Advertisement第120回日本精神神経学会学術総会

論文全文

第120巻第10号

※会員以外の方で全文の閲覧をご希望される場合は、「電子書籍」にてご購入いただけます。
特集 公認心理師のカリキュラム等検討会報告とさまざまの領域における精神医学と心理学の協働
がん医療領域における精神医学と心理学の協働
清水 研1), 栁井 優子1), 伊藤 嘉規2), 岩満 優美3)
1)国立がん研究センター中央病院精神腫瘍科
2)名古屋市立大学病院緩和ケア部
3)北里大学大学院医療系研究科医療心理学
精神神経学雑誌 120: 914-920, 2018

 がん医療は法律に基づき,行政主導で推進されているが,「がんと診断されたときから緩和ケアを実施する」ことが重点課題の1つとして掲げられ,心理的介入のニーズは大きい.心理職と精神科医が協働して対応することが求められるが,多職種医療チームのなかで機能するためには工夫も必要である.この問題に対応するために,がん医療で働く心理職の教育のためのプログラムを日本サイコオンコロジー学会ではシステマティックに構築している.

索引用語:精神腫瘍学, 緩和ケア, 心理学, 精神医学, 協働>

はじめに
 心理職が活躍することが期待される領域の1つに医療があるが,そのなかでがん医療は法律に基づき,行政主導で推進されている.「がんと診断されたときから緩和ケアを実施する」ことが重点課題の1つとして掲げられ,心理的介入のニーズは大きい.がん医療の領域における精神医学と心理学の協働について,現状と考察をまとめた.

I.がんの医療体制とがん対策推進基本計画
 がん治療は大きく進歩し,最新のがんの統計ではがんと診断された人の5年相対生存率は男女計で62.1%というデータがある一方で,がんは1981年以降日本人の死因の第1位であり,総死亡の約30%を占めている11).このような国民にとって大きなインパクトをもつ病気であることから,2006年にがん対策基本法が制定された.翌2007年には基本法に基づくがん対策推進基本計画が策定され,国が主導する形でがん対策が推進されてきた.第2期がん対策推進基本計画(表1)の重点課題のなかで,心理職と精神科医が協働するのは,「2.がんと診断されたときからの緩和ケアの推進」である.緩和ケアとは,生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して,痛みやその他の身体的問題,心理社会的問題,スピリチュアルな問題を早期に発見し,的確なアセスメントと対処を行うことによって苦しみを予防したり和らげることで,QOLを改善するアプローチである.
 がん対策推進基本計画に則り,全国に約400ヵ所あるがん診療連携拠点病院には精神科医が参画する緩和ケアチームの設置が義務づけられ,緩和ケアチームに協力する医療心理に携わるものが1名以上配置されることが求められている.また,当該医療心理に携わる者は公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会が認定する臨床心理士であることが望ましいことが明記されている.
 がんという病気の特性から患者は死を意識するが,実は精神科医は「死」にまつわる問題を扱うことは必ずしも得意でない.岡島は17),精神科医が「死」にまつわる問題を扱うことが難しい理由を5つ挙げているが(表2),そのなかでも,①精神病理の水準が重くない患者が多いこと,②主観的な体験を重視するトレーニングを積んでいないこと,については心理職は比較的得意とする部分であるだろうから,お互いの長所を生かして協働することには大いに意義があることだと感じる.

表1画像拡大表2画像拡大

II.精神医学的問題,心理社会的問題に対する精神科医と心理職の協働
 がん患者において,抑うつを主徴とするうつ病および適応障害は,最も高頻度で合併する精神症状である.がん患者は,検診でのがんの疑いにはじまり,検査,診断,再発,積極的抗がん治療中止など,さまざまな悪い知らせにさらされることとなる.その都度患者は大きな心理的衝撃を受け,うつ病や適応障害などの臨床的介入を要する精神症状を呈することも稀ではない.
 Derogatis, L. R.らは,アメリカの3つのがんセンターにおいて無作為に抽出した215名のがん患者を対象にDSM―IIIに基づいた精神医学的診断面接を行っている.その結果,うつ病が全体の6%,適応障害が32%に認められ,かなりの割合のがん患者が臨床的介入を要する病的な抑うつ状態を呈していることが示されている6).わが国のがん患者についても,国立がん研究センターの患者を対象に有病率調査が行われており,癌腫や病期によっても異なるが,うつ病は3~12%,適応障害は4~35%に認められている1)2)12)14)18)21).うつ病や適応障害は,それ自体が強い苦痛を伴うが,がん患者の自殺8),全般的QOLの低下7),抗がん治療のコンプライアンス低下5),入院期間の長期化19),家族の心理的苦痛4)などとも関連することが明らかにされており(表3),さまざまな負の影響をきたす.
 うつ病,適応障害の危険因子として抽出されているものを表4にまとめる.医学的要因としては,早期がんよりは進行・再発がんにおいて有病率が高い12).また,痛みなどの身体症状1)や身体活動度の低下2),化学療法や放射線療法などの治療に伴うストレス3)も危険因子となりうる.個人・社会的要因としては,がん年齢における相対的若年者1),神経質な性格13),うつ病などの精神疾患の既往21),社会的サポートの欠如1),教育歴が短い21)ことなどが危険因子として挙げられている.ただし,疫学調査において,これらの要因の寄与する程度としてはそれほど大きくないため,ある特徴のある集団にうつ病・適応障害が集中するわけではない.
 このようにがん患者の精神症状は身体的苦痛・社会的苦痛・実存的苦痛と関連していることが先行研究より示されているため(図1),うつ病・適応障害の関連要因として,身体症状である疼痛や倦怠感,社会的問題として経済的困窮や孤独,実存的苦痛として捉えられる生きる意味,目的,希望の喪失が挙げられている.精神症状のみに焦点を絞ってもうまくいかないことが多く,患者の苦痛を包括的,全人的に捉えて,身体症状の緩和や,社会的な問題の対処を並行して行う姿勢が必要となる.多面的な苦痛をもった患者については,さまざまな専門技術をもった多職種が介入することが望ましい場合もある.
 多職種が介入する場合,かかわる医療者の数が増えれば増えるほど,情報共有や共通のゴール設定を意識して行うことが重要となる.情報共有がなされないと,患者は異なる医療者に繰り返し同じような質問を受け,辟易とするだろう.また,医療者が別々の目的意識をもって介入を行うことも有害である.医療者間で,情報を共有し,共通したゴール設定を行うことが必要となる.時に複雑なケースの場合,関係者が集まってカンファレンスを開くことも必要となる.
 一方で,チーム医療に参加する心理職も困難を感じている.Iwamitsu, Y. ら9)は,がん診療連携拠点病院,臨床研修指定病院,および大学病院のがん領域に携わる心理職を対象に,心理職が感じる困難感について質的に検討した.その結果,がん医療に携わる心理職は,他職種とのコミュニケーション不足や他職種との情報交換の難しさといった「他職種との連携」,心理的援助方法の習得不足,精神医学の知識不足やがんの知識不足といった「心理職としての専門的援助」,心理職としての専門性の不明確さといった「心理職の役割と専門性」,孤独・不安,葛藤などの「心理職のストレス」などについて困難を感じていることが明らかになった.
 以上より,チーム医療の心理職の教育カリキュラムでは,①(がん)医療に携わる心理職としての役割や専門性を明確化でき,②他職種を理解し,他職種との協働を円滑に行うスキルをもち,③(がん)患者や家族に対する心理的援助を実践できるための知識とスキルをもつことを目的とした,教育カリキュラム作りが望まれる.さらには,同じ領域の心理職同士の交流も重要なことであろう.しかし,医療,特にがん医療における心理職に対するこれらの課題や他職種からの要望は,すぐに習得・改善できることではない.その専門性を高めるためには,卒後教育の充実化はもちろんであるが,心理臨床経験などを通した日々の自己研鑽の積み重ねも重要である.

表3画像拡大表4画像拡大
図1画像拡大

III.がん医療における心理職教育
 前述のようにチーム医療のなかで心理職も困難を感じることが多く,日本サイコオンコロジー学会では,がん医療に携わる心理職が自身の専門性を十分発揮できるための基礎作りとして,心理職対象の研修会を2007年より開始した.
 その後2014年に,がん対策推進基本計画において,「専門的な緩和ケアの質の向上のため,がん診療連携拠点病院を中心に,精神腫瘍医をはじめ,がん看護の専門看護師・認定看護師,社会福祉士,臨床心理士等の適正配置を図り,緩和ケアチームや緩和ケア外来の診療機能の向上を図る」ことが盛り込まれた.このような背景のなか,日本サイコオンコロジー学会の心理士教育プログラム・資格検討委員会では,がん医療の心理職の必要なスキルを明確化し,教育目標およびカリキュラムを設定し,ステップアップ方式による教育カリキュラムを作成することにした.
 がん医療に携わる心理職の教育体制の充実を図るため,がん医療の経験や知識のある心理職,精神科医,心療内科医が集まり,KJ法などを用いてスキル内容をカテゴリー化した.その結果,「がん医療における心理に関する専門家として現場で責任をもって仕事ができる」ことを目標に,「準備ができる」「情報収集ができる」「アセスメントができる」「情報共有ができる」「がん心理介入ができる」「広報活動ができる」「がん心理活動の計画を立てられる」といった7つのコアスキルを主軸とした教育カリキュラムを作成した.これら7つのコアスキルをもとに,2013年より順に,対象と目的の異なる3つのコース(スタンダード,アドバンスI,アドバンスII)を設けた(図2).受講者は,ステップアップ方式で1つずつ受講し,皆と交流しながら,スキルアップしていく.
 がん医療に関心のある(初学者を含む幅広い層)心理職を対象としたスタンダードコースでは,医療現場で働くための基礎知識や精神心理的なアセスメント,さらにはがん医療で働く心理職として最低限必要な心理スキルについて,講義やグループワークを通して学び,互いの経験を共有することを目的としている.スタンダードコースの修了者を対象としたアドバンスコースIでは,他職種との情報共有や,実際の心理介入に焦点をあて,架空の症例についてグループワークとミニレクチャーから学んでいく.アドバンスコースIの修了者を対象としたアドバンスコースIIでは,がん医療における心理職の役割を明確にし,他職種に説明することができるよう,心理活動の計画立案や広報活動に関するスキルに焦点をあて,架空の症例についてグループワークとミニレクチャーから学んでいく.特徴としては,アドバンスコースIとIIは少人数による事例と講義を取り入れたグループワークとなっており,がん医療における包括的アセスメントの習得を目標の1つとしている.
 また,がん治療におけるチーム医療には,それぞれの領域の専門化を推進させるだけでなく,細分化することによって失われた全体を見渡す視点(包括的アセスメント)を取り戻すことが期待されている.すなわち,特殊化,専門分化が進んだ医療体制ではなく,患者を取り巻く問題を複数の視点から検討し,患者全体を俯瞰する視点を回復させることを重視している16).重要なポイントは,この包括的アセスメントをがん医療に携わるすべての医療者が行うことであり,このアセスメントの実施は多職種間協働には必須条件であると考えられる.また,がん患者の精神症状は,身体的苦痛・社会的苦痛・実存的苦痛と関連していることから,多職種チームが連携し,症状緩和にあたることが望ましく20),この点からも,すべての職種が包括的アセスメントを実施することが重要である.包括的アセスメントの具体的な方法については紙面の都合上ここでは説明しないが,患者が心理的苦痛を訴えたとしても,特にがん医療においては,必ずしもその原因が精神症状や心理的問題とは限らないことを踏まえ,その苦痛の内容や原因などを,身体的,精神的,社会的,心理的,実存的の順にアセスメントし,適切に対応・治療していくことになる.
 この教育カリキュラムは,これまで適宜修正を加え,よりよい研修を提供できるよう心がけてきた.また,心理職だけではなく,他職種のアドバイスも受け,教育カリキュラムを作成している.一方,この一連の研修内容は,あくまでもがん医療に携わる心理職のミニマムエッセンスであり,スタート地点である.例えば,がん医療に特化した具体的な心理療法などは研修内容に含まれていないため,今後もその点について検討する必要がある.また,実際のがん医療の現場で実習を受けることができるよう,教育体制の充実化も望まれる10)

図2画像拡大

おわりに
 本稿で述べた通り,がん医療においては心理職への期待が大きいが,まだ十分な協働に至っていない部分もあり,現在さまざまな取り組みがなされている.わが国の医療における最も大きな課題であるがん対策において,精神医学と心理学が協働するモデルを確立することは,他の領域への波及効果も期待され,今後の発展が期待される.

利益相反
 研究費・助成金など:ツムラ株式会社

文献

1) Akechi, T., Okamura, H., Nishiwaki, Y., et al.: Psychiatric disorders and associated and predictive factors in patients with unresectable nonsmall cell lung carcinoma: a longitudinal study. Cancer, 92; 2609-2622, 2001
Medline

2) Akechi, T., Okuyama, T., Sugawara, Y., et al.: Major depression, adjustment disorders, and post-traumatic stress disorder in terminally ill cancer patients: associated and predictive factors. J Clin Oncol, 22; 1957-1965, 2004
Medline

3) American Psychiatric Association: Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th ed, Text Revision (DSM-IV-TR). American Psychiatric Association, Washington, D. C., 2000 (髙橋三郎, 大野 裕, 染矢俊幸訳: DSM-IV-TR精神疾患の診断・統計マニュアル. 医学書院, 東京, 2002)

4) Cassileth, B. R., Lusk, E. J., Strouse, T. B., et al.: A psychological analysis of cancer patients and their next-of-kin. Cancer, 55; 72-76, 1985
Medline

5) Colleoni, M., Mandala, M., Peruzzotti, G., et al.: Depression and degree of acceptance of adjuvant cytotoxic drugs. Lancet, 356; 1326-1327, 2000
Medline

6) Derogatis, L. R., Morrow, G. R., Fetting, J., et al.: The prevalence of psychiatric disorders among cancer patients. JAMA, 249; 751-757, 1983
Medline

7) Grassi, L., Indelli, M., Marzola, M., et al.: Depressive symptoms and quality of life in home-care-assisted cancer patients. J Pain Symptom Manage, 12; 300-307, 1996
Medline

8) Henriksson, M. M., Isometsä, E. T., Hietanen, P. S., et al.: Mental disorders in cancer suicides. J Affect Disord, 36; 11-20, 1995
Medline

9) Iwamitsu, Y., Oba, A., Hirai, K., et al.: Troubles and hardships faced by psychologists in cancer care. Jpn J Clin Oncol, 43 (3); 286-293, 2013
Medline

10) 岩滿優美: がん医療における心理職の教育カリキュラム―チーム医療に向けて―. 精神療法, 43 (6); 822-826, 2017

11) 国立がん研究センターがん対策情報センター: がんの統計2017 (https://ganjoho.jp/data/reg_stat/statistics/brochure/2017/cancer_statistics_2017.pdf) (参照2018-08-21)

12) Kugaya, A., Akechi, T., Okuyama, T., et al.: Prevalence, predictive factors, and screening for psychologic distress in patients with newly diagnosed head and neck cancer. Cancer, 88; 2817-2823, 2000
Medline

13) McDaniel, J. S., Brown, F. W., Cole, S. A.: Assessment of depression and grief reactions in the medically ill. Pshychiatric Care of the Medical Patient (ed by Stoudemire, A., Fogel, B. S., et al.). Oxford University Press, New York, p.149-164, 2000

14) Minagawa, H., Uchitomi, Y., Yamawaki, S., et al.: Psychiatric morbidity in terminally ill cancer patients. A prospective study. Cancer, 78; 1131-1137, 1996
Medline

15) 日本サイコオンコロジー学会ホームページ (http://www.jpos-society.org/) (参照2018-08-11)

16) 小川朝生: がん患者の精神症状を多職種で診立てよう. チームとしてどうアセスメントするか. がん患者の精神症状はこう診る―向精神薬はこう使う― (上村恵一, 小川朝生ほか編). じほう, 東京, p.7-13, 2015

17) 岡島美朗: なぜ死にゆく患者やその家族へのアプローチは難しいのか. 精神経誌, 177; 978-983, 2015

18) Okamura, H., Watanabe, T., Narabayashi, M., et al.: Psychological distress following first recurrence of disease in patients with breast cancer: prevalence and risk factors. Breast Cancer Res Treat, 61; 131-137, 2000
Medline

19) Prieto, J. M., Blanch, J., Atala, J., et al.: Psychiatric morbidity and impact on hospital length of stay among hematologic cancer patients receiving stem-cell transplantation. J Clin Oncol, 20; 1907-1917, 2002
Medline

20) 清水 研: チーム医療としての精神症状緩和. がん診療に携わるすべての医師のための心のケアガイド (清水 研編). 真興交易, 東京, p.68-74, 2011

21) Uchitomi, Y., Mikami, I., Nagai, K., et al.: Depression and psychological distress in patients during the year after curative resection of non-small-cell lung cancer. J Clin Oncol, 21; 69-77, 2003
Medline

Advertisement

ページの先頭へ

Copyright © The Japanese Society of Psychiatry and Neurology