Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第8号

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特集 非自発入院制度の現状と課題―精神保健福祉法改正,措置入院,および臨床倫理をめぐって―
相模原殺傷事件―「措置入院制度」の改革は可能である.医療・行政・警察の責任分担の確立を―
武井 満1), 赤田 卓志朗1), 芦名 孝一1), 浅見 隆康2), 佐藤 浩司2)
1)群馬県立精神医療センター
2)群馬県こころの健康センター
精神神経学雑誌 120: 656-663, 2018

 精神保健福祉法における法22条から法26条までの申請・通報・届出制度(以下,「通報制度」)は措置入院制度の根幹となるものである.したがって措置入院制度の改善には,通報制度の適切な運用が必須となる.精神保健福祉センターは精神保健福祉法に規定された精神保健に特化した現場であり,マンパワーを確保したうえで既存の法律である法27条の事前調査と法29条の2の2の措置移送制度を実効性ある形で実施すれば,通報制度の運用は適切に行われるようになる.特に課題の多い警察官通報等に対しては,入り口でのトリアージ,入院中からの地域移行のための支援会議,退院後におけるアウトリーチ活動,責任ある立場の関係機関との会議などが重要となる.群馬県での10数年の実践から,このようにすれば,警察,行政,医療の果たすべき責任分担が明確になり,必ず措置入院制度は改善する.現時点での新法は不要であると考える.

索引用語:精神保健福祉法, 通報制度, 警察官通報, 措置移送制度, 精神保健福祉センター>

はじめに
 平成28年7月26日,相模原市の障害者支援施設「津久井やまゆり園」において,元職員の犯行により19人が死亡,27人が負傷するという事件が起こった.事件を考えるうえでの要点は2つある.1つは障害者に対する偏見についての問題であり,もう1つが「措置入院制度」の問題である.被疑者には措置入院歴があり,退院数ヵ月後にこのような大事件を起こしている.そこでここでは,同様な事件の再発を防ぐ観点から,措置入院制度だけに的を絞って論じる.
 精神医療における措置入院制度は,今回の事件でまさに明らかになったように,社会の安全・安心という最も根本的な命題に深く関連しているが,しかしその具体的仕組みと抱えている問題点については,大阪池田小学校事件をはじめとして,淡路島5人殺害事件,そして今回の相模原殺傷事件に至るまで,事件の繰り返しにもかかわらず,残念ながらこれまで徹底して議論されることはなかったと理解する.そこで群馬県内だけではあるが,県立病院として20年以上,警察官通報や検察官通報による措置入院などの強制入院を一極集中的に受け,原則転院なしで治療を実施してきた当院の立場から,措置入院制度の抱えている根深い問題点を明らかにし,その改善のための方策を示す.

I.「措置入院制度」と精神保健福祉法における申請・通報・届け出制度(以下,「通報制度」)の関係
1.通報制度の仕組みと問題点
図1に精神保健福祉法(以下,法)における通報制度の仕組みを示す.これをみればわかるように,この社会において,社会的に問題となる行為(刑罰法令に触れる行為)を起こした人は,法22条の一般人の申請から,法23条の警察官通報,法24条の検察官通報,法25条の保護観察所長の通報,法26条の矯正施設長の通報に至るまで,精神障害による行為であるとされると,最終的にはその多くが精神科病院に集まる仕組みになっている6).今回の事件は,そのうちの法23条の警察官通報により措置入院となった被疑者が,その後,事件を起こしたことになる.このことが物語るように,わが国の社会の安全は精神保健福祉法における通報制度の仕組みと深く関係していることがわかる.そこでここでは,話を繁雑にしないために,通報制度のうちでも特に問題となりやすい法23条の警察官通報と法24条の検察官通報に的を絞って,措置入院制度の問題点を具体的に示すことにする.

2.大阪池田小学校事件は法24条の検察官通報に主たる問題があった.しかし,法23条の警察官通報も無関係ではなかった
 宅間元死刑囚(ここでは宅間と呼ぶ)は,学校の職員をしているときに,精神科病院から処方された向精神薬を他人に飲ませるという異物混入の傷害事件を起こしている.その際,警察は宅間を逮捕して事件として立件し,検察庁に送致している.検察庁では,検察官の判断により起訴前の簡易鑑定(一部の新聞では精神保健診察と書かれている)が実施され,検察官は宅間の責任能力には問題があると判断し,法24条の検察官通報を大阪府知事に対して出し,それを受けて措置診察が実施され,某精神科病院に強制入院となっている(図1).
 病院での治療内容は不明だが,宅間は約2ヵ月の入院で退院となり,その後もタクシーの運転手を殴るなどの行為を繰り返し起こしている.しかし警察は,その後は宅間を逮捕して事件として立件することはなく,法23条の警察官通報により精神科病院への入退院を繰り返すなかで,あの大事件が起きている.
 この池田小学校事件が大きな後押しになって「心神喪失者等医療観察法」が成立し,重大な他害行為を行った触法精神障害者に対して,都道府県知事でなく国すなわち裁判所と法務省と厚生労働省が初めて責任をもつようになり,治療のための受け皿も整備された.しかし,ここで注目しなければならないのは,医療観察法はあくまでも警察が事件として「立件」して検察庁に送致した以降の話であり,今回の相模原殺傷事件の被疑者のように事件として立件されていないものについては,刑事司法手続きには乗らないことから,医療観察法は無関係であり,何の効力も発揮できないことになる.したがって,相模原殺傷事件については,別の視点から検討されなければならない.

3.相模原殺傷事件の場合:まさに法23条の警察官通報に問題があった
 平成28年9月14日に厚生労働省より出された「中間とりまとめ」4)をもとに,まず事件の要点を記す.
 平成28年2月15日,津久井やまゆり園に勤務していた被疑者は,衆議院議長公邸に出向き,障害者殺害を具体的に記した衆議院議長あての手紙を渡す.2月16日,津久井警察署の幹部が当該施設を訪問し,先の内容を話し,防犯対策の強化を申し入れる.2月19日,当該施設において被疑者と施設幹部が面談.被疑者は退職.同日施設内に待機していた津久井警察署は被疑者を警察官職務執行法(以下,「警職法」)3条に基づいて保護し,署に同行.同日,法23条の警察官通報が出され,緊急措置診察実施が決定される.被疑者の身柄は北里大学東病院に搬送され,同日20時30分頃,北里大学東病院の指定医が緊急措置診察を実施.21時30分頃,緊急措置入院となり,入院後の尿検査で大麻成分陽性が明らかになる.2月22日には措置診察が2名の指定医によって実施され,措置入院となる.抗精神病薬は投与せずに隔離室で経過観察したところ,尿中の大麻成分が消失するとともに措置症状が消退したことから,3月2日退院.事件はその後の7月26日に起こっている.その際,逮捕時に大麻成分が検出され,自宅からも微量の大麻が押収されている.
 このような経過をみると,津久井警察署が警察官通報を出したことが適切だったのかがまず問題となる.警察は2月16日に施設に出向いて防犯の強化を申し入れており,事の重大性を認識していたと思われる.警職法では保護は24時間を超えてはならないとされるが,簡易裁判所の裁判官の許可状があれば,最長5日間の保護の継続が可能3)とされており,警察は逮捕案件になるかどうかも含めて,「よく調べるべき」であったといえる.警察には本来業務として保護か逮捕かどちらにするかを判断するという重責があり,その責任をどこまで果たそうとしていたか疑問が残る.
 次に,通報する責任は警察にあるが,それを受けて緊急措置診察,措置診察を実施するかどうかは,都道府県知事(今回の場合は相模原市市長)の責任となる.法27条に調査のうえ,必要と認めるときはと記されているように,調査をしたうえで,診察不実施という判断もあり得たはずである.診察実施を決定した根拠がいくつか挙げられているが,問題は本質的な意味でどれだけの現実性と具体性をもって調査(以下,事前調査)が行われたかであり,例えば内容的に都道府県知事の責任の範囲を超えており,もっとよく警察で調べるべきとして診察不実施にすることもできたはずである.また,違法薬物使用が疑われる被疑者のような場合,尿検査は警察が先に実施するのが本来の形である.しかし現状は,現場のマンパワー不足により,事前調査自体十分に行われていないか形式的に行われているにすぎず,本来の意味での診察不実施という,いわば負の判断を下すのは,事実上,困難となっているのが実情である.そう考えてみると,今回の事件は,被疑者が警察の「取り調べ」もなく,単に精神障害による他害のおそれのある者として,精神科病院に入院させられた時点で,防ぐ機を逸したといえるかもしれない.
 厚生労働省は,平成26年度における全国の各都道府県別の人口10万人あたりの警察官通報件数と診察数,その結果としての措置入院数を示した統計を公表している(図2).それをみれば一目瞭然であるが,通報件数のバラツキとそれを受けての診察数のバラツキの大きさ,さらには措置入院数のバラツキのひどさがよくわかる.これが全国的にみた警察官通報をめぐる措置入院の入り口の実際となっている.ちなみに事前調査などの一連の法的手続きを,本来の形を順守して行えば,通報件数,診察数,措置入院数およびその比率は,地域差はあるにしてもおおよそ同程度になるはずである.

図1画像拡大
図2画像拡大

II.どうすればよいか
1.既存の法律である法27条に定められた事前調査と法29条の2の2の措置入院のための移送制度を実効性ある形で実施すべき
 措置診察に関しては,法27条に都道府県知事は調査のうえ必要があると認めるときは,指定医をして診察をさせなければならないと明記されている.なぜこのような事前調査が必要かといえば,措置診察自体が知事の責任のもとの強制権の発動であることから,強制権の乱用を防ぐと同時に,特に警察官通報に関していえば,精神障害者でない者を精神障害者であると警察が誤って判断して通報してくることも少なくないことや,覚せい剤などの違法薬物の使用者(今回の被疑者はまさに大麻を使用していた)や本来ならば犯罪とされるべき事案が,警察の一方的な判断だけで,都道府県知事によるチェックなしに医療に入り込んでしまうのを防ぐためにある.したがって,通報の内容を事前調査するという知事の役割は,法的手続きの一環として欠かせない.「精神障害者の移送に関する事務処理基準について」5)には,指定医の診察に係る事前調査の必要性が明記されているが,同じく同事務処理基準には,移送の開始時期として,事前調査の上,指定医の診察及び移送が必要と判断した時点から移送(指定医の診察等を含む一連の手続きをいう)の手続きが始まるものとすると記載されている.事前調査の必要性は法27条に記載されており,措置入院のための移送制度は法29条の2の2に記載されているが,これを読むと,事前調査と措置入院のための移送制度とは一連の手続きとして不可分な関係にあることがわかる.
 このように法29条の2の2の措置入院のための移送制度(以下,「措置移送制度」)は,すべての申請・通報・届出に対して事前調査が行われることを求めているが,そのなかでもとりわけ問題となるのが,治安と直結して昼夜の別なく休日にあっても出され,件数も著増している法23条の警察官通報ということになる.そのため,特に警察官通報の対応には多数のマンパワーが必要となる.しかし自治体行政の現場にそのようなマンパワーは確保されていないことから,法律はあっても,これまで実効性のある形で実施されてこなかったのが現場の実情である.唯一,群馬県だけが実施可能な体制整備をしたが,その点については,次に述べる.

2.警察官通報に対して,事前調査と措置移送制度が実施できる体制を精神保健福祉センターに作るべき.保健所では限界がある
 県立病院として,警察官通報による措置入院等を一極集中的に受ければ,入院を強く求める警察と行政・医療との間で必ず激しい葛藤が生じる.群馬県では,そのような激しい状況下にあって,県庁知事部局の理解のもと,紆余曲折を経て平成16年1月の年度途中に,精神保健福祉センター(群馬県ではこころの健康センター)に,医師4名を含む40数名の人員を確保して,精神科救急情報センターを立ち上げ,警察官通報等に対して,法27条に規定された事前調査と法29条の2の2の措置移送制度が実施できる体制を整備した1)2)
 具体的には,夜間10時までに精神保健福祉センター内にある精神科救急情報センターに入った警察官通報は,365日,行政職員が警察署まで出向いて事前調査と移送を実施しており,すでに10数年が経過し現在に至っている.その結果,すべてが改善した.特に警察官通報に対する入り口におけるトリアージ,すなわち診察実施か不実施か,また,診察実施となった場合の要入院か不要入院かの判断などは最もトラブルになりやすい点であるが,大きな問題なく現在に至っている.このことから,事前調査と措置移送制度の実施体制の整備は,警察などの司法機関との関係を改善させ,加えて,結果的に精神保健に特化した現場である精神保健福祉センターにマンパワーが確保されることで,県内精神保健福祉活動の大幅な底上げをも可能にするといえた.現場のマンパワーの充実なくして,山積する精神保健の課題に対応できるはずはないと考える.
 今回,被疑者は緊急措置入院となっているが,群馬県の体制下であれば警察と行政の役割分担のもと,緊急措置診察の対象にはしなかったか,少なくとも措置診察の決定段階では大麻使用も含めたより正確な本人情報が共有されたはずである.入院になった場合であっても,行政機関である精神保健福祉センター主導での会議(本人や家族および関係機関に加えて,事案によっては警察も参加する.支援会議と呼んでいる)が入院中から実施され,問題の深刻さが理解されることで,地域移行に向けての支援のあり方も十分に検討されたはずである.また,退院後にあっては,支援会議の内容に沿ったアウトリーチ活動が必要に応じて行われることになったと思われる.このような3つの機能,すなわち事前調査に基づいた専門性のある入り口でのトリアージ,入院中からの支援会議,地域移行後のアウトリーチ活動は,精神保健福祉センターに集約的にマンパワーを確保することで初めて可能となるものであり,地域保健法に基づいた組織である保健所だけでは限界がある.保健所は感染症や母子保健にも対応しなければならない組織である.当初は群馬県にあっても,各保健所が個別に対応していたが,怪我などの事故も起こり,精神保健福祉センターでの一括対応ということになった経過がある.もちろん精神保健福祉センターのマンパワーが強化されれば,当然,保健所との連携体制も強化されることになり,地域での精神保健活動はよりしやすくなる.群馬県の場合も,実際そのような連携体制を組んでいる.

III.社会の安全と人権は両立する.「刑罰法令に触れる行為」を行った精神障害者の処遇システムモデルを構築することは可能である.現時点での新たな法律は不要と考える
図1の通報制度の仕組みに医療観察法を組み入れると,わが国における刑罰法令に触れる行為を行った精神障害者の処遇システム図になることがわかる.そうであれば,保健所でなく精神保健福祉センターがすべての通報を受けることの重要性がよく理解できる.医療観察法が施行され,検察官通報にかかわる問題が改善されつつある現在,次に問題となるのは警察官通報であり,相模原殺傷事件はまさに警察官通報をめぐる諸問題が浮き彫りとなった事件である.警察官通報の適正な運用は必須であり,そのためには精神保健福祉センターという精神保健に特化した現場に,既存の法律である法27条の事前調査と法29条の2の2の措置移送制度が実施可能な体制を整備し,それを実行することで,初めて措置入院制度の抜本的な改善が可能となる.
 現在,群馬県では,これまで述べた諸活動に加えて,すでに10数年,地元警察,県警本部,検察庁,弁護士会,病院長,保健所長会,地裁所長などの責任ある立場の人が参加した事例検討会(年5回)を精神保健福祉センター主催で継続して実施している1)2)7).この会議の意味することは大きく,これらの活動によって,警察官通報リピーターの減少,いわゆる処遇困難患者の解消,グレーゾーンへの対処,緊張関係を保持した形での警察,検察庁などの司法機関との責任分担など,措置入院制度にかかわる大きな問題はなくなっている.これはいつの間にか「群馬方式」と呼ばれるようになったが,この方式は言いかえれば警察,行政,医療がそれぞれの責任分担を果たすことで社会の安全と人権を守るということであり,今後は自治体行政だけでなく,社会の安全と人権を確保するという立場から,予算措置も含めた国の行政責任を期待したい.

図3画像拡大

おわりに
 池田小学校事件に関しては,医療観察法が施行されたことで検察官通報の法的手続きが厳密化し,触法精神障害者の受け皿も整備されたことで,事件として立件された以降の法の運用については大幅に改善した.しかし警察官通報に関しては,これまでも再三問題になっていたにもかかわらず,改善の方向性を見いだせず今日に至っている.相模原殺傷事件は,その意味では警察官通報にまつわる諸問題を具現化させた象徴的事件である.
 結論を言えば,事件を防ぐためには,精神保健に特化した現場である精神保健福祉センターにマンパワーを確保して,既存の法律である法27条の事前調査と法29条の2の2の措置移送制度が実施できる体制を整備し,警察官通報に対する実効性のある入り口でのトリアージ,措置入院中からの地域移行に向けての会議,退院後のアウトリーチ活動,責任ある立場の関係機関との会議などを実施できるようにすることに尽きる.ちなみに人口200万人の群馬県レベルで,現在,医師4名を含むスタッフ40数名が精神保健福祉センターに確保されているが,平成27年度,年間運営費は人件費込みで約3億6,004万円であり,うち国費は625万円のみである.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) 群馬県こころの健康センター編: 群馬県立精神科救急情報センターのあゆみ―現行体制10年間の活動をふりかえって―. 群馬県こころの健康センター, 2015

2) 群馬県こころの健康センター編: 支え合うこころ―30周年特別記念誌―. 群馬県こころの健康センター, 2016

3) 警察制度研究会編: 注解 警察官職務執行法. 立花書房, 東京, p.71-78, 2005

4) 相模原市の障害者支援施設における事件の検証及び再発防止策検討チーム: 中間とりまとめ―事件の検証を中心として―. 平成28年9月14日 (http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000136814.html) (参照2018-02-02)

5) 精神保健福祉研究会監修: 四訂, 精神保健福祉法詳解. 中央法規出版, 東京, p.375, 2016

6) 武井 満: 精神保健福祉法通報制度の問題点と司法精神医学的課題―触法精神障害者治療現場の現状から―. 精神医学, 44; 619-625, 2002

7) 武井 満: 司法精神医学の現在―医療と司法のはざまから―. 日本評論社, 東京, p.178-180, 2012

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