向精神薬を含む各専門領域の治療薬によって様々な循環器系の副作用が起こりうることが知られているが,ここでは頻度が高く致死的になりうる合併症として心筋炎・心筋症,QT延長症候群に焦点をあてる.心筋炎は心筋を主座とする炎症性疾患であり,しばしば心膜まで炎症が及び,その場合は心膜心筋炎と呼ばれる.ウイルスをはじめとして様々な原因で起こりうるが薬剤もしばしば心筋炎の原因となる.その結果心機能が低下すると呼吸困難などの急性心不全症状を呈し,最重症の劇症型心筋炎ではショックに至ることもある.薬剤性心筋炎の治療としては原因として疑われる薬剤の中止が原則であるが,心機能低下例に対しては強心薬静脈内投与,さらに重症の場合は上記に加えて補助循環が一時的に必要となることもある.薬剤誘発性の心筋症については主に拡張型心筋症の病態,つまり左室の拡張と収縮機能の低下が前面に立つ.血液系腫瘍にたいして用いられるアントラサイクリン系薬剤がとくに薬剤性心筋症を引き起こすことがよく知られているが向精神薬でも報告がある.次にQT延長症候群も様々な薬剤によって誘発されることが知られている.QT延長症候群は心電図上のQT時間が延長するみならず,その結果誘発される心室性不整脈,とくにTorsade de pointes型の心室頻拍が時に致死的となることが問題である.これらの重篤な循環器系合併症を起こす可能性のある薬剤を投与する際には,開始前および開始後も定期的に心電図検査を施行し,心症状の問診を行い,心電図異常が新たに出現した場合には速やかに循環器医にコンサルトをし,さらなる循環器系の評価を行うことが望まれる.
はじめに
各分野の治療薬によって様々な循環器系の副作用が薬剤によって引き起こされることは知られている(表1).たとえばアントラサイクリン系薬剤による心筋障害,向精神薬,抗アレルギー薬によるQT延長などが有名で,とりわけ向精神薬,抗精神病薬については多彩な循環器系副作用が報告されている.最近では統合失調症に用いられるクロザピンが心筋症や心臓突然死の原因となることがオーストラリア,ニュージーランドを中心に報告され注目されている.
ここでは,薬剤によって起こりうる主な循環器系副作用の中でも,致死性イベントに結びつきうる心筋炎・心筋症とQT延長症候群に焦点をあてて解説し,さらに副作用モニタリングについて提案を行う.
I.薬剤誘発性心筋炎
心筋炎は心筋を主座とした炎症性疾患であり,心膜まで炎症が及ぶと心膜心筋炎と呼ばれる2).心筋炎には様々な原因があり(表2),主要な原因はウイルスであるが様々な疾患の治療に用いられる薬剤も心筋炎の原因となりうる(表3).
心筋炎の症状は,まずは胸痛であり,心機能が低下すれば息切れなどの心不全症状を呈する.またウイルス性であれば感冒様症状が先行することもある.胸痛は合併する心膜炎によるもので心筋梗塞のような絞扼感というよりは,鋭い痛みのことが多く,体位によってその程度が変化する.一般に頻脈となり,また心膜炎に伴い心タンポナーデの状態となれば血圧(脈圧)は低下し,静脈圧上昇に伴い頸静脈怒張がみられ,心音は減弱する.最も重症な病型である劇症型心筋炎では高度の心ポンプ機能低下からショック状態に陥ることもある.心筋炎に特徴的な聴診所見はないが,高度の左心機能低下に伴う左室充満圧を反映しIII音ギャロップを聴取することもある.心膜炎を合併すれば心膜摩擦音を聴取することもある.心不全を合併すればその程度に応じて肺にはラ音(crackles)を聴取する.胸部X線写真では肺うっ血像(肺血管影の増強),肺水腫像(肺門中心のいわゆるbutterfly shadow)を呈する.心陰影の拡大は明らかでないことも多い.胸膜炎を合併すれば胸水を認めることもある.心電図所見では冠動脈支配と一致しない比較的広範囲のST上昇を認める.病期に応じて陰性T波もみられる.心膜炎を合併する場合はII誘導などのPR低下を認める.房室伝導障害を伴うこともある.
血液検査所見ではCRP陽性,白血球増多などの炎症所見がみられるがウイルス性,薬剤性では白血球増多を伴わないことも多い.心筋逸脱酵素(トロポニン,CPK,AST,ALT,LDH)の上昇を認め,心電図所見とともに心筋梗塞との鑑別が問題となる.心エコーでは心筋障害の程度に応じて左室収縮機能の低下を認める.左室壁は浮腫に伴い一時的に肥厚する.心膜炎を伴えば心膜液貯留を認める.MRIも心筋炎の診断に有用でガドリニウム(Gd)造影CMRにより,シネモードに加えてT1早期の強調画像や遅延造影において信号強度の増強(late gadrinium enhancement:LGE)像が認められ,さらにT2強調画像など炎症部位に一致した所見(主に炎症性浮腫像)が心筋炎診断に有用である.心筋梗塞との鑑別のため冠動脈造影により有意狭窄のないことを証明する必要に迫られる場合もあるが,最近ではMDCTにより冠動脈狭窄の非侵襲的な評価が可能となった.急性期の心筋生検は確定診断のために必要であり,間質への細胞浸潤,間質の浮腫,心筋細胞の断裂,融解,消失などの所見が得られる.また特殊なタイプの心筋炎(たとえば好酸球性心筋炎)ではステロイド治療適応を判断するためにも生検は必要である.
治療としては薬剤性が疑われる場合にはその薬剤の中止が原則である.一般療法としては心機能のサポートが中心となる.収縮障害が著明な場合にはカテコールアミンなどの強心薬,さらに左室機能障害が高度の場合にはIABP,やPCPSなどの機械的補助循環も必要となる.ステロイドが有効な場合もある.
薬剤誘発性心筋炎の原因となる薬剤として,精神科領域で最近注目されているものにクロザピンがある.1999年にKilianら4)が15例の心筋炎と8例の心筋症をLancetに報告して以来,オーストラリアを中心として症例が蓄積されている.ただし,ノバルティス社による米国,カナダ,イギリスも加えた4ヵ国,36万人の集計では心筋炎の発生頻度は0.13%と高くはない.またわが国での臨床試験77名の集計では心筋炎の発生はなく心膜炎1例,心膜疾患1例,心膜液貯留は4例にすぎなかった.
II.心 筋 症3)
心筋症は文字通り心筋に病変の主座がある疾患で,(1)拡張型心筋症,(2)肥大型心筋症,(3)拘束型心筋症,(4)不整脈源性右室心筋症などの病型に分けられるが,病因からみると原因不明の特発性と何か原因があって,その結果心筋が障害される特定心筋疾患に分けられる.薬剤性心筋症はこの特定心筋疾患に含まれるもので,ほとんどの場合左室の収縮低下と左室拡大を主病態とする拡張型心筋症の病型をとる.その中には薬剤の直接作用により心筋の障害が起きるものに加えて,過敏性や薬剤性心筋炎の慢性期に心機能の低下が持続するものも含まれていると考えられる.
薬剤による心筋障害が進行する場合もある.薬剤性心筋症として最も有名なものはアントラサイクリン系薬剤によるものである.アントラサイクリン系薬剤による心筋症は薬剤の総投与量と関連している.ドキソルビシンでは400 mg/m2 BSAを超えると心筋症の発症率が高まる.精神科領域で用いられる薬剤に起因する心筋症はさほど多くないが,最近注目されているのは既出のクロザピンである.
心筋炎,心筋症を起こしうる可能性のある薬剤を投与する際の循環器系モニターのアルゴリズム案を図1に示した.投与前に心電図,血液生化学などの一通りの検査は行っておき,投与後は2~4週後にまずルーチン検査を行うことが望ましい.
III.QT延長症候群
QT延長症候群(LQTS)はわが国のガイドライン1)によると,心電図にQT延長を認め,torsade de pointes(TdP)と呼ばれる特殊な心室頻拍,あるいは心室細動などの重症心室性不整脈を生じて,めまい,失神などの脳虚血症状や突然死をきたしうる症候群であると定義される.QT間隔は脈拍の影響を受けるので,一般にBazzet式により心拍数で補正したQT間隔(QTc)が用いられる〔QTc時間=実測QT時間(秒)÷√RR時間(秒)〕.またQTcには性差があり,男性では470 msec以上,女性では480 msec以上であればLQTSの可能性が高く,男性で410 msec以下,女性で430 msec以下であればLQTSは考えにくいとされている(ガイドライン).
薬剤誘発性LQTSは薬剤投与後にQT時間が過度に延長し,それに起因するtorsade de pointes(図2)が生じることで診断され,様々な分野の薬剤で起こりうる(表4).当該薬剤のみによって引き起こされるのではなく,それに危険因子(表5)が関与していることも多い.心筋炎と同様,様々な薬剤がLQTSの原因となりうる(表5).とくに向精神薬はLQTSをきたしうるものが多い.モーズレイ処方ガイドライン第10版5)では向精神薬をそのQTへの影響度によって作用なし,低度作用,中等度作用,高度作用,効果不明に分類しており,高度作用にはハロペリドール,メサドン,ピモジド,セルチンドールが含まれ,中等度作用にはクロルプロマジン,イロペリドン,メルベロン,クエチアピン,シプラシドン,ゾテピン,三環系抗うつ薬が含まれている.
1.治 療
薬剤誘発性LQTSが疑われた場合には,当該薬剤を中止することが原則であるが,同時に上記の誘発因子のうち,是正できるものは是正することも重要である.モーズレイ処方ガイドライン5)ではQTc延長の程度によって対応法を示している.それによると,(1)QTc<440 ms(男性),QTc<470 ms(女性)であれば非特異的T変化がなければ経過観察,(2)QTc>440 ms(男性),QTc>470 ms(女性)かつQTc<500 msであれば減量あるいは他剤への変更を検討,心電図検査を繰り返し施行し,循環器医への相談が推奨される,(3)QTc>500 msであれば原因薬剤の中止および他剤への変更,速やかに循環器医へ相談する,(4)非特異的T変化の出現の場合には治療を再考し,減量あるいは他剤への変更を検討,速やかに循環器医へ相談する,となっている.
QT延長からtorsade de pointesをきたした場合には循環器医による緊急対応が必要となる(表6)1).
さらにLQTSをきたしうる薬剤を投与する際の循環器系モニターのアルゴリズム(案)を図3に示した.原因薬剤の中止に加えて,心筋炎の場合と同様にQT延長をきたす可能性のある薬剤を投与する際には,投与前に心電図をとっておくことが重要である.
おわりに
向精神薬には重篤な心血管系副作用を起こす可能性があることを常に念頭におき,その可能性の高い薬剤では投与前から心電図などのモニタリングを行うことが望ましい.また心血管系副作用が疑われた場合に速やかに循環器医にコンサルトできる院内での連携の構築も重要である.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン (2005~2006年度合同研究班報告). QT延長症候群 (先天性・二次性) とBrugada症候群の診療に関するガイドライン. 班長: 大江 徹 (http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2007_ohe_h.pdf)
2) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン (2008年度合同研究班報告). 急性および慢性心筋炎の診断・治療に関するガイドライン (2009年改訂版), 班長: 和泉 徹 (http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2009_izumi_h.pdf)
3) 循環器病の診断と治療に関するガイドライン (2009~2010年度合同研究班報告). 拡張型心筋症ならびに関連する二次性心筋症の診療に関するガイドライン. 班長: 友池仁暢 (http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2011_tomoike_h.pdf)
4) Kilian, J. G., Kerr, K., Lawrence, C., et al.: Myocarditis and cardiomyopathy associated with clozapine. Lancet, 354; 1841-1845, 1999
5) Taylor, D., Paton, C., Kapur, S.: The Maudsley Prescribing Guidelines 10th ed. Informa Healthcare, London, 2009 (内田裕之, 鈴木健文, 渡邊衡一郎監訳: モーズレイ処方ガイドライン第10版. アルタ出版, 東京, 2011)













