Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文抄録

第117巻第2号

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総説
「抑うつ状態の鑑別診断補助」としての光トポグラフィー検査―精神疾患の臨床検査を保険診療として実用化する意義―
福田 正人
群馬大学大学院医学系研究科神経精神医学
精神神経学雑誌 117: 79-93, 2015

 光トポグラフィー検査は,うつ病を対象とした「抑うつ状態の鑑別診断補助」として,2014年より保険適用拡大となった.その原理である近赤外線スペクトロスコピィ(NIRS)は,「自然な状態の被検者の大脳皮質機能を,非侵襲的で簡便に全体として,時間経過に沿って捉える検査」であり,心理現象・精神現象の脳機能の検討に適した方法論である.NIRSのこうした特徴を生かして,精神疾患における前頭葉機能の特徴を捉える研究が,日本を中心に発表されてきている.言語流暢性課題における前頭部の賦活反応性の特徴がうつ病・双極性障害・統合失調症で異なることを用いて,うつ病と臨床診断されている場合に真の診断が双極性障害や統合失調症である可能性を示唆する検査として承認されたもので,精神疾患のための臨床検査の第一歩となった.精神疾患の研究において用いられるさまざまなバイオマーカーを実用化することで当事者中心の精神科医療を推進する最初の試みとして,「鑑別診断補助」という位置づけを十分に理解した適正な普及が求められる.

索引用語:近赤外線スペクトロスコピィ(NIRS), 光トポグラフィー, うつ病, 保険適用, 脳機能画像>

はじめに―光トポグラフィー検査の精神疾患への適用―
 光トポグラフィー検査が2014年4月からうつ病について保険適用となり,いわゆる機能性精神疾患について臨床検査が診療として初めて認められた.本稿では,光トポグラフィー検査の実際と保険適用について紹介するとともに,この検査の原理とそれに基づく限界を概説し,精神疾患についての臨床検査を実用化することの意義を当事者と医療職のそれぞれについてまとめた.

I.保険診療としての光トポグラフィー検査
1.うつ病への適用拡大
 光トポグラフィー検査は,「抑うつ状態の鑑別診断補助に使用するもの」(D236-2の2)として2014年4月から保険適用になった.従来の「脳外科手術の術前検査に使用するもの」(「言語野関連病変(側頭葉腫瘍等)又は正中病変における脳外科手術に当たり言語優位半球を同定する必要がある場合」と「難治性てんかんの外科的手術に当たりてんかん焦点計測を目的に行われた場合」)からの適用拡大である.この適用拡大は,2009年に認められた先進医療「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」の5年間の実績について,先進医療会議と中央社会保険医療協議会(中医協)による検討に基づくものである.
 先進医療については,その名称から「先進的な医療」を意味するとの誤解が多いが,制度上の位置づけは治験と同じカテゴリーである.混合診療が原則的に認められていない日本の医療において,例外として保険診療との併用が認められているものを保険外療養と呼び,選定療養と評価療養に分かれる.選定療養は「被保険者の選定による」もので,差額ベッドが例である.評価療養は「将来的な保険導入のための評価を行う」もので,研究と診療の中間段階の医療に相当する.治験や先進医療はこの評価療養に含まれる.
 先進医療では,1例ごとの実績を実施施設から厚生労働省に毎年報告する.おもにその実績報告に基づいて,有効性・安全性・技術的成熟度・社会的妥当性・普及性・効率性の6項目について先進医療会議が評価を行い,保険導入についての判断を中医協に報告する.治験における薬剤の有用性の判断に相当する手続きである.その報告に基づいて中医協が最終的な判断を行うというのが,先進医療の保険導入を検討する手順である.
 なお,「光トポグラフィー」は近赤外線スペクトロスコピィ(near-infrared spectroscopy:NIRS)を原理とした検査についての保険収載名であり,「光トポグラフィ」は日立メディコ社の登録商標であるが,使用は一般公開されている.

2.対 象
 対象となるのは,「抑うつ症状を有している場合であって」「うつ病として治療を行っている患者であって,治療抵抗性であること,統合失調症・双極性障害が疑われる症状を呈すること等により,うつ病と統合失調症又は双極性障害との鑑別が必要な患者」で,「当該保険医療機関内に配置されている神経内科医又は脳神経外科医により器質的疾患が除外されている」場合である.つまり,認知症を含む脳器質疾患によるものではないことがその医療機関で確認されており,抑うつ状態を呈してうつ病と臨床診断されているが,症状や経過の特徴から双極性障害や統合失調症の可能性があると考えられる場合である.保険診療であるので,「抑うつ状態を呈してうつ病と臨床診断されている」ことは必須の要件である.
 なお,保険適用の基準には年齢の規定はないが,18歳未満の小児や若年者については経験が十分ではなく,また高齢者などで脳萎縮が明らかな場合にはデータへの影響がありうるので,いずれの場合も慎重な対応が求められる.

3.医療機器
 検査に使用できるのは,「近赤外光等により,血液中のヘモグロビンの相対的な濃度,濃度変化等を測定するものとして薬事法上の承認又は認証を得ている医療機器であって,10チャンネル以上の多チャンネルにより脳血液量変化を計測可能な機器」である.本稿執筆の時点で,この要件を満たす医療機器は日本の3社が市販している.

4.施設基準
 医療機関が検査を実施するには,以下の施設基準について地方厚生局への届出が必要である.医療施設として,「精神科又は心療内科及び神経内科又は脳神経外科を標榜する保険医療機関」であり,「神経内科又は脳神経外科において,常勤の医師が配置」され,「常勤の臨床検査技師が配置」されていること.医療内容として,「当該療養に用いる医療機器について,適切に保守管理」がなされており,「精神科電気痙攣療法(マスク又は気管内挿管による閉鎖循環式全身麻酔を行うものに限る.)を年間5例以上実施」していること.光トポグラフィー検査に関連して,「当該療法に習熟した医師の指導の下に,当該療法を5例以上実施した経験を有する常勤の精神保健指定医が2名以上勤務」しており,「国立精神・神経医療研究センターが実施している所定の研修を終了した常勤の医師が1名以上配置」され,「当該療法の実施状況を毎年地方厚生局長等に報告」していることである.

5.保険請求
 保険請求は上記の条件を満たす場合に1回に限り認められ,「当該検査が必要な理由を診療報酬明細書の摘要欄に記載する」ことが要件とされている.病状の変化があり再度の鑑別が必要な場合には,1年以上経過している場合に1回に限り再算定ができる.地域の精神科救急医療体制の確保に協力している精神保健指定医が実施した場合は400点,それ以外の場合は200点である.それに加えて,脳波検査判断料180点が算定できる.

6.検査の位置づけ
 保険収載の名称の「抑うつ状態の鑑別診断補助に使用するもの」が明示するように,この検査は『鑑別診断のための補助検査』という位置づけであり,そうした位置づけは先進医療「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」から引き継がれている.抑うつ状態の鑑別診断は従来の精神科医療と同様に進めていくが,その際に参考とする補助資料の1つとしてこの検査結果を用いることになる.「診療の基本は問診と現症と病歴で,検査の役割はその補助」であることは,この検査に限らずまた精神科医療に限らない医療の基本であるが,その点についての誤解がないようにという配慮が「鑑別診断補助」にこめられていると推測できる.

II.うつ病の光トポグラフィー検査の実際10)
1.検査装置と検査環境(10)
 検査の実施には,医療器具として薬事承認された10チャンネル以上のNIRS装置が必要である.52チャンネルのNIRS装置の場合には,光ファイバーを3×11に配置した測定用プローブを,左右対称で最下列が脳波記録国際10-20法のT3-Fz-T4のラインに一致するように設置している.T3-T4およびT3-Fzの距離を記録し,NIRSチャンネルと標準脳の対応を頭囲により補正する際に利用する.
 測定中にプローブがずれて動くことのないよう,また近赤外光の入射と検出ファイバーが皮膚に密着するように,適度の強さで固定する.脳波の電極のように記録のためのペーストは不要なので,プローブの装着は脳波より容易である.ただ,ファイバーと皮膚の間に頭髪が挟まると光が吸収されるので,その部分の髪はかき分ける.
 検査に用いる部屋は,一般的な昼光で,できるだけ防音されていることが望ましい.NIRS装置は被検者の後方になるように設置し,検査者は被検者の体動を視認でき,かつ被検者の視界に入りにくい位置に立つ.検査用の椅子は,体動によるアーティファクト混入を減らすためにヘッドレストと肘掛を備えたものとし,また検査を通して疲れや痛みが生じないようにリクライニング機構があるとよい.被検者前方のディスプレイに「+」マークを呈示して,頭部や眼球の動きをなるべく少なくする.
 頭部の動きや体動などがあると,記録にアーティファクトが混入するので,被検者に協力を依頼する.また,検査中は被検者を観察して,アーティファクトの原因となる体動の有無を確認する.アーティファクトの混入のために測定をやりなおす場合は,再測定までに10分程度は間隔をあけることが好ましい.

2.言語流暢性課題
 検査に用いる課題は,前頭葉機能検査として一般に用いられる言語流暢性課題(letter fluency)をNIRS測定用に修正したものである.この課題では,指定した頭文字で始まる言葉をなるべく数多く言うように求める.課題を自動提示できる装置もある.
 まず,「始め,あいうえお」という音声指示により,「あいうえお」の発声を30秒間繰り返す.これは,ベースラインで無意味音を反復することで,発声による脳賦活の影響を除いたデータを得るための方法である.
 次に,音声指示した頭文字で始まる言葉について口頭でなるべく多く答えることを求めることを20秒ごとに3回繰り返す.言語流暢性課題は60秒間で行うことが多いが,20秒ごとに頭文字を変更するのは精神疾患患者でも回答が途切れることを少なくするためである.回答が途切れると,発声がなくなる影響に加えて,被検者が課題の遂行を放棄したかどうかの判別が難しくなってしまう.また,頭文字を音声指示し回答を口頭で求めるのは,課題の負荷を高めるためである.20秒ごとの語数を課題成績として記録する.最後に,「止め,あいうえお」の音声指示により,「あいうえお」を70秒繰り返す.

3.データ解析のための前処理
 NIRSデータ解析のための前処理として,賦活前後のレベルが全体として変動することについての補正を行う.60秒間の言語流暢性課題の開始前-10~0秒区間の10秒間と終了後50~55秒区間の5秒間をそれぞれ前後のゼロレベルとして直線で結び,その間のデータを補正する方法を採用している(一次補正).これは,ブロック・デザインの測定において,課題により賦活した脳活動が課題終了後しばらくたつと賦活前のレベルに戻るとの仮定に対応した方法である.レーザの特性などによりNIRS信号の基線が持続的な変化を示すことがあるので,それにも対応している.
 また,移動平均法を用いてNIRSデータを平滑化する.ウインドウ幅5秒のNIRSデータを平均して,ウインドウ中央の時点におけるNIRSデータとする.アーティファクトなどに基づく高周波数成分を除去することを目的としている.

4.データの判断
 こうして得られたデータを,うつ状態の鑑別診断補助に用いる方法について,保険適用を検討した中医協での配布資料に収載されている多施設共同プロジェクトのデータと解析を例に述べる33).この多施設共同プロジェクトは,全国7施設の双極性障害・うつ病・統合失調症の患者673名と健常者1,007名を対象に,計測装置・課題・データ解析法を共通にして検討したものである.患者群のうちうつ状態を示している場合について,うつ病と双極性障害・統合失調症を判定できる基準を1施設のデータに基づいて定め,その基準に基づいて他の6施設のデータをどの程度正しく判別できるかを検討した.
 データの判別に有用であったのは,前頭部平均波形の重心値であった.個人ごとに前頭部11チャンネルの平均波形を求め,そのうち酸素化ヘモグロビン濃度([oxy-Hb])の平均波形について重心値を算出した.重心値とは,課題開始前~課題終了後の区間における[oxy-Hb]増加の時間軸上の中心位置である.この重心値が言語流暢性課題60秒区間のうちの44秒より前にあればうつ病,44秒より後ろにあれば双極性障害・統合失調症という基準に基づくと,うつ病の74.6%,双極性障害・統合失調症の85.5%のデータを正しく分類できた.
 なお,こうして得られるデータの再現性については,健常者を対象にした同一課題14),条件が一部異なる課題30)38),類似の課題20)について確認されている.また,日本語以外でも前頭部においては同様のデータが得られると報告されている4)

5.判定における前提
 この結果については,いくつか前提がある.
 第一は,対象となった患者についての前提である.対象となった患者はDSM-IVの基準に基づいて臨床診断されておりその意味で診断が確実な精神疾患についての結果である.臨床場面でしばしば問題となる,診断そのものが難しい患者は含まれていない.また,一定の年齢の範囲である程度のうつ状態にある患者を対象としたので,高齢者や症状がごく軽い方は除外した.さらに測定がうまくできなかったデータも除外したので,最終的な結果は185名(うつ病74名,双極性障害45名,統合失調症66名)について得られたものである.
 第二は,比較の仕方についての前提である.比較はうつ状態にある「うつ病」と「双極性障害または統合失調症」を中心に行い,双極性障害と統合失調症,あるいは精神疾患と健常者という比較は,付加的なものにとどめた.したがって,臨床的な意義としては,うつ病と臨床診断されている中から双極性障害や統合失調症の可能性を示唆するという役割が最も大きいことになる.
 第三は,結果に影響を与える可能性のある要因についての前提である.多くの対象者が向精神薬を服用していたので,服薬の影響を考慮する必要があるが,服薬量を考慮に入れた検討や未服薬患者にしぼった検討は付録における予備的な解析結果にとどめている.また,光トポグラフィー検査における測定の技術的問題としての光路長の個人差・部位差,および皮膚血流を代表とする脳以外の寄与の影響の検討は行わなかった.

6.視察によるデータ判定の補完
 上記した,前頭部チャンネルから得られた波形を平均してその重心値を求めるという方法は,多くのデータのさまざまな特徴を1つの数字のみで代表させるという,簡便さを優先させる方法である.脳波において複数のチャンネルを加算平均し,その平均波形をもとに棘波を同定しようとする解析にたとえられる.背景脳波を目立たなくすることで棘波を捉えやすくするという意義があるいっぽうで,チャンネルごとの棘波の出現の有無や波形の違いという情報を,失ってしまう処理になる.そもそもチャンネルごとの個別の波形の特徴を重心値という1つの数値で代表させることにも,同じ側面がある.
 したがってこの2点については,視察に基づく判断でそれを補う必要がある.重心値が平均波形の特徴を表しているか(波形が平坦であったり複数のピークが存在する場合は該当しない),平均波形は各チャンネルの波形の特徴を表しているか(チャンネルにより異なる波形パターンは該当しない)を,視察的に検討することになる.その際に注目する点は,①全体的な賦活の大きさ,②課題全体を通じた賦活のタイミング,③課題初期の賦活のスムーズさ,の3点である.疾患ごとの特徴をまとめると,うつ病では課題初期に賦活を認めるが全体の賦活が小さい,双極性障害では課題初期の賦活が遅れてピークが後ろにずれる,統合失調症では課題中の賦活が小さいのに比して課題後の賦活が大きくタイミングが不良である,となる10)11)

7.精神疾患の病態におけるNIRSデータの意味
1)精神疾患のバイオマーカーが反映する病態
 光トポグラフィー検査をはじめとする精神疾患についてのバイオマーカーは,その病態における意義という点からは概念的に,精神疾患への素因を反映する「素因指標」,精神疾患の発症や罹患を反映する「発症指標」,発症後の症状の程度を示す「状態指標」,疾患としての病状の重症度を反映する「病状指標」に分けることができる.1つのバイオマーカーが複数の指標の意義をもつことがあり,一般的には,素因指標と発症指標,状態指標と病状指標はおおむね類似の病態を反映するという仮定のもとに,それぞれtrait markerとstate markerの用語を対応させることが多い.しかし,素因指標と発症指標を不用意に同等に取り扱うことは,非発症者を発症者と混同することに結びつくおそれがあり,また状態指標と病状指標を区別しないことは,治療による改善可能性についての判断に影響する可能性があるため,いずれも注意を要する.
2)うつ病における光トポグラフィー検査データの意味
 保険適用となった光トポグラフィー検査のデータの意味をこれまでの報告に基づいてまとめると,以下のようになる.
 うつ病について臨床指標との関係を横断的に検討した結果からは,ハミルトンうつ病評価尺度得点と前頭部では相関は認めず右側頭部では負の相関を認める24),臨床症状が寛解していても前頭部の賦活低下を認める13),GAF得点との正の相関は前頭部より側頭部で強い16),負の自動思考が強い症例では右側頭部の賦活が小さい21),DSM-IVにおけるメランコリー型の特徴を伴わないうつ病と比較してメランコリー型の特徴を伴ううつ病では右側頭部の賦活が小さい36)などの報告がある.また,同一患者を縦断的に検討したところ寛解群と非寛解群のいずれでも前頭部の賦活に変化を認めなかったとする予備的な報告がある34).さらに,6論文のうつ病患者111名と健常者561名をメタ解析した報告では,前頭部における[oxy-Hb]低下の効果量(effect size)は非寛解群87名(-0.74)と寛解群24名(-0.75)とで差を認めなかった39)
 これらを総合すると,(特に右半球の)側頭部のデータはstate markerとしての側面が強く,前頭部のデータはtrait markerとしての側面が強いとまとめられる.
3)双極性障害と統合失調症における光トポグラフィー検査データの意味
 これに対して,鑑別診断の対象である双極性障害については,側頭部では軽躁状態と抑うつ状態のいずれでも健常者より賦活が小さく,前頭部では抑うつ状態では健常者より賦活が小さいが軽躁状態では差はなく,さらに同一患者の軽躁状態と非躁状態を比較すると前頭部の賦活は非躁状態で小さいとする報告がある23).この結果は,双極性障害では前頭部のデータがstate markerとしての側面をもつことを示すもので,うつ病とはその意味が異なる可能性を示唆する.
 もう1つの鑑別診断の対象である統合失調症については,加齢による変化には健常者と差を認めないが1),臨床病期の進行とともに賦活低下が進行する18),前頭部のデータがGAF得点と正の相関を示す16)32)との報告がある.これらの結果は,前頭部のデータには病状指標としての意味がある可能性を示唆しており,治療反応性やその予測の指標としての意義について考察がある19)
4)向精神薬の影響
 これまで発表された論文における被検者の多くは,向精神薬による治療中であるので,光トポグラフィー検査データへの向精神薬の影響を考慮する必要がある.論文の多くで光トポグラフィー検査データと抗うつ薬や抗精神病薬の服用量の相関を検討しているが,ほとんどで有意な関連を認めていない.また,うつ病と双極性障害・統合失調症の判別を少数の未服薬群で検討した結果は,服薬群と類似するとされている33).さらに,trazodone 25 mgとmirtazapine 15 mgを健常者に8日連続投与すると,光トポグラフィー検査データはtrazodoneで変化なくmirtazapineで有意な増加という,うつ病とは反対の方向への変化が報告されている17).これらの結果から,向精神薬が光トポグラフィー検査データへおよぼす影響は,抑うつ状態の鑑別診断補助としての利用に大きな影響を与えるほどのものではない可能性が示唆される.

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III.NIRSの原理と得られるデータの特徴
1.NIRSの原理
 Near-infrared spectroscopy(NIRS)とは,近赤外光を用いて生体のヘモグロビン濃度を計測し,それにより局所の血液量を推定し,測定部位の機能を検討する方法論である.日本語では,「近赤外(線)スペクトロスコピィ」「近赤外分光法」などとされることが多い.その原理と応用は,書籍にまとめられている9)28)
 近赤外光は生体をある程度は通過し,ヘモグロビンにより吸収されやすい特徴がある.頭部について入射ファイバーと検出ファイバーの間隔を3 cm程度とすると,検出されるのは両者を結ぶバナナ形状の領域を通過してきた散乱光なので,頭表から2~3 cmの範囲の血液量(近似的には血流量)の平均値の変化が測定できる.頭皮や頭蓋骨の血液量が一定の場合には,大脳皮質活動の変化を捉えられることになる.
 NIRSで得られるデータは,近赤外光が生体内を通過した距離(光路長)と通過部位におけるヘモグロビン濃度の積である(光路長濃度積).光路長には個人間や同一個体の部位間で25%程度までの差がありうるが,それをほぼ一定と仮定して簡便にヘモグロビン濃度と略称することが多く,酸素化ヘモグロビン濃度([oxy-Hb])と脱酸素化ヘモグロビン濃度([deoxy-Hb]),および両者を合計した総ヘモグロビン濃度([total-Hb])が測定できる.最も敏感なパラメータとして[oxy-Hb]を用いることが多い.
 ヘモグロビン濃度の変化は,その部位の脳血液量(cerebral blood volume:CBV)変化の指標であり,脳血流量(cerebral blood flow:CBF)変化の近似となる.fMRIのBOLD信号がおもに細静脈の[deoxy-Hb]を反映するとされているのに対して,NIRSのデータはおもに毛細血管のヘモグロビンを反映するとされる.

2.NIRS検査の特徴
 NIRSで得られるデータの特徴を,fMRIなどの他の脳機能画像法と比較すると,測定の対象が大脳皮質のみで深部脳構造のデータが得られない,空間分解能がおよそ2 cmで脳回程度である,データは3次元ではなく頭皮に2次元に投影した形でしか得られない,という短所がある.これらは近赤外光の散乱光を用いているという測定原理に基づく限界である.したがってNIRSは,心臓についての心電図や超音波検査のように,機能の全体的な状態を表わす指標と位置づけるのが適切である.なお,頭皮上の計測点と脳構造の対応については,簡便な推測の方法が提唱されている37)
 いっぽうNIRSの利点としては,①座位など自然な状況で検査ができるので,日常生活に近い状態の脳機能を明らかにできる,②発話や運動を行いながら検査ができるので,刺激処理(入力)だけでなく反応行動(出力)にともなう脳機能を検討しやすい,③時間分解能が高いので,脳機能の時間的な変化を捉えることができる,④光を用いて無侵襲であるので,検査を複数回繰り返すことによる変化を検討しやすい,⑤(MRIなどと比較すると)装置が小型で安価である,という点を挙げることができる.
 このように,NIRSは「自然な状態の被検者の大脳皮質機能の賦活反応性を,非侵襲的で簡便に全体として,しかも時間経過に沿って捉えることができる検査」とまとめることができ,データの厳密性や定量性についての限界を踏まえたうえでの利用や結果の解釈が望ましい.なお,NIRS測定に用いられているレーザあるいは発光ダイオードによる近赤外光は,曇天時の太陽光の1/3程度のエネルギーであり,長時間や反復しての検査でも安全性に問題はない.

3.精神疾患における意義
 心理現象や精神症状は,脳機能により担われている.その解明に用いられる脳機能画像検査法のfMRIなどは大規模な装置で,被検者はガントリーに仰臥位となり検査を受ける.したがって得られる結果には,検査室という特殊な環境,騒音やそれを防ぐ装具の着用,仰臥位という姿勢など,被検者が日常生活とは異なる状況と状態に置かれた影響が含まれると考えられる.
 日常経験から類推すると,そうした影響は視覚や聴覚などの遠感覚や注意や記憶などの認知機能については比較的少なく,体性感覚や味覚などの近感覚や情動や意欲などの情意機能については大きいと予想できる.例えば,情動には闘争/逃走の判断という動物にとっての重要な機能があり,そのため情動と姿勢は密接に関連し相互に影響を与え合う.心理現象や精神症状は情意の機能と関連が深いので,その脳機能を検討する際に自然で日常生活に近い状況と状態で検査ができれば,fMRIなどでは捉えにくい結果が得られる可能性がある.
 このようにして,自然な姿勢で検査が行える,発声や運動を行いながら検査ができるというNIRSの特徴は,被検者の苦痛が少ないというだけでなく,脳機能測定にとって本質的な意味がある.日常生活に近い自然な状況で検査を行うことのできるNIRSは,精神疾患における情意の機能や抑うつ気分・不安・幻覚などの自覚症状(体験症状)の背景をなす脳機能の検討に適している(real-world neuroimaging).このような特徴が,精神疾患の前頭葉機能の特徴を明らかとするうえで有用となったと考えられる.
 精神疾患への臨床応用についての英文原著論文は150編以上あり,気分障害・統合失調症・発達障害を対象としたものが多い.前頭葉について検討を行い,精神疾患でその機能低下を示した報告が多い5)6).NIRSの多チャンネル装置の商品化で日本の医療機器企業が先行したことを背景にして,そのうち日本からのものが約2/3を占めている.

IV.研究成果を実用化することの意義
1.当事者にとっての臨床検査の役割
 現状の精神科医療において,多くの精神疾患の診療のために臨床検査を用いることはできない.診断についても治療についても,問診で得られる症状と経過に基づいて判断を行っている.臨床検査は,脳器質性精神疾患や症状精神疾患の除外診断のために用いられているにとどまる.
 問診の内容だけを根拠に重大かもしれない病名を告げ,仕事をしばらく休むよう勧め,長期間にわたる服薬を求める,そうした診療を精神科医は日々繰り返している.当事者の立場にたってみれば,検査結果がないなかで病気を認められずに病識をもてないこと,自覚症状がなくなって服薬を止めるためにアドヒアランスが悪いことには,無理もない面がある.
 高血圧や糖尿病の患者は,みずからの血圧や血糖値を知ることで,診断に納得し,運動や食事療法や服薬に励み,その効果を実感することができる.治療を「受ける」のではなく,能動的に治療に取り組む主体としての立場を可能にする手がかりの1つが,血圧や血糖値という検査結果である.臨床検査には,当事者中心の医療を実現する基盤としての役割がある.「当事者にとっての臨床検査の役割」である.

2.症状に基づいて診断することの意味
 精神疾患は臨床症状に基づいて診断している.それは「症状が認められるようになってからの診断」を意味する.がんも虚血性心疾患も糖尿病も,臨床的な症状が認められるようになってからの診断は,望ましいものではない.臨床症状を自覚する前に,病気の初期あるいはその前段階を臨床検査で捉えるよう努め,早期に治療や予防を図ることで,治療成果と予後の改善を目指している.
 それに対して,精神疾患の現状はそもそも予防を考えることが難しい構造である.精神疾患には症状が精神機能に現れることによる独自性があることを認めたうえで,同じような取組みで精神疾患の治療成果と予後の改善を実現できないか.そうした精神疾患を特別視しない普遍的な見方を,精神科医として考えなければならない時代を迎えてきている.研究として患者群を対象に行って得られた成果を,個別の患者について診療に役立つ臨床検査として実用化する可能性を検討する試みを,脳画像について紹介した12)
 このようにして,精神疾患の医療を今後より発展させていくためには,精神疾患を診断し,重症度を測定し,治療法を選択し,治療効果を評価し,再発可能性を予測し,さらには発症予防に利用できるような臨床検査を確立することが重要な課題である.先に述べたように,この精神科医療における臨床検査の確立は,医療スタッフが診断や治療を確実に行うために有用なだけではなく,患者・家族がみずからの医療の中心となっていくためにも重要と考えられる.

V.保険診療としてのこれからの発展
1.保険診療としての実用化における問題点の指摘
 光トポグラフィー検査の精神疾患への応用には,まだ発展途上という側面がある.さまざまな批判があり,例えば先進医療の承認については,Nature誌がニュースとして報道し(Feature News欄)3),臨床への導入は時期尚早とのコメントを掲載した(Editorial欄)7).コメントは,先進医療の目的や実施法について一定の評価をしたうえで,多症例での再現性の確認が十分でない点と臨床応用についてのコンセンサスが得られていない点を批判したものであった.この批判は,先進医療(advanced medical technology)という用語に引きずられて,それが「保険給付の対象とすべきものであるか否かについて適正な医療の効率的な提供を図る観点から評価を行うことが必要な保険外併用療養費制度」である評価療養の1つで,治験と同列の位置づけであることを十分に理解しない誤解に基づくもので,この検査が保険診療として広く行われているかのように理解しての判断であった.
 保険診療としての実用化への批判は,大きく3点に分けられる.第一は光トポグラフィー検査という方法論の問題点,第二はエビデンスの蓄積やメカニズムの解明が十分でないとする学問的な問題点,第三は検査結果が一人歩きする危惧や現在の疾患概念が脳画像に対応しうるかという医療の視点からの問題点である.

2.光トポグラフィー検査という方法論の問題点
1)NIRSの原理に基づく制約
 前述したように,NIRSは脳機能の状態を簡便で全体的に反映する指標である.神経細胞活動そのものを捉えているわけではなくそれに引き続く脳血流を捉えているに過ぎないという点はfMRIなどと共通しており,脳の表面しか測定できずしかも空間分解能が低いことは散乱光を用いる原理に基づくものなので,この装置を用いる場合の前提となる.
 他の脳機能画像と比較したNIRSに独自の特徴として,「頭皮上の入光プローブから出た近赤外線が再び頭皮上の受光プローブに達するまでの,生体内の経路(光路)やその距離(光路長)を正確に決定できず,その経路間に脳以外の生体の寄与がある」という問題がある.このため,①光路長の影響,②赤血球凝集の影響,③皮膚血流の影響,を考慮する必要がある.
2)光路長の影響8)
 通常のNIRS検査では,光路長を測定することができず,そのためにヘモグロビン濃度の絶対値が決定できない.したがって得られるNIRSデータは,光路長の影響を含んだものである.光路長因子(differential pathlength factor:DPF)(光路長とプローブ間距離の比)には個人間や測定部位間で10~20%の差があり,測定結果はその影響を含んでいる.そのため,ヘモグロビンデータの大きさを個人間や測定部位間で比較したり平均することは,厳密には正しくない.ただ,類似の状況は例えば脳波や誘発電位・事象関連電位においても生じているが,そこでは個人間や測定部位間での比較や平均は普通に行われている.これに対して,多数の被検者についてデータを群として検討する場合には,こうした個人間差が打ち消し合うと考えることができる.
 個人ごとのデータで光路長の問題を解決する実際的な方法としては,同一被検者の1チャンネルから連続的に記録したデータの継時的な特徴を検討する方法,性質の異なる2つの課題を行って課題間を比較する方法がある(例えば,A群とB群において課題1ではA群>B群,課題2ではA群<B群).うつ病についての鑑別診断補助で用いている重心値は前者に該当するので,光路長の影響を受けないパラメータである.
3)赤血球凝集の影響
 生体内で,近赤外光は散乱と吸収を受けるので,臨床的に得られるNIRSデータにはこの両者が影響する.光の散乱回数が少ないin vitroの実験条件では散乱の効果が大きく(単散乱系),光の散乱回数が多いin vivoの生体内では散乱だけでなく吸収の効果も大きくなる(多重散乱系).
 直線状の細い透明管に赤血球を流すin vitroの実験を行うと,血流速度が速い時には赤血球は血液中を分散して流れるが,血流速度が遅い時には淀んで凝集が生じる.すると,透明管を透過する近赤外光の量は,ヘモグロビン濃度が変わらなくても血流速度が速い時には大きく,血流速度が遅い時には小さくなる.これは,光の散乱回数が少ないために,赤血球の凝集の程度に応じた散乱の変化の影響が強く出るためである(単散乱系).この結果に基づいて,NIRSデータはヘモグロビン濃度よりも赤血球凝集をより反映するとの考え方がある35)
 しかし生体では,血管の周囲を近赤外光を吸収する物質が取り囲んでおり,光の散乱が多数回生じる(多重散乱系).こうした多重散乱系においては,散乱の効果は小さく吸収の効果が大きくなることが知られている27).したがって,生体についてのNIRS測定では,血流速度の変化にともなう赤血球凝集の寄与は小さく,ヘモグロビン濃度が反映されると考えられる.もし赤血球凝集の寄与が大きいとしても,その程度は血流速度により決まるので,NIRS信号が脳循環反応を介して神経細胞活動を反映する点までが変わるわけではない.
4)皮膚血流の影響
 うつ病の鑑別診断補助に用いられる課題で前額部から得られるNIRSデータのほとんどが皮膚血流の寄与によるとする指摘がある31).精神疾患で認められるNIRSデータの特徴に,自律神経系の変化に基づく皮膚血流の変化が含まれることを示す指摘である.この指摘が正しい場合でも,抑うつ状態の鑑別診断補助としての根拠に変更が生じるわけではないことは,議論の前提である.
 これまでの研究報告において,NIRSデータと臨床症状との相関が測定部位に応じて異なったり,類似の課題でも群間差が得られる部位が異なることなどは,皮膚血流の寄与のみでは説明しにくい点である.より一般的に,複数の認知課題についてfMRIとNIRSのデータに良好な相関を認めることから,NIRSデータの一定部分は脳活動を反映していると考えられている2).Working memory課題についてfMRIとNIRSを同時測定した結果からは,前頭部から記録したNIRSデータと灰白質のBOLD信号の相関がブロック解析でも時系列解析でも0.6以上であることから,脳活動を一定程度反映するとされている29).また,N-back課題についてfMRIとNIRSを同時測定した結果から各チャンネルごとにNIRSデータへの大脳皮質寄与率を検討した報告26)のデータを用いて,うつ病の鑑別診断補助において前頭部平均波形のもととなる11チャンネルの平均値を仮に計算すると59.8%となる.これらは上記論文とは異なる結果である.
 そうした検討で予想外であったのは,脳に由来するデータと脳以外に由来するデータの変動が類似することである.事前の予想では,両者が独立した変動を示すと想定され,それを利用して両者を分離できると期待されていた.両者の類似は,脳と脳以外のいずれの血流動態にも自律神経系が共通して作用していることによると考えられる.こうした自律神経系の変化の反映は,ある見方からはノイズであるが,しかしその変化は視床下部の機能に由来するので,間接的に脳機能を反映していることになる.
 この皮膚血流を簡便に測定して補正し,脳由来のデータの割合を高める装置やアルゴリズムが検討されている.それが実現すると,より高い精度の検査と判別法の改善が期待できる.

3.エビデンスとメカニズムについての問題点
1)エビデンスの蓄積についての問題点
 エビデンスの蓄積が不足しているという批判は,先に紹介したNatureの批判が代表である.II.4.で紹介した多施設論文33)は,7施設の双極性障害・うつ病・統合失調症の患者673名と健常者1,007名を母集団とし,そのうちうつ病74名・双極性障害45名・統合失調症66名の合計185名の患者を対象としたもので,この批判にある程度は答えたものである.この論文を含む6論文のうつ病患者111名と健常者561名をメタ解析した報告では,[oxy-Hb]低下の効果量(effect size)が-0.74で,非寛解群87名(-0.74)でも寛解群24名(-0.75)のいずれでも同程度に認められた39).この6論文を含めて気分障害についての英文原著論文は36編が発表されており,うち30編が日本からのデータである.こうしたことから,エビデンスについて一定程度の蓄積ができてきている.
2)メカニズムについての問題点
 エビデンスがある程度は蓄積されてきていることを認めた場合でも,うつ病においてこうした所見が得られるメカニズムについての解明が不足しているという批判がある.とくに本課題で用いる言語流暢性課題が,具体的にどのような認知機能を反映しているかが明らかでないため,うつ病の脳病態と対応をつけることができないという批判である.同じ言語流暢性課題でも,例えば野菜の名前を挙げるといったカテゴリーに基づく課題であれば,それが反映する認知機能がより明確で,うつ病に想定されている脳病態との関係をより特定できるだろうというものである.
 こうした批判は,病因・病態解明を目標とした研究としてのNIRSデータと,臨床応用を目指した診療におけるNIRSデータといういずれの側面を重視するかという立場の相違を反映している.そもそも,散乱光を用いたNIRSには,空間分解能が低く脳深部構造を対象にできないという原理的な制約がある.この制約は,病因・病態解明を目標とした研究には,NIRSが向いていないことを示している.むしろ,その簡便性や非侵襲性を生かして,血圧や血糖値やCRPなどのようにおおまかにではあるが全体の状態を反映する手軽な指標としての有用性があることを示唆している.
 言語流暢性課題という容易で特別な準備を必要とせず短時間で行える検査を選んだこと,複数回の検査データを加算平均するのではなく1回のみの検査結果を用いていること,認知機能との対応が明確なカテゴリー言語流暢性課題ではなく,遂行のためにさまざまな認知機能の総合が必要である頭文字を用いた言語流暢性課題を用いることで脳機能を全体として捉えようとしたことは,そうした考えに基づくものである.カテゴリー言語流暢性課題と比べて頭文字の言語流暢性課題による脳賦活はより広範囲で4),うつ病ではなく統合失調症についてではあるが健常者との差が大きいとする報告がある22)

4.診療場面における利用についての問題点
1)検査結果が一人歩きする危惧
 「検査結果が一人歩きする危惧」は,この検査に限らずまた精神疾患に限らず,臨床検査一般に共通する危惧である.『異常値の出るメカニズム』の序論「検査値を正しく判断するために」は,医療現場において臨床検査がどう位置づけられているかについてこの危惧も含めてまとめたもので,精神科医が改めて振り返る基本となる15)
 臨床検査の対象について「臨床検査の対象となる生体の変化はファジーなものであり,無生物の剛体を計測するのとは根本的に異なる」(項目:生体変化はファジーなもの)という特徴を挙げ,その計測について「生体変化はファジーな性質をもっているので,目的によって計測技術を選ばなければならない…目的とする生体情報を取り出すためには,計測技術の選択とその精度が重要である」(項目:適切な計測技術が必要である)と対象の特徴に応じた精度選択の必要性を指摘したうえで,得られるデータの利用について「臨床検査結果を判断するにはこうした検査数値をもう一度ファジーな現象に戻して,臨床的に判断することが要求される」(項目:計測値は絶対ではない)と臨床的な判断の意味を強調し,そのうえで「同じ検査項目であっても,どのような病期に実施するか,ほかにどのような検査が実施されているか,によって診断的価値は大きく異なる」(臨床検査の役割と検査計画)として診療における価値の視点を紹介している.
 こうしたことは精神疾患にも共通することである.そのうえで,精神疾患が他の疾患と異なるのは,現状では診断や治療に有用な臨床検査が皆無であるために,当事者や家族の臨床検査への期待が,他の疾患に比して高いと思われることである.その点についての配慮が必要となる.
2)現在の疾患概念と臨床検査の対応についての問題点
 うつ病に限らず,精神疾患についての現在の疾患概念は心理学的に構築されたものである.ほとんどの精神科医は,その病因や病態とくに脳機能についての病因や病態が疾患ごとに単一であるとは考えていない.そのことを前提として,現在の疾患概念と脳機能についてのデータが,そもそも対応することがありうるのかという疑問がある.
 それはもっともな疑問で,そのことは具体的には検査の感度と特異度にどの程度の数値が期待できるかというテーマになる.上記のような精神疾患の特徴を考えるならば,80%以上という高い数字が得られることは期待しにくいと考える方がむしろ自然である.NIRS以外の他のバイオマーカーで,精神疾患診断の感度や特異度の再現性を検討した研究でせいぜい80%程度の数字しか得られないことは,そうした想定が正しいことを示唆している.

おわりに―精神疾患の臨床検査を保険診療として実用化することの意義―
 これまで述べてきたように,臨床検査には,当事者や家族が診断に納得し,治療に励み,その効果を実感することを可能にすることを通じて,能動的に治療に取り組む主体となる手がかり,つまり当事者中心の医療を実現する基盤としての役割がある.先進医療としてこの検査を実施した施設は,「検査を受けて結果を目にすることで初めて診断に納得できた,治療を頑張ろうという気持ちになることができた」という患者の感想を共通して経験している.その背景にあるのは,目に見える検査結果がないままで精神疾患の診断や治療が進むことについての,当事者や家族の心許ない気持ちである.
 さらにこうした臨床検査には,診断が正しいかどうか,治療が順調に進んでいるかどうかなど,みずからが提供するサービスを医療職自身で評価する際の指標の1つとなるという,サービスの質を向上する手がかりとしての役割もある.そうした指標がないなかでは,質の低いサービスを提供していながらそのことに自分自身で気づくことができないということが起こり得る.
 光トポグラフィー検査の保険適用には,診療において何も検査がない精神科医療の現状を一歩前進させる側面がある.NIRSは日本が世界をリードしている分野であり,日本からの情報発信が求められている分野である.したがって光トポグラフィー検査には,精神疾患についてのさまざまな研究の成果が実用化されて簡便な診断法や有用な治療法として診療のなかで生かされ,精神疾患をもつ方々の役に立つ時代,その試金石としての役割を求められているといえる25)
 こうした現状を精神科医が共通認識し,医学の専門家としての科学性と医療の専門職としての実用性との2つの立場のバランスを保ちながらこの課題に向き合い,「鑑別診断補助」という意義を正しく実現すること,そのことを通じて社会におけるこころの健康の増進に貢献することが求められている.それは,これからの精神科医の取組みにかかっている.

 〔註〕保険診療についての規則において,検査の詳細な点についてまで定められているわけではない.ここで述べるのは検査法の一例で,先進医療への申請に用いたり,保険適用を検討した中医協での配布資料に収載されているデータを得るために用いた方法である.用いる装置により細かな点は異なる.精神疾患への応用全般についてのこうした状況は,例えば脳波検査などでも同様であり,検査の詳細や標準化は学会などの専門家組織や公的機関がガイドラインや研修会などの形で行っている.光トポグラフィーについても将来的にはそうした形へと発展することが望ましい.保険請求のために受講が必要な「国立精神・神経医療研究センターが実施している所定の研修」として行われている「光トポグラフィー検査講習会」は,おおむね本項で述べる検査法に準じた内容となっている.

 付 記 本稿の内容は,「心の健康に光トポグラフィー検査を応用する会」をはじめとする多くの共同研究者との取組みに基づくものである.

 編  注:編集委員会からの依頼による総説論文である.

 利益相反開示
 日本精神神経学会「臨床研究の利益相反(COI)に関する指針」に基づいて開示すべき利益相反はない.ただし,金額の多少にかかわらず利益相反の可能性があるのは以下のとおりである.〔給与〕群馬大学,群馬県,群馬県教育委員会,前橋地方裁判所,群馬県こころの健康センター,群馬労働局,恵仁会,三菱商事 〔共同研究費〕日立製作所 日立メディコ 〔奨学寄附金〕アステラス製薬,エーザイ,MSD,第一三共,ファイザー,大日本住友製薬,日本メジフィジックス,吉富製薬 〔講演料・原稿料・編集料〕医学書院,医薬ジャーナル社,新興医学出版社,星和書店,中央法規出版,日本評論社,南山堂,群馬県看護協会,高崎市,群馬県こころの健康センター,国立精神・神経医療研究センター,アステラス製薬,エーザイ,大塚製薬,協和発酵キリン,大日本住友製薬,大鵬薬品工業,日本ベーリンガーインゲルハイム,ヒューマンサイエンス振興財団,ヤンセンファーマ

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