Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第9号

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特集 臨床医にもわかる分子精神医学講座
ゲノム編集技術が切り開く精神疾患研究の新時代
朴 秀賢
神戸大学大学院医学研究科精神医学分野
精神神経学雑誌 120: 813-819, 2018

 ゲノムワイド関連解析(GWAS)は精神疾患に関連する一塩基多型(SNP)を多数同定した.それらのSNPの多くはnon-cording regionやintronに存在しているため,その機能解析にはゲノム上の任意の部位に任意の変異を加えるゲノム編集技術が必要である.しかし,そのようなゲノム編集は非常に困難であったため大多数のSNPは単に疾患との相関が示されたにすぎず,疾患とSNPとの因果関係は不明であった.1994年の二本鎖DNA切断による相同組換え促進の発見を契機に,1996年にzinc finger nuclease(ZFN)を用いた初めてのゲノム編集技術が開発された.しかし,DNA認識様式の問題のためにZFNの発展・普及は進まなかった.ところが,2010年にZFNの欠点を解消したTAL effector nuclease(TALEN)が開発され数年のうちに普及した.さらに,RNA誘導型ヌクレアーゼを用いたCRISPR/Cas9が2012年に開発されたことによりゲノム編集技術が短期間に爆発的に進歩・普及し,細胞のみならず個体においてもゲノム上の任意の部位に任意の変異を容易に導入することが可能になり,CRISPR/Cas9を用いた研究は世界の一流誌に多数掲載されている.そのため,精神疾患の生物学的研究を行っていくうえでCRISPR/Cas9の知識は今後必須である.本稿では世界の一流誌の重要論文を理解するために必要なゲノム編集技術の基礎知識についてCRISPR/Cas9を中心に解説すると同時に,すでにGWASにより同定されている精神疾患と相関するSNPの機能解析への応用などゲノム編集技術が精神疾患研究に与える新たな可能性について論じる.

索引用語:GWAS, ゲノムDNA変異, 相同組換え, ゲノム編集, CRISPR/Cas9>

はじめに
 近年の技術の進歩により,精神疾患の病態研究は大きく発展している.まずヒト血液由来のゲノムDNAを用いたゲノムワイド関連解析(genome wide association study:GWAS)により,精神疾患に関連する一塩基多型(single nucleotide polymorphism:SNP)や大きなコピー数多型(copy number variation:CNV)が多数同定された.続いて,次世代シークエンサー(next generation sequencing:NGS)を用いた全ゲノムシークエンスや全エクソンシークエンスにより,精神疾患に関連するSNPやCNV以外のタイプのゲノムDNA変異やGWASでは検出できない小さなCNVなどが今後新たに次々と発見されることが期待される.また,ゲノムDNA変異に加えて,精神疾患と関連するエピジェネティックな状態(DNAメチル化とヒストン修飾)の変化も次々と同定されてきている.しかし,これらの研究は,単にそれぞれのゲノムDNA変異やエピジェネティックな変化と精神疾患の相関関係を示したにすぎず,それらのゲノムDNA変異やエピジェネティックな状態の変化が実際に精神疾患の病態生理においてどのような機能的役割を有しているのかはまったく不明である.したがって,すでに得られているゲノムDNA変異やエピジェネティックスに関する多くの知見を基に精神疾患の病態研究をより発展させるためには,実際に動物モデルにおいてそれらのゲノムDNA変異やエピジェネティックな変化を再現させたときに生じる表現型を検討することが不可欠である.
 ゲノムDNA変異の生体での実際の機能を調べるためには,遺伝子改変マウスの作製が不可欠である.しかし,従来の遺伝子改変マウスの作製方法では,目的の変異を導入するためのベクター作製に多大な労力と時間を要するうえに,受精卵やES細胞への目的の変異導入効率は非常に低い.そのため,遺伝子改変マウスの作製には多大な労力と時間,費用を要し,遺伝子改変マウスを用いた研究の大きな障壁となってきた.また,エピジェネティックな変化の遺伝子選択性の分子メカニズムはいまだに不明であるため,特定のゲノム上の領域に任意のエピジェネティックな状態の変化を誘導することは従来の技術では不可能であった.したがって,ヒト血液由来ゲノムDNAを用いた研究により同定された精神疾患に関連するゲノムDNA変異やエピジェネティックな状態の変化の機能解析を行うためには,容易にゲノムを編集する技術の開発が不可欠である.
 本稿では,従来の遺伝子改変マウス作製方法の概要と問題点について述べたうえで,その問題点を克服すべく開発された新規ゲノム編集技術について,今最も注目されているCRISPR/Cas9を中心に紹介する.加えて,そのようなゲノム編集技術が可能にする精神疾患の病態研究の新展開について解説を行いたい.

I.従来の遺伝子改変マウス作製方法の概要と問題点
 遺伝子改変マウスは,作製方法の違いにより,トランスジェニックマウス(Tgマウス)と遺伝子ターゲッティングマウスに大別される.遺伝子ターゲッティングマウスには目的遺伝子を欠失させるノックアウトマウス(KOマウス)とゲノム上の特定の領域に目的の配列を挿入するノックインマウスがあるが,作製方法の原理はKOマウスとノックインマウスで同じである.以下ではTgマウスとKOマウスの作製方法について述べる5)6)
 Tgマウスは,目的遺伝子を強制的に発現させることにより,目的遺伝子の機能を解析するために使用されるものである.作製においては,目的遺伝子のcDNAを含む外来遺伝子を作製し,それをマウスの受精卵にマイクロインジェクションする.マイクロインジェクションされた外来遺伝子は一定の確率で受精卵のゲノムに組み込まれる.この外来遺伝子のゲノムDNAへの組み込みが生じる確率は決して高くない.また,組み込まれる外来遺伝子のコピー数は受精卵によって異なるうえに,組み込みはランダムに色々な部位で生じる.そのため,組み込まれても目的通りの適切な発現を得られない確率が高く,1つの外来遺伝子由来のTgマウスにつき多数の系統マウス作製とスクリーニングが必要であり,作製においては多大な費用と労力,時間を要する.外来遺伝子のゲノムDNAへの組み込みの確率の向上を目的としたレトロウイルスベクターを用いるTgマウス作製方法もあるが,組み込まれる目的遺伝子のコピー数や挿入部位の多様さは変わらないため,根本的には外来遺伝子のマイクロインジェクションと同じ問題を有している.
 KOマウスは,目的遺伝子の発現を強制的に欠失させることにより,目的遺伝子の機能を解析するために使用されるものである.作製においては,目的遺伝子の配列全体もしくはエクソンの一部を薬剤耐性遺伝子に置き換えるために作製されたターゲッティングベクターをES細胞に導入し,抗生物質で選択することにより,ゲノムDNA上の目的遺伝子を含む領域で相同組換え(Homologous Recombination Repair:HRR)が生じたES細胞を同定する.そのHRRが生じたES細胞をマウスの胚盤胞胚に注入し,偽妊娠させた仮親の子宮に移植することで,生殖系列キメラマウス(生殖細胞がES細胞由来)を得ることができる.この生殖系列キメラマウスを野生型マウスと掛け合わせることでヘテロマウス(相同染色体の一方のみでHRRが生じている)が得られ,ヘテロマウス同士を掛け合わせることで,KOマウスが得られる.このようなKOマウスの作製過程において,ターゲッティングベクターの作製とHRRが生じたES細胞の選択・単離にはかなりの労力と時間を要するうえに,HRRが生じる確率はかなり低い.さらに,生殖系列キメラマウスの作製にはまさに職人芸といえる特殊技術が必要であるうえに,生殖細胞がうまく注入したES細胞由来になる確率は低い.したがって,KOマウスの作製技術は確立しているものの,実際に作製するにはかなりの労力と時間,そして費用を要するのが現状である.

II.ゲノム編集技術への道―CRISPR/Cas9革命前夜―
 上述の通り,従来の遺伝子改変マウスの作製には多大な労力と時間,費用を要するため,より容易かつ短時間で安価に作製できる新たな遺伝子改変マウスの作製方法の開発が求められるようになった.そのような新規作製法による遺伝子改変マウスの効率的な作製は,技術の発達により次々に同定されている数々の疾患関連ゲノムDNA変異の生体での機能の解明を促進することにより,疾患の病態生理の解明に大きく寄与することが期待される.
 遺伝子改変マウスのなかでも,ゲノムDNA上でランダムに目的遺伝子が組み込まれるTgマウスよりも,ゲノムDNA上の特定の領域で目的遺伝子を欠損・挿入させることができる遺伝子ターゲッティングマウス(KOマウスとノックインマウス)の使用が,疾患研究において主流になっている.遺伝子ターゲッティングマウスの作製過程における複数の困難さのうち,最も作製効率に影響を及ぼしているのは,HRRが生じる確率の低さである.そこで,より効率のよい遺伝子ターゲッティングマウスを作製するためには,HRRの確率を上げるか,より生じる確率の高い別のDNA修復機構を利用する必要がある.
 DNAの塩基配列が互いに類似した部位(相同部位)で生じる組換えであるHRRは,放射線や化学物質により損傷されたDNAの修復機構の1つとしてよく知られている.自然にHRRが生じる可能性は低いため,HRRの確率を上げるためには,ゲノムDNAに何らかの損傷を加える必要がある.1994年に二本鎖DNA切断がHRRを促進することが見出された.また,固有の配列を認識して二本鎖DNAを切断する酵素として,制限酵素(ヌクレアーゼ)の存在は広く知られており,遺伝子工学の重要なツールとして汎用されている.これらのことから,ゲノムDNA上の目的の領域をヌクレアーゼで切断することにより,目的の領域におけるHRRの確率を上げ,より容易にゲノムDNAを編集することができるのではないかと考えられた.また,HRRよりも生じる確率が高いDNA修復機構として非相同末端結合(Non-Homologous End-Joining:NHEJ)が存在している.NHEJにおいては,修復の際に数塩基の欠損・挿入が高頻度に生じる.そのため,NHEJを利用すれば,HRRにより薬剤耐性遺伝子などに置換しなくても,目的遺伝子のエクソン内をヌクレアーゼにより切断することにより,NHEJによりフレームシフトが生じてストップコドンが高確率に産生される結果,HRRを利用した従来の方法よりもKOマウスを効率よく得られる可能性が期待される.
 そこで,転写因子由来で特定のDNA配列を認識することができるzinc finger domain(ZF)と,認識配列が長く配列特異性が高いヌクレアーゼであるFokIを合体させて作製された人工ヌクレアーゼzinc finger nuclease(ZFN)が,初めてのゲノム編集技術として1996年に開発された4).このZFNは革命的な技術であったが,目的のDNA配列を認識するZFを理論的に設計することが困難であるため,目的のDNA配列を認識するZFを選択するためにZFライブラリーを用いたスクリーニングが必要であり,このスクリーニングにはかなりの労力と時間を要した.そのため,遺伝子改変マウス作製への応用にはかなり時間を要し,結局普及せず,ゲノム編集技術は沈滞していた.
 このようにZFNの技術的限界のために沈滞していたゲノム編集技術の再発展のきっかけとなったのが,2010年に開発されたTAL effector nuclease(TALEN)である1).TALENはZFNと同様にヌクレアーゼとしてFokIを用いているが,DNA認識にはZFではなくTAL effectorを用いている.TAL effectorというのは,植物病原細菌のキサントモナス属由来の転写因子様蛋白である.その大きな特徴としては,TAL effectorのDNAの認識部位がモジュール構造を有しており,認識させたい目的のDNA配列に応じてモジュールを組み合わせることにより,多少手間は要するものの,ZFNよりもはるかに容易かつ理論的にDNA認識部位を設計・作製することが可能になった.このため,TALENの技術開発やその応用は短期間のうちに発展したが,DNA認識を蛋白質が担っているため,モジュールの組み立てに労力と時間を要していた.

III.CRISPR/Cas9―ゲノム編集技術の革命児―
 TALENの技術開発や応用が発展しつつあった2012年,まったく異なる原理に基づくゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9が開発された.TALENとCRISPR/Cas9の最大の違いは,前者はDNA認識を蛋白質が担っているのに対し,後者はDNA認識を短いRNAが担っていることである.そのため,CRISPR/Cas9においては認識させたい目的の配列に対応したオリゴDNAを合成するだけで目的の部位にヌクレアーゼを誘導可能であり,TALENでTAL effectorのモジュールを組み立てることに比べるとはるかに簡便である.そのためCRISPR/Cas9は驚異的な速さで普及し,関連する技術の開発も爆発的に発展し,ゲノム編集技術に大きな革命をもたらした.
 九州大学の石野良純らによって行われた大腸菌の遺伝子解読により,Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats(CRISPR)という,謎の繰り返し配列が大腸菌のゲノムDNAに存在していることが1987年に見出された2).続いて,CRISPRはさまざまな細菌に広く存在していることが示された.CRISPRの機能は長年不明であったが,CRISPR配列の近傍に細菌間で保存された遺伝子クラスター(CRISPR associated:Cas)の存在が明らかとなり,Casファミリー遺伝子として45個の遺伝子が同定された.これら45個の遺伝子のなかには,配列情報からヌクレアーゼ活性を有しているのではないかと予測されるものが多く含まれていた.さらに,CRISPR配列同士の間には,バクテリオファージやプラスミドの配列が多数含まれていることが明らかとなり,CRISPRは細菌の獲得免疫に関与しているのではないかと推測されるようになった.これらの推測に基づいて多くの研究がなされた結果,最終的には,CRISPR/Casは,細菌においてファージやプラスミドなどによる外来遺伝子の侵入を排除する獲得免疫機構であり,これらの外来遺伝子を分解するためにCasファミリー遺伝子の多くがヌクレアーゼをコードしており,ヌクレアーゼ活性を有するCasファミリー遺伝子のなかで最も重要な遺伝子がRNA誘導型ヌクレアーゼCas9であることが示された.
 これらの知見をもとに,2012年にDoudna, J. A.とCharpentier, E.らは,CRISPRとCas9をうまく利用し,目的のゲノムDNA上の部位に対応した短いDNA配列とCRISPRに由来するDNA配列から構成されるguide RNA(gRNA)とCas9遺伝子を細胞に同時に導入することで,目的のゲノムDNA上の部位に結合したgRNAに強制発現されたCas9を誘導し,目的の部位を切断することにより,目的遺伝子の発現を抑制することに成功した3).CRISPR/Cas9においては細胞に核酸を導入するだけでよく,gRNAの部位特異性は20塩基程度の短い配列で決まるため設計も容易であり,とくにKOマウスを作製する場合にはHRRよりも生じる頻度が高いNHEJを利用できる.加えて,ES細胞の培養や相同組換え体の単離,キメラマウスの作製など,KOマウスの作製において非常に労力と時間を要する過程がすべて不要となり,単に核酸を受精卵に導入して仮親に戻すだけである.このため,CRISPR/Cas9によるKOマウス作製が容易となり,1ヵ月程度という短期間で特殊技術を必要とせず誰でも気軽にKOマウスを作製できるようになった.ノックインマウスの作製にはHRRを利用するため,CRISPR/Cas9を用いても作製効率はKOマウスに比べると低くなってしまう.それでも,KOマウスの場合と同様に,ES細胞の培養や相同組換え体の単離,キメラマウスの作製など,KOマウスの作製において労力と時間を要する過程がすべて不要となるため,従来よりもはるかに効率が向上している.
 このように,CRISPR/Cas9は簡便なゲノム編集技術により遺伝子ターゲッティングマウスを容易かつ迅速作製することを可能にしたため,爆発的に普及し,関連技術がもの凄い勢いで発展している.加えて,必要なベクター類の多くはAddgeneにて安価で入手可能であるのも大きな魅力である.CRISPR/Cas9は今後ゲノム編集技術の中核としてさらに発展していくことが期待される.

IV.CRISPR/Cas9が切り開く精神疾患研究の新時代
 CRISPR/Cas9の部位特異性は20塩基程度の短い配列により規定されているためDNA認識に必要なgRNAの設計が非常に容易である.また,CRISPR/Cas9を用いた遺伝子ターゲッティングマウス作製においては,非常に労力と時間を要するES細胞やキメラマウスの作製が不要で,受精卵にgRNAとCas9の配列を組み込んだベクターを直接注入するだけで目的の変異体を高確率で得ることが可能である.必要なプラスミドの入手も容易で安価であり,プラスミドの作製は非常に簡単である.そのため,専門家以外の研究者でも,遺伝子ターゲッティングマウスの作製を1ヵ月程度という極めて短期間のうちに容易に行うことが可能になった.従来の作製方法による遺伝子ターゲッティングマウスの作製は,遺伝子ターゲッティングマウスの作製経験が乏しい精神科医および精神疾患の研究者にとってかなり敷居の高いものであった.しかし,CRISPR/Cas9によりその敷居がかなり低くなり,以前に比べ気軽にヒトサンプルを用いて同定された精神疾患に関連するゲノムDNA変異の生体での機能解析を自ら行うことが可能になったと考えられる.このような精神疾患に関連するゲノムDNA変異の生体での機能解析がより迅速に広範囲に行われることにより,精神疾患の病態解明が爆発的に発展することが大いに期待される.
 遺伝子ターゲッティング動物の作製に際し,従来の方法ではES細胞が必要不可欠であるため,ES細胞の培養系が樹立されているマウスでのみ遺伝子ターゲッティング動物の作製が可能であった.しかし,マウスで施行可能な行動テストが限られているため,精神疾患研究のモデル動物としては,施行可能な行動テストが多く中枢神経系研究で汎用されているラットや,マーモセットなどのよりヒトに近い哺乳類がより適している.CRISPR/Cas9による遺伝子ターゲッティング動物作製にはES細胞は不要であるため,ラットやマーモセットなどより精神疾患のモデル動物として適している動物で遺伝子ターゲッティング動物を作製することが可能になった.マウスで施行不能であった行動テストを遺伝子ターゲッティングラット・マーモセットで施行することにより,遺伝子変異が行動に及ぼす作用への理解が深まることが大いに期待される.
 近年,ゲノムDNAの変異に加えて,精神疾患に関連するDNAメチル化やヒストン修飾などのエピジェネティックな変化が数多く同定されつつある.エピジェネティックな変化の部位特異性の分子メカニズムはいまだに不明であるため,このような精神疾患に関連するエピジェネティックな変化を動物で再現することが従来は不可能であった.しかし,Cas9とDNAメチルトランスフェラーゼ,ヒストンアセチラーゼ,ヒストンメチラーゼを融合させた遺伝子を強制発現させることにより,gRNAにより誘導した目的の部位でDNAメチル化,ヒストンアセチル化,ヒストンメチル化などのエピジェネティックな変化を誘導することが可能になった.今後,Cas9-エピジェネティック関連蛋白複合体とgRNAを組み込んだウイルスベクターを精神疾患への関与が指摘されている脳内領域に局所注入することにより,精神疾患に関連するエピジェネティックな変化の生体での機能解析が可能になることが大いに期待される.

おわりに
 今までの精神疾患研究の主流は臨床サンプルを用いたゲノム解析であり,精神疾患に関連するゲノムDNA変異やエピジェネティックな変化が多数同定されてきた.しかし,臨床サンプルを用いた研究は所詮相関をみているにすぎない.そのような研究により同定されたゲノムDNA変異やエピジェネティックな変化が精神疾患の病態において実際に何らかの機能を担っているのか否かは,遺伝子改変マウス作製の敷居が精神科医や精神疾患の研究者にとってかなり高く,マウスよりも精神疾患研究のモデル動物として適しているラットやマーモセットで遺伝子改変動物を作製できないため,まったく不明であった.革命的なゲノム編集技術であるCRISPR/Cas9は,遺伝子改変動物の作製の敷居を大きく下げたうえにラットやマーモセットでの遺伝子改変動物作製を可能にすることにより,精神疾患に関連するゲノムDNAを変異やエピジェネティックな変化の機能的意義の解明を促進し,精神疾患研究を大きく発展させることが期待される.そのため,精神疾患研究を志す者すべてがCRISPR/Cas9についての正しい知識を学び,今後の研究に活かしていく必要がある.本稿がCRISPR/Cas9について学ぶきっかけになれば幸いである.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Christian, M., Cermak, T., Doyle, E. L., et al.: Targeting DNA double-strand breaks with TAL effector nucleases. Genetics, 186; 757-761, 2010
Medline

2) Ishino, Y., Shinagawa, H., Makino, K., et al.: Nucleotide sequences of the iap gene, responsible for alkaline phosphatase isozyme conversion in Escherichia coli, and identification of the gene product. J Bacteriol, 169; 5429-5433, 1987
Medline

3) Jinek, M., Chylinski, K., Fonfara, I., et al.: A programmable dual-RNA-guided DNA endonuclease in adaptive bacterial immunity. Science, 337; 816-821, 2012
Medline

4) Kim, Y. G., Cha, J., Chandrasegaran, S.: Hybrid restriction enzymes: Zinc finger fusions to Fok I cleavage domain. Proc Natl Acad Sci U S A, 93; 1156-1160, 1996
Medline

5) 鈴木 操: トランスジェニックマウス作製技術. 日薬理誌, 129; 325-329, 2007

6) 竹田直樹: 相同組換え法による遺伝子破壊マウス作製技術. 日薬理誌, 129; 330-336, 2007

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