Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第3号

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特集 精神病/統合失調症への早期介入―現在の到達点と臨床ガイダンス―
精神科領域における早期介入の伸展―日本における課題と展望―
水野 雅文
東邦大学医学部精神神経医学講座
精神神経学雑誌 121: 208-212, 2019

 精神疾患の早期介入に関心が向けられて,20年が経つ.この間,精神病の早期発見,早期治療の重要性が再認識され,予後改善のうえで最も重要なこととして,発症数年以内の治療臨界期における集中的機能回復と,精神病未治療期間(DUP)の短縮による脳構造への侵襲の低減が強調されている.世界的には,いくつかの国と地域において早期介入の実現に向けて熱心で包括的な取り組みがなされているが,日本も含め面での広がりをみせている国はいまだ少ない.精神疾患の早期介入の実現に向けて,日本における課題とさらなる伸展に向けての可能性を検討する.精神疾患についての全般的予防を推進するためには,学校と地域の連携,あるいは教育と医療の一層の相互理解が欠かせない.これには父母の理解も含まれる.国民総体のメンタルヘルス・リテラシーの向上にはなお時間がかかるものと思われるが,学習指導要領改訂の機会に全般的予防に向けて一歩を踏み出せたことは大きな進歩でありチャンスと捉えたい.

索引用語:精神保健, 学習指導要領, 予防, メンタルヘルスリテラシー, 早期介入>

はじめに
 精神疾患の早期介入に関心が向けられて,20年が経つ.この間,精神病の早期発見,早期治療の重要性が再認識され,予後改善のうえで最も重要なこととして,発症数年以内の治療臨界期における集中的機能回復と,精神病未治療期間(duration of untreated psychosis:DUP)の短縮による脳構造への侵襲の低減が強調されている.世界的には,いくつかの国と地域において早期介入の実現に向けて熱心で包括的な取り組みがなされているが,日本も含め面での広がりをみせている国はいまだ少ない.
 精神疾患の早期介入の実現に向けて,日本における課題とさらなる伸展に向けての可能性を検討する.

I.課題
 うつ病,統合失調症,不安症などの精神疾患による受診者は増加の一途であり,2005年には300万人を突破した.直近のデータでは392万人(2014年)とされ,糖尿病や高血圧などの生活習慣による疾患よりも増大している.世界保健機関(World Health Organization:WHO)のまとめによれば,生涯のうち4人に1人は何らかの精神疾患に罹患しているにもかかわらず,3人に2人は受診の機会を失しているという.この数値に比べると,前述の日本の患者数はまだ低めの数値である.日本のような医療先進国にあっても,罹患しながら実際には受診していない人が多数いることになる.こうしたなか,厚生労働省は医療法によって広範かつ継続的な医療の提供が必要な4疾病(がん,脳卒中,急性心筋梗塞,糖尿病)に,2013年度から精神疾患を加え,5大疾病とした.
 精神疾患はごくありふれた病気でありながら,その発症のピークは10代後半から20代にあることは,一般には意外に知られていない.身体の疾患と同じく,早期発見・早期治療が大事であり,一人ひとりが基本的な正しい知識(疾患名,症状,治療方法,回復可能性,受診や相談窓口など)をもつこと,誰でも罹患する可能性があるという認識をもつこと,罹患した可能性に気づき,正しい対応(相談したり援助を求めるなど)をとれることが,その後の回復にとって非常に重要であるという精神科医にとってあまりにも基本的な情報が,現状では多くの国民には共有されていない.このため医療先進国にありながら,長年にわたり社会生活上も不利益をもたらすかもしれない精神疾患にかかりながら,DUPは長いという現状がある.
 2005~2007年における日本の3地域(東京,高知,富山)における調査では,F20圏のDUPは中央値で6.0ヵ月,平均値で20.0ヵ月であった6).また,近年著者らが10年の間隔を開けて都内の同一施設におけるDUPを同じ方法で測定したが,平均値やヒストグラムを用いて比較しても短縮傾向は認められなかった8).さらに発症様式(急性と遷延性)による比較も検討したわが国における最も新しいデータでは,急性発症では1.1ヵ月,遷延性発症では9.0ヵ月と有意な差があったことが見いだされている1)
 実臨床における早期介入の広がりについては,専門家間の研究に関する関心の高さや議論の盛り上がりに比べて,臨床実践の遅れがしばしば指摘されている.これまで世界における早期介入に関する研究や議論をリードしてきた国際早期精神病学会(International Early Psychosis Association:IEPA)は,2014年の東京大会の後の理事会で,統合失調症モデルでの早期介入研究から,広く精神疾患全般の早期発見,早期治療の重要性を伝えるべく学会名をIEPA Early Intervention in Mental Healthへと変更した.これにより,学会の招聘講演や演題も統合失調症に限定せず,双極性障害や摂食障害などに広がりをみせている.わが国では日本精神保健・予防学会が早期介入に関する課題に積極的な取り組みを積み重ねている.
 こうしたなか,国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)の障害者対策総合研究開発事業(精神障害分野)(研究開発代表者:水野雅文)によって,「早期精神病の診療プランと実践例―予備的ガイダンス2017―」が作成された3).日本や海外における好事例も紹介され,今なおエビデンスとして挙げられる治療戦略が少ないこの領域において,まずはエキスパートにより推奨される戦略を紹介したガイダンスである.精神科医とかかりつけ医や学校医との連携をはじめ,教育機関と地域の連携が鍵となる.その理解の推進のために,本年度のAMED事業により各地で専門家,かかりつけ医,多職種に向けて普及啓発のための講習会が実施されている.今後,できるだけ多くの関係者の意見を参考に改訂していくことを予定している.詳しくは日本精神保健・予防学会のホームページに掲載されているガイダンス本文をダウンロードしていただきたい.

II.展望
 精神医学領域における疾病予防は,他科領域に比べて未開拓であった.1990年代後半から統合失調症をモデルとしてその早期症状に着目し,それを指標として介入する指標的予防(indicated prevention)と呼ばれる取り組みが開始され,現在では世界中で盛んに研究と実践が行われている(図1, 図2).わが国でも大学病院など数施設において積極的な取り組みが始まっているが,精神疾患別の前駆症状を指標に介入するアプローチでは,疾病予防に十分なものとはいえない.
 一般に精神疾患は,睡眠障害,食欲不振,意欲低下,気分変調などのより一般的な精神症状で始まる.いずれも,だれもが日常生活のなかで体験するものではあるが,これらの症状の強度と持続が普段の自身の健康状態とは異なることに早期に気づき,必要に応じて躊躇なく相談することが,精神疾患の予防における重要なポイントになる.その背景には,疾患に対する知識だけでなく,援助希求行動がとれるようになること,他者からの相談にも応じられること,精神疾患からの回復可能性を理解し,差別や偏見のない社会を作ることなど,幅広い活動が求められる.
 2022年4月からは改訂された高等学校保健体育学習指導要領が施行され,約40年ぶりに精神疾患の予防と回復に関する記述が教科書に載ることになった.「現代社会と健康」のなかに,新たに「精神疾患の予防と回復」が盛り込まれた.「精神疾患の予防と回復には,運動,食事,休養及び睡眠の調和のとれた生活を実践するとともに,心身の不調に気付くことが重要であること.また,疾病の早期発見及び社会的な対策が必要であること」と記されている.1980年以降中学高等学校の保健の教科書には精神疾患名を挙げての精神保健に関する記載が一切なくなっていた5)
 新しい学習指導要領解説では,うつ病,統合失調症,不安症,摂食障害の4疾患については具体名を挙げて理解されるように指導することが求められている.また人々が精神疾患について正しく理解するとともに,専門家への相談や早期の治療などを受けやすい社会環境を整えることが重要であること,偏見や差別の対象ではないことなどを理解できるようにすることも求められている.公教育を通じての広く国民全体に対する知識と技能の教育は全般的予防(universal prevention)モデルであり,心身の健康づくりから疾病予防まで裾野の広い教育がなされることが期待される.
 諸外国では,すでに公教育を通じて精神保健教育に積極的な取り組みをしている国もある.オーストラリアでは全国の66%の学校が採用しているMindMattersというプログラムで,生徒には自己と他者の関係性,いじめといやがらせへの取り組み,ストレスとその対処方法,喪失体験への対処方法などが,教師には自傷行為と自殺を予防する取り組みが教えられている.英国では99%の学校が準拠しているPersonal,Social and Health Education(PSHE,日本の保健体育に相当)で,感情コントロール,自己と他者との関係性,いじめへの対応,ストレスへの対処方法などが教えられている.米国では6割以上の州が採用しているNational Health Education Standards(NHES)でいじめとからかいへの取り組み,適切な感情表現,人間関係,ストレスの予防管理などが教えられている7).カナダ,香港,シンガポールにおいてもわが国の先を行く教育や実習が展開されている.その内容はいずれも英語圏における着想と視点によるが,ストレスのあり処を考えるには,わが国あるいは東アジアに共通する家父長制,長幼の順,礼節,謙譲などの伝統文化に関する理解を含める他の独自手法の開発が期待されている.

図1画像拡大
図2画像拡大

おわりに
 精神疾患についての全般的予防を推進するためには,学校と地域の連携,あるいは教育と医療の一層の相互理解が欠かせない.これには父母の理解も含まれる.国民総体のメンタルヘルス・リテラシーの向上にはなお時間がかかるものと思われるが,学習指導要領改訂の機会に全般的予防に向けて一歩を踏み出せたことは大きな進歩でありチャンスと捉えたい.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Ito, S., Nemoto, T., Tsujino, N., et al.: Differential impacts of duration of untreated psychosis(DUP)on cognitive function in first-episode schizophrenia according to mode of onset. Eur Psychiatry, 30 (8); 995-1001, 2015
Medline

2) McGorry, P. D., Jackson, H. J., eds: The Recognition and Management of Early Psychosis: A Preventive Approach. Cambridge University Press, Cambridge, 1999 (鹿島晴雄監修, 水野雅文, 村上雅昭, 藤井康男監訳: 精神疾患の早期発見・早期治療. 金剛出版, 東京, 2001)

3) 水野 雅文, 鈴木 道雄, 松本 和紀ほか: 早期精神病の診療プランと実践例―予備的ガイダンス2017― (http://www.jseip.jp/top/document)(参照2018-11-20)

4) 水野雅文: 精神疾患に対する早期介入. 精神医学, 50 (3); 217-225, 2008

5) 中根允文, 三根真理子: 精神障害に係るAnti-stigmaの研究 教科書に見るメンタルヘルス教育―中学校・高等学校の教科書における記載を通して―(1950~2002年までの「保健体育」教科書調査から). 日社精医誌, 22 (4); 452-473, 2013

6) Nishii, H., Yamazawa, R., Shimodera, S., et al.: Clinical and social determinants of a longer duration of untreated psychosis of schizophrenia in a Japanese population. Early Interv Psychiatry, 4 (2); 182-188, 2010
Medline

7) 小塩靖崇, 東郷史治, 佐々木 司: 学校精神保健リテラシー教育の効果検証と各国の現状に関する文献レビュー. 学校保健研究, 55 (4); 325-333, 2013

8) Suzuki, K., Niimura, H., Yamazawa, R., et al.: Is it possible to implement community care based on mental health in Japan? A comparison between decade ago and present on Duration of Untreated Psychosis (DUP). Asian J Psychiatr, 33; 88-92, 2018
Medline

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