Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第12号

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特集 精神科医療における身体拘束の現状と課題
精神病床での身体的拘束の法的・調査における視点の整理
山之内 芳雄1), 三宅 美智2)3), 臼田 謙太郎2), 月江 ゆかり2)
1)あいせい紀年病院
2)国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神医療政策研究部
3)岩手医科大学看護学部地域包括ケア講座
精神神経学雑誌 122: 930-937, 2020

 ここ10年間あまり精神病床での隔離・身体的拘束の増加という事実があり,その要因についてさまざまな意見が出ている.一般医療や介護施設における身体拘束の情報や,国際的な比較などと混同されることもある.しかしながら,わが国においては精神病床のみ法律による身体的拘束の違法性の阻却が定められており,また介護分野でいわれている身体拘束との定義の違いなど,整理しなければならない課題がある.また,一般医療などでは違法性を阻却するような法律がないなか,正当な行為なのかどうか議論が必要ともいえる.そして増加の要因に関しては,1999(平成11)年に約70%の病院が回答した調査があるが以降行われず,2003(平成15)年から総数の調査が始まったものの,要因を探索すべき患者属性は調査されていなかった.2017(平成29)年から患者属性情報も加わった調査が始まったが,増加要因を探索するには今後継続した調査が必要であろう.

索引用語:隔離, 身体的拘束, 精神保健福祉法, 違法性阻却>

はじめに
 ここ10年間あまり精神病床での隔離・身体的拘束の増加という事実があり,その要因についてさまざまな意見が出ている.例えば,認知症の入院患者が増えたからではないか,救急病棟が増えたからではないかなどであるが,それを実証するデータはない.また,認知症に関しては介護施設での身体拘束ゼロの考え方やデータが用いられることもあり,議論が混在しているようにも思われる.本稿では,わが国での精神病床の隔離・身体的拘束に関する位置づけの特異性について論じ,続けて精神病床における隔離・身体的拘束のデータがどのようになっているのかについてわれわれが携わる調査も交え述べたい.

I.精神科の行動制限は法で規定されている,という特性
 わが国では,不法に人を逮捕しまたは監禁する行為に対して,刑法220条に「逮捕・監禁罪」が定められている.また不法に人の身体に向けた物理的力の行使に対して,同208条に「暴行罪」が定められている.では,精神医療における隔離や身体的拘束がこれに該当しないのはなぜだろうか.一般医療,介護施設,海外ではどうなっているのかなど,精神科の隔離・身体的拘束を考える際,まず視点を整理する必要がある.
 刑法では,「不法に」という文言がある.つまり不法でなければ,刑法に抵触しないということになる.また,刑法には35条に「正当行為」が規定されており,法令または正当な業務による行為は罰しないとされている.例えば,契約のもと行われるプロレスの試合や外科医が行う手術が「正当な業務」にあたるといわれている.では,誰が「正当な業務」と認めるかであるが,それは世論や判例による.医療では,世論の信頼を担保する方法として,学会などによる術式の承認,厚生労働省による医薬品・医療機器の審査と承認,そして当事者の同意がある.また先進的な医療機器を用いた手術などは,厚生労働省による先進医療の審査と承認を経て行われる.行った医療行為が正当かどうか長年議論されている例として,2006(平成18)年に愛媛県で病気腎を移植した一連の案件がある.2007(平成19)年に日本移植学会などは医学的な妥当性はないとの見解を発表し6),厚生労働省も臨床研究以外は医療としての正当性はないことを原則とし,病気腎移植を行っていた医療機関に行政処分が行われた.しかし,この事案はその後も議論が続き,2017(平成29)年に厚生労働省は,先進医療として病気腎移植を認めている2)
 このように,医療における「正当な業務」はその行為により,不安定な環境のもとで成り立っているが,もう1つ刑法の「正当行為」の要件に,法令による行為がある.これは,他の法令に定められた条件下での行為は,例外的に刑法における違法性を阻却できるとしている.この例として,人工妊娠中絶がある.母体保護法14条に「都道府県の区域を単位として設立された社団法人たる医師会の指定する医師は,(中略)人工妊娠中絶を行うことができる」とされており,この条文により,母体保護法指定医が行う人工妊娠中絶に限り,刑法214条の業務上堕胎及び同致死傷罪の違法性が阻却される.
 そして,精神病床における隔離(12時間を超えるもの)および身体的拘束もこれと同様である.精神保健福祉法36条の3に書かれた厚生労働大臣が定めた行動の制限であると,告示(昭和63年4月8日厚生省告示第129号)で定められている.同条でこの行動制限は「(精神保健)指定医が必要と認める場合でなければ行うことができない」とされており,これをもって隔離および身体的拘束の判断は,刑法220条の逮捕・監禁罪と208条の暴行罪の違法性が阻却されることになる.ややこしいが,本来刑法に抵触する行為について,精神保健福祉法が定める限定された状況と条件下においては,例外的に不法ではないということである.医療・介護などにおいて,行動制限に対しての違法性阻却の規定があるのは精神科医療のみであり,一般医療や介護施設などには及ばない.では,一般医療や介護施設で行われる同様の行動制限の不法性はどうなのだろうか.違法性を阻却する法律は存在しないため,正当な業務行為かどうかについて議論されるべきであると著者は考える.例えば,身体科の急性期病棟などにおける生命の危険が及ぶ状況で,意識障害による危険行動を回避するための身体拘束は正当な業務行為なのかなど,さまざまな状況下での正当性について行政・司法での議論が待たれるところである.

II.他領域でのレギュレーション
 行動制限において,特別な法律による違法性の阻却がない一般医療や介護施設において,そのレギュレーションはどうなっているのだろうか.2000(平成12)年に介護保険法が施行された際,指定介護老人福祉施設の人員,設備及び運営に関する基準(平成11年厚生省令第39号)において身体拘束の禁止が運営基準として定められている.これは居住型の介護施設を開設して,運営するために必要な基準の1つになっている.翌年の2001(平成13)年には,厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」が,『身体拘束ゼロへの手引き―高齢者ケアに関わるすべての人に―』5)を発表している.この手引きでは,身体拘束自体を強い論調で禁止すべきだとしており,対象となる行為を11項目定めている.このなかには,精神医療における隔離や,鎮静薬の大量投与も入っており,精神保健福祉法,あるいは精神医療における隔離・身体的拘束とは異なる定義になっている(表1).さらに介護保険報酬において,身体的拘束があった場合の記録の不備や廃止に向けた対策を怠ったことにより,入所者全員の報酬が減算される「身体拘束廃止未実施減算」がある.また,一般医療においても,診療報酬において認知症患者に身体的拘束を行った際,入院料の認知症ケア加算が減点されることになっている.そして先の手引きに強制力はないが仮にすべての高齢者に適用解釈をしたとしても,高齢者でない一般医療の入院患者に関しては,これらの施設基準や報酬減算の仕組みはない.
 つまり,わが国において精神病床以外での隔離・身体的拘束の実施基準を法律で定めたものはなく,施設基準,診療・介護報酬さらには手引きといった,いわゆる規則や取り組みによってのみレギュレートされているといってよかろう.これは別の言い方をすれば,規則や取り組みはあるものの身体的拘束をする違法性を誰も否定しない状況であり,一般医療においては隔離・身体的拘束が「正当な業務」だろうということで行われている危うい状況でもある.

表1画像拡大

III.精神科における行動制限の把握の現状とこれから
 法律でその実施が規定されている精神病床において,隔離・身体的拘束はどのくらい行われているのだろうか.わが国の精神病床における隔離・身体的拘束は,1999(平成11)年に厚生科学研究で初めて全国規模の調査が行われた1).この調査は,全国1,548の精神病床を有する病院を対象に,1,090病院から回答を得た.当時246,616床のなかで,調査日時点で隔離が5,643件(2.3%),身体的拘束が4,667件(1.9%)行われていた.病院設立主体別,病棟入院料別,診断別,行動制限の期間別に集計されており,場所,理由,中断の有無も調査されていた.この調査に引き続き,行動制限最小化委員会を設けることが提言されている.以降同様の調査は行われなかったが,2002(平成14)年の630調査3)で「保護室の利用者数」が調査され,2003(平成15)年から2016(平成28)年までは「隔離室の隔離患者数」「身体的拘束を行っている患者数」が病院の種類別に調査され,2008(平成20)年からはこれに入院形態別の集計が加わった3).630調査は精神病床をもつ病院の9割以上が回答するほぼ悉皆調査になっているため,この値と1999年の調査の単純な比較はできない.また,2002年の調査は調査日の「保護室の利用者数」であり,それが隔離かどうか不詳である.そこで,経年比較できるデータは2003年からの630調査のうち,診断や年代などの属性のない精神病床全体の集計値になる.この変遷と平成29,30年調査の結果をに示した.
 さて2016年までの630調査では,調査日である6月30日に「12時間以上隔離された者」と,「身体的拘束を受けている者」を調査している.しかし,1999年の調査にあったような中断(例えば開放観察中)者の扱いがわからず,また精神保健指定医以外の医師の指示による12時間未満の隔離については集計していなかった.患者の立場に立てば,隔離指示を受けているが開放観察されている状態というのは,単に隔離が猶予されている状況であること,また短時間でも隔離には違いないこともあり,2017(平成29)年の630調査からは「午前0時時点で隔離・身体的拘束の指示を受けている者」と厳密に定義した.同時に,属性として,主診断・性別・在院期間・入院形態・年代・病棟入院料・都道府県・患者居住地と病院所在地の異同ごとに集計値がわかるようになった4).そのため,のグラフで2016年までと2017年以降は定義が異なることに注意されたい.
 2018(平成30)年の主診断別・年代別・病棟入院料別の隔離・身体的拘束の指示が出ている者の集計を表2, 表3, 表4に示した.患者全体での隔離指示率は4.4%,身体的拘束指示率は4.0%のなか,主診断別では,統合失調症の隔離指示と認知症の身体的拘束指示の数が多く,知的・発達障害の隔離指示の割合が高かった.年代別では,40歳以上65歳未満の隔離指示数,75歳以上の身体的拘束指示数が多い.病棟入院料別では急性期医療を行う病棟などでの指示の割合が高いことがわかるが,反面認知症治療病棟においては隔離指示が1.3%,身体的拘束指示も5.7%であった.
からは隔離・身体的拘束の人数が増加していることがわかるが,これがどの属性によるものかは従来わからなかった.ようやく2017年から上記属性に関する集計値がわかるようになったばかりであるため,増加した属性の同定を議論するには今後少なくとも数年の集計値をみていく必要がある.さらに,1999年調査では集計されていた期間・中断の有無・理由に関しては,630調査では調査しておらず,今後の研究への課題となる.

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表2画像拡大表3画像拡大表4画像拡大

おわりに
 わが国では精神病床での隔離・身体的拘束に関しては,法的な枠組みが特別に定められており,それゆえに一般医療や介護施設との単純な比較や,同列での議論は難しく,議論をするにはこれらを理解したうえで行わなければならない.また,隔離・身体的拘束の増加に関しては,従来の調査では増加したという事実しかわからなかった.その要因を実証的に探索するには,属性・期間・理由なども含めた調査を重ねていくことが求められる.2017年からの630調査において,属性がわかるようになったものの,いずれにせよ少なくとも数年のデータの蓄積が求められる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 浅井邦彦: 精神科医療における行動制限の最小化に関する研究―精神障害者の行動制限と人権確保のあり方―. 平成11年度厚生科学研究費補助金(障害保健福祉総合研究事業)報告書. 2000

2) 厚生労働省第63回先進医療技術審査部会: 先進医療B 実施計画等再評価表(番号B068). 2017 (https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10801000-Iseikyoku-Soumuka/0000181259.pdf) (参照2019-11-24)

3) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課, 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所: 精神保健福祉資料―平成28年までの630調査―. (https://www.ncnp.go.jp/nimh/seisaku/data/630/) (参照2019-11-26)

4) 厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神・障害保健課, 国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所: 精神保健福祉資料―平成29, 30年度630調査―. (https://www.ncnp.go.jp/nimh/seisaku/data/year.html) (参照2019-01-26)

5) 厚生労働省「身体拘束ゼロ作戦推進会議」: 身体拘束ゼロへの手引き―高齢者ケアに関わるすべての人に―. 2001 (http://syowakai.org/wp/wp-content/uploads/2014/04/854.pdf) (参照2020-08-18)

6) 日本移植学会, 日本泌尿器科学会, 日本透析医学会, 日本臨床腎移植学会: 病腎移植に関する学会声明 (www.asas.or.jp/jst/pdf/info_20070000.pdf) (参照2019-11-24)

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