『周産期メンタルヘルスコンセンサスガイド2017』は,20の臨床疑問についての推奨と解説文からなる.本ガイドは,単に支援の指針や方法を述べているだけではなく,支援提供の前提となる組織構成や連携といった支援構造のあり方も示している.例えば,CQ5では,受け皿となる精神科病院の役割,外来診療と入院への対応について言及している.また,CQ6では,虐待が疑われた場合の連携は,個人ではなく,院内の虐待防止委員会などの組織で対応することが望ましいと述べている.このようなガイドの理念や指針を活用するにあたり,医療法人学而会木村病院は,軽症から重症までの産後メンタルヘルスケア連携の受け皿となっている.軽症ケースに対しては,自治体保健師への専門的助言を行い,中等症に対しては,2017年7月に女性のこころ専門外来やストレスケア病棟を開設し,速やかに医療を提供できる体制をつくった.さらに,産科的合併症がないという限定ではあるが,精神科救急入院で重症ケースを引き受けている.専門外来を開いてから,開設5年間の2022年6月末までで,のべ338名の対象患者の治療にあたった.産後女性の精神科治療を円滑に行うためには,(i)母子保健の地域資源やネットワークに精通した専任ワーカーを含む医師,心理士などからなる専任の医療チーム設置,(ii)保育や託児ができるスタッフの雇用,(iii)施設環境(専用待合室・診察室・授乳室など)の整備,(iv)児童相談所との密な連携を行う「家族支援チーム(FAST)」,(v)母子保健側との普段からの研修・研鑽・情報共有の場の構築などが必要となる.
2)千葉大学社会精神保健教育研究センター
https://doi.org/10.57369/pnj.23-086
はじめに
周産期は,妊娠・出産・授乳による生理的変化や女性ホルモンバランスの急激な変動といった生物学的要因に加え,妊娠・出産・育児への不安,パートナーや親族との不和,関係の破綻などの心理的要因,失職や経済的困窮,社会的立場の変化といった社会経済的困難などが重なりやすく,新たな精神的不調が生じやすい時期である.またもともと精神疾患の既往のある女性の場合は,再燃・再発を生じやすい時期でもある.その結果,妊産婦の自殺,不適切な養育や虐待死,親子心中といった痛ましい結果に至ることもあり,当事者やその家族,そして地域コミュニティにとっても,大きな打撃と長期にわたる苦悩を与える出来事となる5).このような状況を解決するためには,医療や行政のみならず,幼保育,児童福祉にかかわる多様な社会資源をつなげる必要があり,多機関の足並みをそろえた援助が必須となる3)が,その支援体制はまだ十分に整っているとは言い難い.
日本周産期メンタルヘルス学会では,2017年4月に,『周産期メンタルヘルスコンセンサスガイド2017』を公開した2).本ガイドは,周産期のこころのケアを必要とする人々に対して,医療・保健・福祉など幅広い領域の専門職連携を通じて,より良質なサービスを提供するための支援ツールをめざしており,特に精神科領域以外の支援者とも共有でき,患者・家族への説明にも活用できるように,なるべく簡潔平易なツールをめざしている.
本ガイド2017年版は,20の臨床疑問について推奨と解説からなり,精神症状のスクリーニング方法,薬物療法・電気けいれん療法,心理療法・社会支援などについて述べているだけでなく,支援提供の前提となる組織構成や連携といった支援構造のあり方も示している.例えば,CQ5「メンタルヘルス不調の妊産褥婦に対する,緊急度/育児・家庭環境/児の安全性確保に留意した医療・保健・福祉の具体的な連携と対応の仕方は?」では,精神科病院は,外来診療の紹介先となる他,産後に自殺企図・自傷行為・他害のリスクがあり入院が必要な場合に適応となるという記載がなされており,受け皿となる精神科病院の役割,外来診療と入院への対応について言及している.また,CQ6「メンタルヘルス不調で支援を要する妊産褥婦についての,医療・保健・福祉の情報共有及び同意取得・虐待や養育不全の場合の連絡の仕方は?」では,児童虐待・養育不全・胎児虐待が疑われた場合の連携は,院内の虐待防止委員会などで組織として協議し,組織の管理者名で行うことが望ましいと述べている.
I.精神科病院で取り組む産後メンタルヘルスケア
このようなガイドの理念や指針を活用するにあたり,著者が所属する学而会木村病院(以下,当院)では,産後メンタルケア連携対応を図のように実施している6).
現在,日本では,産後メンタルヘルス不調は,(i)産後2週間と1ヵ月に主に産科医療機関で実施される産婦健康診査と,(ii)住所地の自治体の保健師などが産後1~4ヵ月に訪問して行う乳児家庭全戸訪問事業での精神症状(特に産後うつや不安)スクリーニングでピックアップされている.
当院の具体的なかかわりについて述べる精神的不調はあるものの生活機能・育児機能が十分保たれている軽症ケースの場合は,精神科側の役割は,直接の医療提供ではなく,千葉市内各区の保健師への専門的助言や情報提供,要保護児童対策地域協議会(要対協)事例検討会にアドバイザーとして参加して,当事者を支援する母子保健専門職を手助けすることである.当院の医師は,千葉市の精神保健相談業務を担当し,また千葉市の要対協アドバイザーとして,母子保健側と情報共有や専門的助言を行っている.
精神症状により生活機能・育児機能に支障をきたしている中等症以上のケースに対しては,速やかな精神科受療が必要であるが,母子保健側からすると,ようやく受診を説得できても,どこの医療機関に紹介すればよいのか,産後女性に配慮した診療をする医療機関があるのかわからず,また予約受診が数週先になることも稀でなく,受診を諦め,母子保健側がハラハラしながら見守りをしているケースもあると聞く.また,産後女性は子どもの養育のために家外に出ることが困難で,特に家族関係が破綻して子どもの養育を手伝う身内がいない場合は,診療を受けたくても受けられない現状がある.これらの受療制約を考慮し,当院は,産後女性がスムーズに診療を受けられるように,2017年7月に女性のこころ専門外来と,産後女性が入院できる設備と支援体制をもったストレスケア病棟を開設した.
さらに,自傷他害のおそれがある,急激な幻覚妄想状態,精神運動興奮,昏迷など精神病症状が重篤で,育児機能が破綻しており,すぐにでも精神科入院をしないと母児の安全が確保できないような救急状況に対しては,産科的合併症がないという限定はあるが精神科救急入院病棟で入院加療を行っている.
このように,軽症から重症までの産後女性に対応するための専門外来や対応病棟を整えてから,2022年6月末までの5年間に,のべ338名の対象患者の治療にあたっており,月に約10件ペースで患者が増加している.
II.専門外来・対応病棟を開いて生じた問題点
専門外来を開いて5年が経過するなかで,さまざまな困難状況を経験した.本稿では特徴的な仮想事例を3例挙げる.1例目は,うつ症状のために注意が散漫となっていたり,母から子どもへの愛着(ボンディング)不全から,「子どもを守る」という意識が薄く,炎天下,子どもを病院駐車場の車中においたまま外来を受診したケースである.虐待ともとらえかねない子どもへの危険な行動,不適切養育への対応が迫られる.2例目では,専門外来開設当初は,外来待合室は従来の一般外来と共用であり,乳児を連れた母親が診察を待つ間に,待合室で不穏となり大声で怒鳴る他患者に反応したのか,子どもが大泣きしてしまい,母親がいたたまれず受診を諦めるというケースである.身体的にも心理的にも繊細な母児が守られる外来環境を別に設ける必要がある.3例目は,診察場面での問題である.子どもを抱きかかえたまま診察を受ける母親は,子どもがぐずったり動いたりすることに気をとられ,診療での対話に集中できないことがある.また,子どもの面前で,「この子が可愛く思えなくて」などの愛着不全の話題をやりとりしなければならず,医療側も患者側も強い心理的負荷を感じるケースである.
III.産後メンタル不調者の受け皿として必要となったもの(表)
上記のような問題点の解決を早急に図るため,当院では表に列記するようなハードウエア,ソフトウエア,マネジメントを導入した.まず,ハードウエアについては,前述のように,2017年7月から,女性のこころ専門外来,産後メンタル不調に対応するストレスケア病棟を開設した.
ストレスケア病棟の個室の一部は,小さな玄関を設け,靴を脱いで上がる病室とし,床も無垢板で貼って,自宅のように,赤ちゃんがハイハイ歩きをしても安全な室内環境とした.ベッドも一般家庭用の添い寝ができるくらい幅の広いベッドとして,日中であれば,子どもと室内で快適に過ごせるようなインテリアにしている.また,病棟内には,家族が乳幼児を連れてきたときに用いる面会室や,離乳食を用意したり家族で飲食できるダイニングキッチン,おむつ交換や授乳ができる病棟授乳室を設けた.
一方,専門外来の患者が増加し,一般外来と共有する外来棟では手狭となり,産後女性や子どもへの配慮が必要となったため,2021年1月からは新外来棟を増築し,子どものこころ専門外来(児童外来)と合わせて,3つの診察室,2つの心理検査・カウンセリング室,専用の待合室をつくり,待合室内にはベビーベッドや目隠し用のカーテンで仕切って乳児の授乳やおむつ交換ができる「赤ちゃんコーナー」と,幼児が遊びながら待つことができる「キッズスペース」を設けた.
ソフトウエアとしては,産後メンタル不調者に特化した,心理プログラムを主に入院患者を対象に産後メンタル支援専任の公認心理師が提供している.また,退院後の患者同士が気軽に育児の話題をやりとりできるピア・コミュニティの場を提供すべく,精神科ショートケアでの集団プログラムを設けた.
また,専任の医師のみでなく,他医師を含めすべての院内医療スタッフが,患者・家族への説明や共同意思決定に利用できるように,電子カルテ内に,妊娠期・授乳期の薬物療法ガイドや母子保健側の資源,連携手順,患者向けパンフレットなどを格納した.さらに,遠方から受診する患者への配慮として,遠隔診療・遠隔心理カウンセリングも実施している.
マネジメントでは,専任のスタッフやチームを設けて,自律的な運営を行っている.まず,専門外来と入院治療を担当する専任スタッフとして,医師2名(常勤1名,非常勤1名),公認心理師2名,精神保健福祉士(psychiatric social worker:PSW)2名を配置している.特に,精神保健福祉士の担う連携の役割については,普段の精神保健福祉との連携先ではなく,通常,精神科医療と関係があまりない,母子保健専門職(産婦人科,助産師,保育士,母子保健担当保健師など)との円滑で強固な情報共有や連携・協働を図る必要があるため,専任制は必須であった.
現在は,このメンバーがマネジメントチームを構成して,当院の周産期メンタル不調者の診療体制の管理・分析・改変を行っている.
また,前述の新外来棟への移転を機に,2021年1月から保育士を2名(2022年4月からは4名に増員)雇用し,専門外来が開いている曜日は9時から16時まで,新外来棟待合室に2名を常駐させている.
不慣れな育児体験や子どもの不測の事態により不安を感じたり疲弊してしまう母親をサポートしながら,さりげなく,母児の愛着や子どもの健康状態を見守り,授乳やおむつ交換,清拭などの子どもの世話を手伝ってもらう.母親に対しての経験豊富な言葉かけや育児のアドバイスが,育児で孤立しがちな母親の支えとなっている.また,診察場面では表出されない,育児課題や母児の愛着の様子を引き出し,医療スタッフにフィードバックしてもらっており,専門外来の運営にとって欠かすことのできないキースタッフとなっている.さらに,母親の診察中は,子どもを預かる託児も行っており,患者自身が落ち着いて診察・検査・心理面接を受けることができる.
2021年度は2名体制で開始したが,月100件を超える託児件数となり,患者からも好評で,2022年度からは4名雇用に増員して対応している.現在の診療報酬体系下では,精神科診療で保育士を雇用することへのインセンティブはないが,例えば,1日3件のハイリスク妊産婦連携指導料II(月1回750点)を算定できると,この人件費を回収可能と考えている4).
IV.精神科単科病院における家族支援チーム(FAST)
女性外来と児童外来を実践するなかで,児童虐待やマルトリートメント,家庭内DVなどへの対応を迫られるケースが頻発した.行政からの依頼で女性外来,児童外来とも虐待事例を受けることも多くなった.そこで,2020年4月より被虐待児の保護と加害側の親支援の両方を担う「学而会家族支援チーム(Family Support Team:FAST)」を設置した1).FASTは,児童精神科医2名,公認心理師1名,精神保健福祉士1名で構成され,場合によっては,保育士や外部支援者が参加する.
FASTは,外来入院を問わず,当院と自法人内のサテライトクリニックである弁天メンタルクリニックからの相談事例を一括して検討し,児童相談所(児相)通告を含めた児童福祉関連諸機関への連携方法を決定し,FASTからそれぞれの機関に連絡する仕組みとなっている.2020~2021年度の2年間に,検討事例件数は141件(親75件,子ども66件),当院から101件,弁天メンタルクリニックから40件となっている.検討理由の1位は,身体的虐待44件(31%),2位が心理的虐待41件(29%),ネグレクト29件(21%)で合わせて8割を占める.FASTからの児相通告件数は25件,児相との情報共有が88件(すでに児相通告された事例が当院に紹介受診するケースを含む),一時保護委託を当院が受けて入院させたケースが2件などとなっている.
おわりに
『周産期メンタルヘルスコンセンサスガイド2017』の精神科臨床実装事例として一民間病院の取り組みを紹介した.しかし,このような特殊な医療実践を喧伝することが著者の目的ではない.妊産婦,乳児をもつ女性のアクセシビリティの制約や緊急性を考慮すると,住まいの近くで安心してメンタルヘルスサポートが受けられる医療拠点をもっと増やすことが重要である.紙幅の関係でふれられなかったが,改装費用や細かな実践上の工夫などが多くある.一読いただき関心をおもちの方,自院でも実施したいとお考えになられる方は,直接当方にご連絡いただければ幸甚である.できる限りの協力を申し上げたいと思う.
編 注:本特集は第118回日本精神神経学会学術総会シンポジウムをもとに鈴木利人(順天堂大学医学部附属順天堂越谷病院メンタルクリニック),竹内崇(東京医科歯科大学病院精神科)を代表として企画された.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.
1) 松木悟志, 榎原雅代, 焼田まどか: 精神科病院における家族支援チーム(FAST)の意義と実践. 精神科治療学, 35 (10); 1119-1123, 2020
2) 日本周産期メンタルヘルス学会: 周産期メンタルヘルスコンセンサスガイド2017. (http://pmhguideline.com/consensus_guide/consensus_guide2017.html) (参照2019-12-15)
3) 岡野禎治: 周産期メンタルケアの現状と展望. 精神科治療学, 32 (6); 715-718, 2017
4) 渡邉博幸, 榎原雅代: ハイリスク妊産婦連携指導料と母子保健―精神保健連携. 精神科治療学, 34 (3); 293-299, 2019
5) 渡邉博幸: 周産期メンタルヘルス地域連携の実践―産後メンタル支援を中心に―. 日本精神科病院協会雑誌, 39 (2); 137-142, 2020
6) 渡邉博幸: 地域における妊産婦メンタル支援の取り組み. 臨床精神医学, 49 (7); 851-859, 2020






