Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第2号

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特集 子どもを虐待したくてしているわけじゃない!―逆境体験に精神科医療はどう向き合うか―
児童心理治療施設における発達性トラウマ障害(Developmental Trauma Disorder:DTD)―子どもの言動の新たな評価の試み―
稲葉 啓通1)2)3), 石坂 好樹2)3), 小川 素子3), 高橋 ふき3), 河原 理恵3), 越後 顕一3), 楠田 千佳3), 高 祥也3), 田槇 里奈3), 志田 沙恵子3)
1)京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座精神医学教室
2)京都桂病院
3)児童心理治療施設「ももの木学園」
精神神経学雑誌 122: 144-151, 2020

 情緒的問題を抱えて,日常生活に支障をきたしている子どもの支援を行うことを目的に設立された児童心理治療施設(旧情緒障害児短期治療施設)では,入所している子どもの大半が逆境体験(ACE)を有する.ACEの影響は心理面,行動面に広く及び,かつ成人期に至るまで長期にわたる.ACEを有する子どもの言動は多種多様である.そして,子どもの支援に携わる職員によって日々の生活で注目する子どもの言動は異なる.そのため,児童心理治療施設では入所している子どもに対する治療目標や,治療の効果を判断する基準についてのコンセンサスが十分に得られていない.van der Kolk, B. A.は,現行の診断体系は子どもの抱える困難を適切に概念化できていないと批判し,発達性トラウマ障害(DTD)という新しい診断概念を提案した.この概念はDSM-5には盛り込まれなかったが,子どもの言動をさまざまな診断の合併ではなく1つの概念として捉えることができ,また既存の診断では捉えきれないものまで評価できる点で有用である.今回,DTDの概念に基づいて児童心理治療施設に入所中の子どもを評価した.DTDの各項目に該当する言動を有すると判断された子どもの割合は,一部の項目を除くと60%を超えた.子どもに対する治療目標や治療効果の判断方法を考えるうえで,1つの評価基準としてDTDは臨床的に有用である可能性がある.今後はデータを蓄積してDTDの有用性を検証するとともに,ACEを有する子どもへの最適な治療を探求していきたい.

索引用語:発達性トラウマ障害, 児童心理治療施設(情緒障害児短期治療施設), 逆境体験, 虐待>

はじめに
 児童心理治療施設(旧情緒障害児短期治療施設)は児童福祉法で定められており,情緒的問題を抱えて日常生活に支障をきたしている子どもの支援を行う児童福祉施設である.そこでは,生活支援を基盤とした心理治療を行うとともに,学校教育とも連携して総合的な支援が行われている.入所は児童福祉の専門機関である児童相談所が決定する.親の同意を得ている場合もあれば,親の同意がなくても虐待などのために施設入所が適切であるとの司法判断を経て入所している場合もある.それらの子どものほとんどは,虐待のような幼少期の逆境体験(adverse childhood experiences:ACE)を有する.厚生労働省の報告では2016年度の児童相談所における児童虐待相談対応件数は122,575件と報告され,その数は年々増加してきている6).ACEの影響は成人期に至るまで長期にわたり,将来的な精神的健康や身体的健康に悪影響を及ぼす2)3)
 児童心理治療施設における治療については,具体的な症例報告やさまざまな治療実践の報告が重ねられてきているものの,高岸ら7)が指摘しているように,入所している子どものどのような言動を治療目標とし,何をもって治療が効果をあげているかを判断する基準についてのコンセンサスが,現在に至るまで十分に得られていない.この理由の1つとして,子どもが示す言動が多種多様であることが挙げられる.ACEを有する子どもには,分離不安障害,反抗挑戦性障害,心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder:PTSD),注意欠如・多動症(attention-deficit/ hyperactivity disorder:ADHD)など表面に現れる症状によってさまざまな診断がなされる1).当施設でも,既存の診断で説明できる症状のほかに,トイレでウォシュレットを長時間お尻に当て続ける,怪我をして職員が病院に連れて行こうとすると「自分なんかのためにお金は使わないでほしい」と訴える,夏の暑い時期でもずっと職員に抱きついてくる,ラーメンに唐辛子などのスパイスを大量に入れて真っ赤にして汁まで飲む,真冬でも半袖半ズボンでさらに暑いと言って扇風機やクーラーをつける,不登校状態の子どもが多い(当施設には分教室がなく,地域の子どもに交じって地域校に通うシステム),夜間に知らない異性と出歩き,危険性を伝えても理解しないなどが認められる.
 このような状況で子どもの言動を既存の症状として評価しても,そこからもれるものが多くあり,また子どもの支援に携わる職員によっても注目する言動が異なり,治療目標を設定しても一致しないおそれがある.さらに多動衝動性の亢進や大人への反抗的な態度などの外化行動は注目を受けやすい一方で,おとなしく人とかかわることの少ない子どもや過剰適応の傾向のある子どもは,たとえ内面に問題を多く抱えていても気づかれないことも多い.子どもの背景を考えると,表面化した言動のみに基づいた診断では子どもの状態の適切な評価や治療方法に結びつかない11)
 van der Kolk, B. A.は,ACEを有する子どもの言動は現行の診断体系では捉えきれず,子どもの抱える困難を適切に把握できていないとし,それらを一元的に説明しうる概念として発達性トラウマ障害(developmental trauma disorder:DTD)を提案した10).この概念はDSM-5には盛り込まれなかったが,子どもの言動をさまざまな診断の合併ではなく1つの概念として捉えることができ,また既存の診断では捉えきれないものまで評価できる点で有用と思われる.われわれが調べた範囲ではこれまでにDTDを紹介する文献はいくつかあるものの9)13),DTDの概念に基づいて実際に子どもの集団を評価した国内での報告はない.今回は当施設に入所中の子どもに対して,DTDの項目に該当するかを評価する調査を行ったので,結果を報告する.

I.調査方法
1.対象者
 対象は2017年12月31日時点で児童心理治療施設入所中の子ども28名のうち,子ども本人および親権を有する親もしくは後見人がいる場合には,親,後見人からの同意が得られた子どもで,かつ下記のデータが得られた20名である.

2.取得データ
 児童相談所の記録や施設内記録から,Wechsler Intelligence Scale for Children IIIまたはIVによって評価された知能指数(IQ),入所前に自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)・ADHDの診断を受けたことがあるかどうか,虐待やネグレクトなどの幼少期のACEに関する情報,抗精神病薬とADHD治療薬の内服の有無,を調査した.ACEの数と成人後にみられる精神疾患(うつ病,アルコールなどの物質依存症など)や,種々の身体疾患(虚血性心疾患,癌,慢性呼吸器疾患,肝疾患など)は相関するといわれている3)4).研究によってACEを計算する方法はさまざまだが,本調査では他研究を参考にして8)10項目を設定し(表1),確実にあてはまると判断された項目の数をカウントした.DTDに関しては,2017年9月1日~12月31日における子どもの様子を観察した医師と臨床心理士とで評価を行った.2018年1~3月の間の学校の出席率のデータは学校の通知表から入手した.またAttention-Deficit Hyperactivity Disorder Rating Scale-IV(ADHD-RS-IV),広汎性発達障害日本自閉症協会評定尺度(Pervasive Developmental Disorders Autism Society Japan Rating Scale:PARS)を用いて子どもの発達障害に関する評価も行い,最終的には出席率をアウトカムにして統計学的解析を行ったが,こちらの結果については別投稿にて報告する予定である.解析ソフトにはR-3.5.1を使用した.

3.倫理的配慮について
 子どもの同意だけでなく,親権を有する親もしくは後見人がいる場合には,親,後見人からの同意を得た.調査の趣旨や個人情報を守ることなど,調査に関する内容を記載した書類を大人用,子ども用それぞれ作成した.大人には郵送し,子どもには施設内に掲示し,それぞれデータ使用を拒否できる旨を通知し,拒否がないことを確認した.調査はヘルシンキ宣言に基づき,施設と同法人である京都桂病院の倫理審査委員会から承認を受けた.

表1画像拡大

II.結果
表2に対象20名の背景を示す.年齢は10~17歳(中央値は13歳)で,性別は男9名,女11名であった.抗精神病薬の服用をしているのは5名,ADHD治療薬の服用をしているのは4名であった.虐待については心理的虐待の経験があったのは18名,身体的虐待の経験があったのは18名,性的虐待の経験があったのは2名であった(性的虐待に関しては事実がはっきりわからない3名は除いた).直接の性的虐待を受けていなくても,性的な動画を見せられる・大人の性交の場面を目撃するといった性的曝露の経験がある子どもを含めると7名となった(事実がはっきりわからない2名は除いた).
 各中央値は全検査IQ 87,施設の入所期間16ヵ月,ACEの数5,出席率67.1%であり,8割以上出席している者は8名であった.
 van der Kolkの論文11)ではDTDはA~Gに項目が分かれているが,A項目はACE,B項目は感情的・生理的調節不全,C項目は注意と行動の調節不全,D項目は自己の調節不全と対人関係の調節不全,E項目はPTSD症状の評価,F項目はDTDの言動の持続性,G項目は生活における機能障害の評価である.今回はACEと子どもの具体的な言動に関するA~D項目について報告する.それぞれについて当施設で和訳し,各項目に該当すると判断された子どもの数を表3に示した.
 調査の結果,A項目には20名全員が該当した.B項目ではB1~B4のすべての項目で,該当する子どもの割合は60%を超え,特にB1では80%,B4では90%が該当した.C項目ではC2が15%,C3が35%,C4が15%と割合は低いが,C1とC5はそれぞれ65%,75%であった.D項目ではD1を除くD2~D6の項目で,該当する子どもの割合は60%を超えた.

表2画像拡大表3画像拡大

III.考察
 本調査の結果,DTDの各項目に該当すると判断された子どもの割合は,一部の項目を除くと60%を超えた.「はじめに」で挙げたような既存の診断では症状として把握できない子どもの言動も,DTDの概念に基づいて評価できることがわかった.ウォシュレットを長時間お尻に当て続けるのはC3,「自分なんかのためにお金を使う必要がない」と言うのはD2,職員に抱きつきたがるのはD5,異常に辛い物を食べても平気であることや,寒くても薄着であることはB2・B3,不登校はD3~D6(学校に行かないある子どもは,「なんで施設にいる私が学校に行って,ママとかと一緒に楽しく住んでいる子と一緒に過ごさないといけないの,そんな子たちをみるだけで嫌になる」と述べたことがある),夜間に知らない異性と出歩くのはC1・C2・D5,危険性を予測できないのはC1と考えられる.
 B項目により,自分の感情を自覚しておらず,そのため外部に対して表現もできず,まわりからみると何を考えているのかわからず,感情不安定にみえる言動を評価できる.C項目により,外部の危険を適切に認知する力が乏しく,危険を自ら求める傾向があり,長期的な視野に欠ける言動を評価できる.D項目により,自己肯定感の低さ,社会・他者に対する根深い不信感,信頼に基づく対人関係の構築の困難さを評価できる.
 本調査により,これまでは経験的によく認められるとされていた言動もACEの影響として初めて理解できたという意見や,新たに注目するようになった言動があるという意見が職員から聞かれた.また職員間での認識の共有も深まった.子どもに対する治療目標の設定や治療効果の判断方法についてのコンセンサスが十分に得られていない現状を改善するうえでも,DTDの概念に基づいた評価は臨床的に有用となると考えられる.例えば,先ほどB2・B3であると考えた,異常に辛い物を食べても平気であることや,寒くても薄着であることについて,これまで特に注目していなかった職員でもACEの影響として認識するようになる.そして継時的に評価することにより,このB2・B3に該当するものがなくなれば,その項目に関しては治療が進んだと評価することが可能となる.本調査はサンプルサイズが小さく,DTDの臨床的な有用性を検証するには,今後データを蓄積する必要がある.当施設では継時的にDTDの概念に基づいて評価を行い,その変化を観察する予定であるが,多施設でも評価できれば,入所している子どもの言動の出現の異同を調べることも可能になるだろう.
 治療に関してvan der Kolkらは,DTDすべての診断基準を満たさなくても項目に該当する言動を有するのであれば,トラウマに焦点化した治療を行うことは正当であると述べている12).当施設では従来の子どもへの支援に加えて,そういった治療への取り組みが始まっている.いずれはDTDを基にした治療的経験を蓄積して,ACEを有する子どもへの最適な治療を探求していきたい.
 ところでICD-11では成人に対する診断である複雑性PTSD(complex PTSD)が採用される予定である.これは自己組織化の困難(disturbance in self-organization:DSO)症状と呼ばれる「感情制御の困難」「否定的な自己概念」「対人関係の困難」という3つの症状を有する5)もので,DTDと構造が類似している12).このようにPTSDだけでは捉えきれない,トラウマによって生じる諸症状を一元的に捉えようとする考え方は,今後広がっていくことが予想される.
 なお,不適切な養育環境の結果生じる精神障害として反応性愛着障害(reactive attachment disorder:RAD)が知られており,DTDとの差異が問題になるかもしれない.これに関してvan der Kolkらは「DTDとRADはどちらも保護的養育における重大な障害から生じる(中略)しかしRADは(a)対人暴力の影響,(b)感情調節の困難,(c)攻撃的または危険を伴う行動,(d)自傷や自己慰撫,(e)持続する否定的自己感覚について取り上げていない点で,DTDと異なる」と述べている11).それゆえ,現時点では異なった状態像として取り扱うべきであろう.

おわりに
 虐待などのACEを有する子どもは多種多様な言動を示す.児童心理治療施設では,各施設でそれぞれが最適と思う治療が実践されているが,現時点では治療目標や,治療の効果を判断する基準についてのコンセンサスが十分に得られていない.DTDは現時点で正式な診断として採用されていないが,その現状を改善するうえで有用ではないかと考え,今回報告した.今後もDTDの臨床的な有用性の検証と,ACEを有する子どもへの最適な治療を探求していきたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Ackerman, P. T., Newton, J. E., McPherson, W. B., et al.: Prevalence of post traumatic stress disorder and other psychiatric diagnoses in three groups of abused children (sexual, physical, and both). Child Abuse Negl, 22 (8); 759-774, 1998
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2) Anda, R. F., Felitti, V. J., Bremner, J. D., et al.: The enduring effects of abuse and related adverse experiences in childhood. A convergence of evidence from neurobiology and epidemiology. Eur Arch Psychiatry Clin Neurosci, 256 (3); 174-186, 2006
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3) Felitti, V. J., Anda, R. F.: The relationship of adverse childhood experiences to adult medical disease, psychiatric disorders and sexual behavior: implications for healthcare. The Impact of Early Life Trauma on Health and Disease: The Hidden Epidemic (ed by Lanius, R.A., Vermetten, E., et al.). Cambridge University Press, Cambridge, p.77-87, 2010

4) Felitti, V. J., Anda, R. F., Nordenberg, D., et al.: Relationship of childhood abuse and household dysfunction to many of the leading causes of death in adults. The Adverse Childhood Experiences (ACE) study. Am J Prev Med, 14 (4); 245-258, 1998
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5) 金 吉晴, 中山未知, 丹羽まどかほか: 複雑性PTSDの診断と治療. トラウマティック・ストレス, 16 (1); 27-35, 2018

6) 厚生労働省: 児童虐待相談の対応件数及び虐待による死亡事例数の推移. 2017 (https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000198495.pdf) (参照2019-11-14)

7) 高岸幸弘, 坂田昌嗣: 情緒障害児短期治療施設における効果測定のあり方に関する研究. 子どもの虐待とネグレクト, 13 (2); 269-283, 2011

8) 坪井 聡: 児童虐待の被害を測定する国際的調査票の日本語版の作成 課題番号24790625. 国立情報学研究所科学研究費助成事業データベース (https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-24790625/24790625seika.pdf) (参照2019-11-14)

9) 友田明美: 乳幼児期の被虐待体験とその後の精神発達への影響―反応性アタッチメント障害と発達性トラウマ障害―. 精神科治療学, 31 (7); 865-871, 2016

10) van der Kolk, B. A.: Developmental trauma disorder: toward a rational diagnosis for children with complex trauma histories. Psychiatric Annals, 35 (5); 401-408, 2005

11) van der Kolk, B. A., Pynoos, R. S., Cicchetti, D., et al.: Proposal to include a developmental trauma disorder diagnosis for children and adolescents in DSM-V. 2009 (http://www.traumacenter.org/announcements/DTD_papers_Oct_09.pdf) (参照2019-11-14)

12) van der Kolk, B. A., Ford, J. D., Spinazzola, J.: Comorbidity of developmental trauma disorder (DTD) and post-traumatic stress disorder: findings from the DTD field trial. Eur J Psychotraumatol, 10 (1); 1562841, 2019
Medline

13) 山下 洋: 発達精神病理学からみたトラウマとアタッチメント. トラウマティック・ストレス, 14 (1); 29-38, 2016

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