妊娠・出産・子育てをめぐる精神医学は急速に変化しつつある.本論では,産後うつ病から周産期うつ病へのパラダイムシフトの意味と,それに沿った治療のあり方のポイントについて述べた.20世紀後半以降,産後うつ病の出現頻度やアウトカムに関する大規模疫学調査が行われ,産後うつ病が10~15%という高い頻度で出現することや,後発妊産婦死亡率において産科的身体疾患による死亡数よりも自殺による死亡数が多いこと,母親のうつ病が子どもに与える影響などが明らかになり,公衆衛生的問題としての対応もまた重要視されるようになった.これに並行して,産前うつ病のリスク研究や妊娠期の治療中断による否定的な結果に関する研究など,妊娠中のうつ病のはらむ危険性が徐々に明らかにされたことから,次第に妊娠中の安易な薬物療法の中断は戒められ,リスクとベネフィットを勘案する処方のあり方が強調されるようになった.これらの変化はDSM-5の気分障害の「特定用語」の中にも色濃く反映されており,世界的な動きとしても,女性のうつ病治療全般に将来的な妊娠・出産・授乳の可能性の視点まで取り入れた包括的治療マネージメントガイドラインが散見されるようになった.日本の状況に合わせ,周産期うつ病に対する治療の望ましいあり方の,「少なくともここまで」「できればここまで」そして「上をめざして」について述べた.
周産期うつ病―知識のアップデートとよりよい治療のあり方を探る―
東京女子医科大学附属女性生涯健康センター
精神神経学雑誌
117:
902-909, 2015
<索引用語:うつ病, 女性, 周産期, ガイドライン>