Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第123巻第5号

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特集 重症認知症の人にどのような終末期対応を提供するのか―「認知症診療医」認定更新のために―
認知症の人の医療選択に関する意思決定支援
成本 迅
京都府立医科大学大学院医学研究科精神機能病態学
精神神経学雑誌 123: 263-269, 2021

 身寄りのない高齢者や高齢夫婦のみの世帯が増え,認知症患者の治療方針決定をどのように行うかが課題となっている.精神科医は,認知症受け入れ病棟の主治医として,またコンサルテーションリエゾンや臨床倫理委員会の場でこのような課題に直面する.認知症の影響で治療の理解や判断が難しくなるため,本人の意思を反映させながら治療方針を決定していく意思決定支援が求められている.本人の同意をもとに医療行為を行う場合はその有効性を確認するための医療同意能力評価が必要であり,そこで低下がみられた場合は,多職種や家族を交えて本人の意思を推定し,意思決定支援を行う.事前指示やアドバンス・ケア・プランニングがあれば参考にし,それらがない場合でも,非言語的な反応に着目したりしながら意思を反映させる.医療同意能力評価には,理解,認識,論理的思考,選択の表明の4要素モデルが一般に用いられ,詳しい評価には半構造化面接法であるMacCAT-Tなどが用いられる.同意能力には,うつやせん妄,認知症に伴う行動心理症状や,認知機能の低下パターンが関連する.また,医療行為のリスクや複雑性,そして必要性によっても求められる能力は変わってくる.意思決定支援にあたっては,本人の意向を引き出すためのコミュニケーション技術や家族への支援も必要であり,精神科医としての専門性を発揮することができる.認知症患者が適切な医療を受ける権利を保証するためにも,治療方針決定プロセスに精神科医の積極的な関与が求められる.

索引用語:認知症, 医療選択, 同意能力, 意思決定支援>

はじめに
 認知症の進行とともに本人の意思表示は難しくなっていくため,重症認知症の人が,がんや肺炎などの身体疾患にかかり治療を要するようになったとき,どのように本人の意思を反映させながら治療方針を決定していけばよいかが課題となっている.精神科医は,認知症受け入れ病棟の主治医として,また介護施設の嘱託医としてこの課題に直面するほか,最近では院内の臨床倫理委員会のメンバーとしても携わる機会がある.医療行為は患者の身体に侵襲を加えることから,本人の同意に基づいて行うことが必要と法律的には規定されており,たとえ認知症で言語的なコミュニケーションが難しくなっていたとしても,できる限り本人の同意を得て行うことが求められる.このため,たとえ本人から言語的な意思表示が得られなくても,事前指示やアドバンス・ケア・プランニングがあれば参考にし,それらがない場合でも,本人をよく知る人の意見を聞いたり,非言語的な反応に着目したりしながら推定意思を反映させるようにすることが推奨されている.
 本稿では,言語的コミュニケーションが可能な段階での同意取得にあたって必要となる医療同意能力評価と,重症になって意思決定能力が低下した場合の意思決定支援のプロセスについて,本人の意思を尊重しつつ最善の利益を達成するために留意すべき点について解説した.

I.医療同意能力評価
 インフォームド・コンセントを取得するにあたり,認知症の診断がついていると医師は本人には同意能力がないとみなして,家族にだけ説明してしまう傾向がある.老いては子に従えという文化がある日本では,患者,および家族の側も特に違和感なく受け入れてきた経緯がある.しかしながら,独居の高齢者や高齢者同士の世帯が増えるなかで,急性期病院では代わりに同意を得る家族のない高齢者が増え,本人から同意を取得する必要性に迫られていることから,近年認知症患者の医療同意能力評価に注目が集まっている.このような必要に迫られての変化ではあるが,自己決定の尊重という観点からは望ましい方向であることは間違いなく,他の診療科の医師にも意思決定支援の考え方について知ってもらうよい機会であると考えている.
 本人からの同意を取得するにあたってまず必要なのが,同意能力評価である.本人に説明して医療行為を行う場合でも,こちらの提案する医療行為に同意している場合は,医療行為に関する同意能力の程度は気にすることなく治療を進め,一方で,拒否されれば,十分な吟味なしに理解力が低下していると考える傾向がある.また,診断や外見,話し方などに医師の評価が左右されてしまうため,客観的な評価が必要である.われわれは,知的障害に精神症状を合併して精神科病院に入院中に特発性正常圧水頭症を合併した症例に対して後述する半構造化面接法を用いた同意能力評価を行い,知的能力に合わせた説明方法を工夫することで同意能力ありと判定することができた一例を経験しているが4),主治医の主観的な評価は患者の診断や印象に左右されてしまうことがあるため注意が必要である.このような臨床現場でよく起きる間違いをまとめた表が米国の家庭医の学会誌に掲載されていたため紹介する(表11).ここに挙げられているように,医療同意能力評価は専門家でないとできないと考えている医師も多いが,たいていの医療行為については,医療の必要性が高くそこまで厳密な評価が必要なわけではないため,治療を担当する医師が診療行為のなかで少し意識して確認するだけで足りる.一方で,侵襲が大きかったり,生活に大きな影響を与えたりする場合は,本人の同意だけで医療行為を行おうとすれば,有効な同意といえるかの評価が必要になる.
 医療同意能力は,理解,認識,論理的思考,選択の表明の4要素モデルが一般的に用いられている(表211).医療行為の複雑さやリスク,必要性によっても必要とされる能力は異なるとされており,インフルエンザの予防接種のようにメリットが明らかでリスクも低い医療行為については低い能力でも有効な同意とすることが可能で,がんの手術などリスクが高く治療後の生活にも大きな影響がある治療については,本人の同意を有効とするには高い能力が必要である(図1).
 評価にあたっては一番状態のよいときを選んで行う必要があり,せん妄やうつなどで理解力や判断力が一時的に低下している場合は,方針決定に時間的猶予があれば治療により状態を改善させてから評価することが重要である5).また,会話に集中できる環境を準備することや,わかりやすい説明を工夫することも求められる.精神科医は普段から認知機能の低下や精神症状による影響で理解力が低下した患者に病状や治療に関する説明を行っており,伝わりやすい説明をすることに慣れているが,理解力に問題ない患者が大部分を占める他の診療科の医師においては,患者の理解力に配慮しながら説明の方法を変えることは意外に難しいということは知っておく必要があるだろう.
 簡単に同意能力を評価する方法としては,診断や治療に関して本人の言葉で説明を受けた内容を話してもらう方法がある.認知症,特にアルツハイマー型認知症においては,他者の話に対する同調性,迎合性が高い傾向があり,何でもはいと答えてしまったりすることから,自発的に説明してもらう形式をとることが重要である.このような簡便な能力評価は,認知症の専門医だけでなく他の医療従事者でも十分可能である.
 慎重な検討が必要な場合は,半構造化面接法が用いられる.いくつかの方法があるが,代表的なものとしては,MacArthur Competence Assessment Tool-Treatment(MacCAT-T)がある2).個別の医療行為について,その内容,治療の選択肢などについて,前述の理解,認識,論理的思考,選択の表明の4つの要素に分けて評価するようにデザインされている(表2).所要時間は20~30分で,下位項目の質問それぞれについて点数化するようになっているが,何点以上なら同意能力ありといったカットオフ得点が設けられているわけではなく,点数を参考にして総合的に判定するようになっている.ただ,点数をつけることによって評価の客観性が高まり,どの領域の能力が低下しているかも明らかにすることができ,低下している部分を補って理解を促進したり意思決定を支援したりすることにも役立つ.説明内容と採点基準は治療内容に応じて改変する必要がある.われわれが研究を目的として作成した抗認知症薬に関するMacCAT-Tの記録用紙や採点基準がダウンロード可能となっているので参考にしていただきたい8)9)
 各要素の評価方法について解説する.理解に関する評価では,診断名や病気の特徴,経過,治療の良い点,悪い点,治療を受けない場合の良い点,悪い点などを自分の言葉で説明してもらい評価する.認識に関しては,こちらからの説明に疑問に思うことはないか,治療を受けることが自分のためになるかといった質問で,現在必要とされている治療を自分のこととして認識しているかを評価する.論理的思考については,選択の理由を聞いたり,生活や仕事にどのような影響があるか将来の見通しについて尋ねたりすることで選択の背景となる思考の論理性を評価する.うつ状態では,自責感や貧困妄想などにより論理的思考が影響を受けることがある.このような場合にはうつの治療を行って改善した後に再度評価することになる.選択の表明は,自分の意見を一貫性をもって表明できているかどうかを評価する.言語的な表明が難しい場合は,それ以外の表明方法がないかを検討する必要がある.

表1画像拡大表2画像拡大
図1画像拡大

II.意思決定支援のプロセス
 治療方針の決定に際して,上述の医療同意能力評価により当該医療行為に対する同意能力が保たれていると判断できる場合は,それが同意であれ拒否であれ本人の意向を尊重することになる.一方で,同意能力が低下していると判断される場合は,医療従事者や介護関係者,家族や友人,成年後見人などの関係者が本人の意思を推定しつつ関与することになる.本人が治療に対して拒否していない場合はその治療の妥当性について検証することになり,拒否している場合は本人の最善の利益を考慮して説明を繰り返したり,関係性の構築を図って本人の不安を軽減して理解を促したりする.
 ここで注意が必要なのは,治療しないことによる危険性や結果を十分理解したうえで,なお拒否している可能性も残されることである.それまでのその人の価値観や意思決定の傾向と一致するときには,たとえ医療者の方針と異なっていても本人の意思を尊重することが必要な場合もある.医療者側の価値観を一旦棚上げにして本人の考えを聞く態度が重要であるが,治療担当医は,積極的に治療を行いたいという気持ちが先行する場合もあれば,認知症があるということで必要な治療も差し控える方向に傾く場合もある.そのような観点から,治療に関して比較的独立の立場にある精神科医が果たす役割は大きい.
 次に家族への意思決定支援の重要性について述べたい.まず,家族の本人との関係性や不安に焦点をあてて聞き取りを行い,支持的なかかわりを通して家族が安心して自らの意見を表明できる環境づくりを行うことが求められる.認知症が進行していて本人から同意が得られない場合,医療者は,家族のなかにキーパーソンを見つけてその人に決定を委ねる傾向があるが,結果としてキーパーソンとされた家族は決断に悩み,決断した後もこれでよかったのかと後悔することも多い.専門職としてどのような選択肢を推奨するのかなど家族の判断の参考になる情報をもう少し踏み込んで提供することが望まれる.また,家族に求められる役割は,あくまで本人の意思を推定するために必要な情報を提供することであり,代理で決定するわけではないことを伝えるのも家族の心理的負担の軽減に役立つ.時に家族が医療者からみて本人の利益に反する治療方針を主張することがあり,調整に難渋することがあるが,その場合は家族の主張の背景にある心理社会的因子を探ることで解決の糸口が見つかることもある.支持的精神療法の技法や家族をシステムとしてとらえる視点など精神科医としてのスキルが役立つだろう.著者らは,このような留意すべき点についてまとめたガイドを作成して公表しているので,会議や研修の場で活用いただけたら幸いである3)10)
 次に最近増えている身寄りのない認知症患者に関する医療同意と支援体制について考えたい.現在,成年後見制度における後見人や保佐人には医療同意権は付与されておらず,代理で同意することはできない.しかしながら,患者の権利を擁護する視点で,治療方針の説明を聞き,意見を述べることは可能である.また,治療やその後の生活に欠かせない経済的な視点からの意見も聞くことができるため,できるだけ検討の場に参加してもらうことが重要だろう.実際,弁護士会や司法書士会では医療行為に関する意思決定支援についての研修が行われている.精神科においては身寄りがなく市町村長同意で医療保護入院している患者もいる.厚生省保健医療局長通知(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第33条第3項に基づき医療保護入院に際して市町村長が行う入院同意について.昭和63年6月22日)には,「同意後も面会等を行うなどにより,本人の状態,動向の把握等に努めること」と記載されているが,同意にあたって文書を送付するだけで面会すらしていない市町村も多いことから,身体疾患治療における意思決定支援に行政が関与することは現状では期待できないのが現実であろう.なお,『身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン』7)が厚生労働省から発表されており,必要な物品の準備から死亡時の対応,そして医療に係る意思決定のプロセスまで解説されている.
 最後に『認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン』6)の概要について紹介したい.本ガイドラインは,成年後見制度利用促進基本計画において,意思決定支援の重要性について指摘を受けて策定された.医療行為に関する意思決定に限らず買い物やサービスの利用などの日常生活上の意思決定から,居所の決定や財産管理まで扱われている.意思決定支援のプロセスを,①人的・物的環境の整備,②意思形成支援,③意思表明支援,④意思実現支援に分けて解説している(図2).これら本人への支援のプロセスに加えて,家族の役割と支援の重要性や,意思決定能力の判定や支援方法に困難や疑問を感じた際に行う会議(意思決定支援会議)の持ち方についてもふれられている.

図2画像拡大

おわりに
 医療同意能力評価と意思決定支援プロセスについて解説した.医療同意能力評価には,その前提として能力に影響する精神症状を治療することやわかりやすく説明するために認知機能低下パターンを理解しておくことが必要である.また,意思決定支援には,患者本人との関係構築や的確な症状の理解と治療が前提となっており,コミュニケーションスキルや家族への支援も必要となる.このため,この分野への精神科医の積極的な参加が期待される.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Ganzini, L., Volicer, L., Nelson, W. A., et al.: Ten myths about decision-making capacity. J Am Med Dir Assoc, 5 (4); 263-267, 2004
Medline

2) Grisso,, T., Appelbaum,, P. S: Assessing Competence to Consent to Treatment: A Guide for Physicians and Other Health Professionals. Oxford University Press, New York, 1998 (北村總子, 北村俊則訳: 治療に同意する能力を測定する―医療・看護・介護・福祉のためのガイドライン―. 日本評論社, 東京, p.103-127, 2000)

3) 医療従事者向け意思決定支援ガイド. (https://researchmap.jp/multidatabases/multidatabase_contents/detail/231990/591ea2be0ae83a14810cd1b93dd4b9d2?frame_id=497783) (参照2021-01-03)

4) 加藤佑佳, 松岡照之, 小川真由ほか: 認知機能障害により医療行為における同意能力が問題となった2例―MacCAT-Tを用いた医療同意能力の評価について―. 老年精神医学雑誌, 24 (9); 928-936, 2013

5) Kim, S.: Evaluation of Capacity to Consent to Treatment and Research. Oxford University Press, New York, 2010 (三村 將, 成本 迅監訳: 医療従事者のための同意能力評価の進め方・考え方. 新興医学出版社, 東京, p.77-79, 2015)

6) 厚生労働省: 認知症の人の日常生活・社会生活における意思決定支援ガイドライン. 2018 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12300000-Roukenkyoku/0000212396.pdf) (参照2020-10-15)

7) 厚生労働省: 身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定が困難な人への支援に関するガイドライン. 2019 (https://www.mhlw.go.jp/content/000516181.pdf) (参照2020-10-15)

8) MacCAT-T(認知症)評価基準. (https://researchmap.jp/multidatabases/multidatabase_contents/detail/231990/a2d31505b33ba1f652c2147eb35acde7?frame_id=497783) (参照2021-01-03)

9) MacCAT-T(認知症)記録用紙. (https://researchmap.jp/multidatabases/multidatabase_contents/detail/231990/3ee358f47d69af8df32b115daa08aad0?frame_id=497783) (参照2021-01-03)

10) 成本, 迅: 認知症の人の医療選択と意思決定支援―本人の希望をかなえる「医療同意」を考える―. クリエイツかもがわ, 京都, p.176-181, 2016

11) 成本 迅: 医療等の意思決定が困難な人に対する支援の方法―老年精神医学の視点から―. 実践成年後見, 72; 79-85, 2018

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