この医療計画の実行に向けての具体的な施策について検討を重ね,平成25年度から「救命救急センター(又は第2次救急医療機関)と精神科病院との連携」の現状把握と推進の枠組みを構築するため,「愛知県精神・身体合併症連携推進事業」が始まった.行政主導で県内5つの救命救急センターあるいは2次救急病院(救急側)と,その近隣にある精神科病院(精神側)でペアを形成し,救急側に搬送された精神疾患の対応が必要な患者について,精神側へのスムーズな連携を図るための方策を講じ,同時に実態を把握しようというものである.筆者は研究事業として本事業を技術的な側面から担当することになり,その内容を図3に示した.救急側・精神側ともに入院を要する2次医療が必要な状態にある患者が,どこで医療を受けたほうがよいかについて,連携関係をもつことにより,具体的なやりとりを通して双方が互いの事情・診方・常識を知り,境界の合意を図ろうとするものである.また,患者紹介ツールとしてクリティカルパスの利用を検討している.しかしその際,本事業において一律なガイドラインなどで,たとえば「意識が清明になり点滴が外れたら,即精神側に入院させる」ような対応は現実に即さないと考えている.患者サイドでは入院合意の問題,救急側では精神状態査定が問題行動に偏っていないかなどの問題,精神側でできる処置などの病院ごとの差異の問題など,様々な個別の問題があると考えられる.まずは,これら諸状況を相互に「知る」ことから医療連携が始まるのではないかと考えており,県の枠組みで,各病院間での「知る」ための場を作り,研究の側面から「知る」ことを推進し,実態を把握することで,連携の具体的なあり方について検討していきたいと考えている.
おわりに
平成25年から始まった医療計画は5か年計画であり,基本方針において目標達成に向けたPDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルの推進が求められている.本年度から始まった「愛知県精神・身体合併症連携推進事業」は,藤田保健衛生大学が委託された「精神科身体合併救急事業」の結果を受け,今後の医療計画の推進に向けて計画されたものであると考えている.今後,精神側・救急側双方の実態把握と,連携の構築を通じて,また新たな課題がみえてくるかもしれない.そのようなPDCAサイクルを通じて,時代の変化に対応した精神科医療の医療連携の構築が推進されることを願ってやまない.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
謝 辞 本稿における愛知県精神・身体合併症連携推進事業は,愛知県の枠組みのもと,厚生労働科学研究費「精神疾患の医療計画と効果的な医療連携体制構築の推進に関する研究」の支援を受けた.