Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第8号

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資料
東日本大震災後8年間の宮城県沿岸部の自殺死亡率の動向
大類 真嗣1)2), 原田 修一郎1), 佐伯 涼香1), 佐藤 喬二1), 小堺 幸1), 林 みづ穂1)
1)仙台市精神保健福祉総合センター
2)東北大学東北メディカル・メガバンク機構
精神神経学雑誌 122: 573-584, 2020
受理日:2020年4月4日

 大規模災害後,被災体験や避難による生活環境の変化などさまざまな精神的ストレスが増大し,被災地の自殺死亡率が一定期間上昇することが報告された.一方,復興期でも,新たな恒久的な生活拠点への転居に伴うコミュニティの再分離や,仮設住宅供与といった経済支援の終了などから自殺死亡率が上昇することが懸念される.今回,2011年に発生した東日本大震災による津波被害を受けた宮城県沿岸部を対象に,2016年5月の仮設住宅供与終了時期に着目した自殺死亡率の動向を,記述疫学研究により検討した.2009年3月から2019年2月までの警察庁自殺統計をもとに,宮城県内の沿岸市区町(仙台市宮城野区・若林区,石巻市,塩竈市,気仙沼市,名取市,多賀城市,岩沼市,東松島市,亘理町,山元町,七ヶ浜町,女川町,南三陸町)の12ヵ月移動平均を用いた月別自殺死亡率を把握した.月別自殺死亡率の動向は,震災後1~2年経過した後に自殺死亡率が上昇した状況(人口10万人対16.1から22.0)と比較し,その上昇幅は小さいものの,2016年6月の15.6から2019年1月の17.9(人口10万人対)と徐々に上昇している傾向があった.性別では,男性では2016年6月付近から,また,女性では男性よりも1.5年ほど遅れて上昇した.今回の研究から直接的な原因は明らかにできないが,仮設住宅供与終了が開始された2016年5月以降,自殺死亡率がわずかではあるものの上昇していることから,供与終了に伴う経済的支援の終了やコミュニティの再分離の影響が示唆された.今回得られた知見は,将来発生しうる災害時でも,仮設住宅の供与終了など被災者を支援する制度の終了時期に自殺死亡率が上昇しうることを念頭におき,被災者への心理面に加え,経済面,就労面での支援を合わせて行うことや,地域住民同士の信頼関係や人間関係といったソーシャルキャピタルを醸成できる働きかけを継続し,強化していく必要性を示唆するものである.

索引用語:東日本大震災, 自殺, 災害精神保健, 記述疫学>

はじめに
 2011年3月に発生した東日本大震災は最大震度7,マグニチュード9.0の観測史上最大規模の地震であり,また巨大津波により沿岸部を中心に甚大な被害をもたらした.その影響により,123,000人以上の宮城県内の住民が仮設住宅への避難を余儀なくされた.これまで大規模災害後では,被災体験のみならず避難による生活環境の変化などで精神的ストレスが増大し7)30),被災地の自殺死亡率が一定期間上昇することが報告された4)14)16).東日本大震災後3年間の宮城県の沿岸市区町の自殺死亡率の動向に関する先行研究では,男性の自殺死亡率が震災発生後1.5年経過した後から上昇したことが報告されている19).東日本大震災の復興期においても,復興公営住宅などの新たな生活拠点への転居に伴うコミュニティの再分離や,仮設住宅供与終了といった経済的支援終了など,被災した住民を取り巻く環境が劇的に変化し,そのため精神的健康度が悪化し,自殺死亡率が再度上昇することが懸念された.しかし,これまで大規模災害後の復興期までにわたる被災地域の自殺死亡率のモニタリングを行った研究の報告は限られている22).今回,津波被害を受けた宮城県沿岸部で仮設住宅の供与が行われた14市区町を対象に,仮設住宅供与終了が開始された2016年5月以降に着目し,自殺死亡率の動向を検討した.さらに,得られた結果を,東日本大震災を含む大規模災害の被災地,ならびに,将来発生することが懸念される大規模災害の被災地における自殺・メンタルヘルス対策の基礎資料として提供すべく,震災後8年間の長期にわたる被災地の自殺死亡率のモニタリングを実施したので,ここに報告する.

I.方法
 調査期間を2009年3月から2019年2月までとし,警察庁自殺統計月別暫定自殺数(自殺日・住居地)をもとに,仙台市宮城野区・若林区,石巻市,塩竈市,気仙沼市,名取市,多賀城市,岩沼市,東松島市,亘理町,山元町,七ヶ浜町,女川町,南三陸町の14市区町を対象地域(沿岸部)とし,自殺者数を計上した(図1).自殺死亡率の動向を把握するため,次の2つの方法で自殺死亡率の検討を行った.①12ヵ月移動平均を用いた自殺死亡率の動向については,自殺死亡率の季節変動の影響を除し,かつ,調査対象地域内の月別自殺者数が少ない(男性は2~15人,女性は0~10人程度の範囲内で変動)ことから,数値の平滑化を行うために12ヵ月移動平均を用いた.②年齢階級別による沿岸部の自殺死亡率の検討については,2年移動平均により数値の平滑化を行った.いずれの方法も,対照を宮城県内の内陸部として,沿岸部の市区町との比較を行った.なお,自殺死亡率を算出するための人口は住民基本台帳を用いた.さらに,仮設住宅への入居状況を把握するために,宮城県震災援護室で公表している毎月の仮設住宅入居者数(応急仮設住宅,民間借上げ住宅およびその他の仮設住宅への入居者数の合計,前年同月比を算出)について,単回帰分析を用い検討した.対象市町の仮設住宅の供与状況は図2のとおりであり,岩沼市,仙台市,七ヶ浜町,亘理町,多賀城市および山元町は仮設住宅の入居開始から5年までの2016年を期限としている.同様に,塩竈市,南三陸町,気仙沼市および東松島市は入居開始から6年までの2017年,石巻市,名取市および女川町は入居開始から7年の2018年を期限として,仮設住宅が供与された.なお,災害公営住宅への入居者や防災集団移転など,公共事業による自宅の再建先は決まっているが,工期などの関係から住宅再建先に入居できない被災者を対象に,特例で入居延長を認める特定延長の措置を各自治体で設けている.
 なお,今回の研究は,資料としてすでに連結不可能匿名化されている情報のみを用いる記述疫学に該当するため,個人の尊厳および人権の尊重や個人情報の保護を規定している「疫学研究に関する倫理指針」(文部科学省・厚生労働省通知)は適応されない.

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II.結果
1.12ヵ月移動平均を用いた検討(図3a,b
 沿岸部,内陸部および全国の自殺死亡者数・死亡率の基本統計量は表1のとおりである.内陸部における自殺死亡者数,死亡率は沿岸部と比較して高値であった.沿岸部の12ヵ月移動平均を用いた月別自殺死亡率の動向は,震災直後から1.5年ほどの期間で大きく低下し,震災発生時の23.4から16.1まで低下した.しかし,その後1年ほどの期間をかけて22.0(いずれも人口10万人対)まで上昇した.仮設住宅供与終了が開始された2016年5月以降での自殺死亡率の動向は,震災後1~2年での上昇と比較すると,その上昇幅は小さいものの,2016年6月の15.6から2019年1月の17.9(人口10万人対)と徐々に上昇する傾向があった.また,それまでの期間,内陸部の自殺死亡率と比較し低い水準で推移していたものが,2017年の後半では自殺死亡率が逆転し,以降内陸部よりも高い状況が続いていた.
 性別での検討では,男性の自殺死亡率はおおむね全国と同様な推移で経過しており,震災後自殺死亡率が一旦低下した後,1.5年経過した時点で上昇に転じ,全国水準を大きく上回った.その後は再度低下したが,仮設住宅供与終了が開始された2016年5月付近を境に上昇に転じ,それまでの内陸部よりも低い水準であった状況から,内陸部を上回る状況となった.一方,女性も同様に震災後1.5年経過したあたりから上昇に転じ,その後は全国水準よりも低く経過していたが,2017年12月あたりから上昇に転じていた.

2.年齢階級別による検討(表2a,b
 2年移動平均による沿岸部の年齢階級別自殺死亡率は,表2a,bのとおりである.40~70歳代の年齢階級では,震災前と比較して自殺死亡率が大きく低下しており,その傾向は内陸部と同様であった.一方,30歳代の自殺死亡率は,内陸部では震災前と比較して低下している状況のなか,沿岸部では震災前と比較してほぼ変化がない状況であった.男性では,内陸部と比較して沿岸部の30歳代の階級で,他の年齢階級で確認された低下傾向は認めなかった.女性では,沿岸部の80歳以上の階級で,内陸部と比較して低い水準で経過していたものの,男性ほど一貫した顕著な傾向は認められなかった.

3.仮設住宅入居者数の推移(図4a,b
 応急仮設住宅,民間借り上げ住宅およびその他の仮設住宅に避難した,仮設住宅入居者数を図4aに示している.仮設住宅への入居者数は経年的に減少しており,かつ,供与開始当初の入居者数が大きく,仮設住宅供与終了開始前後の変化が判別しにくいため,仮設住宅入居者数の前年同月比の推移を別に示した(図4b).その結果,岩沼市,仙台市,七ヶ浜町,亘理町,多賀城市および山元町で仮設住宅供与終了が開始した2016年5月以降,仮設住宅入居者数の減少幅が前月よりも急激に大きくなり,同様に石巻市,名取市および女川町で供与終了が開始した2018年5月以降も,前月よりも減少幅が大きくなった.データを入手できた,①2013年4月から2016年4月,②2016年5月から2018年4月および③2018年5月から2019年5月までのそれぞれの前年同月比の入居者減少割合の単回帰分析を行った.その結果,基本統計量は,①2013年4月から2016年4月の37ヵ月の期間では,平均-23.6%の変化率で,標準偏差5.9,②2016年5月から2018年4月までの24ヵ月の期間では平均-55.4%の変化率で,標準偏差8.1,③2018年5月~2019年5月までの13ヵ月の期間では平均-85.5%の変化率で,標準偏差6.5であった.単変量回帰の結果,回帰係数はそれぞれの期間において-0.487,-1.157,-1.660と徐々に大きくなり,仮設住宅の供与終了時期に合わせて仮設住宅入居者が段階的に減少していった.

図3画像拡大
表1画像拡大表2画像拡大
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III.考察
1.東日本大震災後の復興期における自殺死亡率の動向とその背景
 東日本大震災を含めた,これまでの大規模災害後の急性期,中長期における被災地の自殺死亡率については,1995年に発生した阪神・淡路大震災16),1999年に発生した台湾大地震14),2004年に発生した新潟県中越地震4),さらには,東日本大震災および原子力発電所事故の避難区域内の動向18)19)といった先行研究においてでも,1~2年程度の一定期間経過した後に上昇することが報告されており,今回の研究結果とも一致していた.大規模災害の体験を共有し,くぐり抜けてきたことで,被災者同士が強い連帯感で結ばれる,といったハネムーン期8)15)や,被災により地域とのつながりが強化される16)ことが影響し,一定期間自殺死亡率が低下する可能性があることが報告されている.しかし,被災から年余(時に数年)にわたる幻滅期5)では,同じ被災者のなかでも,復興に向けて前進できている人と復興から取り残されている人との間に格差が生じるといった,「はさみ状格差」が生じることが報告されている5).すなわち,被災地が全体としては復興に向けて前進し,被災者の生活再建対策が進行する時期である一方,生活環境の劇的な変化によるストレスに長期間さらされ続けた結果,回復が遅れる被災者や,PTSD(posttraumatic stress disorder)やうつ病,アルコール依存,ひきこもりなどの精神医学的病態を抱え続ける被災者が存在している5).このような災害の幻滅期における被災者間の「はさみ状格差」による孤立感,無援感およびそれによって生じる精神的健康の悪化が,一定期間を経た後の自殺死亡率の上昇に影響を与えた可能性が考えられる.
 一方,大規模災害後の復興期における自殺死亡率の動向を報告したものは限られているが,福島第一原子力発電所事故による避難指示区域内の自殺死亡率の動向を報告したものでは,男性では避難指示が解除され始めた2015年から全国水準よりも高い水準で推移し,女性では避難指示解除から一定期間経過した2017年に急激に自殺死亡率が上昇し,被災以降では最も高い水準となっていた22).宮城県沿岸部の東日本大震災後の復興期に着目した今回の自殺死亡率のモニタリングの結果でも,男性では仮設住宅供与終了が始まった2016年5月付近から,女性では男性よりも若干遅れた2017年12月あたりから,それまでの減少傾向から上昇に転じており,女性の方が遅れて上昇する点も含めて,宮城県でも福島県の避難区域内の状況と同様の動向であることが確認できた.
 次に今回の研究で用いたデータでは,自殺の原因までは把握できなかったため,その自殺死亡率上昇の原因を明らかにすることはできないものの,自殺率が上昇したと考えられる背景について論じる.今回の自殺死亡率の上昇と仮設住宅供与終了時期と同時期であったことから,仮設住宅の供与といった経済的支援が終了し,また,仮設住宅で構築されたコミュニティが分離したことが背景にあることが考えられた.
 先行研究では,男性の方が経済状況の悪化に影響を受け,自殺のリスクファクターになりやすい1)31)ことが報告されている.地域全体の経済状況については,宮城県全体の県内の有効求人倍率は,全国と同様に震災以降上昇し続けており9)11),企業倒産数も急激な増加はない状況26)で,県全体における経済状況の顕著な悪化は認められない.したがって,災害救助法により無償で提供された仮設住宅の供与終了といった,経済的支援の終結が,生活困窮のある被災者に特に影響を与え,精神的健康度の悪化をきたした可能性が示唆された.
 また,仮設住宅の供与終了は,経済的支援の終結の側面だけではなく,ソーシャルネットワークや人々がもつ地域住民同士の信頼関係や人間関係といった「ソーシャルキャピタル」が,新たな生活拠点への移動時に分離したことを考慮に入れる必要がある.東日本大震災後に行われた先行研究では,ソーシャルネットワークが精神的健康に重要な役割を果たしていることや,高いソーシャルキャピタルが精神的健康を保持する上でも有用であることが報告されている12)27).実際,東日本大震災以降,仮設住宅内では運動教室や健康教室,サロンなど避難者同士のつながりを醸成するような取り組みが多くなされてきた.このような取り組みなどを通じて仮設住宅内でのコミュニティや地域とのつながりが構築されたが,図4bに示したとおり,仮設住宅の供与終了開始後に顕著に仮設住宅入居者数が減少し,仮設住宅内で構築されたコミュニティが再度分離したことが考えられ,その結果,復興公営住宅を含む新たな生活拠点に移動した住民の精神的健康度が悪化した可能性も考えられる.
 なお,年齢階級別の検討では,他の年齢階級において震災以降,自殺死亡率が低下しているなかで,30歳代では,一貫して震災前とほぼ変わりがなかった.その背景については,直接的な関連は定かではないものの,被災直後から公務員をはじめとした職場における業務負担の増大や,それに伴うメンタルヘルスの悪化が報告されている2)20)25).全国的な状況ではあるが,週60時間以上就業している割合は,30,40歳代が全年代のなかで最も高くなっている状況10)からも,被災への直接的な対応やそれに関連する業務負担の増加により,メンタルヘルスを悪化させた可能性も考えられた.そのような背景に加え,同じく東日本大震災で被災した岩手県で2018年に実施された調査では,若い年代ほど震災で失った住宅や車のローンが残っている割合が高い6)といった結果があり,震災後7年経過した時期でも経済的な負担を抱えている状況がうかがえた.この報告は岩手県の状況ではあるものの,宮城県沿岸部でも同様のことが生じている可能性がある.このように,震災による経済的負担が増した状況に,さらに仮設住宅の供与終了に伴う経済的な負担が重複したことも影響したかもしれない.
 一方,40~70歳代の年代においては,震災後からほぼ一貫して自殺死亡率が低下していた.震災以降の有効求人倍率の継続的な上昇9)11)や,企業倒産数の低水準25)に反映される経済状況,被災者に対する国民健康保険などの一部負担金の免除13)17)といったことが,震災以降の自殺死亡率の低下に影響したことが考えられた.

2.復興期における被災者支援の着眼点
 過去の大規模災害後に行われた先行研究では,被災者が抱える困難の性質は,被災によって一時的に生じた問題だけではなく,むしろ,経済的困窮をはじめとする貧困問題としての性質がきわめて強く現れることが報告されている29).加えて,東日本大震災後の福島県内の被災者の精神的健康の回復に関する要因については,震災による失業や経済的な暮らし向きの困難さが精神的健康の回復を阻害することが指摘されている21).したがって,心理的な支援に加え,必要な範囲内での生活困窮のある避難者に対する経済支援や雇用支援の必要性があることが考えられる14)23).さらに加えて,復興公営住宅など新たな生活拠点への移動により地域とのつながりやソーシャルネットワークが分離し,その結果,復興期における自殺死亡率の上昇に影響を与えた可能性がある.緊密な人と人との絆(close ties,bonding)が即時的なコミュニティ支援に加え,異なる組織同士をつなげるネットワークづくり(bridging social capital)や,個々の組織同士を自治体や上部組織がつなぐ連携(linking social capital)を行うことが,長期的な視点で災害を乗り越え,コミュニティを再活性化させる過程につながることが報告されている3).阪神淡路大震災後の復興公営住宅内での高齢者の孤立24)28)の課題が浮き彫りになったことからも,新たな生活拠点に移動した後も,被災した住民同士のつながりに加え,もともとあった地域コミュニティや組織とのネットワークづくりといった,被災した住民のみの活動だけにとどまらない,地域全体に溶け込ませる形でのネットワークづくりなど,人々がもつ地域住民同士の信頼関係や人間関係といった「ソーシャルキャピタル」を,さまざまなレベルで醸成するための働きかけを継続していくことが必要であると考えられた.

3.研究の限界点
 今回の研究では,警察庁自殺統計月別暫定自殺数(自殺日・住居地)のデータを用いた.これは自殺のあった時点での住居地のあった場所で計上されるため,もともとは沿岸部に住居地があり被災した場合でも,震災直後や仮設住宅から新たな生活拠点へと移動する際に,内陸部の市区町村に避難,転居した後に自殺が発生した場合には,内陸部の死亡者数として計上されることになる.したがって,結果を過小評価している可能性が挙げられる.次に,自殺統計では自殺の原因・動機も併せて情報を得ることができるものの,今回の研究では月別住居地の市区町村別にデータを収集したため,自殺死亡数が0ないし1名程度の場合がほとんどであった.このように自殺死亡数が少数の場合,職業および原因・動機については個人が識別されないよう公表しないことになっているため,今回の研究では原因・動機の分析が行えなかった.最後に,仮設住宅の供与終了時期に着目して自殺死亡率の動向を検討した結果,仮設住宅の供与終了時期や仮設住宅入居者数の減少と同時期に自殺死亡率が上昇に転じているという結果ではあったが,この結果から因果関係を導き出すことはできないため,結果の解釈には一定の限界がある.加えて,図2のとおり,沿岸部の自治体でも被害状況や復興状況によって仮設住宅の供与期限が異なっていため,仮設住宅の供与終了時期が段階的である点に留意が必要である.

おわりに
 先述した研究の限界点はあるものの,仮設住宅供与の終了といった大規模災害後の復興期における被災地域の自殺死亡率のモニタリングに関する報告は非常に限られていることからも,東日本大震災の他の被災地に加え,将来発生しうる災害時でも,復興期の被災地における自殺・メンタルヘルス対策の基礎資料に活用されうるものであると考えられる.今回得られた結果をもとに,仮設住宅供与など被災者を支援する制度の終了時期に自殺死亡率が上昇しうることを念頭におき,被災者への支援活動,具体的には心理面での支援に加え,生活困窮のある被災者への経済面,就労面での支援を行うことや,人々がもつ地域住民同士の信頼関係や人間関係といった「ソーシャルキャピタル」を醸成できる働きかけを継続し,強化していく必要性を示唆するものである.これを踏まえ,仙台市では「自殺対策計画」を2019年に策定し,東日本大震災の被災者を重点対象として対策を講じているとともに,「仙台市震災後心のケア行動指針」を見直し,震災後10年経過した以降も心のケア活動を継続していく方針としている.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 東日本大震災発生以後,公益社団法人日本精神神経学会をはじめ,多くの関係機関の方々から被災地の復興のために多くのご尽力を賜りました.この場をお借りして御礼申し上げます.

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