Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第123巻第10号

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特集 児童虐待を予防する―産婦人科医,小児科医,精神科医のコラボレーション―
児童虐待の対策・予防に向けた家族支援における小児科医の役割
本村 知華子
国立病院機構福岡病院小児科
精神神経学雑誌 123: 654-660, 2021

 喘息などの小児慢性疾患を診察していると,薬を処方してもコントロールが不良のまま経過し入院を繰り返す難治例を経験する.家庭背景に貧困やひとり親家庭,母親の精神疾患などの問題があると治療効果が得られにくいことがある.また発達障害を合併したアレルギー児に対し服薬を指導する場面では,養育者の背景を理解したうえで子どもと意思決定を共有するアプローチが重要である.虐待などの不適切な養育(マルトリートメント)が小児慢性疾患の発症および経過に影響していることを,医療者,支援者が理解して患者および家族とかかわる必要がある.子どもを担当している児童精神科医,養育者を担当している精神科医が密に連携して情報を共有し,要保護児童対策地域協議会に参加してもらうことが望ましい.また,被虐待児が成長して若年で妊娠,出産する場合も多く,小児科(内科)医と精神科医両方から産婦人科医および保健師への情報提供を行っていくことが望まれる.虐待死を予防する取り組みを主導することは小児科医の使命である.しかし,子ども虐待の死亡事例では0歳が54%,特に月齢0ヵ月が全体の27%を占め,小児科を受診または健診を受ける前に虐待死している児や,なかには胎児虐待を受けている児も少なくない.新生児期に死亡することがないよう,ハイリスク養育者では妊娠中から産婦人科医が地域の保健師へ連絡し,小児科健診時に保健師の同行を促したい.また,ハイリスク養育者の特徴を知り,産婦人科医,精神科医と連携し行政に情報を集約する必要がある.今後,新生児,乳児の虐待死を予防するため,小児科医が中心となり地域の連携システムを構築していきたい.

索引用語:小児慢性疾患, 難治性疾患, 不適切な養育, 虐待死, 精神科-産婦人科-小児科周産期連携>

はじめに
 育児放棄(ネグレクト),身体的・性的・精神的虐待を含めて不適切な養育(マルトリートメント)と呼ぶ.小児慢性疾患児への治療経過が不良であるとき,小児科医が合併する発達障害などの児童精神科的疾患や家庭での不適切な養育に気づくと,そこから虐待対策が始まる(図1).一方で虐待死,特に新生児,乳児の虐待死は,病気や健診で小児科医を受診する前に起こることが多く,通常の虐待対策とは異なるアプローチを行う必要がある.本稿では,小児科医が虐待を認知し対策を講じることのできる例として喘息などの小児慢性疾患の難治事例を挙げ,次に小児科医が認知に至る健診前の周産期虐待死予防について述べる.

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I.小児慢性疾患における児と家族への支援
 小学生における気管支喘息有症率は4.7%と減少してきているものの依然高く9),小児の健康に影響を及ぼす代表的な小児慢性疾患である.喘息に対する基本的治療は毎日のステロイド薬吸入であり,乳幼児では養育者が補助器具や吸入器を使用し,学童期では喘息児が主となり行う.
 ウイルス感染,大気汚染,家塵(ダニなど)のほかに貧困,発達障害,家庭内暴力,家庭内不和などが影響し,通常の治療を行っても軽快しない難治例を経験する.難治喘息例ではステロイド吸入薬を処方しても,コントロールが不良のまま経過し発作や入院を繰り返す.国立病院機構福岡病院(以下,当院)は隣接する特別支援学校を有し,難治例には施設入院療法を行い,医師だけでなく看護師,病棟保育士,特別支援校教師などで,家庭環境,発達障害,不適切な養育(虐待)を含めて検討をしている.当院における喘息難治例の特徴を述べる.

1.家庭環境
 当院では,養育環境が気になる患者に関して院内会議で症例検討を行っている8).2013年6月から2020年5月の期間で44名(男27名,女17名,中央値7.5歳,6ヵ月から17歳)の対象者がおり,喘息が66%と多くを占めていた.家庭背景はひとり親家庭45%,生活保護家庭30%,養育者の精神疾患41%であった.1965年に浅野らは貧困家庭の喘息児では発作が消失しにくく,定期通院し治療に対する信頼感の強い母親をもつ喘息児は発作が消失しやすかったと報告した2).貧困4)やひとり親家庭7),母親に精神疾患17)がある場合,喘息治療効果が得られにくいことは小児喘息診療において確立された事実といえよう.

2.発達障害
 自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)には,喘息と同様に炎症性サイトカインや免疫グロブリンの変化の存在が明らかとなり,両者の関連について検討されてきたが,2016年に報告されたメタアナリシスでは喘息とASDの関連は否定的であった18).しかし,養育者の状況や喘息予後については発達障害との関連が指摘されている.発達障害の有無により喘息症状は変わらないが,発達障害をもつ喘息児の養育者では抑うつや自信,喘息に関連したQOLは悪化していた5).またASDを合併した喘息児は予防薬を多数必要としたが,喘息予後は良好であった3)と報告されており興味深い.
 喘息の治療ではステロイド薬吸入を続ける必要があり,その指導が重要である.その際,家族や吸入指導者が児と吸入薬のタイプや補助器具の使用などについて双方向にコミュニケーションを行い,喘息児と吸入方法に関する意思決定を共有(shared decision making:SDM)するようにしている.発達障害のない喘息児の親に比較し,注意欠如・多動症合併児の両親では,児との意思決定の共有が少なく,またASD合併児の両親ではさらに児との意思決定の共有が少ないことが報告されているため5),発達障害を合併した喘息児に対しステロイド薬吸入を指導する場面では,養育者の背景を理解したうえで,喘息児と意思決定を共有するアプローチを心がけることが重要である6)

3.不適切な養育(マルトリートメント)
 不適切な養育は,1で述べた家庭環境としてのみならず,喘息児の健康行動や心理面にも影響する12).不適切な養育を受けた青少年は健康に反する行動を起こすようになり,喫煙,肥満などがアレルギー炎症を増強して視床下部-下垂体-副腎系に変化をきたし,喘息の発症や経過に影響を与える.
 当院で症例検討の対象となった養育環境が気になる例では,育児放棄(ネグレクト)55%,精神的虐待34%,身体的虐待11%,家庭内暴力16%であった.また喫煙,過食など疾患に関連した不適切な養育が14%に行われていた.
 喘息発作と精神的なストレスの関連はよく知られている.身体および精神に与える長期の不適切な養育は子どもの人生,幸福に多大な影響を与える.最近,脳には局所ごとにストレスの影響を受けやすい感受性期があることがわかってきた1).不適切な養育に関連した難治性喘息児に現れる喘息は発症年齢が低く,初期治療への反応が鈍く,経過が長期化重篤化し,発達障害などを合併するなどの特徴をもつ16).このような疾病の現れ方を生態的表現型(ecophenotype)と呼んでいる.
 重症喘息児に対しては,多職種でのかかわりが推奨されている.当院の症例検討対象事例では,地域の子育て支援課もしくは児童相談所の介入は61%で行われた.不適切な養育が喘息の発症および経過に影響していることを,医療者,支援者が理解して患者および家族とかかわることができるよう小児科医がリーダーとなり連携していきたい.

4.まとめ
 小児喘息医療と発達障害,不適切な養育(マルトリートメント)の関係を図2に示した.喘息治療に反応が不良な喘息児(C)はもちろん,喘息が軽症でも発達障害を合併,養育状況が不適切な喘息児(B)を専門施設に紹介し,多職種がかかわり重症化を抑制することが重要である.発達障害を合併,不適切な養育環境にある重症喘息児(D)においては生物学的製剤を含めた最新の医療を行い,児童精神科,また精神疾患をもつ養育者の精神科主治医との連携,地域での見守り支援が必要である.

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II.地域における周産期の虐待死を予防する取り組み
 令和元年の『子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告)』によると平成30年度の1年間に心中以外の子ども虐待による死亡事例は52例で,その特徴を表1に示した14).0歳が54%,特に月齢0ヵ月が全体の27%を占め,小児科を受診または健診を受ける前に虐待死している児や,なかには胎児虐待を受けている児も少なくない.胎児虐待とは胎児の生命をおびやかしたり深刻な健康被害をもたらしたりするおそれのある行為を指す.さらに,虐待死例では83%が養育機関や教育機関に所属しておらず,90%以上が身体疾患や障害,発達の問題に気づかれていない.このように子ども側の要因でなく,養育者の要因で小児科医が関与する前に虐待死する例がほとんどであることがわかる.
 子どもの虐待死を予防する取り組みを主導することは小児科医の使命であるが,このような周産期の虐待死を予防するために小児科医はどのような活動を行えばいいのであろうか.13年間にわたる子ども虐待死例における養育者の心理的・精神的問題のまとめを表2に示した13).予期しない妊娠,10代の妊娠については,産婦人科医が妊娠中からハイリスク養育者として行政に報告することによって支援につなげられるであろう.子どもの成長発達を促すために必要なかかわり(授乳や食事,保清,情緒的な要求への応答,子どもの体調変化の把握,安全面への配慮など)が適切にできない養育能力の低さや育児不安がある妊婦,精神疾患や衝動性,攻撃性,怒りのコントロール不全,うつ状態,感情の起伏が激しいといった精神的問題のある妊婦,家庭内暴力を受けている妊婦を精神科医,産婦人科医が連携して行政に報告し,地域の保健師が把握して,出産直後の早期より小児科医へつなげる必要がある.スムーズな情報提供のためには,共通の情報提供票を利用し,小児科医を中心に連携システムを地域で作り上げることが有効であろう10)
 妊娠期,周産期における医療機関から児童相談所などの行政への連絡が8~17%と年々増加している13)ことは評価できるが,それを生かせずに虐待死例が増加を示していることは残念である.実際,養育能力が低い母親が,退院後実家に帰り祖母の支援を受け安定していたが,自宅に戻った後に子どもを虐待死させたという事例があった.この事例では出産後医療機関より保健師に情報を伝え経過観察していたが虐待死を防げなかった.このような事例が繰り返されないよう,マンパワーの増強を含めハイリスク養育者の生活状況の変化に細かく対応できるような連携体制を地域で整えたい.
 また,生後1日から1歳未満の虐待死における主たる加害者が,実母43%に続いて実父36%である点に注目すべきである.養育能力が低い,衝動性,攻撃性,怒りのコントロール不全がある,感情の起伏が激しく,家庭内暴力があるといった父親に対する取り組みはまだ十分行われていない.すでに東京都では『父親ハンドブック』15)を作成しているが,妊娠中から父親の子育てについての関心を向上させ,母親と同様に父親に対する育児教室などの取り組みを地域で行っていくことは今後重要になるだろう.
 また,保護を怠ったことによる死亡が30%であるとともに,泣き止まないことへのいら立ちによる虐待死は特に虐待死が多い3歳未満で26%に認められている.養育能力の低い養育者に対する支援に加え,特に精神疾患があったり衝動性や攻撃性を特徴とする養育者に小児科医が対応するには精神科医との連携が必要である.患者が同一家族である場合,小児科医と精神科医の直接の連携が容易になるよう体制に工夫が求められる.
 最近では,小児虐待予防委員会に産婦人科医,精神科医が参加し連携がとれている医療機関がみられるようになってきた.しかし,地域での精神科,産婦人科,小児科のクリニック,病院間の連携は不十分であり今後の課題である.その対策として,児童虐待医療に精通した小児科医,精神科医,産婦人科医が在籍する病院にセンター機能をもたせ,地域ごとに認定していくことが考えられる.さらに,児童虐待に精通した助産師,保健師を育成して認定し,病院間の地域連携を担ってもらうのも対策となるであろう.
 小児科医を受診する前に虐待死する子どもを減らすために,精神科医,産婦人科医と連携し,ハイリスク養育者の特徴を知り情報を集約して,予防につなげる地域のシステムを構築していく必要がある.不適切な養育を受けた子どもが親となり,また不適切な養育を繰り返すという連鎖を断ち切り,健やかな親子に近づいていくよう精神科医,産婦人科医とともに支援をしていきたい(図3).

表1画像拡大表2画像拡大
図3画像拡大

おわりに
 小児科医が慢性疾患を通して不適切な養育に気づくとき,また精神科医,産婦人科医がハイリスク養育者となる可能性の高い患者への支援を求めたいとき,すぐに連携できる地域システムの構築を進めたい.学会そして地域での精神科医,産婦人科医,小児科医との連携が今後育児を担う養育者を育て,虐待予防につながると信じている.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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2) 浅野和行, 浅野わか: 小児気管支喘息の治療効果と家庭環境. 医療, 19 (7); 535-540, 1965

3) Jónsdóttir, U., Lang, J. E.: How does autism spectrum disorder affect the risk and severity of childhood asthma? Ann Allergy Asthma Immunol, 118 (5); 570-576, 2017
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7) Moncrief, T., Beck, A. F., Simmons, J. M., et al.: Single parent households and increased child asthma morbidity. J Asthma, 51 (3); 260-266, 2014
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10) 岡本陽子, 和田聡子, 光田信明: 虐待―周産期からの取り組みを紹介してください―. 周産期医学, 48 (9); 1083-1087, 2018

11) 奥山眞紀子, 山田不二子: 厚生労働科学研究費補助金(生育疾患克服等次世代育成基盤研究事業)分担総合研究報告書. 虐待対応連携における医療機関の役割(予防, 医学的アセスメンなど)に関する研究. 2013 (http://52.69.253.254/kokoro/medical/pdf/03_h20-22_5.pdf) (参照2012-08-19)

12) Schreier, H. M. C., Chen, E., Miller, G. E.: Child maltreatment and pediatric asthma: a review of the literature. Asthma Res Pract, 2; 7, 2016
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13) 社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会: 子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第1~13次報告). 2005~2017 (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000198645.html) (参照2021-08-19)

14) 社会保障審議会児童部会児童虐待等要保護事例の検証に関する専門委員会: 子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第15次報告). 2019 (https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000190801_00003.html) (参照2020-10-06)

15) 東京都保健福祉局少子社会対策部家庭支援課: 2016年度版父親ハンドブック. 2017 (https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kodomo/kosodate/f_handbook.html) (参照2020-10-03)

16) 友田明美: 子育て支援の意義を確認する―児童虐待といやされない傷―. 沖縄の小児保健, 42; 3-7, 2015

17) Weinstein, S. M., Pugach, O., Rosales, G., et al.: Family chaos and asthma control. Pediatrics, 144 (2); e20182758, 2019
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18) Zheng, Z., Zhang, L., Zhu, T., et al.: Association between asthma and autism spectrum disorder: a meta-analysis. PLoS One, 11 (6); e0156662, 2016
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