Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第2号

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特集 子どもを虐待したくてしているわけじゃない!―逆境体験に精神科医療はどう向き合うか―
児童相談所の保護者支援―地域につないでいくために―
陶山 寧子
横浜市西部児童相談所
精神神経学雑誌 122: 152-159, 2020

 子ども一人一人の安全を担保するのは児童相談所(以下,児相)の最優先の使命である.しかし,同時に,子ども虐待の再発予防と家族再統合を行っていくことも,児相に課せられた重要な役割といえる.ここでいう家族再統合は,一時保護所や施設あるいは里親宅に措置されている子どもの家庭復帰にとどまらず,親子の生活形態に応じたさまざまな支援を指す.家庭復帰に至らない事例であっても,再統合に向けて試行錯誤することには意義がある.保護者がさまざまな理由から支援につながりづらい状態にあっても,確実に地域につないでいく必要がある.そのためには,児相が子どもの福祉を第一に考えつつ,再統合に向けた家族の試行錯誤をしっかり見守っていかなければならない.児相と地域が互いにそれぞれの特徴を理解し,協力し合うことは必須である.子ども虐待予防のためのセーフティネットとして,SOSを発しづらい保護者を下支えできるよう,精神科医療がさらに機能していくことが望まれる.

索引用語:児童相談所, 子ども虐待, 家族支援, 保護者支援>

はじめに
 児童相談所(以下,児相)は今,大変な状況にある.
 子ども虐待の対応件数は増加の一途をたどり,2018年度の横浜市児相では6,403件に達している.これは前年度に比べ1,578件増(前年度比1.3倍)24)の数字である.厚生労働省の発表でも,全国の児童虐待対応件数は2016年度には12万件を超えた14).センセーショナルな報道が続いたこともあり,子ども虐待に対する,さらなる迅速な初期介入と確実な子どもの安全確保が広く求められている.
 しかし,過剰に安全を優先すれば,保護される子どもの数がいたずらに増える.調査の結果,社会的養護が必要とされても,一時保護後の処遇先である施設や里親などの数はいまだ不十分な状況である.施設の空きができるまでの一定期間,保護所に滞在せざるを得ない児童も多い.一時保護は,児相がもつ最も強権的な武器であり,子どもの安全を考えて必要時に行使されなければならない.一方で,一時保護されれば,子どもは一時的にでも慣れ親しんだ学校や家庭,人間関係から切り離されることも事実である.不必要な保護や保護の長期化は子どものこころに混乱を招く.必要な保護を適正な期間,適正な状況で行っていくためにも,介入の初期段階での正確な情報収集と家族評価は欠かせない.何よりそれ以前に,再発を含めた子ども虐待の予防が絶対的に必要な段階にきていると言わざるを得ない.

I.児相の保護者支援
1.横浜市児相での保護者支援
 家族再統合は,一時保護所や施設,里親宅に措置されている子どもの家庭復帰だけでなく,親子の生活形態に応じたさまざまな支援を指す.家庭復帰に至らない事例であっても,現実に即した親子交流のあり方を支援することには意義がある19).いずれにせよ,家族再統合に向けて保護者支援は必須である.
 一般的に,児相の保護者支援は各職種の特徴を生かした支援で成り立つといえる.
 児童心理司は発達検査や行動観察を通して,子どものアセスメントを行う.その後,それを保護者にわかりやすくフィードバックするだけでなく,必要時に保護者の困り感に焦点をあて,子育ての助言をする.問題を整理しながら解決法を一緒に考えていく目的で,保護者支援プログラムを提供することもある.
 保健師は必要に応じて,各家庭を訪問する.そして,保護者の実生活での困りごとや心配事を聞きながら,乳幼児を中心に,子育ての手技の助言や子どもの発達に応じた環境整備など生活に即した助言を行う.児相と区役所との連携においては,双方の立場を理解しながら地域への引き継ぎ時などに仲介役を引き受けることもある.
 児童福祉司は保護者の日々のあらゆる困りごとを聞くようにつとめる.福祉的な側面からの提案を行うだけでなく,必要な手続きや保護者自身の通院に至るまで,事例に応じ,さまざまな具体的場面に付き添う.付き添いながら保護者の話を聞き支えていくのも役割である.
 さらに,横浜市児相では,ケースに応じて,MCG(Mother and Child Group),PCIT(Parent-Child Interaction Therapy),CARE(Child-Adult Relationship Enhancement),ペアレントトレーニング,カウンセリング強化事業,児相医師による保護者面接などを適宜行っている.以下,それぞれについて簡単に概略を述べる.
 MCGは,暴力と世代間連鎖をテーマとする,支援者のいる自助的ケアグループである.外部の支援者が進行役のファシリテーターとなり,あるがままの保護者の物語をお互いにグループで聞く3).横浜市児相では,虐待で分離された家族の再統合プログラムとして月2回開催されている.
 PCITは,親子関係に介入するエビデンスに基づいた治療法である.部屋の外にいる治療者が,トランシーバーを通して直接,保護者に子どもへの対応方法を指導し,保護者と子どもの双方の行動を変化させることを目的にしている13)
 CAREも,エビデンスに基づいた心理教育プログラムである.保護者や子どもに影響を及ぼしうる大人全般を対象とし,講義やロールプレイを用いて学習する13)
 ペアレントトレーニングは,保護者に子育てに関する知識と技術を提供する教育プログラムで,効果的な注意の向け方や指示の出し方などの子育て技術を学ぶ5)
 カウンセリング強化事業は,医療機関でのカウンセリングなどが必要と判断された保護者に対して,外部委託で行われている横浜市の事業である.保護者に対してカウンセリングなどを実施することにより,精神的な問題を解決することを援助し,子ども虐待の再発防止に役立てることを目的としている.事業の実施中,児相と委託先医療機関は十分に協議を行い,対象者への援助などが円滑に行われるように配慮する.
 児相医師による保護者面接は,保護者と児童福祉司との関係作りに苦労する場合や保護者の精神医学的評価を必要とする場合,児童の精神医学的評価を保護者に適切に伝える場合などに,随時活用されている.著者は児相の常勤精神科医であるが,児童精神科医の立場から,子どもの思いを聞き取り治療的にかかわるだけでなく,保護者への面接も併行して行い,その養育能力に配慮しながら再統合に向けて助言することも求められている.
 どの職種であっても,保護者支援の目的は,その家族が子ども本来の健全な成長発達を培う土壌となれるように家族の機能を回復させることにある.すなわち,子どもをケアし,子どものこころに人格の基礎である安心感,人への信頼感,自尊感情を育む5)ことといえる.そういった意味で,保護者支援は子ども虐待防止と子ども自身のケアに必要不可欠なものといえる.どれほど子どものこころのケアを先進的に行おうとも,その子どもを支えるべき保護者のケアを行わなければ,長期的にみて,子どもの安定した生活は保障できないからである.

2.児相での保護者との出会い
1)保護者との関係作り
 児相での保護者との出会いは,友好的なものとは限らない.保護者自身が問題を否認している,もしくは問題を認識していないことが多い.子ども虐待が発覚して,児童相談所長による職権で一時保護に至っている場合などには,保護者と児相との対立から支援が始まらざるを得ないこともある.しかし,子ども虐待のすべての事例には「余裕のなさ」と「孤立」が認められる9)といわれる.子ども虐待において,虐待する保護者は明らかな加害者であると同時に,支援を必要としている人でもあることを意識したい.虐待という行為そのものは否定すべきものであるが,保護者だけを責め批判しても何の改善にもつながらない.実際,虐待を行った親の約3割は虐待を認め,約2割は支援も求めており,約5割は自らの行動を振り返る働きかけに応じる5)という報告がある.まずは貧困や夫婦の不和など,さまざまな社会的要因,心理的なストレスなどが重なった可能性を考えつつ,児童福祉司が中心になって,保護者の生育歴,生活歴を丁寧に聴取する.虐待へ向かってしまう親の多くは,人とのよい関係を経験していることが少なく,助けを求めることが苦手で傷つきやすく,関係が切れやすい.表面の不安定さに惑わされず,信頼関係を作り,助けを求める気持ちをうまく引き出す5)作業が欠かせない.保護者自身が,子ども時代に逆境体験をしているのなら,それを含めて生育歴を傾聴してその人らしいエピソードを拾い,保護者の人となりを知ることで,支援の土台を作る必要がある.なぜなら,後に,子どもの援助方針を巡って決定的に対立せざるを得ないときがきたとしても,保護者の土台を理解していることで,相手の立場や基本的な考え方を理解して話を進められるからである.保護者に向き合うと,虐待している保護者でも,その人なりに子どもを思い,積極的に子どもを傷つけたいとは思っていないことがほとんどである.鷲山の「虐待親は,問題を自覚している.しかし,問題を否認せざるを得ない状況に陥っている」23)という言葉は,「虐待したくてしてるわけじゃない!」という保護者の思いを的確に表している.児相の保護者支援は,保護者の追い詰められた立場を共有し,その苦しさを労い,適切な社会資源を活用し,保護者とその家族に生活およびこころの余裕を取り戻してもらうことをめざしている.それが子ども虐待防止につながっていくのである.
2)児相医師による面接で配慮していること
 保護者自身がいわゆるネグレクト家庭のサバイバーであった場合,あるいは家庭内で性的虐待にあい誰にも話せないまま経過してきた場合,身体的・心理的虐待が繰り返されていたにもかかわらず周囲に気づかれずに成長してきた場合など,保護者自身が,援助希求を出すことが不得手にならざるを得ない.そのような保護者は,大人になっても困っていることを誰にも発信できず,時には自分が困っていることにすら気づいていないということがありうる.ある程度社会性があり,児相の支援に協力的である保護者の場合は,前述のMCGのグループなどを利用して,自分のことを振り返ることができる可能性がある.しかし,困っていることに気づいていない保護者の場合には,グループなどの支援を開始する以前に,より個別的な児相医師による保護者面接が有効である.保護者面接を重ねるうちに,自分の傷つきに気づき,子育てを振り返ることができるようになり,そこから周囲にSOSのサインを出したり,つながったり,頼ったりすることができるようになることもある.
 例えば一時保護中という強権的な状況下であっても,保護者の生育歴を改めて丁寧に傾聴することで,保護者との関係性を構築していくことは可能である.保護者自身の子ども時代の虐待を含めた逆境体験の可能性を念頭に置きながら,子どもだけでなく保護者自身の人生に適切な興味をもち聴取を行うことが重要である.児相の対応に不満をもっている保護者であっても,保護者の人となりを知りたいことを真摯に伝えるとよい.「これが子どもの支援に本当に役立つんですか」と言いながらも,逆境体験を開示しやすくなる印象がある.「当事者が語りにくいトラウマは,聞く側が困難をもつトラウマ」であり「聞く人の能力や容量が問われる」17)と宮地が述べている.治療者が聞く覚悟をもって初めて開示される逆境体験もあると思われる.その親子が語ってくれて,初めてさまざまな個別的支援ができるのだから,傾聴が何よりも重要である21).時間的余裕をもって,保護者からの話を受け止める必要がある.ハーマンは「一般に思い込まれている『虐待の世代間伝播』に反して,圧倒的大多数の生存者は自分の子を虐待もせず放置もしない.多くの生存者は自分の子どもが自分に似た悲しい運命に遭いはしないかと心底から恐れており,その予防に心を砕いている」1)と述べている.児相でしばしば出会う被虐待の経験をもつ保護者も,自身の逆境体験から回復しようとしながら,子育ての試行錯誤をしている.試行錯誤の内容は,子どもの成長に応じて変化する.児相の医師や担当児童福祉司だけでなく,地域の精神科医あるいは治療者,支援者が長期にわたってかかわりを持ち続けることが回復に向けて必要である.
3)地域につなぐまでの試行錯誤
 虐待は,言葉によるSOS発信やつながったり頼ったりすることが苦手な保護者の,子どもを通したSOSと捉えるべき10)である.子ども時代に被虐待の経験のある保護者が,自分の子どもをもったときに,1ヵ所での継続した相談が困難で,結果的に不適切養育に至ってしまう例に時々出会う.そういう保護者には,強権的な形,すなわち一時保護で児相が介入し,養育能力をアセスメントすることもある.そのうえで,保護者のニーズを正確に理解し,最適と思われる支援者に時間をかけて丁寧につなげるよう努める.しかし,新しい次の支援者との間に信頼関係を築けたかのようにみえても,些細なことから容易にあらゆる支援者との関係を切っていくことが多い.社会関係を閉じた家庭は変化を望まず,介入を拒否するといわれる11).つまり,保護者自身がさまざまなものと継続して関係をもつこと,すなわち連続性を保つことが困難な状態にあり,息の長いつながりを作りづらい特徴がある15)20).そもそも子ども時代に受けた被虐待体験ゆえに,認知的・意識的連続性や歴史的連続性を保護者自身がもてていない.その結果,社会的・対人関係における連続性を求めていながら,過去の経験から連続的になることに拒否的になりやすい.保護者にとっては子どもの保護者であることのみが機能的連続性をもっており,したがって子どもに対して支配的になっていると思われる(20).このような例では,成人になって複雑性PTSDを呈していることも多い.複雑性PTSDとは,①継続的あるいは長期にわたる,②保育者やその他の表向き養育責任を担っている者による加害や放棄を伴う,③幼児期や青少年期など,人生において傷を受けやすい発達段階に発生するなどの特徴を有する,重度のストレス要因に曝された結果引き起こされる心的外傷である16)22).現在の児相では,初期対応や子どもの面接の合間に,複雑性PTSDを有する保護者との面接を行う余裕しかない.人に対する信頼感が薄い保護者の,「治療を拒み,無効化しようとするかのような自己放棄」2)につき合い,なんとか地域での治療につなげることで精一杯の状態である.しかし,児相医師だけで抱えていくには重症なPTSD事例ほど医療につなげづらい.児相で医師による保護者面接を重ねること以外,打開策が見つかりづらいときなどには,児相医師自身が保護者と2人だけで診察室に閉じ込められているような感覚に陥ることすらある.日本ではトラウマ関連で利用できる資源やトラウマに特化したエビデンスに基づいた治療法を施行できる治療者の存在は限定的でリファー先が少ない18).児相から地域の医療機関へと切れ目なく支援をつないでいくには,一般の精神科医の,今より一歩踏み込んだ理解と協力が欠かせない.また,事例によっては,医療につなげても,経済的・時間的余裕も本人自身のニーズも低く通院継続が非現実的との見通しから,児相医師自身が医療につなぐことを躊躇し,保護者を抱え込む形に近づいていくことがありうる.つまり,児相医師自身も知らぬ間に保護者のトラウマに曝露され,その激しさに翻弄され,現状に無力感,怒り,絶望感を抱く状態に陥りやすい.支援者は,支援者自身に生じるトラウマの影響を理解する必要がある4)18).そのためにも,トラウマインフォームドなかかわりを忘れず,児相などの行政機関が精神科医を含めたさまざまな地域の支援者とそれぞれの立ち位置を理解し合い,相互的な信頼関係を築き,要保護児童対策地域協議会(以下,要対協)などを通して,適切なタイミングで必要な情報を共有,更新していくことが必要である.
 なお,当所での著者による調査(第113回日本精神神経学会学術総会のシンポジウムにて発表)では,虐待認定されたもののうち,16%の保護者に明らかな精神疾患を認め,特に通院中断が虐待の発生に関連していると思われるケースが認められたことも付け加えておきたい.家族の再統合に関しての調査では,保護者の精神障害の有無よりも,治療の有無のほうが虐待との関連が大きいことが示唆されている12).この点においてもまた,子ども虐待防止には,関連機関と精神科医の協力が必須であると考えられる.

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II.精神科医に知っておいてほしいこと
 児相から保護者を地域の精神科医につなげようとする際,両者の間にある考え方に溝を感じざるを得ないことがある.例えば,保護者がすでに通院中あるいは入院中である場合,主治医である精神科医は治療関係を重視し,守秘義務や個人情報保護を意識する.それ自体は必要なことであるが,その意識が強いあまり,児相に対して必要な情報提供がなされず,患者の子どもの支援方針決定に時間がとられることがある.時には「児相の職員は,保護者の情報が早急にほしいと言って,突然,土足で診療現場に入ってくるような印象を受ける」とお叱りをいただくこともある.一方で,児相職員からは,「行政機関として子どもを守るという責務を果たすために,相応の根拠を迅速に得ようと問い合わせを行ったが,医師の権威的態度や一方通行の指示に困惑した」という意見も出る.確かに職員の能力や態度に問題があることもあるが,精神科医も児相職員も子どもの福祉においては,役割こそ異なるが対等の立場である8).子ども自身が受けてきたトラウマの場面を再演するかのように,支援者たちが関係を悪化させているようでは,スムーズな保護者支援を進めることは難しい.外来患者の家族,あるいは関係している子どもが困難に巻き込まれれば,患者自身にも必ず影響がある.情報がないままでは,適切な判断は行われず,患者も子どもも受けられるはずの支援が受けられない.
 参考までに,児相などが通告や情報提供を受けた児童の調査のために情報収集する根拠としては,児童福祉法10条に市町村の義務として「児童及び妊産婦の福祉に関し,必要な実情の把握に努めること」6)が明記されている.さらに,医療機関が児相などの調査に回答する根拠としては,児童虐待防止法13条(資料又は情報の提供)で「…児童の医療,福祉又は教育に関係する機関…並びに医師,看護師…その他児童の医療,福祉又は教育に関連する職務に従事する者は…児童相談所長から児童虐待に係る…当該児童,その保護者その他の関係者に関する資料又は情報の提供を求められたときは…これを提供することができる」7)とされている.守秘義務,個人情報保護については誤解を生じやすいが,通告義務は守秘義務に優先することは,児童虐待防止法6条で「秘密漏示罪の規定その他の守秘義務に関する法律の規定は,…通告をする義務の遵守を妨げるものと解釈してはならない」と明記されている.
 なお,児相介入後の児相との連携・情報共有などについては,要対協の個別ケース検討会議を有効活用されたい.要対協の関係機関と個人情報を共有することができる根拠としては,児童福祉法25条に「協議会は…情報の交換及び協議を行うため必要があると認めるときは,関係機関等に対し,資料又は情報の提供,意見の開陳その他必要な協力を求めることができる」6)とある.
 子どもを支援するためには,支援する大人自身が余裕のある存在でなくてはならない10)といわれる.児童福祉法に謳われている「すべて国民は,児童が心身ともに健やかに生まれ,且つ,育成されるように努めなければならない」6)という原理を遵守するためにも,現実的にできる協力をお願いしていきたい.

おわりに
 以上,当所での保護者支援,そして地域につないでいくまでの過程を述べた.
 当然ながら,児相だけですべての子どもと保護者の支援は完結できない.一時保護中は児相の指導に従う保護者も,一時保護解除後は児相と距離をとり,つないだはずの精神科医療や地域資源と距離をとる傾向がある.周囲はSOSを素直に発信できない保護者とかかわることで消耗するが,地域で多面的に保護者とのかかわりを継続していくことこそが,子ども虐待の予防に直結する.そもそも医療は治療を主眼とし,予防という概念は二の次になりやすい.しかし,こと子ども虐待に関していえば,保護者が「子ども虐待」という形で症状を表現してしまってからでは,その影響が大きすぎる.
 現在に至るまで,精神科医療は,特定妊婦への対応,外来通院患者の家族への目配り,児相などの関係機関から紹介される保護者の通院継続への配慮など,さまざまな形で子ども虐待防止に貢献してきた.さらに精神科医療が子ども虐待防止・予防のための重要なセーフティネットとして児相などの行政機関とも相互に機能し合い,地域全体で子どもを守りきる決意を1つにすることが必要である.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Herman, J. L.: Trauma and Recovery. HarperCollins Publishers, New York, 1992 (中井久夫訳: 心的外傷と回復〈増補版〉. みすず書房, 東京, 1999)

2) 廣井亮一編: 加害者臨床 日本評論社, 東京, 2012

3) 広岡智子: 子育ての苦しみの意味に向き合うMCG―虐待問題を抱える母親のこころのケア―. こころの科学, 206; 51-54, 2019

4) Hopper, E. K., Bassuk, E. L., Olivet, J.: Shelter from the storm: trauma-informed care in homelessness service settings. Open Health Serv Pol J, 3 (2); 80-100, 2010

5) 犬塚峰子, 田村 毅, 広岡智子: 児童虐待 父・母・子へのケアマニュアル―東京方式―. 弘文堂, 東京, 2009

6) 児童福祉法. 昭和二十二年法律第百六十四号

7) 児童虐待の防止等に関する法律. 平成十二年法律第八十二号

8) 金井 剛: 児童相談所における精神科医の役割. 精神科治療学, 23 (増); 57-62, 2008

9) 金井 剛: 福祉現場で役立つ子どもと親の精神科. 明石書店, 東京, 2009

10) 金井 剛: 子どもの心の理解とその支援. 予防医学, 54; 55-59, 2012

11) 金子恵美: 虐待・貧困と援助希求―支援を求めない子どもと家庭にどうアプローチするか―. こころの科学, 202; 52-55, 2018

12) Kessler, R., Berglund, P., Demler, O., et al.: Lifetime prevalence and age-of-onset distributions of DSM-IV disorders in the National Comorbidity Survey Replication. Arch Gen Psychiatry, 62 (6); 593-602, 2005
Medline

13) 小平かやの: 児童福祉領域におけるPCIT. こころの科学, 206; 55-58, 2019

14) 厚生労働省子ども家庭局: 市町村・都道府県における子ども家庭相談支援体制の整備に関する取組状況について. 2018 (http://www.mhlw.go.jp/content/11920000/000444962.pdf) (参照2019-11-13)

15) Lahad, M., Schacham, M., Ayalon, O.: The "BASIC PH" Model of Coping and Resiliency: Theory, Research and Cross-Cultural Application. Jessica Kingsley Publishers, London, 2013

16) 嶺 輝子: 「楽になってはならない」という呪い―トラウマと心理的逆転―. こころの科学, 202; 27-33, 2018

17) 宮地尚子: トラウマ. 岩波書店, 東京, 2013

18) 中村有吾, 瀧野揚三: トラウマインフォームドケアにおけるケアの概念と実際. 学校危機とメンタルケア, 7; 69-83, 2015

19) 日本子ども家庭総合研究所編: 子ども虐待対応の手引き―平成25年8月厚生労働省の改正通知― 有斐閣, 東京, 2014

20) 白川美也子: 赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア―自分を愛する力を取り戻す[心理教育]の本―. アスク・ヒューマン・ケア, 東京, 2016

21) 竹内直樹: 児童青年期の精神療法―子どもの心の理解と支援―. 診療新社, 大阪, 2000

22) Walker, P.: Complex PTSD: from surviving to thrving. Azure Coyote Publishing. Lafayette, 2013

23) 鷲山拓男: 子どもの虐待と母子・精神保健―虐待問題にとりくむ人のための「覚え書き」― (全国保健師活動研究会編). 萌文社, 東京, 2004

24) 横浜市こども青少年局こども家庭課, こども青少年局中央児童相談所: 横浜市記者発表資料 平成30年度横浜市における児童虐待の対応状況. 2019 (https://www.city.yokohama.lg.jp/city-info/koho-kocho/press/kodomo/2019/0529jidougyakutai.files/0001_20190528.pdf) (参照2019-11-13)

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