Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第121巻第2号

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特集 今必要な精神医療における家族支援―家族への心理教育を軸として―
うつ病の家族心理教育
藤田 博一
高知大学医学部医学教育創造・推進室
精神神経学雑誌 121: 124-130, 2019

 統合失調症の再発予後は,家族の感情表出(EE)と関連があることが1970年代から示されてきた.すなわち,患者に批判的な態度を示すことや,情緒的な巻き込まれすぎといった感情を示す家族とともに暮らす患者は,再発予後が悪化するというものであった.同時に,EEの高さは,家族のストレスの高さも表わしている.このような状況を改善する目的で,家族介入の1つの方法である心理教育が行われた.家族心理教育は,家族のEEを下げ,再発予後を改善する効果があることが多くの研究で示された.精神疾患に対する心理教育は,その後,対象となる疾患をうつ病や双極性障害,摂食障害などに広げ,その効果もまた示されている.また,心理教育の対象者も家族から当事者に広がっている.このように,心理教育の応用範囲は幅広く,精神疾患の療養を支える重要な手段といえる.統合失調症と同じく,うつ病においても家族のEEと再発予後の関連や,心理教育による再発予防効果に関してさまざまな検証が行われた.なかでも,うつ病におけるEEと再発予後に関して,患者に対する批判的な面は統合失調症よりも鋭敏に再発予後に影響することも示されている.すなわち,うつ病は統合失調症よりも鋭敏に環境の影響を受けやすいといえる.また,著者らの研究では,家族,当事者,どちらにでも心理教育を実施すると,再発予後が改善することを明らかにすることができた.他の研究においても,心理教育の効果を支持する結果が多くみられている.さらに,心理教育の現場でどのような内容を扱うのがよいかなど,その運営についても言及した.

索引用語:うつ病, 心理・社会的治療, 心理教育, 家族の感情表出>

はじめに
 精神疾患の薬物療法を含めた生物学的な治療法はめざましい進歩を遂げている.しかしながらすべてが生物学的な治療法で解決するわけではない.すなわち,bio―psycho―socialのbio以外のアプローチも重要な手段である.そのなかでも心理教育は古くから実践され,疾患や対象者を広げながら普及している1つの手段である.その効果に関するエビデンスも蓄積されてきており,心理教育の重要性について疑う余地はないといえる.心理教育は家族に向けて実施しても当事者本人に実施しても再発予後は改善することが確かめられており,とても興味深い治療技法の1つである.本稿では,心理教育の原点ともいえる,家族の感情表出(expressed emotion:EE)についてまとめた後,うつ病に対する家族心理教育の効果と実践について述べていきたい.

I.統合失調症におけるEEと家族心理教育
1.EEについて
 1960年代末から1970年代初めにかけて強力な脱施設化を進めていった英国において,批判的もしくは情緒的に巻き込まれすぎた家族とともに生活する統合失調症の患者は,再発しやすいことが報告された1).報告では,家族の状態をEEという言葉を用いて表現し,批判的もしくは情緒的に巻き込まれすぎた家族の状態を「高い感情表出:高EE」と表現し,それ以外の状態を「低い感情表出:低EE」と表現した.EEを評価するためには,本来Camberwell Family Interview(CFI)という半構造化された面接方法が用いられるが,この方法では,同居している家族と一対一で1~2時間程度面接を行う2)14).さらに,その録音のスクリプトを作成し,有資格者が録音音声とスクリプトを見ながら判定を行うため,相当の時間と作業が必要になり容易に実施できなかった.そのため,5分のスピーチサンプルで判定するFive−Minute Speech Sample(FMSS)や7)12),自記式の質問紙で判定するFamily Attitude Scale(FAS)が開発されている4)6).感情表出の判定項目には,①批判的コメント(critical comment:CC),②敵意,③情緒的巻き込まれすぎ(emotional overinvolvement:EOI),④暖かみ,⑤肯定的言辞があり,そのなかでも再発予後と関連があるのは①~③である.

2.家族心理教育の効果
 統合失調症において,EEが高い状態にある家族と同居する患者の再発率が高くなることは先に述べたが,この再発予後を改善させる努力が必要である.その1つの方法として家族心理教育は効果的であることがいろいろな研究で示されている10)が,日本では,Shimodera, S.ら13)が,高EEの状態にある家族と同居する統合失調症の患者とその家族に対して,疾病に関する一般的な教育のみを行った群と教育に加えて単家族の心理教育を行った群に関する再発率を無作為化比較対照試験(randomized controlled trials:RCT)を用いて比較した結果を報告している.そこでは,心理教育を行った群で有意に9ヵ月後の再発率の改善が認められており,特に,批判的な傾向が強いと判定された家族への介入の効果が高いことが示されている.

II.うつ病におけるEEと心理教育の効果
1.うつ病におけるEEと再発予後の関係
 うつ病においても,EEと再発予後との関連が認められている.は,9ヵ月後の再発リスクについて,CC,EOI,CCとEOIの組合せのそれぞれについてカットオフ値を変えながら再発リスクを比較したものである.統合失調症と違う点は,統合失調症においてCCの数はCFIの面接中6つあると高EEと判定されるが,うつ病では3つ以上で再発予後と強い関連が見いだされた点である.すなわち,うつ病の患者のほうが,家族の批判的な感情に対してより鋭敏に影響を受けているといえる.また,EOIのスコアを組み合わせると,より鋭敏に9ヵ月後の再発予後との関連が示されている8)
 したがって,うつ病の心理教育は,統合失調症と同等あるいはそれ以上の効果が期待できる可能性が見いだされた.

2.うつ病における家族心理教育の効果
 Shimazu, K.ら11)は,うつ病における家族心理教育の効果をRCTを用いて検証を行った.この研究では,193例の大うつ病エピソードの患者およびその家族のうち,エントリー基準を満たし同意を得られた57例を家族心理教育を行った群(25例)と行わなかった対照群(32例)に無作為に割り付け,その後9ヵ月間の再発予後に関して追跡調査を行った.その間,家族心理教育群で1例,対照群で2例の脱落があった.結果は,図1に示すような,9ヵ月間の生存曲線にて表されており,心理教育を行った群において有意に再発が抑制されたことが明らかにされた.

3.うつ病における当事者への心理教育の効果
 Morokuma, I.ら9)はRCTを用いて当事者本人への心理教育の効果を検証した.本稿では,家族心理教育がテーマであるが,心理教育の有効性を示すものとして重要なので取り上げたい.173例の大うつ病エピソードの対象者のうち,エントリー基準を満たさない,または同意が得られなかったケースを除いた34例に対して,無作為に心理教育群(19例)と対照群(15例)に分けて,その後9ヵ月間の再発予後に関して追跡調査を行った.その間,両群において1例ずつの脱落があった.その結果は,図2に示すような9ヵ月間の生存曲線で示されているが,心理教育を実施した群において有意に再発が少なかったことが示されている.

4.慢性うつ病に対する家族心理教育の効果
 うつ病における心理教育の効果に関する研究において,RCTを用いて検証しているものは多くないが,日本で最近発表された文献を紹介したい.Katsuki, F.ら5)は,罹病期間平均8.1年という慢性的に経過しているうつ病患者の家族に対して心理教育の効果を検証している.対象となる325例から,エントリー基準を満たさない,または同意が得られなかったケースを除いた49例に対して,4回の家族心理教育プログラムに参加する群(25例)と看護師による1回のカウンセリングを受ける対照群(24例)を無作為に割り付け,8週後,16週後,32週後に評価を行った.主要アウトカムは,家族の16週の精神的健康度(K6にて評価)とし,さらに,家族にはEE(FASにて評価),介護負担感,うつ病重症度を評価した.患者にはうつ病重症度,家族機能,QOLを評価した.家族機能はEpstein, N. B.らが考案したFamily Assessment Device(FAD)にて患者が評価をした3)
 その結果,主要アウトカムでは有意な結果は得られなかった.心理教育の多くの効果は8週後までしか維持できていなかったが,患者が評価したFADにおける情緒的反応(「私の家では優しさを表にあらわす」などの質問項目)において,32週後も心理教育の効果として維持されていた.家族に対して心理教育を行うことで,家族関係に何らかの変化が現れ,その変化を当事者も感じたのではないかと分析がなされている.

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III.家族心理教育の実践
 うつ病に限らず,一般臨床の場面では,インターネットから得た情報や周囲の影響力のある人からの一言で診療が困難になってしまうことを経験する.特に,明らかに誤った情報や偏った情報に惑わされてしまうと,最終的には患者の不利益につながる.限られた診療時間内でわかりやすく説明することは重要なことであるが簡単なことではない.
 著者らは,うつ病の心理教育を有効に行うための教材を作成した.教材の作成にあたり,以下のことに留意した.
 ①欲張りすぎない(多すぎる情報は混乱をきたす可能性がある)
 ②わかりやすい(映像などの視覚教材は有効)
 ③専門家のサポートのもと使用する(心理教育の場面で補足したり,質問に答えたり,お互いのコミュニケーションが重要であり,そのためのきっかけになる教材)

1.うつ病心理教育の内容
 著者らが行っている心理教育は,6回で1クールが終了するようになっている.それぞれの回のタイトルは,①うつ病の原因と症状,②うつ病の薬物療法と経過,③心理・社会的療法など,④回復された方からのメッセージ,⑤ご家族へのメッセージ,⑥まとめ,とし,それに合わせたテキストと映像教材の作成を行った(図3).
 映像教材のよい点は,短時間で情報がわかりやすく伝わりやすい点がある.映像は一度見て内容が伝わることを念頭に,作成する段階で,何が情報として大事なのか,何を,どう伝えたいのかといった視点で内容を厳選しており,わかりやすい教材が作成できた.これによって,うつ状態のため認知機能や集中力が低下している当事者の心理教育の場面においても,短時間に正確な情報が伝わりやすくなるため有利である.
1)うつ病の原因と症状
 心理教育ではまず,うつ病の疫学やモノアミン仮説を解説し,珍しい病気ではないこと,生物学的な原因が想定されている点について理解を促した.そのために生じる精神症状や身体症状を解説した.特に,身体症状もうつ病では重要な症状であることに留意した.
2)うつ病の薬物療法と経過
 薬物療法の解説は最も需要が高い項目の1つである.アニメーションや図を使いながら,SSRIなどの抗うつ薬が効くメカニズムなどを解説した.また,起こりうる副作用の問題にも言及した.抗うつ薬の効果が得られるにはある程度の時間が必要だが,その間は副作用だけが出ることがあるため,この解説は,治療中断を減らすために実臨床上重要であると考えている.
3)心理・社会的療法など
 薬物だけでうつ病が治るわけではないことも重要なメッセージと考えている.心理教育の効果,認知行動療法,電気けいれん療法,復帰サポートプログラムなどの薬物療法以外の解説を行う.復職の問題は,多くの症例で最も重要な治療目標になっていると思われるが,実際の家族教室で話題にすると,最近では,参加している家族が勤めている職場でもメンタルの問題で休職した同僚が職場復帰する場面を経験していることがあり,また違った観点からの理解がより深まるといった場面に遭遇する.
4)回復された方からのメッセージ
 実際にうつ病を克服し,職場復帰をした方に参加を依頼し,体験談を語っていただいた.うつ病になった当時の状況,治療を受けるきっかけ,治療中のエピソード,職場復帰するにあたっての経験,うれしかった家族の対応などを話してもらった.当事者の言葉は,医療者の言葉より重く,説得力がある.
5)ご家族へのメッセージ
 この回は,テキストで服薬のサポート,環境調整,自殺の問題,社会(職場)復帰,再発の予防などについて学ぶ.特に,ふれにくい問題であるが避けては通れない自殺の問題についても取り上げている.この問題については心理教育のスタッフが丁寧にかかわることが重要である.
6)まとめ
 この回は,受講者からの希望などをききながら,ビデオを見直すなど振り返りを行う.

図3画像拡大

おわりに
 うつ病に限らず,心理教育で対応可能な範囲はとても広い.心理教育は治療の便利なツールとして十分活用が可能である.特に,時間に追われる診療現場では十分に説明できなかったり,患者・家族背景まで十分に把握できなかったりすることは,日常診療のなかで経験しがちである.そのようなときこそ,診療場面でできなかったことを心理教育の場で補うことが可能である.特に心理教育は,医師はすべてにかかわる必要はなく,他の医療職と協働して進めることで医師が診療で十分にかかわれなかった部分にもアプローチが可能である.しかし,実際はどのように立ち上げ,運営をしていったらよいかといった不安もあろうかと思われる.少しでもそのような問題の解決につながればと考え,テキストや映像教材を作成した.さらに,心理教育の実践について知りたい場合は,日本心理教育・家族教室ネットワークに参加されることをお勧めする.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Brown, G. W., Rutter, M.: The measurement of family activities and relationships: a methodological study. Hum Relat, 19 (3); 241-263, 1966

2) Brown, G. W., Birley, J. L., Wing, J. K.: Influence of family life on course of schizophrenic disorders: a replication. Br J Psychiatry, 121; 241-258, 1972
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3) Epstein, N. B., Baldwin, L. M., Bishop, D. S.: The McMaster family assessment device. J Marital Fam Ther, 9 (2): 171-180, 1983

4) Fujita, H., Shimodera, S., Izumoto, Y., et al.: Family attitude scale: measurement of criticism in the relatives of patients with schizophrenia in Japan. Psychiatry Res, 110 (3); 273-280, 2002
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5) Katsuki, F., Takeuchi, H., Inagaki, T., et al.: Brief multifamily psychoeducation for family members of patients with chronic major depression: a randomized controlled trial. BMC Psychiatry, 18 (1); 207, 2018
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9) Morokuma, I., Shimodera, S., Fujita, H., et al.: Psychoeducation for major depressive disorders: a randomised controlled trial. Psychiatry Res, 210 (1); 134-139, 2013
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10) Pharoah, F., Mari, J., Rathbone, J., et al.: Family intervention for schizophrenia. Cochrane Database Syst Rev (12); 2010
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11) Shimazu, K., Shimodera, S., Mino, Y., et al.: Family psychoeducation for major depression: randomised controlled trial. Br J Psychiatry, 198 (5); 385-390, 2011
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12) Shimodera, S., Mino, Y., Inoue, S., et al.: Validity of a five-minute speech sample in measuring expressed emotion in the families of patients with schizophrenia in Japan. Compr Psychiatry, 40 (5); 372-376, 1999
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13) Shimodera, S., Inoue, S., Mino, Y., et al.: Expressed emotion and psychoeducational intervention for relatives of patients with schizophrenia: a randomized controlled study in Japan. Psychiatry Res, 96 (2); 141-148, 2000
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14) Vaughn, C., Leff, J.: The measurement of expressed emotion in the families of psychiatric patients. Br J Soc Clin Psychol, 15 (2); 157-165, 1976
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