Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第125巻第5号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 措置入院制度を見直す― 主に連携の視点から―
行政の措置入院業務の課題と職員の専門性
篠崎 安志
全国精神保健福祉相談員会
精神神経学雑誌 125: 400-405, 2023
https://doi.org/10.57369/pnj.23-056

 措置入院に関するガイドラインにより制度の運用や退院後支援の具体的な手順などが示され,各自治体での支援が継続されている.人権の制限ともなりうる措置診察の決定やその後の退院支援において,行政の課題を整理するとともに,措置入院制度の運用や退院後の地域支援体制構築の中核を担う行政職員の専門性の確保が必要となっている現状を検討した.

索引用語:行政, 精神保健福祉相談, 措置入院, 職員の専門性>

はじめに
 2017年の「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」では「精神障害にも対応した地域包括ケアシステムの構築」「多様な精神疾患等に対応できる医療連携体制の構築」「精神病床のさらなる機能分化」の実現をめざし,医療保護入院制度,精神保健指定医の指定のあり方とともに措置入院制度についても検討されている.
 これに伴い,各自治体で退院後支援などの新たな支援も開始されているが,現状の課題について検討を行いたい.

I.措置入院制度に関する国の検討状況
1.あり方検討会での検討内容2)
 措置入院制度については,(i)「措置診察の要否判断にあたっての留意点や手続きの明確化」「保健所設置自治体が主体となり,関係者が定期的に協議する場を設置することで相互理解を図ること」,(ii)措置入院中の診療内容等のガイドラインを作成すること,(iii)退院後の医療や生活に関する支援を継続するため,措置を行った都道府県が,措置入院中から退院後支援計画を作成することと,その計画は都道府県が,支援内容に関する調整会議を開催し相談やサービス利用などについて具体的な計画を定めること,(iv)病院は退院後生活環境相談員を設け都道府県に意見を伝達することとし,退院後は保健所設置自治体が計画に沿って支援を継続することなどが示されている.

2.措置入院の運用に関するガイドライン3)
 このあり方検討会報告を受け,複数のガイドラインが国から示された.
 措置入院の運用については,各自治体の制度運用や措置率に違いがあることが課題となっていたことから,事前調査から診察判断における標準が示され,体制整備の必要性や専門職による調査の必要性が示された.また,都道府県が,自治体・精神科医療・福祉関係者・障害者団体・家族会・警察・消防などと協議の場をもつことが望ましいとされ,その場において,通報から入院までの対応方針や困難事例への対応のあり方について検討を行うことが求められている3)

3.地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン
 退院後支援については,これまでも『精神保健福祉法』(以下,法)第47条に基づく支援が地域で行われてきたが,実際には支援の中断等により入退院を繰り返してしまう事例も少なくなかった.このためガイドラインでは,自治体が中心となった退院後支援の具体的な手順が整理された.具体的には,「自治体が中心となり本人の同意が得られた方に限って支援計画を作成すること」「措置入院者だけでなく,医療保護入院者等にも作成することが可能であること」「計画を作成する場合,本人・家族・地域支援者などが支援内容を協議する会議に参加するように働きかけること」「原則として,入院中に計画を作成するが,計画作成のための入院延長はしないこと」「支援期間は原則として半年であること」などが明記されている4)
 また,支援会議の参加者や開催方法については,警察の参加は原則認めないこと,入院先病院が自治体に協力して対応することとされた.さらに,退院後支援を行う帰住先保健所設置自治体の役割や計画の見直しについて,本人の同意が得られない場合は支援終了となること,計画終了後は法第47条に基づく支援へ移行することなどが明記された.
 また,精神障害者がどこの地域で生活するにあたっても,医療,福祉,介護,就労支援など,包括的に支援を受けられる体制を作ることも求められている.

II.各自治体における支援内容と課題(図1
1.措置入院に関する自治体の支援
 現在,これらのガイドラインに基づいて,各自治体における支援が開始されており,行政の業務は3つに分けて考えることができる.
 まず,措置入院以前に行われているであろう「精神保健相談」.続いて,警察からの通報を受け,法第23条に基づく措置診察の要否判断を行ったうえで,移送・措置診察を実施する「23条対応」.そして,入院中から本人の意向を確認し,家族,関係機関,医療機関と連携して退院後の支援計画を作成し支援を継続していくための「退院後支援」である.
 支援は,通報が発生した自治体によって入院中から退院後計画作成が行われ,退院後,帰住する自治体が計画に基づいて支援を実施することになる.事例によっては退院前後で対応する自治体が異なる場合があり,個人情報のやりとりを含めた連携課題がある1)

2.23条対応業務についての課題(図2
 措置通報に至る原因については問題の多様化が起きている.いわゆる軽犯罪など「司法で対応するほうがよい事例」や発達障害・知的障害・パーソナリティ障害などのグレーゾーン事例といわれる事例への対応が増加し,自治体での診察要否判断が難しくなっている.このため,措置診察の要否判断だけでなく,措置診察が行われなかった場合の支援継続についても考えながら対応しなければいけないことも多い.
 また,自傷他害がない,あるいはあいまいな事例や,症状に基づかない問題,行政の相談に引き継ぐことを目的とした連絡など,漠然とした連絡も増えている.警察には,家庭内暴力,DV,高齢者・児童・障害者虐待等の相談が多く持ち込まれていることもあるため精神科医療の要否について判断に迷うとともに,地域の相談支援をどう使えばよいかの情報もなく,やむなく行政につなぐことを目的に通報という形で連絡することが増えているのではないかと想像される.
 一方,行政は,短時間で措置診察の要否を決めていくことが求められるため,適切に判断し,適切に他の支援機関に引き継いでいくためには,医療や福祉に関する経験や専門性が必要とされる場合が増加している.ガイドラインでも精神保健福祉相談員などの専門職による対応が望ましいとされているが,現在,すべての自治体で,十分な人的資源が確保できてはいない現状がある.
 さらに,連携については,各地域で連携会議が開催されているが,制度運用に焦点があてられることが多く,措置診察に至らない事例についての検討や予防から退院後支援までを見据えた連携について検討することが難しい状況がある.

3.退院後支援の課題(図3
 退院後支援の状況について,精神保健福祉相談員会で2020年度の現状を共有したが,措置入院者に対する計画の作成割合は9~69%と自治体間の格差がみられた.これは,自治体の人員体制や事前準備の差によるものと思われるが,その状況については今後もみていく必要があると考えている.
 また,本人の同意が得られず退院後支援計画の作成に至らない事例もみられる.すべての事例に退院後支援が必要となるわけではないが,医療・福祉関係機関では継続が必要と判断しているのに入院中に本人の同意が得られず,退院後,法第47条に基づく支援を検討するも相談継続が困難となり,その結果,再入院に至る事例もみられた.
 このような場合,医療機関と連携して入院中から本人との対話を続ける,家族などへの支援を継続するなどの継続的なかかわりが必要であるが,いまだ地域での支援体制が十分とはいえない.
 医療機関との連携についても,本人等に対する退院後支援の説明内容や時期のばらつき,支援会議の調整や進行管理等で行政と病院の役割分担,医療機関ごとの温度差などの課題があり,措置入院の運用以上に自治体間での格差が多い状況がある.

4.精神保健相談の課題(図4
 近年,精神疾患に関連する社会的問題は多様化し,かかわっている支援機関も増加している.行政においても高齢者・子ども・障害者・社会的ひきこもり,生活困窮などさまざまな課題において精神保健の重要性は語られるようになってきた.また精神障害者保健福祉手帳や自立支援医療(精神通院医療)の利用者も増加する一方である.
 また,支援の現場では本人が支援を必要と感じていない事例について,どのように支援を続けていくかが試行錯誤されており,いわゆる処遇困難事例とされる場合が多い.
 このような事例は保健所が支援を行い,精神保健福祉センターがコンサルテーションを担うこととなっているが,保健所数の減少により精神保健に係る行政職員数は減っている.また,実際には身近な自治体である市町村が精神保健の支援を行う場合もあるが,法律上,努力義務になっていることなどから,地域格差が大きくなっている.

図1画像拡大
図2画像拡大
図3画像拡大
図4画像拡大

III.これらの課題について,どうすればよいのか(図5
1.精神保健福祉相談
 精神保健分野だけでなく,生活困窮,高齢,母子等,多様な相談場面で「精神保健」や「精神疾患」を意識することにより,早期対応していくことで状態の悪化を防ぐことが必要と考える.このため,身近な市町村が「精神保健支援の中核」となるよう,相談体制の充実が必要である.同時に行政が多機関と連携し保健・医療・福祉関係機関の支援体制を充実させることが重要であり,それにより,本人の同意を得たうえでの精神科医療への早期アクセスや,保健型アウトリーチの実施など,時間をかけた伴走的支援を行うことが予防的支援および退院後支援の両方に効果があると考えられる.

2.23条対応
 措置入院は,本人の行動を制限する重大な行政判断であるため,人権に配慮しつつ適切な判断を行う必要がある.また,通報された問題の解消のためには,措置診察の要否判断にとどまらず,精神科救急や緊急の福祉支援を含め,総合的なケアマネジメントを限られた時間で行うことが求められる.このため,この業務にかかわる職員の経験の蓄積や専門性の確保が必須と考える.
 また,行政・医療機関・警察などの関係機関の協議の場は継続する必要がある.その際,個人情報は共有しなくとも,措置入院にならないよう精神保健対応の時期から連携することを,現場レベルで警察と行政が作り上げていく必要もあるのではないか.

3.退院後支援
 始まったばかりの支援ではあるが,まずは地域状況を踏まえつつ平準化を図らなければならない.特に,本人同意に至らないものの支援が必要と考えられる事例については,管理的にならないよう配慮しつつ,必要性を説明し続けられる体制が必要であり,措置入院中から病院と地域が連携してさらに本人との対話を可能とする体制が必要ある.
 また,各地域で精神障害にも対応した地域包括ケアの構築に向けた具体的な検討が行われているが,このなかで,退院後支援について意識し続け,地域での連携を深めていくとともに,行政が地域移行・地域定着支援を行う事業者を増やしていくよう,自立支援協議会などで地域課題を共有していくことが求められている.
 さらに退院後支援は,本人への支援のみではなく家族や周囲への支援手法の共有も進めなければならない.これらを意識していくことが,予防から退院後支援,生活支援に至る,切れ目のない支援を提供することにつながっていくはずである.

図5画像拡大

おわりに
 行政職員については,精神疾患の予防から措置入院制度の運用,退院後支援に関して支援を行いつつ,時には人権を制約することもある制度を適切に運用するという使命がある.このため,制度に対する十分な理解と,専門職として本人の立場に立ちバランスのとれた判断を行っていくことが常に求められる.同時に,措置入院以外の福祉・保健・医療制度も見据えて支援する知識も求められるため,専門職の確保とその専門性の拡充が必要であり,そのことが関係機関を含めた切れ目のない支援を行うきっかけとなると考える.また,いかに措置入院に至らない支援を行うかを考えると,身近な市町村で現在も行われている精神保健を意識した支援を法律上にも位置づけるなど,市町村の役割の再検討が改めて必要となるのではないだろうか.

 編  注:本特集は,第117回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに浅見隆康(群馬大学健康支援総合センター)を代表として企画された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 河本次生, 波田野隼也, 佐藤裕大ほか: 23条通報の実態からみる対象者の支援課題の解決に向けて―全国受理機関調査から―. 保健師ジャーナル, 76 (4); 304-310, 2020

2) 厚生労働省: これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000152029.html) (参照2023-03-14)

3) 厚生労働省: 「措置入院の運用に関するガイドライン」について. 2018 (https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?datald=00tc3289&dataType=1&pageNo=1) (参照2023-03-14)

4) 厚生労働省: 「地方公共団体による精神障害者の退院後支援に関するガイドライン」について. 2018 (https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?datad=00tc3290&dataType=1&pageNo=1) (参照2023-03-14)

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology