Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第8号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
教育講演
第113回日本精神神経学会学術総会
日本精神神経学会における利益相反申告の実際
稲垣 中1)2)
1)青山学院大学保健管理センター
2)青山学院大学教育人間科学部
精神神経学雑誌 120: 695-705, 2018

 近年,製薬企業や医療機器企業などから資金提供を受けて医学研究が行われることが増えてきたが,それに伴って,資金提供者たる企業に対する義務と,医師・研究者たる職業上の義務が対立することによってもたらされる利益相反(COI)の扱いが問題になってきた.2011年5月から日本精神神経学会はCOIガイドラインに基づいて論文発表を含む学会活動を行うことを求めているが,施行から6年以上経過してもなお,「結局のところ,どのようにCOIを申告すればよいのかわからない」といった会員からの声が絶えない.そこで,本稿では学術集会で演題発表,あるいは精神神経学雑誌で論文発表する際の本学会のCOI規定の概要を説明したうえで,8つの仮想例を用いたケーススタディを介して会員のCOI規定の理解の向上を図った.

索引用語:利益相反, 臨床研究, 事例検討, 研究倫理, 科学的不正>

はじめに
 近年,製薬・医療機器企業などから資金提供を受けて医学研究が行われることが多くなってきたが,それに伴って,資金提供者たる企業に対する義務と,医師・研究者たる職業上の義務が対立することによってもたらされる利益相反(conflict of interest:COI)の扱いが問題になってきた.このため,日本医学会3)は2011年2月に,日本精神神経学会(以下,本学会)も2011年5月にCOI指針を作成して4),これらの指針に基づいて論文発表を含めた学会活動を行うように求めているが,施行から6年以上が経過した現在になってもなお,「COI指針の記載が難解で,結局のところ,どのように対処すれば十分なのかわからない」といった本学会の会員からの声が絶えない.また,学会発表などの後にCOI申告の不備を指摘されることを恐れてか,そもそも申告の必要がないと思われる収入や役職までCOIとして申告するといった過剰防衛的対処に走る会員も少なくないようである.このような事情に鑑みて,本稿では本学会のCOIに関連した規定の概要を説明したうえで,仮想例を用いたケーススタディを介して会員のCOIに関する理解の向上を図る.本学会と関連した活動でCOI申告が必要になる状況としては,①本学会の学術集会で演題登録,あるいは演題の発表を行う場合,②本学会の和文機関誌である精神神経学雑誌(精神経誌)に投稿する場合,③同じく英文誌であるPsychiatry and Clinical Neurosciences(PCN)に投稿する場合,④本学会の役員・委員などにあらたに就任,あるいは継続就任する場合などが考えられるが,紙幅の関係から,ここでは①と②の問題に絞って解説する.

I.日本精神神経学会の利益相反規定の概要
 2017年6月23日の時点で本学会には,医学研究の利益相反(COI)に関する指針4),「医学研究の利益相反(COI)に関する指針」の細則(以下,細則)5),医学研究の利益相反(COI)に関する指針および細則に関するQ & A6)の併せて3通りのCOIに関する規定が存在する.本学会の平均的な会員にとってこれらを隅々まで読むのは負担であるし,COI申告をする機会はせいぜい年1~2回程度なので,熟読してもほどなくして細かいことを忘れてしまう.このような事情もあって,多くの会員の目には「本学会のCOI規定を読んでもよくわからない」ように映るのであろうが,平均的会員であれば細則第3条と第5条の記載(表1)の趣旨を理解していれば十分であり,特に,①誰がCOIを申告するのか,②誰のCOIを申告するのか,③どのようなCOIを申告するのか,④いつからいつまでのCOIを申告するのかを理解していれば実務上の問題はないと考える.

1.誰がCOIを開示するのか
 本学会は細則第3条に基づき,学術総会その他の講演会などで臨床研究に関する発表・講演を行う場合には筆頭発表者のみ,精神経誌などで臨床研究に関する発表を行う場合には著者全員のCOI申告を求めている.発表方法によってCOI申告を要する範囲が異なるのは純粋に発表時間やポスターの余白などの実務面の問題に由来する.「学術総会における発表の場合,筆頭発表者でなければ,どれだけCOIがあっても問題ない」などといった言い方をする会員が一部に存在するようであるが,趣旨のうえでは誤った理解である.
 ところで,細則第3条を読むと,臨床研究に関する発表の際にCOI申告が必要とされるとの記載がみられるが,そうすると,大半の教育講演やシンポジウムの演者,あるいは本稿のような論文を発表する場合,そもそもCOI申告の対象にならないのではないかといった疑問を抱く会員が出てくるかもしれない.もちろん,このような理解は明らかに誤りであり,COI申告の対象は臨床医学領域に関連した発表全般に及ぶものと理解すべきである.

2.誰のCOIを申告するのか
 細則第3条では,COI申告を行う者本人はもちろん,配偶者,一親等の親族,生計を共にする者のCOIについても申告することが求められている.生計を共にする者のなかには同居している家族はもちろんのこと,事実婚,あるいは同性婚のパートナーも含まれる.ただし,読者のなかには理屈のうえではともかくとして,現実に家族のCOIを完全に把握することができるのか疑問に思う者がいるかもしれない.この問題については,後述するケーススタディの「ケース1」において検討するので参照されたい.

3.どのようなCOIを開示するのか
 細則第3条によると,「その研究を実施した過去の期間における一年間での本細則第5条の基準を超えるものについてCOI状態を,様式1A(Format 1A,英文)または様式1B(和文)を用いて」,理事長に対して自己申告することが要求されている.一方,細則第5条をみると,「①企業・法人組織等の役員,顧問職,社員等」から始まって,「⑨研究とは直接無関係な旅行,贈答品など」に至る9項目のCOIが指定され,このうち,①~⑦,⑨については基準額を超えた場合のみ申告すればよいことになっている.精神経誌に論文を投稿する際に使用される様式1Bのフォーマット(表27)や学術総会に際しての演題登録用webページにおけるCOI申告に関する説明(表31)はこれらの記載に基づいて作成されたものであるが,これらと細則第5条を比較すると,様式1Bのみに①~⑨に加えて,「⑩その他(製薬会社,医療機器会社などのアドバイザリーなど)」が付け加えられているうえに,「著者全員について,投稿時から遡って過去1年間以内での発表内容に関係する企業・組織または団体とのCOI状態を記載.臨床研究に関しては,製薬会社・医療機器会社との研究期間中の利益相反について,額の多寡に関わらず記載すること」との記載が付されているといった食い違いがみられる.そうすると,本学会の学術総会で臨床研究領域の発表をする場合,結局のところ,基準額以上のCOIのみを申告すればよいのか,金額と無関係にCOI申告すべきなのかわからなくなってしまう.このような齟齬は数年前に精神経誌の投稿フォーマットを改訂した際に,様式1Bの改訂に合わせて細則第5条や演題登録用webページの記述も改訂すべきところを見落としたことに由来しており,2017年6月の第113回日本精神神経学会学術総会の直前になって発覚した.これらの齟齬については近日中に修正される見通しであるが,現時点では「原則として,学術集会などで発表・講演を行うとき,あるいは,機関誌への論文発表を行うときは,一定額を超えるCOIの自己申告を要するが,そのなかでも,いわゆる,『臨床研究』に関しては,金額の多寡と無関係にすべてのCOIの自己申告を要する」と解釈するのが妥当と考える.

4.いつからいつまでのCOIを開示するのか
 この問題についても細則第3条の記載にはやや曖昧な点があるが,様式1Bにおける記載に準じて申告するのが妥当と考える.したがって,一般論としては投稿前(あるいは演題登録前,発表前)の1年間のCOIを,いわゆる「臨床研究」の場合には研究期間の全てのCOIを自己申告することになる.もっとも,このような解釈を示してもなお,どのように申告すべきかはっきりしないケースが発生しうるが,この問題についてもケーススタディの「ケース3」において検討するので参照されたい.

表1画像拡大表2画像拡大表3画像拡大

II.ケーススタディ
 さらに理解を深めるために,8つの仮想例を用いたケーススタディを行ってみよう.便宜上,これら8つのケースはすべて2018年6月の第114回日本精神神経学会学術総会(以下,第114回総会)に何らかの演題発表を計画しており,演題登録の締め切り直前にあるものと想定する.本稿執筆時点で第114回総会の演題登録締め切りは2017年12月15日とされているが,議論を単純化するために,本稿では「直前1年間」といった場合には2017年1月1日から12月31日までを指すものとする.

1.ケース1
1)ケースの概要
 α病院精神科のA医師は第114回総会の席上で「α病院における措置入院患者の長期転帰調査」というタイトルの研究報告を行うことを考えている.A医師自身には製薬企業,医療機器企業などとのCOIは一切存在しないが,実父が退職金や祖父母から相続した財産を原資とした株式運用で生計を立てており,漏れ聞くところでは複数の製薬会社の株式を大量保有して,それなりの配当を受けているらしい.このため,A医師は実父に電話して,製薬会社や医療機器企業などの株式保有の有無と,配当,売却益の額について確認しようとしたが,実父に「お前の知ったことではない」「人の財布の中を覗くようなことはするべきではない」などと言われて回答を拒否されてしまった.もちろん,学会発表に際しては,本人のみならず家族のCOIも申告の必要があることを丁寧に説明したのであるが,日ごろの言動に問題があったためか,それとも近く結婚予定のため,お金に困っていると疑われたためか,とりつく島もない状況である.このような場合,A医師はどのようにCOIを申告するべきだろうか.
2)解説
 たとえ夫婦,親子であっても自分の財産について詳しく知られたくないと思う者は少なくないし,近年は高齢者をターゲットにした特殊な詐欺が横行していることも考慮すると,このケースのような事態は十分に発生しうるところである.基本的な考え方として,COIというのは自分が把握しているものを自己申告するものなので,「わからないもの」は申告のしようがない.したがって,このような場合,実父に存在するかもしれないCOIを申告しなくともやむをえない.本学会のCOI規定は調査会社を雇って調査させるなどといった社会通念を超えることや,そもそも演題発表を取り下げるべきであるといったような極端なことまで要求していない.
 これと関連した問題として,例えば,配偶者が弁護士などといった守秘義務を課せられた職業についているとか,顧客である製薬企業などとの契約により守秘義務を課されているために,その企業との取引や契約の有無自体を知らされていないとか,あるいは取引・契約の存在自体は内々に知らされているものの,それを配偶者のCOIとして申告すると,配偶者が契約違反に問われる可能性があるなどといった場合にはどのように対処すればよいのかという疑問が出てくる.ケース1と同様,取引・契約の有無自体を把握していない場合は申告しなくてもやむをえないことは明らかであるが,内々に知らされているものの,配偶者が契約違反に問われる可能性がある場合に関しても,本学会のCOI規定は違約金や訴訟のリスクを冒してまで申告することを要求しているわけではないので,申告しなくてもやむをえないであろう.その代わり,後日問題が発生した場合には説明を要求される可能性があるので,対応できるよう備えておくべきである.

2.ケース2
1)ケースの概要
 β大学医学部のB教授は第114回総会の席上で『統合失調症治療ガイドライン』に関する発表を行うべく,演題投稿手続き中である.このガイドラインは2017年度厚生労働科学研究補助金で作成したものであるが,この他にB教授は2017年にZファーマ株式会社から80万円の講演料,Y製薬株式会社から300万円の委託研究費を受領していた.演題投稿手続きを完了するにあたって,B教授はどのようにCOIを申告するべきだろうか.
2)解説
 読者のなかには,このガイドラインは厚生労働科学研究補助金,すなわち公的資金によって作成されたものであって,Zファーマからの講演料やY製薬からの研究費とは無関係なので,COIを記載する必要はないと考える者が存在するかもしれない.しかしながら,第三者の目には「ガイドラインの内容にZファーマやY製薬の意向が大いに反映された」とまでは言わないまでも,「何らかの忖度が働いた可能性が否定できない」ように映る可能性があることに注意が必要である.つまり,B教授が「このガイドラインを作成するにあたってZファーマやY製薬の意向を忖度したということはありえないと外部に胸を張って主張できる」と認識しているかどうかと無関係に,ZファーマやY製薬とのCOIを申告するのがフェアな態度である.
 なお,B教授がZファーマやY製薬から受け取った講演料,委託研究費がともに基準額以下であった場合,B教授の発表が臨床研究といえるかどうかによって対応が変わってくる.ガイドライン作成も臨床研究の一種ではないかとの意見もありうるが,少なくとも現行規定では申告しなくとも違反とはいえないと考える.

3.ケース3
1)ケースの概要
 γ大学医学部のC准教授は2015年に社交不安症患者を対象としたweb調査を行ったが,あまりにも多忙で手をつけられず,結果を公表しないままであった.2017年の秋になってようやく時間的余裕ができたので,解析を再開し,その結果を第114回総会の席上でポスター発表することにした.ちなみに,このweb調査は2015年度にX薬品株式会社から受領した資金によって実施されたもので,2015年度から2017年度にかけてC准教授はさまざまな製薬会社から委託研究費,講演料,原稿料などを受領していた.C准教授はどのようにCOIを申告するべきであろうか.
2)解説
 細則第3条をみると,「その研究を実施した過去の期間における一年間での本細則第5条の基準を超えるものについてCOI状態を,様式1A(英文)または様式1B(和文)を用いて」,理事長あてに自己申告するように求めている.その一方,様式1Bをみると,「著者全員について,投稿時から遡って過去1年間以内での発表内容に関係する企業・組織または団体とのCOI状態を記載.臨床研究に関しては,製薬会社・医療機器会社との研究期間中の利益相反について,額の多寡に関わらず記載すること」とも書いてある.様式1Bの冒頭の「著者全員について」という部分は,学会におけるポスター発表に際しては筆頭演者のみでよいと読み替えるとしても,結局のところ,C准教授は2017年の1年分のCOIのみ申告すればよいのか,2015年度の1年間と2017年の1年間の合計2年分を申告すればよいのか,それとも2015年度から2017年末までの約3年分を申告すればよいのかはっきりしない.しかし,ケース3の場合は,研究期間とは必要なデータが収集された期間のみを指すのではなく,原則として,研究が開始されてから発表が終了するまでの期間を指すと考えるべきで,研究が開始された2015年度のはじめから発表に至るまでの約3年間のCOIを申告するのがフェアな態度であろう.したがって,C准教授はX製薬から提供された研究資金はもちろんのこと,2015年度から2017年末までにさまざまな製薬会社から受領したすべての委託研究費,講演料,原稿料などを申告すべきである.
 そうすると,例えば,統合失調症患者の20年転帰研究などといった長期に及ぶ研究の場合,20年以上のCOI申告が必要となるのではないかとの疑問が湧いてくるであろう.あくまでも理論上の話ではあるが,このような場合に研究開始から発表に至る長期に及ぶCOI申告が必要となる.ただし,実際には源泉徴収票や確定申告書の写しをこのように長期間保存する人はあまり存在しないであろうし,大学などの委託研究費などを管理する事務部門もここまで長期にわたる研究資金の受領記録を管理しきれない可能性がある.したがって,現実問題として,研究期間があまりに長期に及ぶ場合は,意図的に多額の研究費や講演料,原稿料を隠蔽するなどといったことでない限り,5年程度のCOIの申告で十分と考える.

4.ケース4
1)ケースの概要
 δ総合病院のD部長は新規抗精神病薬Pと関連した極めて出現頻度の低い副作用を呈した症例に遭遇したので,第114回総会の際に口演発表をすべく,現在演題登録手続き中である.この数年間,D部長と製薬企業との金銭的なつながりは少なく,2017年中はWファーマ株式会社,V製薬株式会社,Uファーマ株式会社が協賛した講演会で合計3回講演をしたのみで,受領額はいずれも手取りで50,000円であった.ちなみに,Wファーマ,V製薬,Uファーマとも新規抗精神病薬Pを販売してはいない.この場合,D部長はどのようにCOIを申告するべきであろうか.
2)解説
 D部長の発表は臨床研究ではなく,あくまでも症例報告であるうえに,Wファーマ,V製薬,Uファーマからの受領額も些少で,かつ,3社とも新規抗精神病薬Pを販売していないことを考慮すると,申告すべきCOIは存在しないと考える会員が少なくないかもしれない.しかし,よく考えてみると,この報告は新規抗精神病薬Pの売上に影響を及ぼすにとどまらず,他の向精神薬の売上に影響を及ぼす可能性も否定できないので,症例報告であっても臨床研究に準じた扱いで,金額の多寡とは無関係に全てのCOIを申告したほうが適切と考える.
 ただし,D部長の症例報告が純粋な精神科診断学,精神病理学上の議論をしているとか,精神保健福祉法の運用上の問題を論じているなどといったように,製薬企業や医療機器企業などと無関係と言いきれる発表の場合は申告しなかったとしても違反ではないことになる.

5.ケース5
1)ケースの概要
 ε大学のE准教授は第114回総会の際に統合失調症の薬物療法に関する教育講演を行うことになった.この講演のおおむね8割程度は,E准教授自身が2014年から2015年にかけて実施して,1年前に研究論文として発表した臨床研究が占めているが,その臨床研究はT製薬株式会社からの資金によって賄われた.また,E准教授は最近1年間に数社の製薬企業からそれぞれ手取りで10~20万円程度の講演料と,年間50~100万円の研究費を受け取っていた.E准教授は演題登録手続きに際してどのようにCOIを申告するべきであろうか.
2)解説
 E准教授の教育講演は公表済み研究をベースにしたものであって,臨床研究に関する発表に該当しないので,必然的に,2年以上前にT製薬から受領した研究費を申告する必要はなく,最近1年間に受けた基準額以上の講演料・研究費などの申告で足りると考える会員は少なくないかもしれない.この解釈が正しければ,E准教授が最近1年間に受領した講演料・研究費は基準額以下なので,申告すべきCOIは存在しないことになる.おおむねのところ,この主張は正しいと思われるが,E准教授の講演の内容の大部分をT製薬の資金で賄われた臨床研究が占めており,かつ,発表から間もないことを考慮すると,一般人の目には臨床研究に準じてT製薬とのCOIについてふれないのはフェアではないようにみえる可能性がある.したがって,E准教授はT製薬とのCOIについて自己申告するほうが妥当な対応と考える.
 そうすると,今度は製薬企業などの資金で行われた研究成果を教育講演などで紹介する場合は発表から何年経過していようが,すべてCOIとして申告せねばならないのかといった疑問が出てくるが,これもまた極端な考え方であって,発表から一定以上の期間が経過した研究成果については,いちいちCOIとして申告せずともよいと考える.

6.ケース6
1)ケースの概要
 ζ大学のF教授は第114回総会の席上で行われる精神科救急医療に関するシンポジウムに演者として登壇する予定で,現在演題登録手続き中である.この数年間,F教授は製薬会社から講演料,研究費などを受け取っていなかったが,かなり前から株式会社S製薬の非常勤産業医を勤め,それなりの報酬を受け取っていた.F教授はどのようにCOIを申告するべきであろうか.
2)解説
 F教授がS製薬と雇用関係にあるのは事実であるが,臨床試験の医学専門家やアドバイザーなどといった業務についているのであればともかく,産業医として雇用されているにすぎないので,COIとして申告する必要はないと考える会員は少なくないかもしれない.しかし,一般人にしてみると,そのような業務内容の細かい差異などに関心はなく,雇用主たるS製薬にさまざまな忖度が働きうるように映る可能性が高いと推測される.したがって,最初からS製薬とのCOIを申告するのがフェアな態度であろう.
 ところで,金融機関などはさまざまな製薬企業,医療機器企業の株式を大量に保有していることが多いので,理論上は金融機関などとのCOIも問題になるのではないかとの見解をもつ会員も存在するようであるが,F教授が金融機関の非常勤産業医を勤めていた場合はどのように対応すればよいのであろうか.理屈のうえで金融機関とのCOIが問題になりうることを全面的に否定するわけではないが,ほとんどの場合,話が遠大にすぎると思われるので,現行規定上は申告の必要はないと考える.

7.ケース7
1)ケースの概要
 ηクリニックのG医師は第114回総会の際に精神療法関連のワークショップ講師を務めることになったため,現在演題登録中である.以前より,G医師と製薬会社などとの関係は少なく,この数年は研究費,講演料,原稿料などを受け取っていなかったが,父親の代からのつながりで,10年ほど前からR財団という財団法人の評議員を務めている.演題登録に際して,G医師はどのようにCOIを申告するべきであろうか.
2)解説
 このような場合,R財団がどのような性質の財団であるかによって対応が変わってくる.例えば,製薬企業などが母体となった研究費助成団体などであれば,COI申告の必要性があると考えられるが,児童養護施設を運営するような財団などの場合は研究内容に影響を及ぼしえないと思われるので,申告の必要はない.同様に,R財団が医療法人であり,医療法人における通常の勤務の対価として報酬が支払われる場合なども普通は申告の必要はないであろう.

8.ケース8
1)ケースの概要
 θ大学病院の後期研修医であるH医師は第114回総会の席上で学会デビュー戦となる症例報告を行うべく,現在演題登録中である.後期研修医なのでH医師自身には思いあたるCOIは存在しないが,講座(医局)や指導医が複数の製薬企業より研究費を受け取っているという話を先輩から耳にした.このような場合にH医師はどのようにCOIを申告するべきであろうか.
2)解説
 現行規定では,学会発表を行う場合は筆頭発表者のCOIのみを申告すれば十分とされている.したがって,講座,あるいは指導医が製薬企業から研究費を受領していても申告の必要はないはずである.しかしながら,製薬会社などから講座や指導医が受け取った委託研究費の一部が文献コピー代や講座秘書の人件費に充当されているなどして,発表者であるH医師の認識しないところで外部資金の恩恵に浴していたとか,研究費を受領する際に事務部門が徴収した間接費用がまわりまわってH医師の給料に部分的に反映されることもまったくありえないわけではないので,直接本人が受けとったわけではなくとも,講座,あるいはその関係者が受け取った資金を全て申告させるべきであるといった見解をもつ会員が一部に存在するようである.理論上はこのような見解にも一理あると考えられるが,H医師が享受した恩恵を金銭に換算すると相当の額に及ぶ場合ならともかく,若干の文献コピー代とか講座秘書に時々お世話になった程度にとどまる限りは,申告の必要はないと考える.そもそも,外部資金の管理体制は施設によってまちまちであり,講座主任であっても講座内の資金を完全には把握できていない場合がありうるし,間接費用の問題になるとさらに混迷を深めるので,あまりにも厳密なことを要求するのは現実的ではないと考える.
 ただし,H医師の発表が症例報告ではなくて臨床研究であった場合は,その研究の資金源が問題になる.その研究が特段の研究資金を要さなかった場合や公的資金で賄われていた場合はともかくとして,製薬企業などの資金により賄われた研究であった場合にはその旨を明記しないとフェアではないであろう.とはいえ,後期研修医にしてみると,講座や指導医が受け取った研究費を自分が受け取ったかのように記載することには違和感を覚えるであろうから,「本研究はθ大学病院精神科がQ製薬株式会社より提供された委託研究費により実施された」などと記載するのが適切であろう.講座や指導医が行っている臨床研究の成果を若手医師に発表させることは,臨床研修の一環として広く行われているが,後期研修医であってもその研究がどのような資金で行われているか確認する習慣が身につくよう指導医は責任をもって指導すべきである.

おわりに
 本稿では,本学会のCOI申告に関する規定について概説するとともに,学会発表時,精神経誌投稿時のCOI申告の実務について,8つの仮想例を用いた解説を行った.なお,本稿でも扱っていないような想定外のケースが発生した場合には,本学会利益相反委員会宛に照会されたい.
 ところで,本学会の英文機関誌PCNに投稿する際のCOI申告については国際医学雑誌編集者委員会(International Committee of Medical Journal Editors:ICMJE)2)による別の書式に準拠しての申告が要求されるため,また,本学会の役員・委員などにあらたに就任,あるいは継続就任する際のCOI申告については別の書式8)による申告が要求され,かつ,学会発表時や論文投稿時と若干異なる問題が発生する可能性があるので,紙幅と論旨の一貫性を考慮して本稿では扱わなかった.

 第113回日本精神神経学会学術総会=会期:2017年6月22~24日,会場=名古屋国際会議場
 総会基本テーマ:精神医学研究・教育と精神医療をつなぐ―双方向の対話―
 教育講演:日本精神神経学会における利益相反申告の実際 座長:仙波 純一(さいたま市立病院精神科)

 本稿の要旨は第113回日本精神神経学会学術総会(2017年6月22~24日,名古屋)における教育講演「日本精神神経学会におけるCOI申告の実際:総論から各論まで」として発表された.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

 謝 辞 本稿を執筆するにあたっては,2015年期利益相反委員会のメンバーであった仙波純一委員長,大森哲郎委員,栗原千絵子委員,齋藤有紀子委員,光石春平委員,宮岡等委員,森隆夫委員,渡邊衡一郎委員より貴重な御助言をいただいた.この場を借りて御礼申し上げる.

文献

1) 第113回日本精神神経学会学術総会website (http://www.congre.co.jp/jspn113) (参照2017-06-07)

2) ICMJE: Conflicts of Interest (http://www.icmje.org/conflicts-of-interest/) (参照2017-06-07)

3) 日本医学会: 医学研究のCOIマネージメントに関するガイドライン (http://jams.med.or.jp/guideline/coi-management.pdf) (参照2017-10-27)

4) 日本精神神経学会: 医学研究の利益相反 (COI) に関する指針 (Policy of conflict of interest in medical research) (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/about/coi_indicator_20150603.pdf) (参照2017-10-27)

5) 日本精神神経学会: 「医学研究の利益相反 (COI) に関する指針」の細則 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/about/coi_detailed_rules_20150603.pdf) (参照2017-10-27)

6) 日本精神神経学会: 日本精神神経学会臨床研究の利益相反 (COI) に関する指針および細則に関するQ & A (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/about/coi_detailed_rules_faq.pdf) (参照2017-10-27)

7) 日本精神神経学会: 様式1B 精神神経学雑誌: 自己申告によるCOI報告書 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/journal/application_1B.doc) (参照2017-10-27)

8) 日本精神神経学会: 様式3 精神神経学会役員等COI申告書 (https://www.jspn.or.jp/uploads/uploads/files/about/coiofficerdeclaration201803.doc) (参照2017-10-27)

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology