Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第3号

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討論
デンマークにおける大麻の医療利用について―大麻の医療利用を考える―
小田 晶彦
独立行政法人国立病院機構下総精神医療センター
精神神経学雑誌 122: 185-193, 2020
受理日:2019年10月23日

索引用語:医療大麻, 合法化, テトラヒドロカナビノール, カナビジオール>

はじめに
 2018年10月,カナダで大麻の娯楽目的の使用が合法化された.それ以前からアメリカ合衆国の特定の州では大麻は合法化されており,観光客向けの大麻体験ツアーなどが行われていたのだが,先進国で観光客の多いカナダ一国全体が合法化されたインパクトが大きかったのか,最近にわかにマスコミで取り上げられるようになってきている.白昼堂々と大麻を喫煙している映像は視聴者の興味を喚起するに十分であろう.実際わが国の大麻関連事犯の検挙者数は年々増加し,特に29歳未満の若年層を中心に乱用が著しく増加している.わが国の薬物乱用対策はすべての違法薬物に対して厳罰主義をとっており,危険性を強調した啓発活動をすることで国民から違法薬物を遠ざけようとする姿勢をとり続けてきた.そのため大麻も覚せい剤やヘロイン,コカインなどのハードドラッグ並みの危険性があるように報道されているが,インターネットを通じて世界中の情報を簡単に入手できるようになった現在,過度に危険性を煽るだけの対策で大麻の乱用拡大を抑えることは困難であろう.大麻の喫煙に関する著作は多くみられ,特に大麻の合法化を訴える立場で書かれた著作では,大麻はアルコールよりも危険性が少ないと主張されていることが多い.科学的なデータも多く,それなりに説得力があるものもあるが7)11),著者がその主張に単純に首肯できないのは,それらの著作では大麻の乱用に基づく精神病症状についてほとんどふれられていないからである.一方,大麻の成分であるカンナビノイドの鎮痛・鎮静作用,催眠作用,食欲増進作用などが今まで有効な治療がなかった難病の症状の緩和に役立つことが注目され,医療大麻として世界各国で実用化されているという事実もある.著者の勤務する国立病院機構下総精神医療センターには薬物関連精神疾患専門治療病棟があるため,大麻の喫煙に基づく依存や中毒性精神病患者を目にすることが多いが,一般の精神科医にとってはいまだ稀な疾患であると思われる.著者も医療大麻についてはほとんど知らない.著者はデンマークの精神科医と交流があり,現地の精神科医療について聞く機会も多いため,2019年6月にデンマークを訪れ,現地の医療大麻の現状について取材を行った.取材にあたって金銭の授受はなく,渡航費用も自費である.

I.大麻喫煙の歴史
 大麻はさまざまな違法薬物のなかでも特殊な作用をもっている.覚せい剤やコカインなどの中枢神経刺激薬と,ヘロインなどアヘン系薬物などの中枢神経抑制薬は単純に興奮作用か抑制作用かで二分できるわけであるが,大麻は喫煙時の心理状態あるいは周囲の環境次第で,さまざまな効果を示すため単純に興奮薬(アッパー)とも抑制薬(ダウナー)とも分類しきれない.浮遊感,多幸感を伴う酩酊状態となり,感覚は敏感になる.視野に入るものすべてが美しく感じられたり,音がより美しく立体的に聴こえるなどの作用があるため,昔から芸術家に愛好される傾向があった.幻視・幻聴を体験することはなく,使用者が「トリップ」と呼ぶ,独特の意識の変容状態となる.見えるものはまったくそのままで,ただ雰囲気のみが変わってしまうのである.すべてが美しく,喜ばしい,愉快なものに見える場合は「グッドトリップ」と呼ばれ,逆にすべてが不気味で,おぞましく,不安や恐怖を掻き立てるものに見えてしまう場合は「バッドトリップ」と呼ばれる.グッドになるかバッドになるかは,使用時の「セッティング(心理状態)」と「セット(環境)」次第なのである6)9)14).歴史的には幻覚性キノコや幻覚性サボテンなどと同様,4大宗教が起こる前の原始的な呪術信仰の儀式で使われることが多かった.ヒンズー教の行者は今でも大麻を吸うことが多いし,幻覚性キノコや幻覚性サボテンは中南米の先住民族の呪術師が儀式を行うときに用いられている13).これらの儀式が目的としているものはおおむね共通しており,幻覚のなかで祖先の霊や自然界の精霊と交流し,実世界で生きるうえでのアドバイスを得ることである.このような呪術的な信仰は世界中いたるところでみられ,それぞれの地域の幻覚性植物が儀式に用いられた.娯楽目的の大麻の喫煙が盛んになったのは19世紀半ば頃からである.フランスでは大麻吸引を目的とした社交クラブができ,Gautier,Rimbaud,Baudelaire,Dumasなどの文化人が出入りした.アメリカ合衆国でもアフリカ系アメリカ人やメキシコからの移民の間で習慣化されていたものが,都市部を中心に広がった8).20世紀になり,中毒性のある危険な薬物として規制されるようになった.日本では1948年に公布された「大麻取締法」および1990年に制定された「麻薬及び向精神薬取締法」により厳しい規制対象となった15)
 医療大麻が再認識されるようになったのは20世紀後半である.アメリカ合衆国では1996年にカリフォルニア州が医療大麻の使用を認めると,他の州でも続々と合法化されるようになり,2010年代半ばには過半数の州が医療大麻の使用を認めることになった.他にもカナダ,オランダ,オーストリア,イスラエル,スペイン,イギリス,ドイツなど多くの国で合法化されている.
 大麻は窒素を含まない,炭素,水素,酸素のみからなるカンナビノイドと呼ばれる成分を142種以上含有しているといわれる.主なものはテトラヒドロカナビノール(THC)とカナビジオール(CBD)である.喫煙者が求めるさまざまな酩酊感覚を起こすのはTHCだが,同時に鎮痛作用をもつ.CBDは鎮静作用,すなわち抗不安作用を有する15).諸外国で認可されている医療大麻には,合成THCであるドロナビノールとナビロン,大麻から抽出したTHCとCBDを含有するナビキシモルス,CBDを製剤化したエピディオレックス,CBDと0.3%以下のTHCを含む大麻オイルがある.

II.デンマークにおける医療大麻の実情
 デンマークはドイツからバルト海に突出したユトランド半島とその周辺の島々,そしてグリーンランドで構成される.人口は約570万人で,首都のコペンハーゲンとその周辺に約60万人と集中している.ノルウェー,スウェーデン,フィンランドとともに北欧諸国に含まれる.税金は高いが,北欧モデルといわれる高度に発達した社会福祉で有名である.

1.Danish Cancer Society
 がん患者を支援するDanish Cancer Societyという団体がある.民間団体だが規模は大きく,国内に7つのカウンセリングセンターがあり,がん患者とがん専門医師・カウンセラーの教育,啓発活動,無料の電話相談,自助グループの支援などを行っている.首都のコペンハーゲンにある本部の傘下にはがん患者の自助グループが100以上あるとのことである.コペンハーゲンにあるDanish Cancer Societyの本部を訪れ,代替療法部門の研究チーフであるCornelius, N. 女史から話をうかがった.現在デンマークで合法化されている医療大麻はナビキシモルスのみで,多発性硬化症,てんかん,がんなどの患者に処方される.だいたい国内のがん患者の20~30%が大麻もしくは医療大麻を使用していると思われる.今のところ使用者は良好な治療効果を得ているようである.鎮痛作用はモルヒネと比較すれば弱いが,よく眠れるようになるので強い鎮痛作用があるかのように感じることが多いようだ.デンマークでは他の医療大麻製剤の認可,そして適応疾患の拡大をめざし,2018年から大規模な治験が行われているところである.医療大麻の製薬企業は積極的に推進したがっているが,Danish Cancer Societyはむしろ慎重にしてほしいと希望している.まだ十分にエビデンスがそろっていないと感じている.緩和ケアの専門医は医療大麻の処方について積極的だが,精神科医は疑問視している人が多い.依存の問題,そしてごく少数だが大麻の使用で精神病症状を発症する人がいるため,慎重になっているのだろう.デンマークでは,患者自身が治療法の選択をすることが多くなった.医療大麻以外にもヨガやマインドフルネス瞑想などの代替療法に人気があるが,医師はあまり興味を示さない.担当医師が医療大麻の処方を拒否したり,あるいは医療大麻が高額で入手できないなどの理由で,ブラックマーケットで大麻を入手している患者も多いとのことである.
 著者も精神科医として,医療大麻の処方に慎重なスタンスをとる理由は理解できるが,大麻の含有成分であるCBDが精神疾患にも治療的に働く可能性があることを示唆する文献も多い12)16).おおむね肯定的な研究報告が多く,抗精神病作用や嗜癖行動を減少させる結果を示唆するものもある1)4).一方,CBDがTHCの作用を和らげることは確かだが,症状を和らげる作用は一定しないという報告もある5).情報の溢れる現代社会では患者のニーズが政治を否応なく動かしていく.次に医療大麻の開発を行っている企業の意見を聞いてみよう.

2.医療大麻の開発会社の意見
 著者の友人にデンマークの依存症医療の草分け的な存在である精神科医のRindom, H. 氏がいる.すでに70歳を越えているが,クリニックで薬物依存症の患者を診察するかたわら,薬物依存症に対する啓発・教育のためにデンマーク全土で精力的に講演活動をしている.Rindom医師の案内で,医療大麻の開発を行っている企業を訪問した.
 首都のコペンハーゲンから車で30分以上北上したところに,“Canna Therapeutic”という会社がある.ゴルフ場のような広大な土地の一角に建つ近代的なビルである.ここはもともと大麻を原料とした建材や化粧品などを開発する会社だったが,新規のプロジェクトとして医療大麻の開発に乗り出したのである.ここで代表取締役のPontippidann, S. 氏と生化学研究部門のチーフであるBojesen, G. 氏から話を聞き,施設を案内してもらった.
 施設の1階は研究フロアになっている.最初の部屋には水槽に小魚がたくさん泳いでおり,別のケージにはキリギリスがたくさん飼育されている.これらは栽培した大麻の成分を抽出して,動物実験をするときに使われる.医療大麻を製剤化するようになったら,カンナビノイドの成分がまったく同じ大麻を大量に栽培しなければいけなくなる.カンナビノイドには,まだ十分にその働きがわかっていないものがたくさんあるのだ.キリギリスは血液脳関門の構造が人間と似ているので,動物実験には最適なのだそうだ.別の部屋では水槽のなかで大麻を水栽培していた.栽培する大麻の成分を統一するために,光源を調整したり,水のなかの栄養素を変えたりしているとのことであった.次の部屋は倉庫になっており,茎,花,種に分けられた大麻が大量に保管されていた.茎からは建材に利用される繊維が,花からは医療大麻の成分が,種からとれるオイルから化粧品ができるのである.敷地内には4 km2ほどの大きさのプランテーションがあるとのことだった.2階はちょうど改修工事中であり,大麻の茎からとった繊維で作ったボードで内装工事をしているところであった.ボードの大きさは1枚あたり約2×5 mほどだが,成人男性2名で軽々と持ち上げられるほど軽量である.丈夫で断熱作用もあるので建材としては優秀なのだそうだ.世界的な規模で自然破壊に対する関心が高まっている現在,大麻の建材としての利用が森林の伐採に対して有効な代替案になるという説明は十分な説得力があった.3階には研究員のオフィスがあり,ここで同社で作っている化粧品をみせていただいた.また大麻のジョイントそっくりに作られたプラセボをみせていただいた.嗅ぐと強烈なにおいを発している.効き目はまったくなく,普通のタバコだという.一応大麻の依存についても対策を考えているのだろう.Pontippidann氏は今後1週間の間で大きな動きがあるだろうと言っていた.後に聞いたところ,チェコ共和国の企業と契約を締結し,今後ヨーロッパ諸国への輸出用の医療大麻を開発することになったのだそうだ.同行したRindom医師の話では,この会社には優秀な研究者がたくさん集められているとのことである.医療大麻への参入は巨大なビジネスチャンスであり,国際的に合法化に向かって大きく動き始めているという実感があった.

III.精神疾患に対する自己治療目的の大麻利用
 デンマークでは精神疾患に対する医療大麻の使用は認められていないので,多くの精神疾患患者は非合法な手段で大麻を入手し,症状を緩和させている.次に精神疾患の患者で大麻を自己治療目的で使用している当事者の声を聞いてみよう.

1.当事者の意見
 著者が面会したA氏は,30歳代前半の男性である.Tシャツにジーンズというラフな格好で,両前腕全体に入れ墨が入っているが,人懐っこい笑顔をみせる好青年である.自ら妄想型の統合失調症と社交不安障害があると説明した.祖父が何らかの精神疾患だったようだが,詳しくは知らされていない.また従兄弟が双極性障害の患者である.彼が発病したのは10代後半のときだった.幻聴が聞こえるようになり,「みんながお前を殺そうとしている」という声に昼夜を問わず脅かされるようになった.過去に精神科病院への入院を6回繰り返している.1回目の入院は3ヵ月,2回目は6ヵ月だというので,デンマークでは異例の長期入院だったと思われるが,本人は「最近は入院してもすぐに退院させられてしまう.僕は長く入院させてもらえてラッキーだった」と言っているので,長い入院期間が本人の症状を抑えるのには必要だったと理解しているようだ.一時期はオランザピン45 mgを毎日服用していた.現在は大麻を服用しているので,オランザピンは5 mgまで減らせている.もっともデンマークでは現在,大麻の精神疾患に対する処方は認可されていないので,知人を介して売人から大麻オイルを購入しているとのことである.売人自身がTHCの含有量が少なく,CBDの含有量が多い製剤を作っているので彼の症状を安定させるのには合っているようである.彼は大麻オイルを朝2滴,夜2滴スポイトでとって舌下で服用している.人前に出たときの不安がなくなり,オランザピンの服薬量を減らすことができた.オランザピンを45 mg服薬していたときは,過食のために肥満していたし,眠気が強くて何もできなかったが,今はスリムになり活動的になったという.主治医は違法に大麻を使用していることを知っているのか聞くと,知っていると答えた.仕事はしていないが,精神疾患患者の自助活動をボランティアでしており,生活はとても充実している.昨年は仲間と一緒にドイツやノルウェーにハイキングに行った.来年は母方の親戚を訪ねて家族でブラジル旅行をする予定があるとのことだった.また大麻はアルコールよりも危険性は少ないと主張し,寝る前に大麻のジョイントを1本吸うくらいの人はたくさんいると語っていた.
 これは非常にうまくいった症例であろう.重篤な精神病症状を抗精神病薬のみで抑えようとするとどうしても高用量になってしまう.非合法で大麻を入手することに抵抗感はあるが,実際に患者の具合がよくなれば,主治医も追認せざるを得ないのかもしれない.

2.フリータウン・クリスチャニア
 医療目的で大麻を必要とする人がブラックマーケットで大麻を入手していると書くと,かなり犯罪めいた危険な状況を想像されるかもしれないが,デンマークの大麻取り締まりはわが国と比較すれば著しく寛容である.コペンハーゲンにはフリータウン・クリスチャニアというヒッピーのコミューンがあり,ここでは白昼堂々と大麻が売買されている.もともと軍の施設だった場所を政府が一般に開放したところ,ヒッピーが集まって共同生活を始めたものである.フリータウン・クリスチャニアに20年以上住んでいるというB氏から話を聞いた.
 現在フリータウン・クリスチャニアの人口は約1,000人である.住居も自分たちで作り,電源は太陽光発電システムで賄っている.住人の経営しているレストラン,農場,金属加工工場,自動車修理工場などもあるが,ここに居住して外部の会社に通勤している人もいる.1970年代には世界中にヒッピーのコミューンができたが,現在でも存続しているのはここだけである.「デンマークでは右派政党と左派政党が交互に政権をとってきたが,右派政権になると必ず『クリスチャニアを潰せ』という声が上がってくる.われわれは大麻以外のハードドラッグは決して使用しないし,暴力も禁止である.自分たちで家を作り,仕事をし,借りていた土地も正式に購入した.地道に政府と交渉し,自治を守っている」とのことである.
 B氏だけでなく,ここで生活している他の人たちも皆穏やかそうな人たちばかりである.大麻を喫煙していても社会には迷惑をかけていないことから,コペンハーゲンの市民からも一定の評価を受けているのだろう.ヒッピーのコミューンだけに大麻はほぼ解禁された状態である.大麻を売買しているのは住人ではなく,外部から来たギャングのメンバーだが,彼らもコミューン内の治安を乱すようなことはないらしい.若者たちがあちこちで堂々と大麻を喫煙している様子を見かけるが,危険な雰囲気はない.地域の一角が運河に面しており,周囲は遊歩道になっている.小さな子どもを連れた家族連れも多く,のどかな雰囲気である.
 また小学生くらいの子どもたちが教師に引率されて見学にきていた.子どもたちがサマースクールでキャンプをする施設もあるのだ.B氏も昔は盛んに大麻を喫煙していたが,5年前にパニック障害のような症状が出てからは喫煙をやめてしまったとのことだった.インタビューをしている途中,警官が10人くらいパトロールに来た.売人は事前に察知しているらしく,先ほどまであちこちで大麻を販売していた屋台がいつの間にかなくなっている.B氏は,あれは政府のプロパガンダだよと笑っている.一応取り締まっているという姿勢をみせるが,本気で逮捕しようという気はないらしい.B氏に医療大麻について聞くと,それは効くだろうねとあっさり返答された.このような環境ならば,医療大麻を必要とする人たちは簡単に非合法な大麻を入手するだろうと考えられた.

3.精神科医の意見
 ここまで大麻の医療目的の使用に好意的な立場の意見を挙げてきたが,薬物依存の問題に直接かかわる精神科医の意見を紹介したい.最初に前章で紹介したRindom医師である.
 デンマークでも他の欧米諸国同様,若年層を中心に大麻の乱用が蔓延している.16~44歳までを対象にした調査で,生涯での大麻の喫煙経験者は44.8%,過去1年の経験者は11.0%,毎日使用している者は4.6%である2).過去に大麻の喫煙を経験したことがある人が全国民のうち半数近くになるわけだが,皆が常用者になるわけではない.1回の喫煙でやめてしまった人に聞くと,「パーティーで勧められて吸ってみたが,すぐに眠くなって楽しめなかった」と答える.常用者になってしまう者の大半が何らかの精神疾患を抱えた者である.多くが貧困層出身の子どもたちで,劣悪な環境で育てられており,抱えているトラウマも大きい.彼らが大麻を喫煙すると周囲の刺激に煩わされなくなり,一時でも不快な環境から逃避することができるのである.大麻の常用者の多くが,軽い精神病症状を併発している.誰かが後ろにいるような気がして,暗い道に入って行けないとか,視線が気になって電車に乗れないなどと訴える.これは精神病症状というよりは被害関係念慮程度のものであろう.大麻の喫煙をやめるか,減らすだけで症状は消失している.習慣的に大麻の喫煙をするが,まったく精神病症状を呈さない者も多い.Rindom医師の患者のなかには,統合失調症で少量のオランザピンに,少量のコカインやアンフェタミンを使用している者もいる.中枢神経刺激薬を使わないとまったく動けなくなるのだそうだ.Rindom医師に精神疾患患者が大麻を使うことの是非を聞くと,実際にRindom医師のクリニックには大麻の喫煙者がたくさんおり,案外うまくやっているという事実があるため,渋々ながらも認めざるを得ないというような答えをされた.最後に興味深いことを言っていた.「そもそもなぜ大麻は存在するのだろうか.人間の身体のなかにも同じような作用をする,内因性カンナビノイドがあるが,それはなぜ必要なのか.気持ちが鎮まり,周囲の刺激に煩わされなくなる作用,これはおそらく人間が戦争や自然災害などの危機的な状況のときに分泌され,精神に深甚なダメージを残さないように用意された造化の産物なのではないか.」
 確かにアヘンやコカ,タバコなどは古来厳しい自然環境のなかで生きる人間の生活を助けてきた歴史がある.現代でも世界には想像を絶するような過酷な環境で生活している人がたくさんいるのだ.大麻や幻覚性キノコ,幻覚性サボテンなどいわゆるサイケデリックと呼ばれる薬物はいまだ精神の未知の部分に働きかける可能性がある.一概にすべてを危険視し,規制してしまうことは人類の発展にはマイナスになるのではないかと考えられた.

4.薬物依存症専門クリニック
 デンマークは第二次世界大戦後の復興の過程でトルコから大量の移民を受け入れた.コペンハーゲンの南部は移民の肉体労働者が多く住み着いた地域である.ここにSpaniansgadeクリニックというアルコールと薬物依存症の専門クリニックがある.コペンハーゲンには依存症の専門クリニックが6つあり,そのうちの3つが依存症と他の精神疾患の重複疾患専門クリニック,他の3つがアヘン系薬物(ヘロインなど)専門のクリニックである.Spaniansgadeクリニックは重複疾患の専門クリニックである.利用者にカウンセリング,グループカウンセリング,動機づけ面接法,マインドフルネス瞑想などのプログラムを実施し,また居住先や仕事の紹介も並行して行われている.医師のPlickert, C. 氏から話を聞いた.
 現在登録している患者の総数は約450人で,そのうちの3分の1が若い薬物依存症患者で,残りの3分の2がアルコール依存症である.薬物依存症患者の年齢は18~25歳で,男女比は2~3:1で男性が多い.ほとんどが何らかのトラウマをもっている.大麻を乱用している患者が最も多いが,コカインやアンフェタミンのようなハードドラッグほどには問題視していない.大麻を喫煙すると,それまで本人を心理的に拘束していた固定観念を緩め,より広い視野で物事を見ることを可能にするが,このクリニックに通院しているようなトラウマを抱えた患者が使用しても,一時的に不快な環境から目を逸らすだけで,解決にはならない.平均9ヵ月くらいここで通院治療を受け,30%の患者が,生活内容がよくなったと答えている.大麻が合法化されれば,若者と犯罪組織との接点が減り,結果的にハードドラッグへの移行を防ぐことができるだろう.おそらくハードドラッグユーザーの半分は減ると思われる.使用された大麻に含まれるTHCの含有量,使用者の遺伝負因,または環境のストレスなどの影響で精神病症状が発症することはあるが,CBDには抗精神病作用があるため,ほんの少しの人しか精神病症状を発症しないと思われるとのことであった.
 Plickert医師も前出のRindom医師と同様に,クリニックの患者が大麻を使用していることをさほど重要視しているようにはみえなかった.現在デンマークでは精神疾患に対する医療大麻の使用は認められていないため,患者はブラックマーケットで大麻を購入して使用しているわけだが,それで患者が楽に生活できていれば,さほど問題にするわけでもなさそうである.ちなみにこのクリニックでは,依存症の患者の渇望を減らすために針治療を行っている.NADAというプログラムで,片耳に5本,眉間に1本針を刺入し,45分間ソファで寛がせるという治療を平均して週に2~3回行っている.利用者の評価は高いとのことであった.

5.精神科病院
 首都のコペンハーゲンから電車で30分ほど東に行くと,Roskildeという町に着く.人口8万人ほどの中規模の都市で,静かで落ち着いた雰囲気である.訪れた病院は広大な敷地のなかにあり,それぞれの機能に分けた病棟,研究棟などが敷地内全体に散在している.緑豊かな散歩道も整備され,敷地の一部はフィヨルドに面している.ここは聖ハンス病院というコペンハーゲン市域にある6つの公的精神科病院の1つで,230床の司法病棟と76床の重複疾患患者の病棟で構成されている.重複疾患の専門病棟ではcognitive milieu therapy(CMT)が行われている.これは説明を要するだろう.依存症の治療は,total abstinent(完全な断薬を求める)の理念をベースにしたものと,harm reduction(完全な断薬を求めず,健康や社会的影響を軽減させることを求める)の理念をベースにしたものの2つに分けられる.Total abstinentは,比較的古いアルコール依存症の疾病観に基づいたもので,これは依存症の使用をコントロールする機能を喪失した生物学的な疾患とみる立場であり,治療のゴールは断薬である.Harm reductionは1970年代のベトナム戦争の頃にできた理念であり,依存はトラウマを自己治療する試みであり,疾患というよりは修正可能な行動の異常とみなす立場である.治療のゴールは自身で決めることが多く,完全な断薬を求められることはない.12ステップやAlcoholics Anonymous,Narcotics Anonymousはtotal abstinentの理念に基づいた治療であり,認知行動療法や動機づけ面接療法はharm reductionの理念に基づいているといえる3).薬物依存症の治療で一時期,治療共同体が注目されていた時期があった.依存症患者がかなり厳格な規律の行き届いた環境で共同生活をし,薬物依存によって歪められた行動パターンを修正することをめざすものである.本来は専属スタッフは存在せず,先に入寮した患者が後から入寮した患者の面倒をみながら責任ある社会人としての行動モデルになることを求められる.もともとはtotal abstinentの理念に基づいたプログラムなので完全な断薬が求められる.CMTは治療共同体のような患者同士の相互扶助の形式と,認知療法などの精神療法を組み合わせ,入院治療として行っているものである.入院期間は3ヵ月と設定されている.全員任意入院である.病院は3階建ての建物で,1階ごとに1つの病棟を構成している.全室個室である.隔離する場合は,なかにホールがある一角全体を施錠し,看護師が必ず1名は同伴する.拘束の頻度は年に1~2回くらいである.1階は患者数が26名.そこに看護師20名,看護助手20名,理学療法士1名,カウンセラー1名,精神保健福祉士が1名配置されている.各シフトでは看護師と看護助手が合わせて8名はいるので,かなり恵まれた人員配置といえるだろう.ベランダで喫煙が可能である.部屋でこっそり喫煙する人はいないので,ライターは自己管理である.入院患者のなかで一番多いのが統合失調症に大麻依存症を合併した者である.あとはヘロイン,コカイン,アンフェタミンの依存症にうつ病などの精神疾患を合併した者である.平均年齢は45歳.パーソナリティに問題をもつ者も多いが,依存の治療を終えると問題も消えていることが多いとのことであった.
 施設を案内していただいた精神科医のKrarup, J. 氏や他の4,5名の精神科医,カウンセラーに医療大麻をどう思うか聞いてみたところ,好意的な反応はまったくと言っていいほどなく,“skeptical(疑わしいね)”と眉をしかめただけで,あまり多くは語らなかった.不満はあるが形勢は大きく医療大麻の合法化に向かっているのでやむを得ないという印象である.前章,前々章でみてきた市中のクリニックの医師に比べると否定的な感覚をもつ人が多い印象を受けた.これはもともとの治療理念の違いからくるものだろう.前述したようにharm reductionの立場をとる治療者は完全な断薬を求めず,本人の生活内容が改善すればよしとする.必然的に違法薬物の使用にも寛容な態度をみせる.患者が非合法な手段で大麻を入手して使用していても,本人の生活が安定していればそれを強く問題視することはない.一方,total abstinentの立場をとる治療者はまず薬物の禁断を求めるので患者の薬物使用についてはかなり厳格な態度をとる.大麻の使用についても厳しい見方をするし,まして大麻の医療目的の使用など思いも寄らないといったところであろう.

IV.考察
 医療大麻についてさまざまな立場の人の話を聞いたが,取材を重ねるほど合法化を完全に否定する根拠はないと思えるようになった.限られた期間でもあり比較的好意的な立場の人への取材に偏ったきらいはあったが,懐疑的な立場の人も感情的な反応を示すだけで,実証的な根拠を持ち合わせていないことが多かった.著者は今まで多くの大麻精神病患者の治療にあたってきたが,覚せい剤精神病患者よりも治療に難渋させられることが多かった.覚せい剤精神病患者の多くが,少なくとも精神病症状が治癒した直後は覚せい剤に対する強い拒否感を訴えることが多いのに対して,大麻精神病の患者は,いつまでも大麻の喫煙を肯定し続けることが多い.精神病症状の内容も,神や守護霊,祖先の霊などの超自然的な存在と邂逅した,導かれたというようなものが多く,抗精神病薬の治療で幻覚自体は消失したようでも,妄想はなかなか訂正されない.超自然的な存在に守護されていたという感覚が本人にとっては重要なものだったのだろう.覚せい剤精神病の患者は,入院当初は大量の抗精神病薬の使用を余儀なくされるが,退院時にはごく少量の抗精神病薬の使用で済んでいる.大麻精神病の患者はいつまでも妄想を語り,大麻を賛美し続けるので,なかなか抗精神病薬の処方量を減らすことができない10).このような臨床経験から著者は大麻を無害とする論調には長く懐疑的であったが,THCの含有率が低くCBDの含有率が高い医療大麻ならば精神病症状の発病リスクは少なく,さまざまな精神疾患に著効する可能性はあると思われる.ただTHCのもつ意識の変容作用を好む者が,非合法な手段で大麻を入手することが助長されないように十分管理された環境が必要であると思われる.

おわりに
 本稿は限られた期間に著者が取材しえた内容をまとめたものであり,大麻の医療利用の是非を論じたものではなく,デンマークにおける大麻の医療利用の現状を報告したものである.十分にすべての問題を網羅したとはいえないが,中毒性精神病の治療経験がある精神科医の報告は今のところみられないため,あえて報告したものである.本稿を読んで興味をもたれた方はぜひ他の知見も参照していただきたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

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14) 和田 清: その他の依存性薬物―大麻―. 依存性薬物と乱用・依存・中毒. 星和書店, 東京, p.127-131, 2000

15) 渡辺正仁, 早﨑 華, 由留木裕子ほか: カンナビジオールの治療効果とその作用機序. 保健医療学雑誌, 9 (2); 112-125, 2018

16) Zuardi, A. W., Morais, S. L., Guimarães, F. S., et al.: Antipsychotic effect of cannabidiol. J Clin Psychiatry, 56 (10); 485-486, 1995
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