Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第11号

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特集 精神科専門医に必要な精神療法の学び方
精神療法の学び方―個別性とプログラム―
中尾 智博
九州大学大学院医学研究院精神病態医学
精神神経学雑誌 122: 853-860, 2020

 精神療法を学ぶためには,まずより多くの後期研修医が精神療法にふれるためのゲートウェイとして,各講座が開く症例検討会や精神療法のセミナーが挙げられる.さらに専門医プログラムのなかに精神療法研修会やスーパーヴィジョンのシステムなど,精神療法に関するコンテンツが充実することでいっそう学びやすい環境が整えられると考える.より深く学びたい者は認知行動療法や精神分析など系統的精神療法のトレーニングに進んでいくであろう.もう1つの大事なことは,精神療法の学び方は常に個別的であり,おかれた環境やさまざまな師との出会いによってその人の精神療法家としての素地ができていくという点である.さほど関心の高くなかった者でも優れた精神療法家と出会う僥倖によって開眼し,精神療法への関心が高まることが期待できる.この点が実はいちばん難しいことであり,ロールモデルとしての精神療法家の教えを身近で受けられる環境作りが欠かせない.

索引用語:精神療法, トレーニング, 専門医プログラム, ロールモデル>

はじめに
 精神科医療を実践していくうえで精神療法的な態度を身につけることは,精神科医に欠かせないもので,その根幹をなすものである.精神療法を学ぶためには,まずより多くの後期研修医が精神療法にふれるためのゲートウェイとして,各講座が開く症例検討会や精神療法のセミナーが挙げられる.さらに専門医プログラムのなかに精神療法研修会やスーパーヴィジョンのシステムなど,精神療法に関するコンテンツが充実することでいっそう学びやすい環境が整えられると考える.より深く学びたい者は認知行動療法や精神分析など系統的精神療法のトレーニングに進んでいくであろう.
 もう1つの大事なことは,精神療法の学び方は常に個別的であり,おかれた環境やさまざまな師との出会いによってその人の精神療法家としての素地ができていくという点である.優れた精神療法家と出会う僥倖によって開眼し,精神療法への関心が高まることが期待できる.ロールモデルとしての精神療法家の教えを身近で受けられる環境作りは,研修プログラム構築において欠かせない重要なポイントだと考える.
 本稿では,まず精神科の研修プログラムのなかでどのようにしたら精神療法の技術を習得できるかについて,著者の所属する医局を例に挙げて示す.そして,著者の経験を紹介したうえで,精神療法を学ぶうえで欠かせないメンターの役割についてもふれたい.

I.研修プログラムのなかでの精神療法の習得
 各医局では,それぞれに工夫された研修プログラムが用意されており,まずはそれに沿って精神療法についても学んでいくことが最初の一歩になるであろう.例えば著者の所属する医局では,医局会での症例検討会,指導医によるチームカンファレンス,入院中の患者の情報を共有する病棟カンファレンスなどが毎週定期的に実施され,その場で精神療法的なかかわりについても上級医からの助言が行われる.また行動療法のカンファレンスや精神分析,森田療法のセミナーも定期的に実施されており,希望者は参加することができる.森田療法セミナーのスケジュール例()を示す.行動療法のカンファレンス案内は,下記のような内容が開催ごとに呈示される(なお,下記の症例は架空である).

 【行動療法カンファレンスのお知らせ】
 5月X日(月)のカンファレンスは,以下の症例を予定しています.
 <10代女性 #強迫性障害,#自閉症スペクトラム障害>
 小学校低学年から手洗いが多く授業に遅れることもあった.小学6年生でバッタがおでこに触れたことをきっかけに虫がついたものはアルコール消毒しないと気が済まなくなった.次第に虫をみただけでも髪や口についた気がするようになり強く拭き手洗いを繰り返し,タオルやティッシュを大量に使用するようになった.Y-1年に近医クリニックを受診し薬物療法を開始,多少の効果はあったものの症状は持続し,行動療法目的に当科を初診,開放病棟に任意入院となった.カンファレンスでは今後の治療方針や行動療法的介入方法について相談したい.
 当カンファレンスでは,行動分析による症状の理解を中心にして,診断や治療の進め方に関するディスカッションが行われます.強迫性障害,不安障害,摂食障害,その他の疾患による問題行動等,興味深いケースがありましたらご連絡下さい.皆様のご参加をお待ちしております.
 (九州大学精神科神経科行動療法研究室)

 さらには,外部講師を招いてのセミナー,研究会も頻繁に開催されており,ここでも精神療法について学ぶことができる(図1).当教室主催の『こころと脳のセミナー』で,外部講師として招かれた藤山直樹先生の講演を聴講して著者が記した講演感想1)を以下に示す.
 【講師】藤山直樹先生
 【講演日時・場所】2013年11月9日,九大精神科カンファレンスルーム
 【講演名】精神分析は精神科臨床にどう貢献するのか
 【講演感想】藤山先生は本講演においてまず,精神分析は精神医学とは違った出自をもち,異なった認識論と実践モデルをもつことを話された.藤山先生は「分析家になるということは,自分のパーソナルなこころを差し出して,過程とそれにともなう心的変化をもつことである」という.精神分析の歴史,精神医学における立ち位置,治療構造,お金のこと,負の感情のとりあつかいなどについて,リアリティに満ちた話をして下さった.自ら落語会を開催するほど落語好きである藤山先生が再現する患者とのやりとりは,まるでその場にいるように生き生きとしたものであった.藤山先生いわく,「鮨職人は立場が上がるほど客の前にせり出してくる」とのことだが,まさにそのような,患者と正面から向き合う仕事を分析の空間でされているのだと思った.
 (文責:中尾智博)

 このように,研修プログラムの枠組みのなかでカンファレンスや症例検討を通して臨床における精神療法の実践について適宜助言が行われ,また系統的精神療法についてもカンファレンス,あるいはセミナー,講演を通じてそのエッセンスにふれることができるようになっており,専門的な精神療法トレーニングに進むための道筋が作られている.
 一方で,国内に数多ある医局で,それぞれどの程度精神療法の教育が行われているかについては,未知の部分が多い.著者らが本稿の元となるシンポジウムを企画した目的は,精神療法教育の現状を把握し,問題となっている点にどのような解決策を見いだせるかについて討論することにあった.大きな問題の1つとして予想されるのが精神療法家の不足による教育状況の格差であり,著者らが2012年から取り組んでいる日本精神神経学会精神療法委員会の活動はそれを補完するためのものである.本委員会の主たる活動目的は,精神科のレジデント(専攻医)を中心とした若手に治療関係の構築と維持に必要な臨床姿勢やスキルを学ぶ機会を提供し,また指導医層には精神療法的な教育のあり方を提示することにある.この目的を達成するため,さまざまな立場の精神療法の専門家からなる委員会のメンバーは,学会におけるシンポジウムやワークショップの開催,全国各地で年数回の講義と症例検討からなる研修会を精力的に実施している.その活動内容については,2019年6月に新潟で行われた日本精神神経学会学術総会でのポスター報告(図2図3)に詳しく示した.本委員会はまた,面接の基本を学ぶための書籍2)3)も刊行している(図4).このような機会を利用することで,精神療法についてより学びを深めることができると考えている.

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II.個別的な出会いと精神療法
 著者は,精神療法を学ぶにはここまで述べたような系統的なプログラムを充実させることの必要性とともに,若い精神科医を精神療法の世界へと誘うメンターやロールモデルの存在が大事だと感じている.その点について著者の経験をもとに述べたい.
 著者は行動療法を専門としており,その技法は日常診療において大変な助けになっている.一方,著者の臨床スタイルには力動的な考え方も混ざっていて,それはおそらくこれまでに受けたトレーニングや積んできた経験によってそうなっているのだと感じている.著者は入局後すぐに,当時行動療法で名を馳せていた国立の単科精神科病院に派遣されたことがきっかけで行動療法に興味をもち,大学医局に戻った後も行動療法家の指導を継続的に受けることができた.その一方で当時医局に漂っていた精神病理学の伝統的な雰囲気も心地よく感じながら過ごした.また後に出向した民間の精神科病院で出会った森田療法家の臨床のスタイルに強い影響を受けた.後に非常勤で勤めた病院は当時九州における精神分析のメッカのようなところであり,そこで出会った精神分析家にも多くの示唆を受けた.近年では精神療法委員会でさまざまな立場の精神療法家と一緒に活動し,やはり多くの刺激を受けている.このように著者の所属した教室には系統的な精神療法を学べるいくつかの研究室があり,恵まれた環境で成長できたと思う.加えて,これまでに勤務した地で何名かのメンター,ロールモデルと呼ぶべき精神療法家に出会う僥倖があり,その先生方から受けた影響も非常に大きいと感じている.
 最初から精神療法への志向性がある若手は自らいろいろな研修会にアクセスし,精神療法の技術を磨いていく.一方で,自らの経験も踏まえると多くの若手は研修開始時には,精神医学に対する興味はもっていたとしても,潜在的なものは別として,必ずしも精神療法に対する高い意識や志向をもっているとはいえないのではないだろうか.そのため,若手を精神療法に動機づけていくには,ロールモデルとなる先輩精神科医,メンターと呼ぶべき上司が必要と考える.しかしながら,研修の多様化,生物学的精神医学の隆盛,単科精神科医療から総合病院やクリニックでの精神科医療の比率が高まったことなどにより,現在の精神科においては,こと精神療法を学ぶという点においてはメンターやロールモデルを見つけにくい状況になっているのではないだろうか.
 この点について,著者の所属する教室で,専門医をめざす若手の意識調査を行ってみた.「精神科医にとって,精神療法(小精神療法を含む)はどの程度習得すべきものだと思いますか?」(図5),「連携先を含む今の研修プログラムで精神療法(小精神療法を含む)はどの程度学べていますか?」(図6),「精神療法(小精神療法を含む)について学ぶ機会が増えたら利用したいと思いますか?」(図7)といった質問に回答してもらった結果,多くの若手は精神療法の必要性を理解しており,その一方で現在の研修プログラムでの学びは十分ではないと感じており,学ぶ機会を得たいと考えていることが明らかになった.また自由記述してもらった回答には,「自分1人で工夫すると偏った考えかた・間違った癖がつくリスクがあるので精神療法を習得できる共通した環境がほしい」(研修2年目),「自分の精神療法を評価してもらい,フィードバックしてもらいたい」(同2年目),「ケーススーパーバイズを受けられるカリキュラムの義務づけが必要」(同3年目),「若手は急性期,薬物療法に目が向きがちだが,年次を重ねるにつれ優れた精神科医となるにはちょっとした場面での精神療法,対応の仕方だと感じるようになった.身近に上手な先輩がいるかどうかは大きい」(同4年目)といったように多くの率直な意見が記されていた.著者の所属教室が主催する研修プログラムは,大学病院,総合病院,公的・私的単科精神科病院など40ヵ所を超える非常に多くの連携医療機関によって構成されており,精神科医療について幅広く学べることを自負しているが,今回のアンケート結果からは,こと精神療法の教育という点ではまだまだ改善の余地があることがうかがわれたのである.
 大多数の若手は精神医学への興味をもって精神科に入局してきているが,彼らに精神科医療における精神療法の重要性を教えてあげられるのは先輩精神科医であるわれわれしかいない.若手の精神療法への興味と関心を高めその習得にむけて動機づけるためには,指導医層が精神療法の重要性を態度で示せることが重要と考える.このため,指導医層の精神療法スキルの向上,在野の精神療法家の助力が求められる.そして陪席やスーパーヴィジョンをプログラム化できれば精神療法の習得にいっそう役立つであろう.

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おわりに
 精神療法の学び方について,大学医局に所属する立場からの考えを述べた.若手が精神療法の重要性を理解し,そのスキル習得に動機づけられていくためには,専門医プログラムの充実を図ることはもちろんであるが,ロールモデルやメンターとしての指導医層が果たす役割が大きく,今後指導医層自体の充実,スキルアップが望まれる.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 中尾智博: 精神分析講演の報告. 九大精神科同門会誌, 平成26年1号. p.78-79, 2014

2) 日本精神神経学会精神療法委員会編: 臨床医のための精神科面接の基本 新興医学出版社, 東京, 2015

3) 日本精神神経学会精神療法委員会編: エキスパートに学ぶ精神科初診面接[Web動画付]―臨床力向上のために― 医学書院, 東京, 2018

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