Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第8号

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特集 非自発入院制度の現状と課題―精神保健福祉法改正,措置入院,および臨床倫理をめぐって―
措置入院制度の検証―相模原事件を通して―
平田 豊明
千葉県精神科医療センター
精神神経学雑誌 120: 664-671, 2018

 相模原事件は,医療問題に還元すべき案件ではないが,加害者の措置入院のあり方をめぐって,いくつかの制度的課題を浮き彫りにした.背景には,1970年以降,措置入院の存在意義が低下し続けたため,その基本骨格が半世紀以上,改変されなかった歴史がある.措置入院には,行政処分としての側面のほかに,公費医療の側面があり,精神科救急医療へのアクセス手段や厳密な臨床診断の担保などの有用性もある.こうした多面性が未整理のまま混在してきたため,措置入院制度の運用には著しい地域差を生じている.相模原事件の検証を通じて,司法と医療の責任分担の不分明と非対称性,措置決定基準の曖昧さのほか,入院中の医療の不均質,措置解除基準の曖昧さ,退院後の支援活動の貧しさなどの制度的諸問題が指摘された.これを受けて,行政が責任主体となって,関係機関による代表者会議を開催し,司法と医療の境界例などを検討すること,個別検討会議(調整会議)を開催して退院後生活支援計画を立案すること,退院後は,これに沿って支援活動を実施することなどが制度化されることとなった.措置入院先の病院に対しても,退院後生活環境相談員の選任が義務づけられ,退院後生活支援ニーズアセスメントの実施,調整会議の議論を踏まえた慎重な措置解除が要請されることとなった.こうした措置入院制度の見直し後も,通報発出基準の標準化や司法と医療の境界例の処遇問題,措置指定病院の施設基準見直しといった課題が残されており,退院後支援計画策定の難航と措置解除の遅延,支援計画への同意を撤回した事例への対応,保健所職員の過重労働といった課題の発生が予測される.

索引用語:相模原事件, 措置入院, 司法精神医学, 精神科救急>

はじめに
 2016年7月に発生した相模原事件の深刻さは,排外主義的な世界潮流を背景とした障害者に対するヘイトクライム(嫌悪犯罪)としての側面にあり,医療制度の手直しをもって再発防止や問題解決を図れるはずもない.しかし,本事件は,こうした潮流が,わが国の措置入院制度の弱点を衝く形で「穿孔」した悲劇ともいえる.
 精神科医療に携わる者としては,本事件が浮き彫りにした制度的諸問題を直視するとともに,現在検討中の新たな措置入院制度が精神科利用者の管理強化に終わることのないよう,制度設計のプロセスに主体的に関与すべきである.著者は,本事件の検証チームに加わり,措置入院制度の見直し作業にも参与してきた.こうした立場と問題意識をもって,措置入院制度の検証を試みる.

I.措置入院制度の歴史
1.措置入院在院者数と比率の推移
 知事命令による措置入院は,1950年の精神衛生法制定によって,同意入院(現在の医療保護入院),仮入院(3週間を上限とした診断入院)とともに創設された.1964年のライシャワー米大使刺傷事件を契機として,翌年,緊急措置入院制度が追加された以外には,6ヵ月上限の仮退院規定も含めて,措置入院制度の骨格は,50年以上不変のままである.
 厚生労働省が発行してきた「わが国の精神保健」によれば,措置入院者数(年末もしくは6月末現在)は,図1に示すように,1970年の78,532人をピークとして,その前後の6年間は5万人を超えていた.精神科在院者に占める措置入院者の比率も,ライシャワー事件と東京オリンピックのあった1964年の37.5%をピークとして,1970年まで3割を超えていた.その大半は,入院医療費の自己負担を軽減するために自傷他害のおそれを拡大解釈した「経済措置」と呼ばれる名目上の措置入院であった.
図1にみるように,1970年以降,人権擁護の機運と経済措置への批判が高まり,措置入院者は減少の一途をたどった.他方,同意入院を主体とする精神科在院者数は1991年まで増加し続けたため,措置入院の在院比率は,さらに急降下した.近年では,措置入院の在院者数は1,600人ほど,在院比率も0.5%ほどで推移している.2005年の医療観察法施行により,措置入院の存在意義も低下した.

2.措置入院に追加された役割
 措置入院の比重低下とは裏腹に,政策推進の便宜上,措置入院にはいくつかの役割が追加されてきた.まず,1987年の精神保健法成立時に新設された精神保健指定医制度では,指定医資格の取得に必要な症例報告のなかに,重症例の指標として措置入院症例を含めることが義務づけられた.このため,指定医取得のために措置入院症例を求める医療機関も出現し,「経済措置」ならぬ「研修措置」などという隠語が横行した時期もあった.
 1995年に精神科救急医療体制整備事業が立ち上がって以来,大都市圏では,警察官通報による緊急措置入院や措置入院の制度が,精神科救急医療機関へのアクセス手段として再評価されるようになった.また,2002年に新設された精神科救急入院料は,一定数の新規措置入院の受け入れを認可要件の1つとしている.指定医の認可要件と同様,ここでも,措置入院者が重症患者の指標となっている.
 さらに,仮入院制度の廃止に伴って,措置入院には診断入院としての役割も追加されている.仮入院制度は,診断的評価を確定するための非自発入院で,イギリスなどにも同様の入院形態があるが,わが国では,もともとほとんど活用されなかったことに加え,精神障害かどうか未確定のケースを非自発入院させるのは人権上問題であるとの批判もなされたため,1999年に廃止された.以来,その役割は措置入院に実質的に受け継がれ,他害行為の精神病理が説明しがたく,司法と医療の狭間で処遇の判定に迷うケース(いわゆるグレーゾーン事例)に対しても適応されてきた.相模原事件では,措置入院が担わされてきたこの役割が明瞭に浮き彫りになった.

3.通報件数と新規措置入院件数の増加
 措置入院の在院者数が減少してきた反面で,通報件数と新たな措置入院件数は,近年増加し続けている4)図2にみるように,通報件数は,ここ20年で約4倍,措置決定件数は約2倍に増えている.他方,保健所や指定医によるトリアージが働く結果,通報に対する措置入院決定の比率は低下傾向にある.通報者の内訳では,警察官が7割以上を占め,2003年以降は矯正施設長の増加も目立つ(ただし,その9割以上が行政によって措置診察不要とされる).通報の増加要因はいくつか考えられるが,紙幅の都合上,ここでは割愛する.

図1画像拡大
図2画像拡大

II.措置入院制度の現状
1.精神科救急・急性期医療における措置入院の位相
 先に述べたように,精神科救急医療の分野では,措置入院制度は重要な役割を演じている.近年,全国の新規入院件数に占める措置入院の比率は2%未満にすぎないが5),精神科救急医療体制整備事業における入院形式では,緊急措置入院と措置入院を併せて20%近くに及んでいる.ただし,緊急措置入院は東京都,措置入院は神奈川県と埼玉県でともに全体の約半数を占めるなど,大都市圏に偏在している1)
図3は,精神科在院者の在院期間比率を入院形態別に示したものであるが,措置入院では在院3ヵ月未満の短期在院者の比率が突出して高く,救急・急性期医療における措置入院の比重の高さを裏づけている5).ただし,この図では,措置入院から他の入院形態に移行し,その後に在院が長期化したケースは識別できない.

2.措置入院の多義性
 これまでに述べてきたように,措置入院にはさまざまな側面があり,どの面を重視するかによって,措置入院制度への評価も変わってくる.
 措置入院には,まず,行政処分としての側面がある.このため,他の入院形態に比べて,市民権の制限が強く,外出や外泊へのハードルも高い.この面を重視する立場からは,措置入院回避論が優勢となる.
 一方,先に述べたように,措置入院には,さまざまな役割が便宜的に付加されてきた.まずは,公費医療としての側面があるが,安易に適用されると非医学的な長期在院を招く.また,精神科救急医療の分野では,医療アクセスの手段として欠かせない.さらに,重症患者の指標としての側面があり,指定医資格や精神科救急入院料の取得要件に組み込まれている.これらの側面を重視する立場は,措置入院の便宜的有用論と呼ぶことができる.
 また,措置入院は,他の入院形態に比べて診断や処遇判定の厳密性を担保できる面がある.さらに,入院決定者と治療者が異なるため,治療関係の構築にとっては有利な面もある.こうした側面を重視する立場は,措置入院の臨床的有用論と呼ぶこともできる2)

3.措置入院制度運用の地域差
 以上のような多面性・多義性がモザイク状に混在しているにもかかわらず,措置入院制度は,量的な比重の低下のために,抜本的な見直しがなされないまま存続してきた.その結果,全国各地で措置入院運用についてのローカル・ルールが蔓延し,著しい地域差を生み出すに至った.
図4は,2015年度の衛生行政報告例から,人口10万人に対する申請・通報件数とその処理状況を都道府県単位で集計し,措置決定件数の多い順に並べたものである.人口に対する措置件数は,最多の東京都と最少の兵庫県で10倍以上の開きがある.また,大阪府や愛知県,兵庫県が下位に位置するなど,必ずしも大都市圏に多いわけではない.人口に対する通報件数や措置診察不要件数の地域差はもっと大きい3)4).すなわち,通報の発出基準や措置診察の要否判断基準,そして措置入院の要否判断基準とも,全国的な統一性に欠けることを物語っている.行政処分としては看過できない問題であろう.

図3画像拡大
図4画像拡大

III.相模原事件が浮き彫りにした制度的諸問題
 相模原事件は,前述のような措置決定プロセスにおける著しい地域差のほかに,いくつかの制度上の問題点をクローズアップした.
 まずは,司法と医療の責任分担の曖昧さと非対称性という司法精神医学の古典的論題である.すなわち,措置入院が本件加害者のようなグレーゾーン事例の予防拘束手段として利用されうる現実,そして,いったん医療の管轄におかれると司法手続きに戻すことが極めて困難な現実が改めて明らかとなった.
 次に問題視されたのは,措置入院中の医療内容の不均質である.本件の加害者が措置入院した医療機関は,全国でも屈指の水準といえる病院であるが,措置入院が可能な指定病院の水準・規格は不均質であり,医師配置などの面で,強い人権の制約に見合った医療を提供しているとはいいがたい医療施設もある.また,本件加害者に大麻使用の履歴が判明したこともあって,わが国における薬物依存症治療システムの不十分さも指摘された.
 措置解除基準の曖昧さも,改めて認識された.近年は,早期解除が優先され,解除基準に関する議論は等閑視されてきた.
 退院後の在宅ケアの貧困という措置入院に限らない普遍的課題も再認識された.かつて,措置入院退院者には保健所保健師による訪問活動が義務づけられていたが,障害者自立支援法の施行(2006年)に伴って精神保健福祉サービスの提供主体が都道府県から市町村にシフトして以来,退院者への保健所の関与は激減した.都市部の保健所では措置入院手続きに忙殺されて,退院後の支援にまで手が回らない現状がある.
 最後に,本件では,退院後のケアに欠かせない多機関連携において,個人情報保護に関する法令が情報共有の障壁になっていることが指摘された6)7)

IV.新たな措置入院制度とその課題
1.新たな措置入院制度の骨子
 これらの問題点を踏まえて,措置入院制度は,行政的関与の強化を軸として見直されることとなった.2017年2月に公表された「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」報告書によれば,措置入院を決定した保健所が主体となって,①精神障害者地域支援会議(代表者会議)を定期開催し,グレーゾーン事例などへの対策を協議すること,②入院中に関係者を集めた個別ケース検討会(調整会議)を随時開催し,退院後の支援計画を作成すること,③退院後は,その計画に沿って訪問や相談などの支援活動を行い,医療中断を防ぐことが義務づけられている.また,④退院後に対象ケースが転居した場合は,本人の承諾のもとで転居先の管轄保健所に必要な情報を提供するとしている.
 入院先の病院に対しては,①退院後生活環境相談員を選任すること,②診療ガイドライン(作成中)に沿って診療を行うこと,③退院後に必要な支援などを評価する退院後支援ニーズアセスメントを実施すること,④措置解除の判定は調整会議やニーズアセスメントに基づいて慎重に行うことが求められている8)
 今後は,精神保健福祉法改正をはじめ,診療報酬改定や予算措置を伴う関連施策のなかに,これらの方針が織り込まれることとなっている.

2.新たな措置入院制度の課題
 こうした措置入院制度の見直しによって,措置決定と解除基準の標準化や司法・行政・医療三者の対話促進,退院後支援の強化などが期待される反面,課題も残されている.
 まず,措置入院制度の入口部分では,警察官通報の発出基準を標準化できるかどうかが大きな課題となる.また,グレーゾーン事例の処遇をどうするかについても,依然として大きな課題として残されている.さらに,行政による措置入院のトリアージが厳しくなりすぎて,臨床的には要措置にもかかわらず措置診察不要と判断される事例が生じないかという懸念もある.
 入院中の医療に関しては,やはり,入院後に司法的処遇が優先と判明したケースの処遇問題が残っている.また,現在の措置入院先の指定基準で,緻密化される新たな診療ガイドラインを遂行できるのか,という疑問もある.実務的には,「調整会議の日程調整」のために措置入院が長引かないか,退院後支援計画に納得しない措置入院者にどう対処するか,パーソナリティ障害や依存症の事例に有効な支援計画など立てられるのか,といった課題が想定される.
 措置入院の出口部分に関しては,グレーゾーン事例をはじめとして,措置解除ないし退院について関係機関の合意が形成できない場合にどうするかが最大の課題であろう.措置解除後に長期在院化した事例の退院後支援計画をどうするか,退院後に支援計画への同意を撤回した事例にどう対処するかも大きな課題である.さらに,保健所職員の増員予算が計上される予定とはいえ,現場職員の過重労働を回避できるかどうかについても,今後の経過を注視したいところである.

おわりに
 冒頭に述べたように,相模原事件は医療問題のみに還元できる案件ではないし,すべきでもない.しかし一方で,本件がクローズアップした措置入院制度の諸問題は,社会と医療との関係においても,医療の質においても,わが国の精神科医療にとって普遍的な問題である.新たな措置入院制度の施行を通じて,これらの問題の克服に立ち向かい,精神科医療の水準向上と利用者の利益増大を図ることが,本件による甚大な犠牲に報いるために精神科医療従事者が負うべき責務であろう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 安西信雄, 河﨑建人, 村上 優ほか: 平成27年度厚生労働科学研究補助金事業「精神障害者の重症度判定及び重症患者の治療体制等に関する研究」報告書. p.37-57, 2016

2) 平田豊明: 措置入院制度の現状と課題―相模原事件が提起するもの―. 臨床精神医学, 46 (4); 377-382, 2017

3) 平田豊明: 措置入院制度の歴史と現状. 精神科臨床サービス, 17 (3); 281-287, 2017

4) 厚生労働省: 衛生行政報告例 (平成8~27年度)

5) 厚生労働省: 精神保健福祉資料―平成25年6月30日調査の概要―

6) 厚生労働省: 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」中間とりまとめ. 平成28年9月14日 (http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000136814.html) (参照2018-06-19)

7) 厚生労働省: 「相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム」報告書. 平成28年12月8日 (http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000145268.html) (参照2018-06-19)

8) 厚生労働省: 「これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会」報告書. 平成29年2月15日 (http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000152029.html) (参照2018-06-19)

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