Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第7号

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討論
石塚論文『「遺伝」を継承と多様性で語る精神科医療に』を読んで―当事者・家族の立場から補足すること―
夏苅 郁子
やきつべの径診療所
精神神経学雑誌 122: 509-513, 2020
受理日:2020年2月29日

索引用語:当事者, 家族, 遺伝負因, 遺伝継承, 多様性>

はじめに
 本誌121巻第8号に掲載された石塚論文4)は「精神疾患の遺伝負因は負の要因なのか」という問題提起から考察を展開,精神疾患に付随する遺伝の負のイメージを変え,また遺伝について当事者・家族と話し合う必要性を指摘している.著者は,統合失調症の母親をもち,自身も精神科に通院した当事者であるが7)8),当事者・家族の立場から,どの程度,精神科医は家族歴を聴き取りそれをどのように当事者・家族にとって有益に活かしているのか,また,精神疾患の病態解明にかかわる問題として遺伝子疾患に関心をもち,当事者・家族にゲノムについて説明できるのかに疑問を抱いてきた.本稿では,当事者の立場から,石塚論文に意義があると感じられる点を整理するとともに,石塚論文に補足したい点について論じたい.

I.石塚論文の意義
1.「遺伝を当事者・家族と話し合う」という方向性を示した点
 これまで本邦では,精神疾患と遺伝子疾患の関係を専門的に述べる論文はあったが,遺伝について「当事者・家族とどのように話し合うべきか」を中心に述べた論文はほとんどなかった.石塚論文は,精神疾患の「遺伝負因」をもつ家族としての著者の問いに,わかりやすい文体で答えた論文である.
 特に家系図を使った遺伝カウンセリングは,一般診療でも使える当事者・家族にとって有益な方法と思われる.家系図は,遺伝の可能性を調べるという目的だけではない.石塚論文では,相談者が社会的不適応と解釈していた親族が,対人的な負荷の少ない職場を選んで就労に励んでいる事実を,家系図を書きながら治療者とともに確認し,相談者の精神疾患に対する考え方の是正につながった症例が紹介されている.

2.「遺伝」のイメージを変えようとしている点
 石塚論文は「遺伝負因」という用語の歴史について,本来は継承(heredity)と多様性(variation)を合わせた概念である遺伝学(genetics)という言葉が,日本では継承する意味の訳語「遺伝」として定着した経緯も含めて説明している.実際に本学会でも2016年まで「遺伝負因」の表現を用いてきた.
 石塚論文では「負」がもつ否定的なニュアンスは看過しがたいと述べており,そのうえで「統合失調症の遺伝要因は必ずしも否定的な側面ばかりでなく,創造性や身体的特徴など個人の素質に幅広くかかわることがわかっている.少なくともわれわれ精神科医は,精神疾患の家族歴を多様性の範疇として中立的に捉えるのが妥当ではないだろうか」と記述されている.
 この文章は,著者にとって母親と著者の関係性を振り返る大きなきっかけとなった.著者の母親はまったくの無名だったが,生涯小説や創作活動に没頭した文学者だった.著者も文章を書くことは苦にならない.母親の極めて創造的な才能と精神疾患の発症との関連は今となっては想像するしかないが,少なくとも著者に受け継がれたそのような素養は悪い面ばかりではないのだと思い直すことができた.
 福田1)は,「精神科医の特権」についての論文のなかで,当事者・家族から科学的に正確ではない専門用語を慣用しないことを求める意見があったと述べている.例として「遺伝負因」は誤りで「家族歴」であり,「遺伝子異常」は正しくは「遺伝子変異・遺伝子多型」であり,また遺伝だけではなく「生活の障害」を「生活の困難」に,「脳構造の異常」は「脳構造の変化」に,「正常と異常」は「生理と病態」へと,用語を工夫して偏見を減らす取り組みは専門家だからこそ進めやすいと述べている.
 当事者・家族は,精神疾患への偏見に現在でも苦しんでいる.精神科医が慣例として使っている専門用語が偏見を助長していることを精神科医自身が認識し,専門用語の再考を検討していただきたい.

3.偶然要因を取り上げた点
 石塚論文は,遺伝におけるさまざまな誤解やタブーがあるなかで,精神疾患の発症における「偶然要因」つまり「運」についてもはっきりと言及している.当事者・家族は,「運」という言葉を口に出しては身も蓋もないという思いから平素はあまり表現しないが,実は「運」の力について最も知っているのは当事者・家族ではないだろうか.著者も「人生は,基本的には不公平」と考えている.
 笠原5)の「第一線をいく精神科医こそこの『運因』をもっともよく知っているはずだ.われわれ平均人健康人より,遺伝,家庭関係,能力,対人関係,その他において一寸ばかり不運が重なったのであって,そんなに違いはしない.精神医学的ケースとは元来そういうものではないか」という文章を引用し,臨床医が漠然と感じながら整理できていない「運因」への考え方を示唆している.
 また,石塚論文はTomasetti, C. ら12)の論文を引用し,がん発症に遺伝要因・環境要因に加えて偶然が大きく寄与することが生物統計学的手法で立証され,発症の大部分は「その人のせいではない」と述べている.単なる慰めではなく,精神科医がこのような知見を基盤にして偶然を意識することは,負い目を抱えやすい家族にとって有益であると考える.
 著者は,ある講演会で治療抵抗性の統合失調症の母親をもつ高校生から次のように質問された.「先生がこの病気を脳の病気と説明するなら,脳も臓器の1つなのだから精神科医は話ばかりしていないで,母の脳を治すべきではないですか? 肝心の脳については,精神医学は何を治療しているのですか?」さらに彼は「統合失調症は,遺伝しますか?」と聞いてきた.
 著者は彼の2つの質問のどちらにも,はっきりと自信をもって答えることができなかった.かつての著者のように,彼が著者の答えに釈然としない気持ちを抱えていることが痛いほどわかった.
 著者は「親が統合失調症である場合のリスクは,一般的なリスクの6倍程度と考えられている」3)といった文献的な答えを彼にするつもりはまったくなかった.なぜなら,石塚論文にも記述されているように,家族にとっては「発症するか,しないかの二者択一しかない」からである.また統合失調症の有病率は1%という説明も,著者やこの高校生にとっては,あまり意味がない.なぜなら,目の前の親はすでに発症しており,家族にとっては1%ではなく100%だからである.
 遺伝要因と環境要因には相互作用があり,そのうえにさらに偶然要因も重なる.これらの要因が実際にどのように相互作用するかについては,科学的にはまだ少ししか解明されていないのが現状である2)10)13).偶然要因も含めて,この現状を謙虚に受け止めつつ当事者・家族と話し合う姿勢が,臨床医には求められるのではないだろうか.

II.石塚論文に補足したいこと
1.精神科医が家族歴を聴き取り,遺伝子について語ることを「希望を処方する」ことにつなげるために必要なこと
 石塚論文では「ゲノムがもつ継承と多様性の話題にも希望を処方できる精神科医が育つことを願う」とあるが,「希望を処方する」という表現を,当事者・家族としての著者は複雑な思いで読んだ.また「遺伝には,否定的な面ばかりではない」と述べられているが,そもそも精神科医自身が本当に「希望をもつ」ことができているのであろうか.
 著者が「遺伝による継承は,悪い面ばかりではない」と思えるまでには,数十年という年月が必要だった.家族歴を「多様性の範疇として中立的に捉えて」著者に説明してくれる人が周囲にいなかったことが,長い時間を要した原因の1つかもしれない.そういう意味で,遺伝を語れる精神科医を増やすことは確かに1つの解決になると考える.
 しかし,それ以上に大きな原因は,「精神医学が今もなお,患者の症状を治しきれていない」という事実だと著者は思っている.著者は精神科医になってからも公表するまでは,母親のことは存在さえ封印していた.結婚後に姓が変わったとき,二度と旧姓は思い出したくないとさえ思っていた.おぞましい負の運命を「継承」したくなかったからだ.著者がそう考えるに至ったのは,母親の症状が一家全体を巻き込むほど酷かったからである.数年単位ではなく数十年にわたる症状発現は,やがて家族離散につながった.人の一生のかなりの部分を占める期間を,偏見を恐れてじっと症状に耐えなくてはならない.それは「負因」そのものだった.「100人の支援者・理解者よりも,母親の病気を治す1錠の薬がほしい」が,当事者・家族としての著者の本当の願いだった.
 では,著者自身はなぜ受け止められるようになったのか,を考えてみたい.
 著者における「負因」の受容に一番貢献したのは,公表後に何百回と自分や家族の話を聴いてもらった体験だった.今まで隠してきた暗い家族史を,家族会や当事者会の方は否定せず温かな眼差しで聴いてくれた.著者の来歴を,多くの人が認めてくれた瞬間だった.人は,「承認」されないと前には進めない.過去は変えることはできないが,過去を見る目は変えることができる.それは,誰かに促されての変化ではなく,語りにより自然とその人のスピードのなかで生まれてくる変化であることが大切だと著者は実感した.こうした変化があったからこそ,著者は「マイナスだと思っていた自分の人生にも,価値がある」と思えるようになった.
 「遺伝要因は必ずしも否定的な側面ばかりでない」と言われても,著者の個人的な印象では,現在進行形で精神症状に苦しむ当事者・家族には簡単には受け止めにくい場合もあると推察する.また,治療抵抗性の患者の対応に難渋している精神科医は,「中立的」に家族歴を受け止められるのであろうか.
 当事者・家族,精神科医が遺伝を中立的に受け止めるには,著者が体験したナラティブのもつケアの作用についても認識していただきたい.「語り」は,遺伝と同様に個人の努力ではどうにもならなかった「環境要因」と「偶然要因」を受け入れる作業となるのではないだろうか.
 同時に,精神科医自身も「精神科医療の未来に希望をもつ精神科医」になる必要がある.それには,「病いの体現者」である当事者・家族の「語り」を繰り返し聴き,医学知識ではなく彼らの希望につながる変化を目のあたりにしてほしい.また,人の話が聴ける医師になるには「まず,その人自身が話を聴いてもらう体験をすること」だと著者は思っている.精神科医も,他者に話を聴いてもらう体験を積んではどうか.
 こうした姿勢は遺伝に限らず,精神科医療従事者に普遍的に必要なことであろう.しかし,精神疾患の原因がいまだ特定できず遺伝要因と環境要因,偶然要因の相互作用からなることを考えると,精神科医は科学的な根拠をもとに自信をもって「遺伝の関与を語る」ことはできないことになる.当事者・家族から「遺伝について聞かれた際」には特に,明確に答えられない現状を謙虚に受け止めながら客観的に当事者・家族と話し合う姿勢が求められるが,これはなかなか難しいことではないだろうか.著者の個人的な見解だが,難しいことを上手にできるようになるためには,相手の立場を体験すること,つまり「話を聴いてもらう体験」をすることも必要ではないかと考える.それにより感覚的にわかってくることがあるように思う.できれば遺伝カウンセラーなどが聞き手であると,一層よいのかもしれない.

2.精神科医が遺伝子疾患研究を通した精神疾患の病態解明に関心をもつことの重要性
 近年は発達障害の診断を受ける当事者・家族が増えているが,遺伝子疾患である22q11.2欠失症候群は多彩な症状を呈し,自閉スペクトラム症,注意欠如・多動性障害,統合失調症などの精神疾患を発達段階的に高率に合併することが知られている3)6)9)11).こうした遺伝子疾患を精神疾患の病態解明にかかわるものとして受け止め学ぼうとするモチベーションが,精神科医にはどれほどあるのだろか.繰り返しになるが,当事者・家族が真に願うのは充実したサービスよりも「治す」ことが可能な精神医学だと著者は考えている.そうした当事者・家族の願いを知り,精神科医には遺伝に関する文献も積極的に目を通していただきたい.著者は遺伝関係の文献9)を読み,「精神疾患や神経発達症は治る可能性がある病気」という希望をもつことができた.実現は今すぐにではなくとも,未来に少しでも可能性をみることができることは大切なことではないか.遺伝子疾患についての最新の知識に関心をもつことも「希望を処方する」精神科医になるには,必要なのではないだろうか.

3.当事者・家族へゲノムについて説明できる精神科医を増やすための工夫
 石塚論文では「各地域に臨床遺伝専門医や認定遺伝カウンセラーがいる」と記載され,それらの専門家を中心に遺伝カウンセリングの依頼や症例のコンサルテーションなどの連携関係が構築されるとよい,と述べているが,実際には全国で1,334名存在する臨床遺伝専門医14)のうち,精神科医は10人という現状がある(2019年10月21日現在).
 著者は,母親の病気に関して「遺伝」という視点での説明は担当医から何も聞かされなかった.30歳を過ぎた頃に「30歳を過ぎたのだから,もう(発病の危険性は)大丈夫なんじゃないの?」という,科学的な説明のない極めて一般論的な答えをもらったのみである.晩発性の統合失調症もあるからには,このような一般論では納得できるはずもない.
 著者が当事者として治療を受けた当時から数十年たった現在も,状況は同じである.現在の日本では,当事者・家族は医師を選べる環境にはおかれていない.担当医が何を専門にしており何が得意なのか,何が不得手なのかも当事者・家族にははっきりわからない.石塚論文に記述されたような遺伝の知識を多くの精神科医がもっているのであれば,知識と経験を多職種で共有しつつ治療に反映することができるだろう.しかし,臨床遺伝専門医の資格をもつ精神科医が全国で10人という現状でこうした協働は可能であろうか.
 本当に精神科医療を変えるなら,精神科医のなかに「いかにして遺伝を語れる臨床医を増やしていくのか?」を考えなくては,当事者・家族は真の恩恵にはあずかれない.
 著者は,2018年の日本統合失調症学会において「遺伝」についてのシンポジウムを開いてほしいと,当事者・家族の立場から大会長へ請うた.シンポジウムは実現し,遺伝専門医や22q11.2欠失症候群の患者の家族会(22ハートクラブ)のメンバー,著者など遺伝に関係した多様な登壇者がそろい充実した内容だったと考える.本学会総会でも,遺伝について「多様な」顔ぶれによるシンポジウムを開いていただきたい.そうした積み重ねが,遺伝に関心をもつ医師を育てていくのではないか.当事者・家族が総会のプログラム作りに参加する機会を作ることは,精神医学にとってより幅広い領域の開拓になると考える.

おわりに
 「遺伝要因と環境要因と運(偶然要因)」を乗り継いで人生を生きていくには,道案内が必要である.医療者がそこを理解するためには,当事者の人生をごく初期からしっかり聴き取ることが必要だと改めて思う.
 著者は,生きていくうえでのナビゲーターが欲しかった.ここで述べるナビゲーターとは,当事者の個々の遺伝要因や環境要因・偶然要因を総合的に理解して,わかりやすい説明や今後に向けてのアドバイスをしてくれる治療者という役割を意味する.
 当事者・家族が発症後の早い時期に納得できるような説明を受けて,その後の貴重な人生を豊かに歩めるように精神医学が発展していくことを願っている.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 福田正人: 精神科医の「特権」に気づき役立てる. 精神経誌, 117 (5); 353-361, 2015

2) Fusar-Poli, P., Tantardini, M., De Simone, S., et al.: Deconstructing vulnerability for psychosis: meta-analysis of environmental risk factors for psychosis in subjects at ultra high-risk. Eur Psychiatry, 40; 65-75, 2017
Medline

3) 石塚佳奈子, 尾崎紀夫: 精神疾患のジェネティクス―自閉スペクトラム症―. CLINICAL NEUROSCIENCE, 36 (2); 238-241, 2018

4) 石塚佳奈子, 尾崎紀夫: 「遺伝」を継承と多様性で語る精神科医療に―精神疾患の遺伝要因を当事者やその家族とどう話し合うか―. 精神経誌, 121 (8); 602-611, 2019

5) 笠原 嘉: 精神科における予診・初診・初期治療. 星和書店, 東京, p.122-123, 2007

6) 加藤秀一, 尾崎紀夫: 自閉スペクトラム症―診断上の留意点と, 発症メカニズムの最近の知見について―. 臨床神経学, 59 (1); 13-20, 2019

7) 夏苅郁子: 「人が回復する」ということについて―著者と中村ユキさんのレジリエンスの獲得を通しての検討―. 精神経誌, 113 (9); 845-852, 2011

8) 夏苅郁子: 人は, 人を浴びて人になる―心の病にかかった精神科医の人生をつないでくれた12の出会い―. ライフサイエンス出版, 東京, 2017

9) 名和佳弘, 久島 周, 尾崎紀夫: 既知の遺伝子疾患と関連する神経発達症・統合失調症. 臨床精神医学, 48 (1); 53-61, 2019

10) Peh, O. H., Rapisarda, A., Lee, J.: Childhood adversities in people at ultra-high risk (UHR) for psychosis: a systematic review and meta-analysis. Psychol Med, 49 (7); 1089-1101, 2019
Medline

11) Schneider, M., Debbané, M., Bassett, A. S., et al.: Psychiatric disorders from childhood to adulthood in 22q11.2 deletion syndrome: results from the International Consortium on Brain and Behavior in 22q11.2 Deletion Syndrome. Am J Psychiatry, 171 (6); 627-639, 2014
Medline

12) Tomasetti, C., Vogelstein, B.: Cancer ethiology. Variation in cancer risk among tissues can be explained by the number of stem cell divisions. Science, 347 (6217); 78-81, 2015
Medline

13) van Os, J., Guloksuz, S.: A critique of the "ultra-high risk" and "transition" paradigm. World Psychiatry, 16 (2); 200-206, 2017
Medline

14) 臨床遺伝専門医制度委員会: 全国臨床遺伝専門医・指導医・指導責任医一覧. (http://www.jbmg.jp/list/senmon.html) (参照2019-10-21)

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