受理日:2019年10月1日
2019年5月18~22日にかけて,米国精神医学会年次総会が米国サンフランシスコにて開催され,これに著者は日本精神神経学会ICD-11委員会の派遣を受け参加した.2013年のDSM-5発刊時と比較すると,診断分類に関するセッションは格段に減っていたように見受けられる.あるいはDSM-5というフレームワークと絡めて診断分類を討論する雰囲気が下火となっていた,というのがより適切であろうか.WHOの作成するICD-11についてはまだ改訂作業が進行中であるが,DSM-5を臨床の柱とする米国において,診断分類システムそのものに対する関心はだいぶ低下した印象を受けた.
一方で,直接的にDSMへの反映を主張するものではないが,将来想定されうる診断分類に向けた提言ともとれる意欲的なセッションが複数見受けられた.神経系あるいは遺伝学的な側面からの診断への切り口は,少なくともDSM-5では大々的に取り入れられなかったが,この観点に着目したセッションではいわゆるパーソナリティ障害が複数の演者に取り上げられていたのが興味深い.DSM-5におけるパーソナリティ障害の診断分類はDSM-IVから本質的にまったく変更がなかったが,コリン性伝達物質のシステムを境界性パーソナリティ障害の症状と関連づけたり,一般人口でいわゆる精神病症状に準ずる体験(声が聞こえるなど)をしやすい一群,すなわち統合失調型パーソナリティ障害とみなされうる一群をより遺伝学的な切り口から取り上げたりした研究が発表された.Big-Fiveに代表されるような一般人口のパーソナリティ特性との連続性を重視したモデルがICD-11やDSM-5代替モデルでは採用されているが,神経伝達あるいは遺伝学などまったく新たな角度からパーソナリティ障害に関する研究が進む可能性を強く感じさせるものであった.
DSMあるいはICDのフレームワークから離れて発展している取り組みとしてはHierarchical Taxonomy of Psychopathology(HiTOP)に関する発表も興味深かった.少々乱暴なまとめ方になるが,HiTOPとは精神障害をすべてスペクトラム上に位置するものと考え,内在化,思考障害,脱抑制/外在化,反社会性/外在化,隔たり(detachment),身体化傾向の特徴からそれらを再考しようという試みである.このアプローチに則れば,内在化傾向の高まりが食行動に向けば摂食障害に,性的な問題に向けば性機能不全に,苦痛に反映されればうつ病や全般性不安障害を発症する,ということになる.発表自体もさることながら,現行のシステムが規定する診断カテゴリにとらわれないアプローチに対する参加者の支持は大きいように見受けられ,さらなる今後の発展への可能性が感じられた.
最後に,DSM-5改訂に関する詳細についても紹介するセッションがあったのでふれておく.DSM-5については,出版後も細かな改訂が重ねられているようである.ICD-11の遷延性悲嘆障害に該当する障害がDSM-5では「今後の研究のための病態」に掲載されていたが,これが正式な診断カテゴリとなる見通しであること,出版後に指摘された種々のテクニカルなアップデートが反映されていること(自閉スペクトラム症の基準Aの明確化など),ひいては意図せずDSM-5に掲載されてしまった病態が後のリサーチにより後追い的に支持されることになった(オピオイド離脱によるせん妄は,DSM-III,DSM-IVでは記載がない)ことなどが紹介された.DSM-5のアップデートを担う委員のひとりであるM. First氏は,一般の臨床医もアップデート案の提出が可能であり,今後のDSM改訂が最新の知見を反映したものであり続けるには,精神科領域に携わる者全員が責任を負う必要があることを「運転席に座っているのはあなた方だ」と表現した.
なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.