Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第9号

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先達に聴く
第113回日本精神神経学会学術総会
死刑囚と無期囚の心理
小木 貞孝
吉祥寺病院
精神神経学雑誌 121: 736-738, 2019

 この研究と整理および発表は,1955年11月から1959年10月にかけて行われた3).2017年6月,名古屋における日本精神神経学会総会で「先達に聴く」として60年ぶりに再発表した.
 対象になったのは,死刑囚(死刑確定囚)44名,無期囚(無期刑受刑者)51名,重罪未決囚(死刑または無期未決囚)50名である.独房を訪問し,面接を繰り返し行うという方法での研究であった.死刑囚と重罪未決囚の場合は,私の任地東京拘置所を中心に札幌,仙台,名古屋,大阪の各拘置所を訪問のうえ診察して回った.また,長期受刑者を収容する千葉刑務所を訪問して無期囚の面接と対談を行った.1957年9月に私はフランス政府給費留学生となってフランスに留学した.そして,かの地で死刑囚と無期囚の心理研究の論文をフランス語で書き上げて,精神医学雑誌に投稿した.それは1959年10月,Annales médico-psychologiques, 117 Tome II, No3, Octobre 1959に掲載された3).全76ページである.その日本語訳が日本で出版されたのは1974年,金剛出版からで『死刑囚と無期囚の心理』と命名された1)2)
 この研究の対象となった計145名はすべて男性の殺人犯である.強盗殺人犯と強姦殺人犯が90%だが,単純殺人犯も10%いる.職業も性格も家庭状況も異なる人々が,殺人犯に堕ちていく道程は,一人一人で異なり,まるで特異な145の人生記録を読むようであった.ところが,逮捕され拘禁状況に置かれた彼らは拘禁状況においてみられるいくつかの心因性反応に限定された状態を示した.以下,これらの心因性反応を,原始反応,ヒステリー状態,慢性妄想,気分の障害に分けて順次記述してみる.

I.原始反応
 原始反応は,一方では精神運動性興奮状態を,他方では昏迷状態を示している.前者は「刑務所爆発」と呼ばれている興奮状態である.重罪未決囚に8名,死刑囚に4名,無期囚に3名がみられた.猛烈な興奮状態となって扉や壁に体をぶつける,大声を上げて房内の器物を破壊し,看守に乱暴を働いたりする.多く,逆行性健忘があり,興奮時の自分についての記憶がない.興奮状態は数時間から3日,5日と続く.こういう「刑務所爆発」と正反対の原始反応もみられた.不動となり眠っているかと思われる昏迷状態は,カエル,ウサギなどの“死んだふり反射”に似ており,まるで眠っているかのように不動になり,3日,1週間と続く.重罪未決囚に1名,死刑囚に4名みられた.原始反応の常として,当人には発作時の記憶がなかった.

II.ヒステリー状態
 ヒステリー状態はヒステリーの古典的状態であるけいれん発作とは異なり,多くGanser反応となり,的外れ応答,Vorbeiredenの症状で知られている症状を示す.一見詐病に近いので拘禁反応を知らない医師が誤診しやすいので注意を要する.このヒステリー状態は,重罪未決囚に1名,死刑囚に4名みられた.

III.慢性妄想
 慢性妄想は,重罪未決囚に12名,死刑囚に9名みられ,自分の無罪を主張する者である.しかし,私はその数は多すぎると思っている.虚言か妄想かを私は区別できなかったと告白しておく.

IV.気分の障害
 私がとくに注目したのが,死刑囚と無期囚との拘禁反応の差異である.
 反応性躁状態は,重罪未決囚に14名が,死刑囚に8名がみられたが無期囚には1名がみられたにすぎなかった.死刑の判決が確定していて,いつ死刑が執行されるかを知らないというのが死刑囚に強いられた状況である.この状況は,国によって差異があり,確定判決において死刑の執行される日時を明らかにする国,日本のように日時不明で,法務大臣の命令によって不意打ちで執行される国とある.死刑の執行は確定判決があってより半年以内に行うこととされているが,無罪主張や再審請求などの状況によって延期されることがあり,確定されたにもかかわらず執行の時期がいつになるかは不明となる.このように死の訪れが不明であることが,死刑囚の苦痛・恐怖・絶望となり,日本独特の拘禁反応を起こす源になっているのだ.無論,自分に迫ってくる死の訪れに対する反応は,人によって差異があり,絶望・憂うつの反応となる「うつ病型」は重罪未決囚に14名,死刑囚に14名みられた.反対に死の恐怖を覚えぬという者は重罪未決囚に14名みられた.陽気で多弁で,あたかも自分が英雄・超人・天才であると信じているような「躁病型」の者が8名みられた.なかには,自分が俳句の天才であると信じて一晩に200,300句を作句して自慢げに私や看守に手帳を見せる者もいた.特徴的なのは,その不思議な表情で,笑っているような陽気な表情を示しながら,眼からは悲しげな涙がこぼれるのであった.
 「うつ病型」と「躁病型」に続いて,第三の型が「鈍感型」というべき者であった.この型の者は無期囚に多く,51名中24名も,つまり無期囚の約半数がそういう状態になっていた.これは長いあいだ刑務所に服役している人の,囚人らしい特徴である.腰がひくく,一見愛想がよいが,私が質問したことに言葉少なく応じてくるだけで,決して余計なことを話さない.多弁で,興奮した言葉つきで話しかけてくる死刑囚とは正反対の遠慮した,言葉少ない応答であった.無期囚がおちいっていたのは,長年の間刑務所にいる人々の「刑務所呆け(prisonization)」と呼ばれる状態であった.刑務所という厳格で短調な生活に慣れきり,人間として自由な精神の動きを失っていたのだ.刑務所では,衣食住のいっさいが個人の意思とは無関係に定められている.金銭の使用,郵便,排泄行為などが,すべて監視されている.毎日の行動のいっさいが看守の命令によっている.いっさいが自分の好きな仕事ではなく,官の命令によって強制された仕事しかできない.しかも,その強制の仕事は遠い未来にわたってつづく.自発性は許されず,服従のみが許されるのだ.
 死刑囚と無期囚の経験する時間が彼らの心理の差異になると気がついたのは,私が心理学者Pierre Janetの時間論を読んだときであった.
 死刑囚においては,その準備的刺激,つまり判決確定によって未来の時間が区切られ,開放的刺激,つまり死刑執行によって終わる.
 とすると,死刑囚では日曜祭日という死刑執行の行われない日には丸2日の未来が感じられ,そうでない日には24時間しか感得できないのだ.彼らは常に,自分の未来が短く切断されるのを感じなければならない.この未来を感じて,しかも心理的に苦しまないためには,彼らは死を未来から遠ざけて感じるように修練しなくてはならない.うつ病型にしろ躁病型にしろ,死を忘れる,つまり死の苦痛を逃れるために有効なのだ.
 さて,無期囚の場合はどうか.彼らの場合,死は漠然とした遠くにある.そして死ぬまでの長い時間を刑務所という灰色の薄暗い未来として過ごさねばならないのだ.この灰色の変化の乏しい時間に慣れるためには,自分が「子ども」になって看守という「親」の命令通りの状態になって刑務所の日々を過ごさねばならないのだ.つまり無期囚の半数の人々は,自分の死にいたるまでの時間を苦痛なしに過ごす防衛反応状態になっているのだともいえる.
 現今,世界の文明国での死刑廃止が盛んに行われているが,その場合に,無期囚の処遇をどうするかは,この「刑務所呆け」を含めて広く深く論じられねばならないであろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 第113回日本精神神経学会学術総会=会期:2017年6月22~24日,会場=名古屋国際会議場
 総会基本テーマ:精神医学研究・教育と精神医療をつなぐ―双方向の対話―
 先達に聴く:死刑囚と無期囚の研究 座長:尾崎 紀夫(名古屋大学大学院医学系研究科精神医学・親と子どもの心療学分野)

文献

1) 加賀乙彦: 死刑囚と無期囚の心理. 金剛出版, 東京, 2008

2) 小木貞孝: 死刑囚と無期囚の心理. 金剛出版, 東京, 1974

3) Kogi, S.: Étude criminologique et psychopathologique de condamnés à mort ou aux travaux forcés à perpétuité au Japon. Annales médico-psychologiques, 117 Tome II, No3; 377-450, 1959

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