Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第122巻第1号

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精神医学のフロンティア
セフェピム脳症の特徴的な脳波Tri-HNCは興奮抑制バランスの破綻で引き起こされる
田宗 秀隆1)2)3), 濱本 優1)3)4), 麻生 尚文5), 山本 直樹1)
1)東京都立多摩総合医療センター精神神経科
2)東京大学大学院医学系研究科神経細胞生物学分野
3)東京大学大学院医学系研究科精神医学分野
4)東京大学大学院医学系研究科こころの発達医学分野
5)東京工業大学理学院地球惑星科学系
精神神経学雑誌 122: 3-10, 2020

 抗菌薬セフェピムは,GABAA受容体阻害作用をもつ.ICUでセフェピムを投与された患者の15%がセフェピム脳症に罹患しているという報告もあるが,頻繁に見逃されている.われわれはセフェピム脳症の患者が特徴的な脳波と臨床経過を呈することに気づき,コンピュータ・シミュレーションにより,特徴的な脳波の再現と病態基盤の探索を行った.単施設のリエゾンチームによる2年間の後ろ向きカルテ調査で,3例のセフェピム脳症の患者が同定された.共通する臨床症候として,拒薬/診察拒否,強い疼痛,反復言語,GCSにおいて運動反応(M)と比べ眼球反応(E)・言語反応(V)の顕著な低下,がみられた.これらはGABA作動性の機能障害と関連している可能性がある.3例全例で,高い陰性成分をもつ三相波様全般性周期性放電Tri-HNC(トライハイネック)がみられた.ニューラル・マス・モデリング(平均場モデル)を用いたコンピュータ・シミュレーションにより,Tri-HNCや経時的な脳波の改善,薬理学的介入に対する個体差が再現できた.また,抑制性神経細胞の自己抑制(介在神経細胞から介在神経細胞へのシナプス入力)の破綻がTri-HNCの生成に寄与していることが示唆された.われわれはGABA作動性抑制メカニズムの異常により興奮抑制バランスが破綻した際に共通する病態基盤が存在し,Tri-HNCはその脳波検査上の表現型なのではないかと考えている.あらためて精神病理学と薬理学に立ち戻り,精神科医が精緻な臨床的観察を行ってヘテロな患者群から均質な群を抽出できれば,基礎神経科学の知見と組み合わせて解明できることは多いだろう.それは患者ケアにも役立つに違いない.

索引用語:セフェピム脳症, GABA作動性神経細胞, 計算論的精神医学, コンピュータ・シミュレーション, トランスレーショナルリサーチ>

はじめに
 意識変容の主因を正確に同定するのは難しいことが多い.抗菌薬によりせん妄が引き起こされることがあるが大部分は見逃されている.セフェピムは,第四世代のセファロスポリン(ベータラクタム系抗菌薬の1つ)で,GABAA受容体阻害作用をもち7),ICUで3日間以上投与された患者の15%がセフェピム脳症に罹患しているという報告もある3)
 抗菌薬の種類によって脳症の症候には差があることが知られ(図11)9),セフェピム脳症ではほぼ全例で意識変容と脳波異常を認める6)が,これまで精神症状に関する具体的な報告はなかった.
 われわれは3例の観察から,その特徴的な脳波をTri-HNC〔トライハイネック(triphasic wave-like generalized periodic discharges with a high negative component)〕と命名した.シミュレーションによりその特徴的な形態が再現でき,病態基盤には興奮抑制バランス(E/Iバランス)の破綻が関与することが推定された.
 薬理学的に因果関係が明らかな病態に着目して精緻な臨床的観察を行い,計算論的精神医学を用いることで新たな概念を提案できた一例として,以下に要点を簡潔に紹介する.

図1画像拡大

I.研究の方法および結果
 2015,2016年度の2年間に東京都立多摩総合医療センターの精神神経科リエゾンチームにコンサルトされ,セフェピム脳症と診断された3例の臨床経過を後ろ向きに検討した.また,臨床的な脳波の形状から,セフェピム脳症時の神経活動は時間・空間的に均一な神経細胞集団として近似できると考え,ニューラル・マス・モデリング(平均場モデルの1つ)5)10)を用いて,シミュレーションを行った.本研究は,各患者から同意を取得し,倫理委員会の承認を得て,プライバシー保護に配慮して実施した.

1.セフェピム脳症の臨床経過
 セフェピムは,緑膿菌や院内で主に認められる抗菌薬耐性のグラム陰性腸内細菌に対して殺菌的に作用するため,発熱性好中球減少症(febrile neutropenia:FN)や医療関連感染症における経験的治療(empiric therapy)などに欠かせない広域抗菌薬である9)
 先行文献と同様,セフェピム脳症の自験例3例はいずれも腎機能低下を伴っていた.ほぼすべてのベータラクタム系抗菌薬は腎排泄であるため,腎機能による抗菌薬の投与量調節がなされないことも大きなリスクとして知られているが,腎機能による投与量調節がされていてもセフェピム脳症は起こりうる9).自験例3例の脳画像検査はいずれも正常範囲内で,潜時や投与中止後数日以内に改善する臨床経過も先行文献通りであった.
 自験例3例では,発症過程で「心因性と勘違いされやすい意識障害」「疼痛」「反復言語(痛い,痛い,痛い…など)」「診察拒否/拒薬」などの共通した臨床像を新たに認めた().これらは,抑制性神経回路がかかわる高次機能として報告されてきた症状を彷彿とさせる.先行文献上,9割の患者は改善に至る6).緊急透析や抗てんかん薬使用が改善までの期間を短くする可能性はあるが,メタアナリシスでも明確な結論は出ておらず,セフェピム中止が最重要である6)9).基本的には自然軽快する可逆性の病態と考えられている9).抗菌薬関連脳症の臨床経過に関する総説は別にまとめた拙稿を参照されたい9)

2.セフェピム脳症でみられる特徴的な脳波Tri-HNC
 3例の脳波はいずれも高い陰性成分をもつ特徴的な三相波であり,その共通性からTri-HNC(トライハイネック)と名づけた(図2a,b,c).定量的な評価のために,セミオートでピークの位置を検出し,陰性成分(上向き)と陽性成分(下向き)の比(negative/positive ratio),Tri-HNCの出現数(c/s),Tri-HNC全体のduration(s)を計算した(図2d,e).原著ではフーリエ解析を用いて脳波の時系列変化も解析したが,本論文では割愛する.

3.ニューラル・マス・モデリング
 Lileyらによるニューラル・マス・モデリング5)は,ヒトには10~100億個オーダー存在する大脳の神経細胞を,興奮性(excitatory:e)と抑制性(inhibitory:i)1つずつに代表させ(平均場モデル),それぞれが投射しあっているというモデルである.aからbに投射することを添え字でabと書くことにする.例えば,興奮性から抑制性に投射するシナプスの数はNeiで,興奮性から興奮性に自己投射する電流はIeeである(図3a,b).
 詳細を割愛すれば,使用している微分方程式は2行で書けるほど単純である.

 簡単に解説すると,
 ①神経細胞の膜電位Vt)は時刻tの関数で,時定数τで静止膜電位Vrestに近付く
 ②電流It)とコンダクタンスΨが,膜電位の変化率を規定する
 という微分方程式である(最終項は,視床など他の領域からの投射を想定したノイズの項).電流と神経伝達物質(AMPA,GABA)のコンダクタンスを決めるのはシナプスの数とその瞬間の膜電位なのだが,詳細は原著論文8)を参照されたい.
 重要なことは,変数はシナプスの数のみ(その他は,既報を参考に初期条件として定数を代入しただけ)であり,モデルが非常に簡単であるということである.

4.シミュレーションによる病態基盤の推定
図3bで示したシナプス入力の数(変数)に適切な数値を与えることでTri-HNCが再現された(図3c).前述したnegative/positive ratioは,3例のケースと2例の変数セットで同等であり(図3d),高い陰性成分をもつという最大の特徴を表現できていることが示唆された.
 また,E/Iバランスを保ったまま,興奮性と抑制性の入力をどちらも減弱させると基礎律動が遅くなることが示された(図3e).詳細は割愛するが,この事実により臨床的な回復経過が説明できると考えられ,さらにベンゾジアゼピン系薬剤への応答の個人差も再現することができた8)
 シミュレーションでは臨床上は観察できない(起こり得ない)操作,例えば興奮性の入力を通常の200%にするなどの操作も行える.どのような条件下でTri-HNCが生成されるか詳しく調べてみると,Tri-HNCが出現するのはE/Iバランスが崩れ,基礎律動がなくなる臨界点(相転移条件)のときであった(図3f).さらに,この現象は1つの変数の変化だけでは説明できず,Tri-HNCの生成基盤は神経回路レベルにあることが示唆された.GABAA受容体阻害作用というセフェピムの作用機序も考え合わせると,セフェピム脳症の病態基盤には抑制性神経細胞の自己抑制が関与していることが推定された8)
 セフェピム脳症だけではなく,抗GAD抗体関連脳炎(あるいは,抗GABA受容体抗体関連脳炎)でも時間周波数の異なるTri-HNCがみられる8).われわれは,GABA作動性抑制メカニズムが破綻した際に共通する病態基盤が存在し,Tri-HNCはその検査上の表現型なのではないかと考えている8)9)

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図2画像拡大
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II.考察
 本論文ではニューラル・マス・モデリングを用いたシミュレーションにより,GABAA受容体阻害作用をもつ抗菌薬セフェピムによる脳症で特徴的に出現するTri-HNCを,抑制性神経細胞の自己抑制破綻が関与したE/Iバランスの異常として再構成することに成功した.

1.シミュレーションの射程距離
 われわれのシミュレーションでは,陰性成分が高い(negative/positive ratio ≥1)三相波様波形やスピンドル様波形は作り出すことができたが,肝性脳症などでみられる陽性成分が大きい(negative/positive ratio<1)従来の三相波を再現することはできなかった8)
 変数を増やすことで,おそらく従来の三相波もできるのではないかと想像している.しかし,複雑な現象の単純化した理解においてモデルは最大の価値を発揮するため,変数は少なければ少ないほどよい.本研究は少数の変数でTri-HNCを再現し,これまで着目されてこなかった「三相波の形態」とその形態から示唆される病態基盤の推定という新たな切り口を提示できたことに一定の価値があろう.脳波はトランスレータブル脳指標としても用いることができるため,本論文で推定された機序は生物学的実験などによってさらに検証されることが望まれる.
 なお,本論文で用いた微分方程式や生物物理モデルなどの詳細は,最近上梓された「計算論的精神医学」が秀逸な入門書4)でありお勧めしたい.

2.新たなリエゾン精神医学―他領域との境界を研究すること―
 臨床家は,三相波が高い陰性成分をもつ(つまりTri-HNCである)場合,典型的な三相波だと判断する可能性が低く(odds ratio 0.09:0.02~0.22),異質なものと判断している2).しかし,この臨床的意義や基礎神経科学的意義の検討はされてこなかった.
 本研究は,精神科リエゾンチームがセフェピム脳症の患者を何例か経験し,いわゆるせん妄とは臨床経過が異なるが,どこか均質的で脳波上Tri-HNCが共通の所見であると気づいたことから始まった.セフェピムはGABAA受容体阻害作用をもつことと,脳波異常は全般性であることから,ニューラル・マス・モデリングが適用できるのではと考え,地震学の専門家にアドバイスを受けてシミュレーションまで一貫して行った.後から振り返ると,他領域との境界(=最先端)を研究する,という点でリエゾン精神医学のめざす1つの形ではないかと感じている(ちなみに,図3fで示した通り,Tri-HNC自体も相転移する境界での現象である).

おわりに―展望―
 セフェピム脳症をはじめとする抗菌薬関連脳症のType Iには,けいれん発作に至る前に軽微な意識障害に起因する精神症状変化が存在する可能性が高い.これまで,セフェピム脳症では「失語」が特徴的な症候として報告されていたが,その前段階として「反復言語」が存在するのではなかろうか.開眼(E)や発語(V)の増悪,脳波異常の派手さ(Tri-HNC)に比して,運動機能(M)は落ちにくいことから,その他の症候も一見心因性と認識されてしまいがちである.Tri-HNCや臨床経過の特徴を活用してセフェピム脳症を想起することで,その後のケアを個別化することができる.自然軽快しうる病態の積極的な診断は,薬剤の中止や変更を促し,患者安全の観点から非常に有益で,過剰な検査を防げるという医療経済学的な意義もある9)
 研究面では,薬理学的な因果関係が明らかな病態に着目することで,NMDA受容体関連脳炎のように新たな疾患概念が確立した例もある.基礎神経科学が急速に進んでいる現在,あらためて精神病理学と薬理学に立ち戻り,精神科医が精緻な臨床的観察を行ってヘテロな患者群から均質な群を抽出できれば,周辺領域の知見と組み合わせてわかりうることがあるのではなかろうか.

 本論文はPCN誌に掲載された最新の研究論文8)を編集委員会の依頼により,著者の1人が日本語で書き改め,その意義と展望などにつき加筆したものである.

 なお,本論文に関して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 東京都立多摩総合医療センターの病棟スタッフ・検査部スタッフをはじめ,貴重なコメントをいただいた多くの方々に深謝します.また,クリティカルなコメントで原著の価値を高めてくださった匿名査読者の先生方にこの場を借りて御礼申し上げます.

文献

1) Bhattacharyya, S., Darby, R. R., Raibagkar, P., et al.: Antibiotic-associated encephalopathy. Neurology, 86 (10); 963-971, 2016
Medline

2) Foreman, B., Mahulikar, A., Tadi, P., et al.: Generalized periodic discharges and 'triphasic waves': a blinded evaluation of inter-rater agreement and clinical significance. Clin Neurophysiol, 127 (2); 1073-1080, 2016
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3) Fugate, J. E., Kalimullah, E. A., Hocker, S. E., et al.: Cefepime neurotoxicity in the intensive care unit: a cause of severe, underappreciated encephalopathy. Crit Care, 17 (6); R264, 2013
Medline

4) 国里愛彦, 片平健太郎, 沖村宰ほか: 計算論的精神医学―情報処理過程から読み解く精神障害―. 勁草書房, 東京, 2019

5) Liley, D. T., Cadusch, P. J., Dafilis, M. P.: A spatially continuous mean field theory of electrocortical activity. Network, 13 (1); 67-113, 2002
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6) Payne, L. E., Gagnon, D. J., Riker, R. R., et al.: Cefepime-induced neurotoxicity: a systematic review. Crit Care, 21 (1); 276, 2017
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7) Sugimoto, M., Uchida, I., Mashimo, T., et al.: Evidence for the involvement of GABA (A) receptor blockade in convulsions induced by cephalosporins. Neuropharmacology, 45 (3); 304-314, 2003
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8) Tamune, H., Hamamoto, Y., Aso, N., et al.: Cefepime-induced encephalopathy: Neural mass modeling of triphasic wave-like generalized periodic discharges with a high negative component (Tri-HNC). Psychiatry Clin Neurosci, 73 (1); 34-42, 2019
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9) 田宗秀隆, 山本直樹: セフェピム脳症 (抗菌薬関連脳症)―興奮抑制バランスの破綻による臨床像と脳波異常―. 臨床精神医学, 48 (1); 103-110, 2019

10) Tjepkema-Cloostermans, M. C., Hindriks, R., Hofmeijer, J., et al.: Generalized periodic discharges after acute cerebral ischemia: reflection of selective synaptic failure? Clin Neurophysiol, 125 (2); 255-262, 2014
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