Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第5号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 近年の自然災害から学ぶ精神保健医療支援の実際―身近な地域での災害発生に備えて―
東日本大震災を通して考える災害での支援と受援―宮城での経験から―
松本 和紀1)2), 林 みづ穂3), 小原 聡子4), 福地 成2), 原 敬造5)6)
1)こころのクリニックOASIS
2)みやぎ心のケアセンター
3)仙台市精神保健福祉総合センター
4)宮城県精神保健福祉センター
5)原クリニック
6)震災こころのケア・ネットワークみやぎ
精神神経学雑誌 122: 386-393, 2020

 東日本大震災では広域な被災地にいくつもの異なる災害の状況があり,フェーズによっても異なる支援と受援の課題がみられてきた.長期支援を必要とする被災地にとっては,直後・急性期から,縦断的かつ長期的な視点をもった支援がありがたい.精神保健活動や精神医療の水準は,地域ごとに異なり,短期的な視点からその水準を高めても,長期的には役に立たなかったり,むしろ重荷になることさえある.被災地のニーズや受援力の違いを認識し,受援側では,自らが必要とし,制御できる範囲で受援体制を構築する必要がある.受援側が発災前から主体的に準備をしていた例としては,仙台市が,東日本大震災の発災前に災害時地域精神保健福祉活動に関するガイドラインを作成し,受援側の心構えとシステムを作り,外部支援者用のガイドラインをホームページに掲載していたことが挙げられる.また,発災後には,宮城県の精神保健医療福祉関係者が,お互いに情報交換を行い,連携するための会議が作られたが,地域の関係者間で顔の見える関係が日頃から作られていたことが,発災後の支援と受援に役立った.地元の支援者の連携は,直後・急性期だけではなく,中長期的に安定した支援体制を構築するための鍵となる.発災から8年が経過した宮城県では,これまでの災害に特化した“特別”な支援から,平時の“普通”の支援への移行をいかにスムースに行うべきかが課題となっている.これまでに支援を受けてきた被災地の地元の人々の受援者としての立場を理解したうえで,これからの支援のあり方を検討していく時期へとさしかかっている.支援者と受援者は相互に入れ替え可能な立場であり,支援力と受援力は表裏一体の関係にあるといえるだろう.

索引用語:東日本大震災, 受援, 災害, こころのケア, 地域精神保健医療>

はじめに
 ひとたび大きな災害が起こると,被災地には多数の支援者が押し寄せ,地元の支援者は外部支援者と協働して支援活動にあたることを求められる.外部支援者と地元の支援者には共通点も多いが,異なる役割や立場もあることをお互いに理解しておくことは協働的な支援を行うためには大切だろう(表1).さらに,地元の支援者は,支援活動を行う支援者としての立場に加えて,外部から支援を受ける受援者としての立場も有している.外部支援者の多くは,支援についての準備性を有しているが,予想外の災害にあったばかりの地元の支援者は,受援の準備が不十分なままに災害支援にあたることも多い.
 こうした状況にある地元の支援者にとって,外部の支援者はありがたい存在であると同時に,時として大きな負担となったり,そのかかわりによって傷つけられてしまう存在でもある.善意の支援者も,侵入者,加害者になりうることは,あらゆる支援者が自覚しておくべきことだろう.外部の支援者が,地元の支援者に必要以上に負担を強いたり,傷つけたり,あるいは支援者が去った後に地元では抱えきれないような課題を残すことのないように,支援のあり方を吟味することは重要である.一方,地元の支援者や被災地の住民は,外部支援者からさらなる“被害”を受けるリスクを減らすための対策をとると同時に,平時のうちに外部からの支援を受け入れる受援の準備性を高めていくことも必要だろう.
 本稿では,東日本大震災の発災から8年(シンポジウム発表時:2019年6月)経過した宮城県の関係者が,直後・急性期における受援の経験を振り返るとともに,中長期的な視点から,支援を受ける沿岸部被災地の受援に役立つ今後の支援のあり方について検討し,課題を整理した.

表1画像拡大

I.東日本大震災における宮城の直後・急性期
 大規模災害の直後・急性期には,被災地の外部からの支援が必要になる.東日本大震災の宮城県では,図1に示されているように,精神保健医療の領域についても多数の支援者・支援団体による支援が行われた3).各地域での支援は,被災地の圏域自治体が管轄できる範囲内で行われるものばかりではなく,圏域自治体が普段は管轄することが少ない領域においても多数のニーズが上がり,さまざまなルートを通じて支援が行われた.圏域自治体が管轄可能な範囲の支援は避難所を中心に行われ,主にこころのケアチームがこれを担当した.宮城県では,従来のこころのケアチームに加えて,地元の支援関係者として東北大学精神医学教室がコーディネートするチーム,日本精神神経科診療所協会と宮城県精神神経科診療所協会がコーディネートするチームもこころのケアチームとして活動した3)
 外部から訪れる多数の支援関係者から支援を受ける際には,各地の被害状況と支援ニーズに応じて,支援者をコーディネートすることが必要となる.外部の支援者がコーディネートの役割を担うこともある程度は可能かもしれないが,地元の関係者が水先案内人として果たす役割の意義は大きい.受援者である地元の支援者と外部支援者とが連携しながら臨機応変に全体をコーディネートすることが,急性期の混乱を最小限にし,効果的な支援を行うために必要となる3)

図1画像拡大

II.急性期における地元支援者の連携
 東日本大震災の発災から4日後の3月15日,宮城県内の精神保健医療関係者が集まり,情報交換と今後の対策を検討する会が開催された3).この集まりはその後,「東日本大震災宮城県精神保健医療福祉対策会議」として定期的に開催された.会議のなかでは,県内各地の被災状況と支援ニーズ,支援チームの動向,県内関係者の活動状況などの情報が共有された.このように発災後の支援のために地元関係者間のネットワークを強化することは,結果的には地域の受援力を高めることにも役だった.特に,災害後の支援ニーズは時々刻々と変化し,広域に被害を受けた宮城県では,地域ごとに状況は大きく異なっていた.このため,複数の地元関係者による丁寧なアセスメントと,臨機応変で柔軟な支援コーディネートが必要とされた.受援側の地元支援者が主体的に災害支援にかかわるためにも,地元関係者の連携と情報共有は極めて重要であった.

III.急性期における仙台市での受援の例
 災害急性期には,多くの自治体が外部からの支援受け入れに苦労したが,政令市である仙台市は,精神保健福祉領域における受援が比較的円滑だったと評価されている.背景には,事前構築した災害時支援体制を含む災害時地域精神保健福祉ガイドラインを発災前の2008(平成20)年に作成していたことや人材育成などが挙げられる.その支援体制は,仙台市精神保健福祉総合センターが外部支援の受け入れを含めて全体をコーディネートしながら,支援の主体と位置づけた各区保健福祉センター(保健所)をバックアップするものであった.
 受援には,災害支援に関する知識と心構えが,体制の事前構築同様に重要であった.また,先の見通しを含めたアセスメント,特に支援時期に応じた支援についての評価が必要とされた.その際には,急性期ほど地元注視に陥りがちな被災地独自の視野狭窄に陥ることなく,全体を俯瞰する視点も求められた.また,外部チームに敬意を表しつつも率直に意見交換できる疎通性,できれば対等感が大切であり,外部チームの撤退後に担えなくなるような支援については,支援を受けるリスクの検討も必要であった.
 最後に,コーディネート機能の重要性も指摘しておきたい.コーディネートでは,外部チームとさまざまな調整を行うが,これは支援を円滑にするだけでなく地元支援者の負担を減ずる効果もあった.かつ,コーディネート側が黒子に徹することが,現地支援機関の主体性を奪わないためには重要と考えられた.

IV.中長期的な受援―からころステーションでの例―
 からころステーションは,東日本大震災後に設立された一般社団法人震災こころのケア・ネットワークみやぎ(代表理事:原敬造)によって運営されており,石巻市こころのサポート拠点事業や宮城県アウトリーチ推進事業(震災対応版)などを通じ,石巻,東松島,女川において災害後のメンタルヘルス領域での支援を中長期的に継続している1)
 からころステーションの特徴としては,日本精神神経科診療所協会から支援者の派遣を定期的に受け入れ,毎年のべ360名以上の精神科医とのべ200名以上のコワーカー(看護師,心理士,精神保健福祉士など)が支援活動に従事していることが挙げられる.からころステーションでは,常勤のスタッフと外部からの支援者とが連携し,訪問,来所相談,電話相談,研修会,講演会などの幅広い活動を継続的に行っており,こうした活動は被災地の保健師などからも評価されている.からころステーションは,受援者として地元の支援団体が外部支援者を長期的に受け入れ,災害後の支援を継続している好事例といえるだろう.

V.時期によって変化する支援ストラテジー
 発災から数ヵ月~数年以上経過した中長期では,地域の支援ニーズは徐々に変化し,支援ニーズの変化に応じた支援の提供が必要とされる.図2では,急性期から中期,長期にかけて時期によって変化する必要なストラテジーのアウトラインが示されている.緊急的な支援を行う直後・急性期から,ハイリスク者を抽出し必要なフォローを行う中期,そして地域全体の精神健康を標的とする長期へと進んでいく.すなわち,ハイリスクアプローチを中心としたストラテジーから,ポピュレーションアプローチを中心としたストラテジーへとシフトしていくことになる.また,中長期的な視点からは,地域全体への普及啓発や人材育成も重要であり,基本的なスキルを広く共有していくことが求められる時期から,より高度な専門スキルをもつ人材育成が求められる時期へとシフトしていく.みやぎ心のケアセンターのような中長期的な支援を専門とする支援機関においては,受援者である地元支援者と少しずつ関係を深めるなかで,被災地域の個別的な状況に応じて,縦断的な視点から支援を行うことができるように留意している.

図2画像拡大

VI.発災後の支援ニーズ・支援者の急増と持続
 地域保健・健康増進事業報告2)などの資料によれば,宮城県沿岸部の精神保健活動相談件数は発災前の2009(平成21)年度と比べ,発災後の2012(平成24)年度以降はほぼ倍増しており,こころのケアセンターやからころステーションなど震災後にできた支援機関が,宮城県沿岸部全体の相談件数の約3分の1に対応している.また,各自治体による対応も発災前の約1.5倍になっており,アルコールや自死関連の相談が増加している.こうした支援ニーズの増加に並行するように発災後は支援者も増加しており,心のケアセンターやアウトリーチ事業を通して専門職の支援者が急増し,また,任期付き雇用や自治体派遣によって保健師などが増員されている.

VII.増大した支援ボリュームの行方は?―終結期に向けての課題―
 発災から8年が過ぎた宮城県において,現在最も大きな課題は,支援の終結をどのように考え,具体的にどのようなペースで何を行うのかという問題である(表2).時間経過とともに,災害後の精神保健活動は,平時の精神保健活動と徐々に一体化してきている.現在は,増強された支援者によって,増加した支援ニーズに対応しているという見方ができるが,一方で,支援ニーズが掘り起こされているという懸念もある.ここで大切なことは,今後,復興予算は減額されていき,最終的には地元の支援者によって継続される精神保健福祉活動への引き継ぎが必要となるという近い将来における現実問題にどのように備えるべきかということである.復興予算によって増員された支援者は,今後徐々に減少していくが,急なダウンサイジングは地元支援者に対して将来への不安をもたらしかねない.そのため,外部支援者と地元支援者によるゴール設定のための協議も進められているが,残された時間はそれほど長くはない.今後は,災害復興支援の終結期に向けて,地域精神保健福祉の再構築と底上げが必要となっている.

表2画像拡大

おわりに
 直後・急性期の支援は期間限定であり,支援のゴール設定も比較的明確である.地元の支援者は,期間限定で直後・急性期に訪れる大量の支援者の波によって混乱させられたり,傷つけられたりすることを最小限に抑えるために,災害に備えた受援体制について具体的な準備をしておくことが必要だろう.
 一方,長期支援のゴール設定は難しい.支援の長期化に伴い,支援の拡大・深化が求められるが,限られた予算と人材でこれを継続することは容易ではない.災害後の“特別な”支援から,平時の“普通の”支援へとシームレスに移行していくための試行錯誤は続いている.
 災害後に提供可能な支援の質と量を最終的に決定する要因は,被災地の受援力かもしれない(図3).被災地の受援力には,地域がもつ平時の関係者間のネットワーク,平時から備わっている精神保健医療福祉の力量,災害に対する準備性が大きくかかわってくる.大規模災害に対応する地域の受援力を高めていくためには,平時から地域の精神保健医療福祉の底上げに向けた活動を継続することが重要だろう.

図3画像拡大

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はい.

文献

1) 原 敬造: アウトリーチを中心とした石巻圏での精神保健活動の現状と課題. 精神経誌, 117 (6); 472-477, 2015

2) 厚生労働省: 地域保健・健康増進事業報告. (https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/32-19.html) (参照2019-12-05)

3) 松本和紀: 東日本大震災の直後期と急性期における精神医療と精神保健―宮城県の状況と支援活動―. 精神経誌, 116 (3); 175-188, 2014

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology