【背景と方法】日本の精神科救急医療は,精神科単科病院により大きな部分が担われてきた.新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行により,積年の課題である身体合併症への対応力不足が再び認識された.本研究では,精神科救急医療の事業継続に資するため,2021年10月に精神科救急入院料算定施設(全179施設)を対象に,医療設備やCOVID-19陽性患者対応に関して調査を行った.【結果】調査票回収率は61.5%(110/179)であった.調査対象施設のうち精神科単科病院が88.2%(97/110),平常時に身体合併症を受入れない施設が46.4%(51/110)を占め,COVID-19対応に有用なポータブル・レントゲン装置をもつ施設は61.8%(68/110),同じく血液ガス検査装置をもつ施設も61.8%(68/110)であった.陽性患者受入れを原則可とした施設は31.8%(35/110)であり,うち実際に入院実績がある施設は,20.9%(23/110)であった.一方,陽性者の入院が原則不可である15施設でも入院実績が確認された.調査対象施設の多くが,病棟閉鎖や外来閉鎖,デイケア閉鎖,職員と患者の陽性者発生を経験した一方,2018年度と比較して2020年度の入院件数およびのべ外来件数はそれぞれ-5.9%および-5.5%の減少であった.【考察】調査結果から,精神科救急医療におけるCOVID-19を含む身体合併症への対応力には課題があり,必要な医療設備や人材が不足している状況が明らかになった.また,COVID-19陽性患者受入れの可否についても,施設によって差があり,実際に入院実績がある施設は少数であった.引き続き,地域の実情にあわせながら新興感染症を含む身体合併症に対応可能なように,身体科救急医療施設との協同体制の強化など,精神科救急医療システム全体の事業継続性を確保することが求められる.
2)東邦大学医学部社会医学講座
3)医療法人生生会松蔭病院
4)千葉県精神保健福祉センター
5)医療法人学而会木村病院
https://doi.org/10.57369/pnj.24-018
受理日:2023年10月14日
はじめに
新型コロナウイルスの感染者は2020年1月に日本国内で初めて確認され,現在も日常生活や社会様式に大きな影響を与え続けている.一方,わが国の精神科救急医療の提供主体は,精神科単科病院が多くを占めており,COVID-19を含む身体疾患に対応可能な設備や人材が不十分なことが積年の課題となっている4-6)12)14)17).
わが国の精神科救急入院料算定病棟(精神科救急入院料1,同2,精神科救急・合併症入院料算定病棟)は,高規格の精神科専門病棟であり,一般に「スーパー救急病棟」と呼ばれる.病棟専従医師が入院患者16人に1人以上,精神保健指定医が病院全体で5人以上,看護師が入院患者10人に常時1人以上,病棟専従の精神保健福祉士が2人以上,個室が病床数の半数以上を占めることなどが必要条件となる.さらに,運用面においては,精神科救急医療体制整備事業に参加していること,入院患者の6割以上が非自発的入院であること,4割以上が新規入院患者であること,3ヵ月以内に自宅などに退院する患者が6割以上であることなどの条件が課せられている.
著者らが所属する,千葉県精神科医療センター(以下,当院)は,先に述べた精神科救急入院料算定病棟のモデルとなった施設であり4),2002年5月に第1号として認可されたが,これまでの21年間,非常勤を含む身体科医師の配置はなかった.放射線技師は非常勤のため,画像検査は週2回しか実施できない.ポータブル・レントゲン装置や血液ガス分析はもちろん,生化学,凝固などの採血検査も院内に検査機器がないため,院内で完結できない.また,身体合併症のため適切な医療機関への転院が必要な場合に,精神科医による臨床診断が遅れ,転院先の調整にも時間がかかるため,治療の遅延を引き起こす可能性がある.それにもかかわらず,今般のパンデミックでは,COVID-19対応1床を確保しており,これまで20例以上の陽性者に対応した一方で,院内クラスターなどを経験している.当院の経験からは,日本の精神科救急医療の事業継続において,COVID-19を含む身体合併症への対応力向上が重要であることは明らかである.
一方,これまでのわが国の精神科救急医療に係る政策が,身体合併症対応能力確保に無関心であったわけではない.2008年に精神科身体合併症管理加算料と精神科救急・合併症入院料が新設され,保険診療点数によって支援されるようになった.これは,身体合併症をもつ患者に適切な医療を提供するための施策である.さらに,2012年に精神疾患が「5疾病5事業」に含まれるようになり,都道府県レベルで精神障害者の身体合併症治療体制の改善が求められるようになった.しかし,精神科身体合併症管理加算料は対象疾患の範囲が狭く,精神科救急・合併症入院料は算定要件が厳しすぎることもあり,身体合併症医療体制は,都道府県の実情に合わせて独自の運営がなされてきた6).
わが国のCOVID-19流行下の精神科医療の提供状況に関しては,これまでも多くの報告がなされてきた.例として,日本精神科病院協会(日精協)に所属する私立精神科病院群13),自治体立精神科病院群8)10)への調査票調査,数多くの精神科病院の事例報告1)3)10)16),精神保健福祉センターへの調査票調査7),大学精神医学教室への調査票調査15),DPAT(Disaster Psychiatric Assistance Team)からの報告2)3)など,幅広い分野が含まれる.しかし,わが国の精神科救急の中核をなしている精神科救急入院料算定病棟群についての実態調査は管見の限り存在しない.そのため,精神科救急医療に関する,客観的データに基づく事業継続と政策決定には限界がある.そこで,本研究では,全国の精神科救急入院料算定病棟の医療設備の状況,COVID-19陽性者の外来・入院対応の原則,COVID-19陽性者の受入れ実態などを調査した.
〈付記〉2022年の診療報酬改定で,精神科救急入院料1,同2は廃止され,精神科救急急性期医療入院料が新設された.
I.調査方法
1.調査対象
2021年4月時点における,全国の地方厚生(支)局の公開データより抽出した精神科救急入院料算定病棟をもつ全179医療施設を対象とした.
2.調査期間
図19)のとおり,COVID-19第5波の直後である2021年10月に実施した.
3.データの収集方法・手順
依頼文を郵送し,受諾した施設に調査票を送付し分析を行った.精神科救急入院料算定病棟の病床数は,地方厚生(支)局の公開データを参考にした.
4.データの分析方法
調査項目ごとに記述統計を行った.調査項目を表1に示す.分析にはIBM SPSS Statistics ver. 29を用いた.
5.倫理的配慮
千葉県精神科医療センター倫理審査委員会の承認(2-1)を得た.
6.研究資金
本研究は,令和3年度ちば県民保健予防基金事業助成を得て行われた.
II.結果
全179医療施設のうち,計110施設より回答があった(回収率61.5%).
1.調査項目と基本属性
本研究では,内科・外科が中心の施設内の精神科を総合病院精神科と定義し,精神科が中心の施設を精神科単科病院と定義した.
調査対象は,表2(1)のとおり,精神科単科病院が88.2%(97/110)を占めた.
表2(2)に,調査対象となる,全施設,精神科単科病院,総合病院精神科別の全病床数,精神科病床数,および救急病床数(精神科救急入院料算定病棟の病床数)の平均値,中央値,標準偏差,最大値,最小値を示した.
また,表2(3)には,2018,2019,2020年度の入院件数およびのべ外来件数の平均値,標準偏差を示した.
2.身体合併症(COVID-19を含む)への対応能力
平常時における身体合併症の受入れ能力を質問した.表3(1)に示すとおり,全体の46.4%(51/110)が原則受入れしないと回答した.また,内科・外科などの身体科医師の配置状況については,表3(2)に示す通り,常勤医が配置されている施設は,全体の58.2%(64/110)であった.
さらに,身体合併症への対応に有用と考えられる医療設備の状況に関しては,表3(3)に示したとおりである.感染隔離中の患者の病状評価に有用である血液ガス検査は61.8%(68/110),ポータブル・レントゲン検査は61.8%(68/110)で実施可能であった.
3.COVID-19陽性者入院実績
2020年度のCOVID-19陽性者の入院実績を,図2に降順で示す.全110施設中,精神科内で34.5%(38/110)で1件以上の入院実績があった.
4.COVID-19陽性者への対応原則と入院実績
表4では,調査対象施設のCOVID-19陽性者への対応原則と入院実績を示している.原則的に受入れ可能と回答した施設は31.8%(35/110)であり,うち実際に入院実績がある施設は,20.9%(23/110)であった.一方,陽性者の入院が原則不可である15施設でも入院実績が確認された.
なお,精神科単科病院に限ると,28.9%(28/97),総合病院精神科に限ると,53.8%(7/13)が原則可と回答した.そのうち62.9%(22/35)は自治体立や日赤などの公的病院であり,37.1%(13/35)は私立病院であった.
5.精神科病棟・外来・デイケアにおけるCOVID-19による影響
表5では,精神科病棟,精神科外来,精神科デイケアにおけるCOVID-19による受入れ制限,閉鎖,患者と職員の陽性者発生の状況を示しており,多くの施設が影響を受けたことがわかる.
III.考察
調査対象施設は,全施設が都道府県・政令指定都市による精神科救急医療システムに参画していた.病棟閉鎖,外来閉鎖,デイケア閉鎖,職員と患者のCOVID-19陽性者発生などを経験しながらも,2018年と比較して2020年度の入院件数と,のべ外来件数はそれぞれ-5.9%および-5.5%の減少にとどまり,パンデミックに遭遇しながらも精神科救急医療の提供が継続されていたことが示唆された.
調査対象のうち,平常時から身体合併症を原則的に受入れない施設が46.4%(51/110)を占めた.さらに,身体科常勤医師の配置は58.2%(64/110)にとどまり,呼吸器感染症対応に有用な血液ガス検査が可能な施設は61.8%(68/110),ポータブル・レントゲン検査が可能な施設も同様に61.8%(68/110)という現状が明らかになった.
このような身体合併症の不十分な対応能力を反映し,COVID-19陽性患者の受入れを,精神科内で原則可と回答した施設は31.8%(35/110)にとどまり,うち実際に入院実績がある施設は20.9%(23/110)であった.なお,調査対象の内20.8%(15/72)が原則不可にもかかわらず入院実績があると回答したが,これは入院後にCOVID-19陽性となったものと推定される.
2021年8月,日精協は,COVID-19の流行下で精神科病院が被った被災状況に関して,民間精神科病院1,185施設を対象に調査(回収率60.0%)を行った.その結果,転院要請をしたが転院できずに死亡したケースが30病院235人と報告された.日精協から厚生労働省へ提出された要望書では,医師が重症化により転院が必要と判断した際,自治体首長が遅滞なく対応することが強く要望された11).本調査では,この日精協調査のように,陽性者数や死亡を含む転帰は調査しておらず,将来の重要な課題である.
一般的に,COVID-19対応は,政策医療として公的病院が担っているように認識されている向きもあるが,わが国の精神病床の多くは私立病院であり,私立30病院に147床のCOVID-19病床が確保されていたという13).実際に本研究の対象施設における,COVID-19陽性者の入院対応を原則可と回答した施設のうち,37.1%(13/35)は私立病院であった.当然ではあるが,より包括的なCOVID-19病床の稼働状況を明らかにするためには,本研究で行った精神科救急入院料算定病棟をもつ医療施設のみならず,設立主体によらずすべての精神科有床医療施設を対象とする実態調査が求められる.
本研究の限界は以下のとおりである.第1に,調査対象が立地する地域の医療資源の状況,医療機関のネットワーク構造,経済的な要因,政策的な要因,文化的な要因など,多様な背景要因が考慮されていない.第2に,コメディカルの配置状況,教育環境などによって,身体疾患合併症対応が異なる可能性が考慮されていない.第3に,本研究の調査は第5波が終息した時期に実施されたものであり,その後の第7,8波で精神科単科病院に資源が公的に投入されて相当の患者を自施設で治療するようになった状況とは乖離がある.第4に,調査対象のうち,総合病院精神科が実施していたと思われる精神科リエゾンチーム活動などが検討されていない.詳細な状況,対策を明らかにするために,これらはいずれも今後の調査のなかで検討されるべき課題であると考えられる.しかしながら,本研究は,本邦における精神科救急入院料算定施設を対象とし公表された初めての実態調査であり,その意義は大きい.
おわりに
本研究では,わが国の精神科救急入院料算定医療施設におけるCOVID-19対応について検討した.歴史的なCOVID-19パンデミックは,積年の課題である精神科救急医療における感染症を含む身体合併症対応能力の不足を改めて再認識させる機会となった.この機会を活かし,精神科救急医療システム全体の対応能力を向上させることが求められる.
なお,2023年11月1日,わが国の精神科救急入院料算定病棟のモデル4)となった当院(千葉県精神科医療センター)は,千葉県救急医療センターと合築し,千葉県総合救急災害医療センターとなり,大幅な身体合併症対応能力向上が実現可能となった.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
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2) 五明佐也香, 河嶌 讓, 高尾 碧ほか: コロナ禍におけるDPAT活動. 精神科救急, 24; 12-14, 2021
3) 平安 明, 平安良雄: 精神科病院でのCOVID-19クラスター対応におけるDPATの役割と意義―医療ひっ迫の状況下でDPATに何ができたか―. 日本災害医学会雑誌, 27 (Suppl); 104-107, 2022
4) 平田豊明: 精神科急性期包括入院料病棟の現状と将来展望. 精神経誌, 118 (9); 707-713, 2016
5) 平田豊明, 兼行浩史, 来住由樹ほか: わが国の精神科救急医療システムの現状と課題 (1)―精神科救急医療体制整備事業の現状と課題―. 精神科救急, 25; 101-110, 2022
6) 稲熊徳也, 井藤佳恵: 東京都立松沢病院における身体合併症病棟の取り組みと課題. 精神経誌, 123 (4); 169-178, 2021
7) 片山宗紀, 杉浦寛奈, 藤城 聡ほか: 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) の流行拡大が依存症に関する全国の精神保健福祉センターの支援体制, 民間支援団体, およびその相談者に与えた影響. 精神経誌, 124 (10); 700-709, 2022
8) 北村 立, 来住由樹, 田中 究: 自治体立精神科病院に入院した新型コロナウイルス感染症患者の特徴について. 精神経誌, 124 (5); 300-307, 2022
9) 厚生労働省: オープンデータ. (https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html) (参照2023-03-20)
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11) 日本精神科病院協会: 新型コロナウイルス感染症対応状況及びワクチン接種状況に関する調査結果報告 (令和3年9月15日). 2021 (https://www.nisseikyo.or.jp/news/topic/images/20210915_topic.pdf) (参照2023-03-21)
12) 日本精神科救急学会: 今後の精神科救急医療に向けた提言. 2012 (https://www.jaep.jp/topics/teigen.pdf) (参照2023-03-21)
13) 野木 渡: 災害に対する備え (危機管理において病院事務職に期待すること)―新型コロナウイルス感染症 (COVID-19) との闘いの中で―. 日本精神科病院協会雑誌, 40 (5); 366-374, 2021
14) 澤 温: 日本の精神科医療を展望する―精神科救急の立場から―. 精神経誌, 113 (2); 157-158, 2011
15) 精神医学講座担当者会議: 新型コロナウイルス感染症の流行が大学精神医学教室の診療と教育に与えた影響―精神医学講座担当者会議アンケート結果に基づく資料―. 精神経誌, 123 (11); 715-720, 2021
16) 田口寿子, 樋口美佳, 小林桜児ほか: 神奈川県立精神医療センターにおける新型コロナウイルス感染症 (COVID―19) への取り組み―医療提供体制の構築と院内感染防止対策について―. 精神経誌, 122 (12); 910-929, 2020
17) 吉益光一, 藤枝 恵, 原田小夜ほか: 精神科救急医療体制の現状と課題―日本公衆衛生学会モニタリング・レポート委員会精神保健福祉分野活動総括―. 日本公衆衛生雑誌, 66 (9); 547-559, 2019











