Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第12号

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特集 統合失調症の身体合併症プロジェクト
統合失調症患者の身体モニタリング
古郡 規雄
弘前大学大学院医学研究科神経精神医学講座
精神神経学雑誌 120: 1095-1100, 2018

 統合失調症患者は,肥満,糖尿病,高脂血症など生活習慣病を合併する頻度が高く,心血管系疾患の罹患率も高く,一般人口に比べて,平均寿命も短い.致死的なイベントが発生する前に予防することが必要である.まずわれわれが行うべきは身体モニタリングである.国際的なガイドラインでは体重,胴囲,血圧,空腹時血糖,脂質の定期的な測定が提唱されている.本邦にも糖尿病に対するガイドラインは存在するが,メタボリック症候群など複数の病態を意識したものではない.今後は,本邦でもわが国の実情に見合ったガイドラインの作成と普及が必要である.

索引用語:モニタリング, ガイドライン, メタボリック症候群, 生活習慣病>

はじめに
 一般集団に比べ重度の精神疾患のある人の死亡率は2~3倍高く,平均寿命は,10~25年短いことが報告され,その原因は,主に身体疾患によるとされ4),肥満,高脂血症,糖尿病,糖尿病性ケトアシドーシス,高血圧,冠動脈疾患,脳卒中,心筋梗塞,心臓突然死,肺炎,悪性腫瘍などが短命に直結していると考えられる4).そのなかでも,突然死を含む死因として心筋梗塞が大きなウエイトを占めることが明らかで,その遠因となるメタボリック症候群に対する対策が急務と考えられる.
 統合失調症患者への定期的な身体モニタリングは,昨今,第二世代抗精神病薬などの影響とされる体重増加・糖脂質代謝障害の予防の観点と,突然死・QOL低下につながる統合失調症患者特有の身体合併症の早期発見・早期予防の観点を取り入れたものが望ましいと思われる.Kane, J. M.らは,統合失調症患者の健康改善のための身体モニタリングのコンセンサスを得るため,体重増加と肥満,糖尿病,高脂血症,QT延長症候群,高プロラクチン血症と性機能障害,急性錐体外路症状・アカシジア・遅発性ジスキネジア,白内障,心筋炎の分野で話し合い,BMI,血糖,脂質プロフィール,高プロラクチンと性機能障害のモニタリング,定期的視覚検査,特定の薬剤内服中におけるQT延長症候群,心筋炎のモニタリングの追加を提案した6)

I.モニタリングのガイドラインの流れ
 これまでに海外を中心に多くのモニタリングに関するガイドラインが発行されている.2004年前半,米国糖尿病学会(American Diabetes Association:ADA)や米国精神医学会(American Psychiatric Association:APA)など関連4学会が合同で提案したコンセンサスガイドラインでは,体重増加や糖脂質代謝異常のリスクは,クロザピン,オランザピンが最も高く,リスペリドン,クエチアピンが中程度,アリピプラゾールが低いと評価した1)

1.体 重
 抗精神病薬治療を始める前の値(ベースライン値)を求める.APAでは6ヵ月まで受診日ごと,その後は3ヵ月に1回の体重測定.ADAでは4,8,12週ごと,その後は3ヵ月ごとに体重測定を推奨している.

2.胴 囲
 APAでは記載なし.ADAではベースラインと1年に1回の測定を推奨している.

3.血 圧
 APAではベースラインと臨床症状があったとき,ADAではベースラインと12週目,その後は1年に1回の血圧測定を推奨している.

4.脂 質
 APAではベースラインと5年おき,ADAではベースラインと12週目,その後は5年に1回の脂質検査を推奨している.

5.空腹時血糖
 APAではベースラインと薬物開始あるいは薬物変更後4ヵ月,その後,1年に1回の血糖測定.ADAではベースラインと薬物開始あるいは薬物変更後12週目,その後は1年に1回のペースで血糖測定を推奨している.

 このガイドラインが発行されてから,米国の精神科医がどの程度順守しているかを調査した研究がある.ベースライン時では既往歴や家族歴の聴取は行っている一方,その他の5項目(体重,胴囲,血圧,脂質,血糖)は半数に満たなかった.その後の定期的なモニタリングに関しては,身長・体重は行われているものの,その他の5項目を定期的に行っている精神科医は少なかった1)
 その後,De Hert, M. らが世界の多くの公的な機関が発行するものも含んだ18のガイドラインをレビューしている5).その結果,これらのガイドラインのわずか56%しか,患者の一般的な身体検査を提案していない.特に,糖尿病と心血管疾患の他の既知の危険因子の評価は,大部分のガイドラインにおいて不完全なものであった.運動習慣や食習慣に対するモニタリングの推奨は半数以下であったし,56%のガイドラインしか喫煙の有無のモニタリングに言及していない.一方,すべてのガイドラインで空腹時血糖の評価を含んでいる.89%のガイドラインで空腹時脂質の評価を推奨している.さらに血糖値に関してはOGTTやHbA1cに関してもまちまちであった.そして,モニタリングの時期や間隔に関してもガイドラインによりまちまちであった.56%のガイドラインでベースライン後の最初の3~4ヵ月後に,22%のガイドラインで4~6週後にモニタリングを推奨していた.頻度としては高い順に空腹時血糖,BMI,空腹時中性脂肪,空腹時コレステロール,胴囲,HDLあるいはLDLコレステロール,血圧,糖尿病徴候であった.
 その後もエビデンスの蓄積が進み,いくつかのガイドラインが発行されている.2016年に英国精神薬理学会(British Association for Psychopharmacology:BAP)がガイドラインを発表したが,これはモニタリングは英国国立医療技術評価機構(National Institute for Health and Care Excellence:NICE)ガイドラインに委ね,介入方法に主眼がおかれていた3).一方,2016年に王立オーストラリア・ニュージーランド精神医学会(Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists:RANZCP)がガイドラインを発表している.このガイドラインは簡便に記載されており,わかりやすいうえに頻度についても言及している(2)
 本邦でも,糖尿病専門医なども加わり,「第二世代(非定型)抗精神病薬使用時における血糖モニタリングガイダンス」が2008年に提案された7).薬物治療開始前に,血糖(可能な限り空腹時およびHbA1c)を測定し,空腹時血糖値110 mg/dL未満,随時血糖値140 mg/dL未満,HbA1c値6.0%未満の場合を「正常型(メソッド①)」,空腹時血糖値110~125 mg/dL,随時血糖値140~179 mg/dL,HbA1c値6.0~6.4%の場合を「境界型(メソッド②)」,空腹時血糖値126 mg/dL以上,随時血糖値180 mg/dL以上,HbA1c値6.5%以上を「糖尿病を強く疑う型(メソッド③)」の3区分に分類し,それぞれの区分に応じてモニタリング頻度が変動する.データの悪化と改善に伴い,メソッドを移動して,内科医コンサルトや,糖尿病と判断された際のオランザピンやクエチアピンの中止,本人や家族への注意喚起・食事指導・運動療法などが行われる.これを踏襲する形がクロザリル患者モニタリングサービス(CPMS)では採用されている.しかしながら,外来患者での空腹時血糖の測定のむずかしさや食後血糖が高くても空腹時血糖は最後まで正常範囲にとどまる傾向にあることから10),耐糖能異常の早期発見という意味では実用性に欠けることも留意しておくべきである.
 一方,定期的な心電図検査を推奨するガイドラインは少なかった.薬剤性QT延長症候群だけでなく,虚血性心疾患や心房細動など生活習慣を反映する指標でもあるため,忘れてならないモニタリングと思われる.

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II.本邦におけるモニタリングに対する認識
 日本臨床精神神経薬理学会と日本精神科病院協会の身体合併症合同プロジェクトで,日本精神科病院協会加盟施設の統合失調症患者と精神科医に対して聞き取り調査が行われた8)9).糖尿病リスクのある薬物の使用に不安をもっている精神科医が85%いるのにもかかわらず,そのリスクを主治医から伝えられている患者は外来で23%,入院で16%であった.また,モニタリングを行う際の項目や頻度の根拠については,ガイドラインや専門家のアドバイスに従い実施している精神科医は25%にすぎず,ほとんどは自身の経験を頼りにしていた.
 また,最も簡便で重要なモニタリングは体重測定と採血による血糖や脂質の測定であるが,この調査における体重測定と採血に関しての精神科医と患者の認識の差を図1, 図2にまとめた.精神科医は一般的に患者よりモニタリングを定期的に行っていると思っていることが明らかとなった.さらに,患者は体重測定と採血に関して約半数は抵抗をもっていることも明らかになった.このことから今後の課題は,外来患者に対する健康教育と思われる.モニタリングの重要性を含めて生活習慣の改善を,どのように指導していけばよいのか検討することが今後の課題であろう.

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図2画像拡大

おわりに
 統合失調症患者は,複合的なさまざまな要因による肥満,糖尿病や,高脂血症など生活習慣病を合併する頻度が高く,心血管系疾患の罹患率も高く,一般人口に比べて,平均寿命も短い.抗精神病薬の副作用を管理する目的で定期的な身的モニタリングを要するが,糖脂質代謝障害による心血管系疾患のみならず,生命予後にかかわるさまざまな身体合併症を未然に予防するには,起こりうる疾患,病態を考えて,画像診断や採血検査を行い,必要に応じて専門医への迅速な受診を促す必要がある.定期的な身体モニタリングの基本は,病歴の聴取と診察であり,疑うべき病態の基本知識に基づく健診と検診である.そのためにも,精神科医といえども,最低限かつ最新の医学情報のアップデートは欠かせない.

利益相反
 過去1年間で開示すべき利益相反関係にある企業:持田製薬株式会社(講演料),大日本住友製薬株式会社(講演料),MSD株式会社(講演料)

 謝 辞 本論文で引用した抗精神病薬治療と身体リスクに関する合同プロジェクトは旭化成ファーマ株式会社,アステラス製薬株式会社,日本イーライリリー株式会社,エーザイ株式会社,MSD株式会社,大塚製薬株式会社,小野薬品工業株式会社,株式会社ツムラ,塩野義製薬株式会社,大日本住友製薬株式会社,武田薬品工業株式会社,グラクソ・スミスクライン株式会社,ノバルティスファーマ株式会社,Meiji Seikaファルマ株式会社,ヤンセンファーマ株式会社,吉富薬品株式会社から助成を受けている.

文献

1) Buckley, P. F., Miller, D. D., Singer, B., et al.: Clinicians' recognition of the metabolic adverse effects of antipsychotic medications. Schizophr Res, 79 (2-3); 281-288, 2005
Medline

2) Castle, D. J., Galletly, C. A., Dark, F., et al.: The 2016 Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists guidelines for the management of schizophrenia and related disorders. Med J Aust, 206 (11); 501-505, 2017
Medline

3) Cooper, S. J., Reynolds, G. P., Barnes, T., et al.: BAP guidelines on the management of weight gain, metabolic disturbances and cardiovascular risk associated with psychosis and antipsychotic drug treatment. J Psychopharmacol, 30 (8); 717-748, 2016
Medline

4) Correll, C. U., Detraux, J., De Lepeleire, J., et al.: Effects of antipsychotics, antidepressants and mood stabilizers on risk for physical diseases in people with schizophrenia, depression and bipolar disorder. World Psychiatry, 14 (2); 119-136, 2015
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5) De Hert, M., Vancampfort, D., Correll, C. U., et al.: Guidelines for screening and monitoring of cardiometabolic risk in schizophrenia: systematic evaluation. Br J Psychiatry, 199 (2); 99-105, 2011
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6) Kane, J. M., Barrett, E. J., Casey, D. E., et al.: Metabolic effects of treatment with atypical antipsychotics. J Clin Psychiatry, 65 (11); 1447-1455, 2004
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7) 村崎光邦, 小山 司, 渥美義仁ほか: 第二世代 (非定型) 抗精神病薬を投与する際の血糖モニタリングガイダンスの提案. 臨床精神薬理, 11 (6); 1139-1148, 2008

8) Sugawara, N., Yasui-Furukori, N., Yamazaki, M., et al.: Psychiatrists' attitudes toward metabolic adverse events in patients with schizophrenia. PLoS One, 9 (1); e86826, 2014
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9) Sugawara, N., Yasui-Furukori, N., Yamazaki, M., et al.: Attitudes toward metabolic adverse events among patients with schizophrenia in Japan. Neuropsychiatr Dis Treat, 12; 427-436, 2016
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10) Yasui-Furukori, N., Sato, Y., Furukori, H., et al.: Glucose metabolism in Japanese schizophrenia patients treated with risperidone or olanzapine. J Clin Psychiatry, 70 (1); 95-100, 2009
Medline

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