Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第10号

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特集 公認心理師のカリキュラム等検討会報告とさまざまの領域における精神医学と心理学の協働
精神医学と心理学の協働と対話―少年司法制度から―
桝屋 二郎
東京医科大学茨城医療センター精神科
精神神経学雑誌 120: 921-927, 2018

 公認心理師制度の発足にあたって,少年司法制度の観点から精神医学と心理学の協働と対話の現状と課題について報告し,検討と考察を行った.わが国における少年司法制度の根幹となる法律は少年法であるが,「保護」と「教育」という2つの観点が重視されている.少年司法制度においても,この2つのキーワードは重要視されており,事件の真相解明と刑罰の実施という目的を掲げている成人司法制度との最大の差異となっている.そして非行少年を正しく「保護」し「教育」していくためには精神医学と心理学を含めた協働と対話が欠かせない.少年司法制度のなかで実際に精神医学と心理学の協働と対話がなされる場面としては,①警察における少年育成課などの心理員と警察嘱託医あるいは地域医療機関などの精神科医,②児童相談所における児童心理司と精神科医,③検察や裁判所における精神鑑定時,④家庭裁判所における調査官や裁判官と精神科医,⑤少年鑑別所における心理技官と精神科矯正医官,⑥少年院における法務教官,心理技官と精神科矯正医官,⑦保護観察における保護観察官や保護司と地域の精神科医などが考えられる.非行や犯罪を起こした人々は加害者であるが,同時に被害者であることが多く,生育歴のなかでのさまざまな傷つき体験による不信感をもっている.その不信感を乗り越え,良好な治療関係を築くためにも,支援者は彼らの加害体験も被害体験もともに取り扱わないといけないが,この両者を取り扱うには精密で正確なアセスメントを実施しなければバランスがとれない.つまり,支援の方向性を誤る.こういったアセスメントやその後の支援には全人的アプローチが有効であるが,これらを適切に成立させるためにも精神医学と心理学を含めた多職種・多機関の協働と対話が必須であろう.

索引用語:少年非行, 少年司法制度, 司法精神医学, 矯正医学, 犯罪心理学>

はじめに
 まず最初に著者の立場を明らかにしておきたい.著者は現在,市中病院(大学病院)において主として児童青年期精神科医療に従事している児童精神科医であるが,以前は医療少年院において常勤矯正医官として勤務していた.現在も非常勤矯正医官として2つの少年院に勤務している.本稿では少年司法制度における精神医学と心理学の協働について全般的に論じていくつもりではあるが,論じるにあたって,どうしても少年院における話題や視点が少し多くなることをご了承いただきたい.

I.わが国における少年司法制度の概要と特徴
 少年司法制度における精神医学と心理学の協働と対話を論ずる前提として,まずわが国における少年司法制度の概要と特徴を簡潔にまとめてみたい.わが国における少年司法制度の根幹となる法律は「少年法」といえよう.少年法とは「少年の健全な育成のために,非行のある少年の性格矯正および環境調整に関する保護処分と,少年の福祉を害する成人の刑事事件に対する特別措置について定めた」法律ということになるが,著者が考えるに,わが国の少年法の最大の特徴は,理念として少年の特性を重視し,保護と教育を優先するという教育主義を掲げて保護処分を実施するということにある.これは換言すれば,少年が非行に至るのは社会が教育に失敗したからであり,その少年を保護して正しい教育を改めて実施しようということになる.「保護」と「教育」,この2つのキーワードこそわが国の少年司法制度の根幹をなすものであり,事件の真相解明と刑罰の実施という目的を掲げている刑事訴訟法および刑法,そしてそれらに依って立つ刑事処分や収容施設たる刑務所との最大の差異となっている.この,少年を正しく保護し教育していくためには,精神医学と心理学を含めた協働と対話が不可欠と考えられる.
 少年司法制度を手続き面から概説すると,わが国の少年法は「全件送致主義」をとっているため,嫌疑の認められる非行少年は基本的に全員が家庭裁判所に送致される.この送致は警察(官)や検察(官)のみならず児童相談所から行われる場合もある.家庭裁判所は審判に必要と認めれば観護措置をとり少年を少年鑑別所に送致し,心理技官や精神科矯正医官が少年の資質や背景を調査する.その結果も参考に家庭裁判所は処分を決定する.家庭裁判所が下す処分は,全件送致を行っている関係で件数としては審判不開始や不処分が多くなる.しかし,家庭裁判所によって保護が必要と判断されれば保護処分が下ることになる.保護処分にもいくつかがあり,社会内で保護が可能と判断されれば保護観察などの処分が下り社会内で保護観察所(保護観察官)や保護司の支援を受けることになる.一方で社会内での保護が困難と判断されたケースについては児童自立支援施設や少年院に送致されることになる.これらとは異質な処分としては,重大犯罪などでは検察官送致(いわゆる逆送)となり,検察において起訴などが検討され,起訴されれば成人と同様の裁判(裁判員裁判を含む)を受け,懲役などの刑事処分が下される場合もある.

II.わが国における矯正施設―少年施設を中心に―
 矯正施設とは犯罪者や非行少年を法律に基づき強制的に収容する施設であるが,刑事施設と呼ばれる刑務所と拘置所,そして少年施設と呼ばれる少年院と少年鑑別所などが含まれる.これら施設はすべて法務省が所管しているが,運営については業務内容が「強制的」な収容,つまり被収容者の人権を高度に制限するものであるため,厳格に法律に基づいて運用されている.
 刑事施設である刑務所は刑事裁判において懲役・禁錮・勾留などの刑の判決を受けた成人を収容し,懲役刑であれば労役などの作業を科しながら並行して改善更生のための教育的処遇を行う.対して拘置所は判決が確定するまでの間の未決拘禁者や死刑囚を収容する施設であり教育的処遇は行われない.一方,少年施設である少年院は家庭裁判所における審判において保護処分を受けた少年を主として収容し,改善更生のための矯正教育を行う施設であり,全国に52施設が存在している.少年鑑別所は家庭裁判所が調査や審判に必要なアセスメントを行うために観護措置を決定した少年を収容する施設で各種の心理検査や面接調査が行われる.基本的には改善更生のための矯正教育を行う施設ではないものの,2015年に施行された少年鑑別所法において少年鑑別所の機能強化がなされ,在所者健全育成のために支援の一環として一定程度の改善更生のための矯正教育が行われている.少年院と少年鑑別所,そしてその運用や処遇においては,前述した「保護」と「教育」がキーワードとなっており,したがって少年院や少年鑑別所は一義的に教育施設と見なされている(これは少年院や少年鑑別所において処遇を主に担当する職員が法務教官と呼ばれる「教官」となっていることにつながる).この点は刑罰を科することを目的とした刑務所(処遇を主に担当するのは刑務官)との決定的な差異となっている.拘置所や刑務所,少年鑑別所や少年院においては,多くの施設に心理学の専門家である心理技官が配置されているほか,医療的な診断や治療が必要なケースに対応するため,医師である医務官が配置されている.特に重点的な医療対応が必要な被収容者は医療重点施設や医療専門施設である医療刑務所,医療少年院に収容される.これらの施設においては医師定員も多く配置されており,ほぼすべての施設に精神科医師が常勤している.そして少年施設では特に,被収容者の社会復帰や再非行防止への支援(処遇)において,心理技官(心理職)や精神科医は法務教官などとともに多職種連携し,主体的な支援実施を担うメンバーの一員となっている.
 少年院収容においては刑務所における懲役や禁錮と違って,刑期というものは存在しないため,少年院では各少年に個別に立てられた目標(個人別矯正教育計画)に従って教育的処遇が実施される.医療が必要な被収容少年について各少年院において医療行為がなされるが,より専門的な医療行為が必要な場合,医療少年院に送致されることがある.少年は基本的に集団寮で生活し,各少年に担任教官がつき,生活指導を土台に,再非行防止教育,就労のための教育や訓練,義務教育や高校卒業程度認定試験のための教科教育などが行われる.再非行防止教育は知見に基づいた認知行動療法などを中心に各種精神療法・心理療法が個人や集団で行われる.こういった教育体制のなかで,少年は努力・前進すれば,進級し,最終的には大半のケースが「仮退院」として社会復帰する.仮退院後は多くのケースで保護観察がつき,社会内では期間中は保護観察所(保護観察官),保護司などが少年を支援していく.

III.少年司法のどのような場面で協働や対話がなされているのか
 それでは,概観してきた少年司法制度のどのような場面で精神医学と心理学の協働や対話がなされているのであろうか.場面ごとに考えていくと,①警察において少年育成課などの心理員と警察嘱託医あるいは対象少年のかかりつけ医療機関などが協働・対話する,②児童相談所において児童心理司と精神科医が協働・対話する,③検察や裁判所において精神鑑定が実施される際に鑑定人として心理職と精神科医が協働・対話する,④家庭裁判所において家裁調査官(心理学専攻者も多い)と医務課医師が協働・対話する,⑤少年鑑別所において法務教官や心理技官(心理技官の大半と法務教官の一部は心理学の専攻者)と精神科矯正医官が協働・対話する,⑥少年院において法務教官,心理技官と精神科矯正医官が協働・対話する,⑦保護観察において保護観察官(心理学専攻者も多い)と地域医療機関の精神科医が協働・対話するなどが考えられる.非行少年はさまざまな背景や心理的問題(ケースによっては精神疾患水準)を抱えており,その正確なアセスメントとそのアセスメントに基づく正しい支援の実施においては心理学と精神医学を含めた多職種の協働や対話は不可欠といえよう.

IV.どのような非行少年が増えているのか
 それではどういった心理的背景を抱えている非行少年が多いのであろうか?著者が感じてきた少年院にいる少年達がもつ特徴の1つは,彼らの他者や社会や自分自身への強烈な信頼感の低下や欠如である8).例を挙げれば,「他人はおろか家族ですら信じられない.社会も信じられず自分にとって味方でない.自分にも自信がもてず,どうせダメなんだと思う…」と,このような感じである.このような思いで社会で生きていくことが非常につらいことは容易に想像でき,これは彼らの切実で悲痛な叫びでもある.Balint, M.の提唱した基底欠損2)に近い,このような基本的信頼感の欠如の結果,彼らは濃密かつ良質な人間関係を構築・維持できなくなっている.結果的に対人回避して引きこもる者もいれば,孤独と不信に対して強い不安を感じ,無理をして集団(学校での集団のほか,非行集団の場合もある)に入ってつらい思いを重ねる者も出てくる.
 安心できる環境に生育するからこそ得られる基本的信頼感が欠如しているということは,少年自身にとって安心できる生育環境が大きく不足していたとも考えられる.そういったなかでは,人に対する思いやりや人の痛みに対する理解力・想像力,自分の感情をうまくコントロールできる力,対人関係を円滑に結ぶスキルなどは育ちにくくなり,他者と心から信頼し合える関係をもてなくなる.自身にとって安心や被保護感が得られない社会で将来,何をしたいかわからなくなったり,大人や社会一般に対する反抗心・反発が強くなりうることも了解できよう.
 基本的信頼感が欠如している状態が生み出すもう1つの大きな問題としては,何かを信じる拠りどころがなく,「何を信じてよいかわからない」という認知につながってしまうことであろう.こういった認知下では,一部の少年は「(間違った情報でも鵜呑みにして)何でも信じてしまう」という,自らもつ他者への顕著な不信感情と一見したところ矛盾した状態に陥ることがある.実際にインターネット上の虚偽情報を鵜呑みにして犯罪を起こしたり,アダルトビデオの内容を鵜呑みにして類似した性犯罪を犯してしまうケースが生じている.このように基本的信頼感が欠如している少年にとって犯罪を含めた被害と自ら起こしてしまう加害は紙一重であり,少年院入院者のなかには加害者である一方で被害者であるケースも多い.そしてこの被害を犯罪被害だけでなく,虐待・いじめ・親や家族からの理不尽な叱責,他者や社会からの理不尽な仕打ちなどに拡大して考えると,少年院に入院してくる大多数の少年は何らかの被害を受けてきていると考えてよい.性加害少年に実は性被害歴があるように,非行少年が被虐待歴を有することは多い.平成28年版の犯罪白書では平成27年内に少年院に入所した少年について,男子の26.7%,女子の42.4%に性的虐待を含む何らかの被虐待体験があることを報告している(これらの虐待の加害者は近親者に限らない.交友グループ内での被害も含まれる)3).しかし,著者を含め現場における多くの支援者が,この調査では拾いきれていない被虐待体験者がもっといるはずだと感じている.実際に,少年院や児童自立支援施設において50%を超えるような高率で被虐待少年が含まれているという複数の報告も存在する.このことは,調査者に対して気軽に言語化したり気軽にアンケート回答できないような軽度ではないトラウマ体験をもつ,あるいは「それが被虐待体験であったか」がわからないような環境や状態を有していた被虐待体験者が相当数含まれていることを示唆している.海外を含むさまざまな調査によって狭義の虐待のみならずマルトリートメントも,そして被いじめ体験を含む社会的孤立も,非行化や犯罪化のリスクファクターの1つであることが明らかになっている.そしてこういった背景やそれらによって生じる特性と生来の特性を把握しアセスメントすることは正しい支援のために必須といえよう.

V.精神障害とさまざまな二次的,三次的障害の問題4-7)
 成人・少年を問わず,犯罪・非行の現場に精神障害(知的能力障害を含む発達障害も含めて)を有する加害者や被害者が少なからず存在することは以前から指摘されている.これについては,犯罪や非行の発生への寄与度が少ないケースもあれば大きいケースもある.例えば統合失調症の幻覚妄想のように,それが直接的に犯罪や非行につながっていく場合もある一方,発達障害についていえば,調査や研究によって以下のように考えられるようになってきている.つまり,発達障害そのものは非行化や犯罪化のリスクファクターではなく「適切な支援を受けていない発達障害」がリスクファクターであるというものである.不適切な対応としてまず思い浮かぶのは虐待,いじめ,理不尽な叱責などであろう.これらが精神障害者に対して繰り返されると自尊心は大きく毀損し,さまざまな内在化症状(抑うつや不安など)や外在化症状(引きこもりや不登校や問題行動など)が引き起こされる.これらの内在化や外在化症状は一般的に二次障害といわれるが,ケースによっては本来の一次障害とこの二次障害が複雑に関与し合いながら,結果として三次的に非行や犯罪が生じてくる場合も出てくる.そして,「適切な支援を受けていない」という内容は,虐待やいじめ,理不尽な叱責といった明らかな不適切対応にとどまらない.精神科医療につながるべきケースで医療につながっていなかったり,例えば自閉スペクトラム症者などが稀にもつ社会的に不適切な興味や関心への固執をすることがあるが,そういった固執やそれに基づいた行動に対して放置をしたり誤った指導をしたりすることも不適切な対応に含まれる.

VI.非行少年支援における精神医学と心理学の協働
 限られた紙幅で個々の矯正プログラムの詳述は困難であるが,現在,認知行動療法をはじめとしてさまざまな精神療法・心理療法が再犯防止や再非行防止に応用されている.その多くの支援方法やプログラムのなかから,現状で可能な最善の支援や介入を選択するためには,対象者のもっている特性や背景を精密にアセスメントし,それに最大限の配慮をしたうえで,エビデンスのある,有効な支援や介入の方法を選択・応用していかねばならない.アセスメントの重要性については,例えば反社会行動の背景にバイオロジカルな要因が隠れている場合もあり,これらの要因を見逃すと適切な介入・支援につながらない.WHOは疾患のあるべき治療モデルとして「生物・心理・社会モデル」を提唱しているが,触法支援においても本モデルはあてはまる.反社会行動をわれわれは心理学的な視点や社会学的な視点で見てしまいがちになるが,生物学的視点も忘れてはならず,視点のバランスを保たねばならない.例えば「キレやすい」対象者がいた場合,その対象者を,単に性格の問題として「キレやすい」人と見なすのと,発達の視点から「衝動統制不良な人」と見なすのと,積み重なった暴力などのトラウマティックな体験への反応として過覚醒や回避が生じて「(いわば生き抜くための術として)やられる前にキレてしまう人」と見なすのと,「それらが併存するかもしれない人」と見なすのでは,支援アプローチはまったく異なってくる.そして間違った判断は間違った支援につながる.
 心理学や精神医学とは異なり犯罪学における研究になるがAndrews, D.A. & Bonta, J.は再犯防止介入においては対象者のリスク(言い換えれば支援ニーズ)に見合った処遇を実施せねばならないことを指摘している1).手厚い介入をすればそれだけ効果が上がるというものではなく,過剰な介入は逆に再犯率を上昇させてしまう,つまり逆効果となりうることがあるという調査結果が複数の研究で出ている.これらの調査結果は対象者のリスク(介入が必要な支援ニーズ)を正確にアセスメントすることが,いかに重要な問題であるかを示している.支援者はアセスメントを疎かにしてはならないのである.そのアセスメントにおいて精神医学的視点,心理学的視点は欠かせない.精密で正確なアセスメントの判断を単一の職種や単一の機関で行うことは非常に困難であるし,非行や犯罪はしばしば社会的行動障害の一種と見なせるため,その対応にも高度に社会的対応が必要となる場合が多い.つまり単一の視点にて解決しうるケースは少数であり,福祉・教育・行政・司法・心理・医療などが連携・協力する必要が生じる.そのような観点からも,非行や犯罪ケースの支援にあたる場合,精神医学や心理学の協働と対話も含めた多職種の支援チームの構築をめざすべきである.多職種支援チームというと大規模で非常に組織だったものを想像してしまいがちだが,そのようなチームを常に作ることは困難であるし不可能な場合も多い.したがって,必要な職種・必要な機関を「よい意味で」徐々にその都度巻き込んで,緩やかな支援チームの構築をめざすべきと著者は考えている.
 このことはアセスメントだけでなく,実際の支援にもあてはまる.バイオロジカルな視点からの支援,例えば薬物治療が必要な場合も出てくる.したがって心理学分野のみではやはり解決せず精神医学的アプローチが必要になるし,逆に再非行や再犯の防止にさまざまな精神療法・心理療法のなかから適切な技法を選択して,それを駆使して臨むべきである以上,心理学的アプローチも決して外せないと考えられる.触法や非行の支援は単一の技法や単一の職種で解決できるものではなく,心理学や精神医学のみならず,福祉的アプローチ・行政的アプローチ・教育的アプローチなどを含めた,いわば全人的アプローチが必要となってくる.それにはさまざまな機関連携が必要で,つまりは社会全体で支援していく視点が大切であろう.

おわりに
 前述してきたように,非行や犯罪を起こした人々は加害者であると同時に被害者であることが多く,生育歴のなかでのさまざまな傷つき体験による不信感をもっていることが多い.彼らの強烈な不信感を乗り越え,良好な治療関係を築くためにも,われわれは彼らの加害体験も被害体験もともに取り扱わないといけないのである.その扱い方やバランスは非常に難しいし,被害体験を扱うことで一時的に不安定・攻撃的になることもありうる.しかし,支援者は安定・一貫して治療の場にいなければならない.そうすることによって彼らは「信頼に足る,見捨てずに裏切らない」他者(支援者)を得ることができる.彼らが支援者を信頼できたなら,それは治療上の大きな前進で,そこから彼らは自己や他者や社会への信頼感(基本的信頼感)を取り戻していくのである.
 近年,重視されている再犯防止モデルに「Good Life Model(Good Lives Modelとも)」がある9).本モデルでは,加害者を含めてすべての人間は幸福を得るために行動していると仮定し,加害者は自ら求める幸福を社会的に認められない手段(犯罪や非行)で得ようとしていると考える.その視点から対象者に対して,社会的に認められる手段で幸福を自己実現させていく支援を行うことを推奨している.それが結果的に再犯や再非行を予防することになると考えているのである.エビデンスも得られているこのアプローチは,一見するとあたり前のことのように感じる方もいるであろうが,しかし,現実にこういったアプローチや支援ができているのかを考えたとき,それができていないことにも気づくはずである.それは例えば知的能力障害を抱えて犯罪に至ってしまった刑務所受刑者の再入所率が,定型障害者の刑務所受刑者よりも高いことにも表れている.「刑務所の方がましだ」「刑務所に戻りたかった」と言って軽微な再犯を繰り返すケースも多い.そして「幸福」の内容は人によってさまざまであるし,本人がモチベーションをもって取り組める目標が社会的に容認される目標でなければこのモデルは意味をなさない.そういった目標を考えるうえでも,精神医学と心理学の協働と対話を含んだ多職種チームは必要であるし,そういったチームでの誠実で息の長い長期的支援が真の社会復帰には必要といえよう.

 なお,本論文に関連して開示すべき利益相反はない.

文献

1) Andrews, D. A., Bonta, J.: The Psychology of Criminal Conduct, 5th ed. Routledge, London, 2010

2) Balint, M.: The Basic Fault: Therapeutic Aspects of Regression. Tavistock, London, 1968 (中井久夫訳: 治療論から見た退行―基底欠損の精神分析―. 金剛出版, 東京, 1978)

3) 法務省法務総合研究所: 平成28年版犯罪白書.

4) 桝屋二郎: ADHDと非行および少年犯罪. 注意欠如・多動症―ADHD―の診断・治療ガイドライン, 第4版 (ADHDの診断・治療指針に関する委員会, 齊藤万比古編). じほう, 東京, p.203-208, 2016

5) 桝屋二郎: 矯正施設における発達障害の疫学的知見. 発達障害支援の実際―診療の基本から多様な困難事例への対応まで― (内山登紀夫編). 医学書院, 東京, p.34-37, 2017

6) 桝屋二郎: 発達障害と非行. 同書. p.96-102

7) 桝屋二郎: 非行からの復帰支援. 同書. p.114-121

8) 桝屋二郎: 少年犯罪の現状と加害少年への支援. こころの科学, 199; 58-63, 2018

9) Ward, T., Stewart, C.: The treatment of sex offenders: risk management and good lives. Prof Psychol Res Pr, 34; 353-360, 2003

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